ルーシャス・シェパード『タボリンの鱗 竜のグリオールシリーズ短編集』

竜のグリオールシリーズから「タボリンの鱗」「スカル」の2編が収録されている。短編集とはいうが、「スカル」は中編サイズだと思う。
ルーシャス・シェパード『美しき血(竜のグリオールシリーズ)』 - logical cypher scape2の訳者あとがきを読んだら、「タボリンの鱗」関係の部分があったようなので、こちらも読むことにした。
刊行順としては『タボリンの鱗』が先で『美しき血』が後なのだが、それとは逆順で読むことになった。しかし、それがわりと正解だった気がする。作中世界の時系列順としては、大ざっばにいうと『美しき血』→「タボリンの鱗」→「スカル」なので。
(ただし、「タボリンの鱗」はタイムスリップしているので単純にこの順ではないし、『美しき血』には「タボリンの鱗」よりもあとの出来事も出てくる)
どちらの作品も、確かに、いわゆるファンタジーを期待して読むと困惑するだろうが、しかし、個人的には結構面白かった。
また、全然ファンタジーではないか、といえば、そういうわけでもない。
「タボリンの鱗」は、はっきりと竜のグリオールが直接暴れる話だし、
また、「スカル」は確かに現在の中南米の政情不安をそのまま描いたような作品で、また「アメリカ」への批判・風刺みたいな側面もあるのだろうけれど、しかし、あのラストとか、やはり竜がいた世界だからこその味というか、昏い魔力への願望みたいものがなんとなく漂っている。

タボリンの鱗

古銭を扱うジョージ・タボリンという男が、グリオールの麓の娼館でシルヴィアという娼婦と出会う。たまたま手に入れたグリオールの鱗をいじっていると、なんと2人は、グリオールがまだ若い竜だった時代へとタイムスリップしてしまう。
グリオールは横たわっておらず、テオシテンテもまだない時代の原野で、まだそこまで巨大化しておらず自由に空を飛び回っているグリオールに、2人は突然追い立てられる。
こうして2人のサバイバル生活が始まるのだが、この平原には、彼ら以外にもやはりタイムスリップしてきた人たちがいることを知る。
タボリンは、そうやってタイムスリップしてきた家族の娘が虐待されていることに気づき、彼女を保護する。こうして、タボリンとシルヴィアはその娘ピオニーとともに疑似家族のようなものをつくっていく。
最後、再び元の時代に戻ってくると、グリオールがテオシンテを焼き払っているところに出くわす。このテオシンテの最後は『美しき血』では、簡単に記述されているにとどまっていたところだったが、こちらで詳細に記述されている。
最期の断末魔のようなもので、グリオールはいよいよ本当に死ぬのだが、その過程で何千人もの人々を焼き殺している。大火災が発生し、そしてグリオールは崩れ落ちた。
(若い方と死ぬ直前の両方の)グリオールの物理的パワーを味わうことのできる作品となっている。
ところで、シルヴィアがグリオールの不思議な力について、とある本から引用してタボリンに語るシーンがあるのだが、その本の作者が、何を隠そう『美しき血』の主人公であるリャルト・ロザッハーである。ただし、本作では「リチャード・ローゼチャー」と訳出されている。これは『美しき血』の訳者あとがきの方でも触れられていて、「タボリンの鱗」ではリチャード・ローゼチャーと訳したけど、『美しき血』でドイツ人だと分かったのでリヒャルト・ロザッハーとした、と。
また、本作は脚注が度々挿入されているのがちょっと面白い。上述のロザッハー(ローゼチャー)についても脚注で触れられている。また、メリック・キャタネイのグリオール毒殺計画が、テオシンテの財政にとって大きな負担となり、それにより周辺の都市国家との武力衝突につながった旨の注釈もある。このあたり『美しき血』ではカルロスがそれらしきことをいっていたかなと思う。
注釈の中では、南極圏バイカル湖にも竜がいる、ということが述べられていて、この世界がやはりこの現実世界の中に位置づけられていることが分かる。
一番最後の節が、シルヴィアの著作からの抜粋で、後日、シルヴィアがタボリンとピオニーのもとを訪れた話になっている。
グリオールが死んだあと、その遺体はばらばらに切り裂かれてあちこちへと売りさばかれたのだが、タボリンはこれによってグリオールは地球中を支配するようになった、という。
グリオールの力を信じるかどうかで、シルヴィアとタボリンの立場はいつの間にか逆転していた。

スカル

タイトルのスカルは、グリオールの頭蓋骨(スカル)のこと。
なんと舞台は21世紀(2000年代~2010年代頃)である。
グリオールが死んだ後、その亡骸は切り取られてあちこちに売却されていったが、頭蓋骨はテマラグアの皇帝のもとに運ばれた。テマラグアはその後、カルロス8世、アディルベルト1世、2世、3世と続き、アディルベルト4世の代で君主制が廃止される。そして、1960年代には頭蓋骨のあるジャングル周辺に、まるでグリオール周辺にテオシンテができたように、再び街(シウダ・テマラグア)ができあがる。
その街でとある奇妙な教団を率いた女性ヤーラと、ヒッピー崩れのアメリカ人男性スノウとの物語となる。
冒頭、グリオールが死んでから現代までの期間についての歴史が足早に語られたあと、ここからはヤーラという女性についての物語だ、といって、憶測と風聞と創作混じりの話になる、と釘を刺して始まるのが、結構ワクワクする。
基本的に3人称で書かれているが、第2節だけは、スノウの回顧録からの抜粋という形をとっている。
物語の最初、ヤーラは、グリオールの頭蓋骨に住み着いている少女なのだが、その周辺には彼女とグリオールの「信者」たちが自然発生的に集落を形成している。また、彼女は多額の現金を誰かに渡している。
スノウは、テマラグアに流れ着いてきたアメリカ人で、女好きの冷笑家の無職というクズっぽい奴なのだが、ヤーラに惹かれてしばしの間、グリオールの頭蓋骨で同棲するようになる。しかし、この頃のヤーラは、たびたび宗教的トランス状態に陥ることがあり、スノウは、周辺の信者たちの信仰にものれず、疎外感と恐怖を感じて逃げ出してしまう(スノウは、ジョーンズタウンを想起している)。
アメリカの実家に戻ったスノウは、やはりそこでもろくに仕事をしてないのだが、雑誌にテマラグアでのヤーラのことを回想した記事を書いていて、それが第2節に抜粋されている。
テマラグアで、スノウは、とあるゲイバーに入り浸っているのだが、そのゲイバーには人妻が夜遊びしにきていて、スノウはそっちが目当て。ただ、この人妻たちは、右翼や軍人の妻たちなので、手を出すとヤバイとかなんとか。
スノウが、シウダ・テマラグアに滞在していたのは2002年から2008年とされている。
で、10年後、スノウは、中米のとあるカルト教団が突如消えたというゴシップ記事を見つけて、再びテマラグアを訪れるのである。
(なお、この記事の中で、グリオールの頭蓋骨は、メガラニ*1属の頭蓋骨と書かれている)
ゲイバーのマスターから、今のテマラグアでは、POV(組織暴力党)が勢力拡大しており、ゲイは生きにくくなっていることや、ヤーラについて聞き回るのはやめるように言われるが、スノウはその警告を軽視する。
当時ヤーラが現金を渡していた相手がPOVであることが分かる。そして、ゲイバーのマスターはPOVに殺されてしまう。
この頃、スノウは英語講師をやっていたのだが、教え子の母親と親密になりかけていた。彼女の夫がPOVの幹部であったので、スノウはついにその母親と関係をもって、POVについての情報を探る。そして、田舎の村に、ヘフェ(指揮官)とだけ呼ばれる謎の男がいることが分かり、スノウはその村へと向かう。
果たしてヘフェと遭遇し、半ば無理矢理ヘフェに連れて行かれると、そこには大人になったヤーラがいた。
ヤーラによれば、頭蓋骨が消滅したあと、そこに倒れていたのがヘフェだったという。グリオールの生まれ変わりだとヤーラは信じている。彼女はヘフェを育て、今ではヘフェの使用人のような存在になっている。ヘフェは残虐で、この村の男たちをみな殺しているが、ヤーラはヘフェをこの国の指導者にしようと考えているようだった。
スノウは、ヘフェの客としてヘフェの家に泊まることになる(ヘフェに軟禁されている、といってもいい)。再び、ヤーラと寝るようにもなる。
ヘフェの家には奇妙な部屋があって、そこでヘフェは「空を飛んでいる」。その部屋は、非常に天井高の高い部屋で、鎖が何本もぶら下がっており、ヘフェはそれを掴んで跳躍しているのだが、その様子がほとんど「空を飛んでいる」ようなのだ。そしてまた、ヘフェはその部屋で人を殺してもいる。
最終的に、ヤーラとスノウは協力してヘフェを殺すことに成功する。
トラックに乗って2人が走り去るシーンで終わるのだが、そこでは残虐な男の支配から逃れられた解放感を覚えつつも、竜の復活をどこかで願っているという喪失感もないまぜになっており、なかなかビターで味のある結末になっている。
ところで、このヘフェの、人間の姿をしているけれど人間離れした身体能力と性格をしているところと、最期、致命傷を負いながらもなお歩き出して逃げようとしたところをマチェーテで斬られるところに、どことなく寄生獣っぽさを感じた。


最後に筆者の覚え書きがあるのだが、シェパードは実際にグアテマラ滞在経験があり、ゲイバーについてのエピソードやPOV幹部の妻との関係についての話が、その頃の実体験をベースに書かれているらしい。POVも実在する政党だとか。また、テマラグアがグアテマラをもとにした名前だというのも明言されていた。
覚え書きの最後に、在グアテマラ・スペイン大使館占拠事件(1980年)について触れられていて、何だそのヤバイ事件は、と思って、Wikipedia読んでみたら、まじでやばい事件だった。農民と労働者が窮状を訴えるために首都で抗議行動を行い、そのままスペイン大使館を占拠し、スペイン大使や元副大統領を人質にとった。が、グアテマラ政府はスペイン大使、元副大統領がいるにもかかわらず、大使館を焼き討ちに。大使はかろうじて逃げ延びたが、元副大統領やスペイン領事は死亡し、スペインはグアテマラとの国交を断絶した、という事件……。
シェパードは、この事件が起きたときにグアテマラにいたらしい。
ところで、本書巻末に池澤春菜の解説があるのだが、池澤春菜池澤春菜で、2019年のチリ暴動に巻き込まれた話を書いている。

グリーオルシリーズ

sakstyle.hatenadiary.jp
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*1:ググってみたところ、オーストラリアに生息していた絶滅したオオトカゲらしい