小説

キム・チョヨプ『この世界からは出ていくけれど』

韓国のSF作家キム・チョヨプによる短編集 キム作品の邦訳としては『わたしたちが光の速さで進めないなら』『地球の果ての温室で』に続く3冊目となる。1、2冊目も存在は知っていたのだが、書評等読んでもあまりピンと来ていなかった。3冊目は書評等を読ん…

フリオ・コルタサル『八面体』

1974年刊行の短編集『八面体』に加えて、『最終ラウンド』(1969年)から3編と短編小説について論じたエッセーを加えた短編集。 コルタサルについては、これまで以下の2つの短編集を読んだ。『動物寓話集』は彼の初期短編集で、『悪魔の涎・追い求める男他八…

キム・スタンリー・ロビンスン『未来省』

パリ議定書に基づき、気候変動に国際的に対処するために発足した組織、通称「未来省」の活動を中心に、気候変動に見舞われる2020年代後半以降の世界を描く。 火星三部作のキム・スタンリー・ロビンスンの新刊ということで、面白そうだなと思って読むことにし…

ルーシャス・シェパード『タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短編集』

竜のグリオールシリーズから「タボリンの鱗」「スカル」の2編が収録されている。短編集とはいうが、「スカル」は中編サイズだと思う。 ルーシャス・シェパード『美しき血(竜のグリオールシリーズ)』 - logical cypher scape2の訳者あとがきを読んだら、「…

ルーシャス・シェパード『美しき血(竜のグリオールシリーズ)』

超巨大な竜グリオールを描く連作シリーズの最終作。 グリオールシリーズは、以前、第1作目の短編集であるルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』 - logical cypher scape2を読んだ。 第2中短編集として『タボリンの鱗』があり、本作は3…

上田早夕里『ヘーゼルの密書』

1939年から1940年にかけて、上海を舞台にして行われた日中和平工作を描いた作品。 具体的には「桐工作」という実際にあった和平工作に基づきつつ、その「桐工作」の一部をなす「榛ルート」というミッション(これは本作の創作)に携わった民間人の物語となる…

スティーヴン・ミルハウザー『夜の声』(柴田元幸・訳)

久しぶりにミルハウザー読んだ。 原著は2015年に刊行された”Voices in the Night”で、邦訳は2020年の『ホーム・ラン』と2021年の本書『夜の声』に二分冊されて発行された。 スティーヴン・ミルハウザー『バーナム博物館』 - logical cypher scape2 スティー…

『SFマガジン2023年12月号』

SFマガジン読むの久しぶりな感じ(しかし見返してみると、以前からさほど頻繁には読んでいないな)。 グレッグ・イーガンの新作中編が掲載されているということで、読まねば、と。SFマガジン 2023年 12 月号 [雑誌]早川書房Amazon グレッグ・イーガン「堅実…

『20世紀SF〈3〉1960年代・砂の檻』

河出文庫から出ている、10年ごとに区切ったSFアンソロジー。 以前、『20世紀SF<4>1970年代接続された女』 - logical cypher scape2を読んだことがある。 なんでそんな部分部分だけ読んでいるのかというと、古典をちゃんと読んでいく真面目さが自…

磯崎憲一郎『日本蒙昧前史』

1965年(昭和40年)から1985年(昭和60年)にかけての戦後昭和史を描いた小説だが、そこは磯崎作品なので、一筋縄ではいかない。 年末年始にかけて読んでいた。磯崎作品はよく正月に読んでいるよんだーと思ったけど、磯崎憲一郎『往古来今』 - logical cyphe…

2023年に読んだ大江健三郎まとめ

大江健三郎が今年の3月に亡くなったことを受けて、代表作をいくつか読んでみようかなと思って、この1年間、時々読んでいた。 大江は代表作と呼ばれている作品だけでもかなりたくさんあるので、その中でもさらに絞り込んで、ごく一部だけを読んだ形になる。特…

大江健三郎『取り替え子(チェンジリング)』

2000年、大江が65歳の時の長編小説。高校時代の友人であり、義兄である伊丹十三の投身自殺(1997年)について書いた作品である。 また、大江が後期に書いていった長江古義人ものの第一作である。 2000年に刊行された作品なので、刊行当時の記憶がある、とい…

大江健三郎『「雨の木」を聴く女たち』

1982年、大江が47歳の年に刊行された連作短編集 いわゆる私小説的な作品群だが、かなり物語化が施されている。有名だし読んでおくか、くらいのテンションで読むことにしたので、あまり内容も知らない状態だったが、癖の強い登場人物が次々出てきて、これがな…

上田早夕里『リラと戦禍の風』

第一次世界大戦下のヨーロッパ、西部戦線で瀕死となったドイツ人兵士イェルク・ヒューバーが、不死者である伯爵に助けられ、リラという少女を護衛するよう依頼される。リラと行動をする中で、銃後の困窮を知った彼は、情報や食糧の闇取引に携わるようになる…

海外文学読むぞまとめ2

海外文学読むぞまとめ - logical cypher scape2のつづき 2023年5月~12月 前回、2022年12月~2023年3月の期間に12作品を読んだところでまとめたが、その後、5月以降で9作品読んだ。およそ1年で21作品読んだことになる。我ながらこれはすごいぞ。グラフも更新…

ウィリアム・フォークナー『響きと怒り』(平石貴樹・新納卓也・訳)

フォークナーのヨクナパトーファ・サーガの第2作目で、1929年に発表された作品 フォークナーについては以前、ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!』(藤平育子・訳) - logical cypher scape2とウィリアム・フォークナー『エミリーに薔薇を…

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

人類存亡の危機に立ち向かうべく、別の惑星系へ旅立つことになった1人の科学教師の物語。 アンディ・ウィアー『火星の人』 - logical cypher scape2やアンディ・ウィアー『アルテミス』 - logical cypher scape2に続くウィアーの第三長編。 アストロバイオロ…

甘耀明『鬼殺し』(白水紀子・訳)

台湾を舞台に、怪力でならす客家の少年が第二次大戦中から戦後にかけての動乱を生き抜く姿を描く長編小説。 「鬼殺し」というタイトルだが、「killing the Ghosts」と英訳されていて、中国での「鬼」は、日本語ではむしろ「幽霊」にあたる。「鬼」には基本的…

大江健三郎『同時代ゲーム』

1979年、大江が44歳の時に書かれた書き下ろし長編。 谷間の村の神話=歴史を書き残すという使命を負った「僕」が双子の妹に宛てた手紙という形式で書かれている。 大江健三郎『M/Tと森のフシギの物語』 - logical cypher scape2に続けて読んだ。 『同時代ゲ…

大江健三郎『M/Tと森のフシギの物語』

1986年、大江が51歳の時に書かれた作品。祖母から聞いた谷間の村の神話・歴史が語られる。 本作は、『同時代ゲーム』(1979)をわかりやすく書き直した作品でもある。 『大江健三郎全小説(8)』に『同時代ゲーム』とともに収録されている。 『全小説』は基…

アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは…』(須賀敦子・訳)

去年の年末あたりから「海外文学を読むぞ」と意気込んで読んできているわけだが、海外文学のおすすめ記事などを見ていると、わりと見かける名前が、アントニオ・タブッキである。自分は、意識的に海外文学について調べるまで全然知らなかったのだが、複数箇…

『蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記』(吉良佳奈江・訳)

この前、ギリシアSF(『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』 - logical cypher scape2)を読んだので今度は韓国SFを読んでみることにした。 最近、中国SFに次いで韓国SFも翻訳が進んでいる様子があるが、全然読んだことがなかったので、いい機会かと思い。ま…

阿部和重『Deluxe Edition』

2013年に刊行された阿部和重初の短編集 「初」というのに驚くが、今まで出してきた作品集は中編を含むということで、純然たる短編集としては初らしい。 ところで自分は、2014年に阿部和重・伊坂幸太郎『キャプテンサンダーボルト』 - logical cypher scape2…

『文藝春秋2023年9月号』(市川沙央「ハンチバック」ほか)

実家に帰った際に当該号が置いてあったので読んだ。 むろん「ハンチバック」目当てで読んだのだが(実家にあったのも同じ理由)、それ以外についてもちらっと読んだ。 感想をメモっておいたが、結果的に「ハンチバック」本編へのコメントが一番少なくなって…

倉田タカシ『あなたは月面に倒れている』

筆者の初のSF短編集。2010年代各所で発表された作品8編*1と書き下ろし1編を収録している。 あとがきで作者自身が述べているが、前半と後半とで作品の雰囲気というか作風がずいぶんと違っている。前半の5編は設定やプロットがちゃんとあるが、後半4編は、奇…

リシャルト・カプシチンスキ『黒檀』(工藤幸雄・阿部優子・武井摩利・訳)

アフリカについてのルポルタージュ。ポーランドのジャーナリストである筆者が、1958年からおよそ40年に渡って取材してきたアフリカ各国でのルポ29篇からなっている。 「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」におさめられた1冊である。文学というとつい小説を…

滝口悠生「恐竜」(『文藝2023年秋号』)

この作品を読もうと思ったのはタイトルが恐竜だったから、では決してなくて、以下の矢野さんのツイートによる。 滝口悠生さんの「恐竜」(『文藝』2023・秋)、めちゃ良いですね。ここ最近の滝口作品のなかでもとても好き。保育園するからだだと思いました、…

『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』

ギリシャで書かれた短編SFアンソロジー もはや完全に翻訳SFの一角をなした竹書房文庫から。 タイトルには傑作選とあるが、元の本として『α2525』という、未来のアテネを想像するという企画による短編アンソロジーがある。これにさらに英語圏で発表されていた…

パトリク・オウジェドニーク『エウロペアナ 二〇世紀史概説』(阿部賢一・篠原琢訳)

20世紀の歴史をカットアップした実験小説 海外文学読む期間をやっているが、海外文学といえば白水社だろと思って、白水社のサイトを見て回ってたときがあってその時に見かけて気になった本の1つ。 現代チェコ文学を牽引する作家が、巧みなシャッフルとコラ…

スティーヴ・エリクソン『君を夢みて』(越川芳明・訳)

エチオピアの少女を養子としたアメリカ人作家ザンの「アメリカ」を巡る物語。 オバマが大統領選挙に勝った頃のロサンジェルスやロンドン、あるいはザンが書く小説の中のベルリン、ロバート・ケネディが大統領選に向けて活動中のワシントンなどを舞台にして物…