「ヒルマ・アフ・クリント」展

近代美術館にて
スウェーデンの女性画家で、初期の抽象絵画作家
どういう画家なのかは、以下を読むのが手っ取り早いかと思う。
【ヒルマ・アフ・クリントを知る1万字】オカルトの画家か、抽象絵画の先駆者か。東京国立近代美術館・三輪健仁に聞く(前編)|Tokyo Art Beat


自分は、この企画展を知るまで名前すら知らなかった。
写真を見てもあんまりピンと来なかったのだが、抽象絵画のパイオニアということで、見ないわけにはいかないなと思い、見に行った。


なお、本当に抽象絵画のパイオニアなのかどうかという点については、上記のインタビューで説明されている。
彼女は神智学のフォロワーで、交霊会などをやっており、その中で自動筆記などもしている。初期の作品は、交霊会の産物なのか美術作品としての産物なのかが分かりにくい。
これは何をもって最初の抽象絵画と見なすのかという問題でもある。これは上のインタビューで言われていることだが、抽象的に見える、ということであれば、ターナー抽象絵画を描いたと言えてしまう。


オカルティックでスピリチュアルな絵画だったと思う
また、クリントは正規の美術教育を受けているのでこういうのは誤りだが、どこかアウトサイダー・アートな雰囲気も漂っているように思えた。
体系性も重視していたらしく、オカルト世界観が背景にあることが伝わってくる絵を描いている。
もっとも、そういうのがありそうだな、という感じだけで、実際にどういう世界観なのかは分からないのだが、とにかく一つ一つの要素に意味をこめて描いてそうだな、という気配は伝わってくる。
正直、その気配に圧倒されてしまうところがあって、ここでいう「圧倒」は、自分の場合、どちらかといえばネガティブな印象が勝ってしまった。
オカルト世界観だったり、あるいは、情報量の多い作品だったりには、ワクワクを感じることもあるのだが、自分の想定以上の圧をかけられてしまって、引いた、というのが正直なところである。


最初のセクションは、初期の習作や児童書の挿絵などが並んでいる。
その後、神智学協会に入り、さらにその中で女性5人によるグループ「5人」をつくり交霊会などを行う
「5人」と題されたスケッチ等が展示されているが、これらは交霊会などの時に描かれたものだとされている。一方で、自動筆記にしてはかなりコントロールされたものでもある。
「大きな樹」という油彩があり、風景画だが、かなり塗りが荒々しくて筆触が残っており、抽象的といえば抽象的である。しかし、例えばターナーの晩年の風景画に、抽象画っぽくなっているけれどそれは単に未完成だから、というのがあったはずで、これも抽象を志向していたのか未完成なのか、正直よくわからんと思った。


クリントは、神殿を構想しており、神殿のための絵画というのをたくさん残している。
○○シリーズという形で、いくつもの連作がある。

  • 「原初の混沌、WU /薔薇シリーズ」

なんか色んなタイプの絵がばーって並んでるのだけど、オウムガイみたいな螺旋が描かれていたり、なんか絵じゃなくて謎の表みたいなのがあったりする。オウムガイみたいな螺旋は結構頻出するモチーフ
「大型の人物像絵画、WU /薔薇シリーズ」
3つくらいあったが、そのうちの1つは、2つの十字とその間の円がフォーカルポイントみたくなってんのかなーって感じなんだけど、左右対称っぽくて非対称になっている。
もうひとつは、キリストとマリアが十字架に刺し貫かれている絵

  • 「10の最大物」

これが本展の一番の目玉で、おそらくクリント作品の中でもある種のピークといえる作品群なのだろう。
まず、とにかくサイズがでかくて(縦3mくらい)、想像してたのの1.5倍くらいあった。
幼年期2枚、青年期2枚、成人期4枚、老年期2枚の計10点あり、1つの壁に2点ずつ展示されていて、そのまわりをぐるぐる周回しながら見ることができるようになっている
このうち、「No.3青年期」は、本展のアイキャッチにも使われている。オレンジ色の背景に無数の円や螺旋が配置されている。様々な色が使われているが、特に、青と黄色が対になって使われている。
この螺旋(時にオウムガイのように描かれている)と、青と黄色の対は、クリント作品に何度となく登場してくる。青と黄色は男性と女性を象徴する色として用いられているらしい。とにかく「あ、ここにも青と黄色だ」というのを何度となく見つけることができる(これにピンクが加わることも多い)。
そういう作家のお気に入りのモチーフや要素を探して見つけるのは楽しい作業だが、それにしてもそうした要素の配置が、バランスしているのかアンバランスなのか全然よく分からない。
二元論・二項対立みたいなのも多分好きなのだろう、2つの組み合わせみたいな要素もよくあるのだが、なんだか不思議な配置になっているというか。
この「No.3青年期」は、大きな螺旋の中に、小さな螺旋がまるでカタツムリが這っているかのように描き込まれているのだけど、それも謎っちゃ謎である。

  • 「知恵の樹、W シリーズ」

このシリーズで5点展示されていて、5点とも全く同じ樹のような形が描かれていて、その内部に描かれている細部でそれぞれバリエーションがある。
樹の内部に放射線状の線が引かれていて、あと、対になった鳥の組み合わせが配置されていたりする。
2枚目の作品が、わりとシンプルで、バランスもとれていて、よかったかなあという気はする。
3枚目以降には、エーテル云々、アストラル云々、メンタル云々という文字が書き込まれていて、まあそういう世界観を表わしている絵なんだな、ということがよく分かる
(ところで、クリント作品は絵の中に文字が書かれていることもよくある。説明として付されているっぽいのもあるが、飾り文字になっていて絵の一部となっているものも多い印象。スウェーデン語なのかな。あまり読めなかったが、「10の最大物」の中にave mariaって書いてるのとかは見つけた)

  • 「白鳥、SUW シリーズ」

ここまで結構、謎のオカルト曼荼羅を見せられているのは分かるが、絵としてはよくわからん感じだったのだけど、そういうのに慣れたからなのか、画面が四等分されていて整然としているからなのか、こちらのシリーズは見やすい
画面が等分されて、対称性がはっきりしていて、描かれている要素がその枠内にきちんと収まるように配置されているので、それがこのシリーズのよさだなあ、と思った。
これらのシリーズもスピリチュアルな感じはあるけれど、そういった構図の理由などが一目瞭然なので、絵として見ることが出来る、という言い方をしていいのか何なのか分からないけれど、安心して見れるというか、過剰なスピリチュアリティの圧にやられないですむ、というか。
しかし、そうやってしか見れない、というのは自分の方の狭量さではあるよな、と思いつつ
これくらいの情報量の方がね。
こちらも、水色と黄色というのはよく使われている。
ところで、このシリーズについては展示されていない作品もいくつかあるようで、このあとの方で全作品(?)の縮小写真がパネル展示されていて、このシリーズ、かなりストーリー性のある連作なのが分かった。
最初は、2頭の白鳥が鏡写しのようになっているのだが、それらが対立して、本展にはなかった絵だが血しぶきだして死んで、そのあと引き裂かれて、それから急に幾何学的・抽象的な何かになって、最終的には同心円になっていく。最後の同心円の絵は、ケネス・ノーランドか、みたいな感じになってる。

白鳥が引き裂かれている

このシリーズの中ではこの3枚がよかった

右下に小さい円があって対称性を崩しているが、その円自体、画面を4分割した領域のちょうど中心にあるので、整然とした印象は崩れない

  • 「祭壇画」

太陽と思しき巨大な円とピラミッド!


ここまでが神殿のための絵画で、上述した通り、一連の作品の縮小した写真がパネル展示されていて、各シリーズが一望できるようになっていた。
こういう抽象的な絵画を大量に描いている一方で、突然、非常に写実的・古典的な画風でシスターを描いているシリーズが挟まったりしている。
やはり、宗教的な動機付けが強くて、造形的な実験として抽象絵画描いている人ではないんだろうな、という感じはする。


1916年以降、神智学から人智学へと移行していったらしい。
シュタイナーにも作品を見せていて、シュタイナーからも色々コメントをもらっていたらしい。
「原子シリーズ」
原子についての詩つき


「グループ2、No.30a-38c」「グループ3、No.10-17」
謎のノート
なんか、グラフとか書いてあって、理科のノートか何かかなみたいな感じなんだけど
下の写真は「グループ2、No.30a-38c」


「花と木を見ることについて」
水彩画でもやもや~っとした感じの抽象画のシリーズで、わりと好きと言えば好きな感じかな
最後にあった、青系で描かれた奴が一番よかった。
これもなんとなく円形で、中心に十字が描かれている。もやもやっとした霧状のものが左下から右上にかけてたなびいているように描かれている。


クリントが影響を受けたものとして、神智学協会のメンバーが書いた『人間:可視的にして不可視なもの』『想念=形態』という著作が紹介されている。
『想念=形態』はカンディンスキーも影響を受けたらしいが、色々感情とかを視覚化した本で、すでに確かにある種の抽象絵画の世界に入っているなあと
また、ユング『赤の書』も一緒に展示されていたが、これもユングが見た夢を絵にしていて、抽象絵画っぽいイメージが描かれている
スピリチュアルな画家の先駆者として、ジョージアナ・ホートン
また、日本にも、久米民十郎というオカルトに興味を持った画家がいて、紹介されれていた。霊媒派を名乗っていたらしい。

ロバート・フラッド『両宇宙~』(タイトル長くてメモしそこねた。ググると出てくる)というのも、クリントは読んでいた、と。
クリントは晩年まで「神殿」の建設を考えていて、候補地としてヴェン島という、かつてティコ・ブラーエの天文台が建っていた島を想定していた、とか
その他、クリントは神秘思想と自然科学の両方に関心があって、最後にダーウィンやらヘッケルやらの名前が並んだ解説があったが、クリントが直接影響を受けていたのか、類似をキュレーターが指摘しているだけなのかよく分からない内容だったので、省略。
ただ、へぇと思ったのは、ウォレスが神秘思想にはまっていて、ホートンの本に出てきているらしい(ウォレス本人が写っているのか何なのかよく分からなかったが)。


ゾフィー・トイバー=アルプとはかなり対照的だなあ、とも
ヒルマ・アフ・クリントは1862年生~1944年没
ゾフィー・トイバー=アルプは1889年生~1943年没
年齢は30歳近く違うので、活動時期もズレがあるが、20世紀前半に抽象絵画を描いていた女性画家、とひとまず両者を括ることはできる。
しかし、幾何学的な直線や円から構成されるトイバーと、螺旋や円、植物、文字なども含む形で描くクリントとでは、全くその見た目は異なるし、作品のタイトルのつけかたも全然違う。
トイバーは夫とともに同時代の芸術運動に参加しており、複数の国にまたがって活動している。
クリントはスウェーデンで生涯を過ごし、同時代の芸術運動とはあまりかかわっていなかったようである。
「ゾフィー・トイバー=アルプとジャン・アルプ」展 - logical cypher scape2


後日、読んだ
『美術手帖2025年4月号』(特集ヒルマ・アフ・クリント) - logical cypher scape2

常設

龍騎観音」どーん
ナターリア・ゴンチャローワやジョージア・オキーフがあった。
松本陽子「光は荒野の中に輝いている」
アクリル絵具か何かで描かれた紫色のもやもや~っとした抽象絵画。わりと好きな感じの奴


恩地孝四郎抽象絵画がいくつか置いてあった。
その隣に織田一磨「感覚」(1920)というのもあった。オレンジ色の背景に黄緑色っぽい線の抽象絵画
東京の風景画とかを描いている人らしくて、他の箇所にその作品が何作かあった。「十二階」とか。


仲田定之助
1924(大正13)年の彫刻作品が2つほど。顔に数字がある、というか、鼻が1だったり、耳が3だったりする。面白い。


シュールレアリスムの部屋
アルプ「夢ともくろみ」から1点、エルンスト「つかの間の静寂」、タンギー「聾者の耳」と並んでいた。この3人が同じ流派というか運動というかとしてまとめられるの、考えてみるとすごいよな。エルンストとタンギー、色々違いすぎる。
日本人画家のもいくつか並んでいて、以下の2点が印象に残った。
三岸好太郎「雲の上を飛ぶ蝶」1934
浅原清隆「郷愁」1938


戦争画の部屋
田村孝之介「アロルスター橋突破」
橋が消失点(?)に向かって伸びてる。手前のイギリス兵の目をかいくぐって日本兵がその橋を渡る、というところを描いている絵だが、解説で、緊迫感はなく画家は構図などを試したかったのだろう的なことが書いてあった。

向井潤吉「バリッドスロン殲滅戦」
これは逆にすごく躍動感のある絵
藤田嗣治「血戦ガダルカナル
画面中央で殴り合っているというか蹴り合っているというか、そんなだった気がする
中村研一「北九州上空野辺軍曹機の体当りB29二機を撃墜す」
これはなんかターナーかな、みたいな絵で、一面空で真ん中に撃墜された飛行機とその煙がたなびいてる。一瞬、戦争の絵には見えない。この部屋の中でも目立つ。


岡鹿之助「群落(A)」
パリかなんかの街並み
李禹煥「点より」
李禹煥作品初めて見るかも?


アルプ
アルプ展で「夢のアンフォラ」っていう彫刻があったけど、アンフォラは壺の意だということをこっちで知る。
「鳥の骨格」
石膏彫刻。どこかミギーっぽい感じ。ミギーというのはタンギーからの影響?オマージュ?で作られたデザインかなと思うけど、アルプもそれっぽいかも。というか、タンギーがアルプからの影響受けているんだけど
ちょっとひねりがあるあたりとか、見てて楽しい
「夢ともくろみ」から何点か展示されていたが、「声の蜃気楼」というのが適度に複雑でよかった。


丸山直文「MAS」
黄色に紫色の輪郭線で、蕾のような形状の何か。これもアクリル絵具か何かで、黄色が光っているように見えるのがなんかよい


石田徹也
実物見るの何気に初めてかも


嚴培明「スーダンの少年」
写真をもとにした油彩ということで、ちょっとどこかリヒターっぽいかなあと思った
結構でかい作品で、よかった