ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』

超巨大な竜グリオールを巡る短編4編を収録
巨大さという点では、おそらく他作品に登場する竜と比べて群を抜いており、全長が1キロメートル以上ある。
しかし、この竜は空を飛んだり、言葉を話したりはしない。実は、数千年前に魔法使いに殺され、大地に横たわっており、もはや、地形の一部をなしていると言ってよい。
ただし、この魔法使いはグリオールを完全に殺すのには失敗しており、精神だけは生きているという状態になっている。
そして、このグリオールの精神は、周囲で暮らす人々に影響を与えている。近くの町の住人は、グリオールの影響により陰鬱であり、また攻撃的でもあると言われている。
表題作は、グリオールの皮膚に絵を描くことで絵の具の鉱毒でグリオールを殺すことを企てる男の話
他に、グリオールの体内に逃げ込み生活することになった女性の話、グリオール崇拝をしている僧侶が殺された話を巡るミステリ、            
中短編といった長さだが、いずれも、主人公の一生を描くようなスケールで、また、グリオールが人の心に影響を及ぼすという設定故に、自由意志なのかグリオールに操られていたのか、といったことが関わってくる。
特に、3作目「始祖の石」は、犯行が自由意志によるものだったのかどうかが争点となるミステリである。


1984年~2004年にかけて発表された作品が収録されており、最初の3編は『SFマガジン』が日本語訳初出。4つめは初訳。
なお、版元は早川ではなく竹書房
竹書房は以前、オールディスの新訳を出していたこともあり、時々海外SF・ファンタジーの刊行があるようだ。
https://sakstyle.hatenadiary.jp/entry/20151231/p1:title

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

竜のグリオールに絵を描いた男

画家のメリック・キャタネイは、グリオールのいるテオシンテ市を訪れ、グリオールの身体に絵を描くことで、じわじわと毒殺していくという提案を行う。
この計画がなかなか壮大で、彼の半生をかけたもになるのだが、物語自体は、すごくざっくり言ってしまうと、不倫と三角関係の話だったりする

鱗狩人の美しい娘

グリオールの背中にあるハングタウンには、鱗狩人という人々が住んでいる
とある鱗狩人の娘であるキャサリンはとても美人で、奔放な生活を送っていた。ある日、レイプされかけたところ、反撃して相手の男を殺してしまう。そして、その男の親族に追われたキャサリンは、グリオールの口の中へと逃げ込む。
なんと、グリオールの体内へと入り込んでしまうことになるのだが、その中には、モードリーという謎の老人と、フィーリーと呼ばれる人々が暮らしていた。モードリーも、キャサリンと同じくグリオールに体内に迷い込んでしまった男。一方、フィーリーというのはかつてグリオールの体内に迷い込んだ者の子孫たちで、人間ではあるけれど、言葉はあまり通じず、獣のように暮らしている。
キャサリンは何度か逃げ出そうとするが、フィーリーたちに見張られており、結局、10年間、グリオールの体内で暮らすことになる。
その間、グリオールの体内の不思議な動植物の記録をしたり、新たに体内へと迷い込んできた男性と恋に落ちたり、2人で麻薬におぼれたりなどする。「おばけ蔓草」という奇妙な植物も。
何故、キャサリンはグリオールの体内から逃げ出すことができないのか。グリオールがキャサリンに対してある役割を与えているから。
「おばけ蔓草」による復活というのが、わりとSF的なギミックでもあるなーと思う
グリオールから与えられた役割が、「え、そんなこと」ってキャサリン本人も思ってしまうようなことでもあるのだけど、それが終わるとまあ一応、無事にでられて、その後はグリオール体内体験について本に著して有名になって幸せになったらしい。
キャサリンは、グリオールの体内から出てきたところで、自分が追い立てられる原因を作った女が子持ちになっているのを見つけて、復讐しようとするのだけど、そんなことしても意味ないなと気付いて立ち去る、というシーンが描かれていたりして、単純に、ドラゴンの体内で不思議なことを経験した話というだけでない感じになっている

始祖の石

ポート・シャンティの弁護士コロレイは、僧侶ゼマイルを殺したレイモスの弁護を行うことになる。
ポート・シャンティというのはその名の通り港町で、グリオールからは少し離れているのだけど、グリオールの影響圏にある。
ゼマイルは、グリオールを崇拝する教団を率いていて、レイモスの娘ミリエルは、ゼマイルのもとに通っていて、レイモスとゼマイルの間は険悪だった。
で、レイモスは、始祖の石と呼ばれる、グリオールの身体から生まれたという宝石を使って、ゼマイルを殺害する。
レイモスにはゼマイルを殺す動機が十分にあるわけだが、レイモスはなんと、自分はグリオールに操られたのだと主張する。コロレイもこれには困り果てるのだが、この線でレイモスのことを弁護する方針をかためる。
一方で、コロレイはミリエルに惹かれてしまい、関係をもってしまったりする。


実は、ゼマイルはグリオールを崇拝していたのではなく、かつてグリオールを殺し損ねた魔法使いの子孫(と少なくとも自分ではそう思っている)で、グリオールを殺すための儀式を行っていて、それゆえに、グリオールはレイモスを使ってゼマイルを殺そうと企てたのだ、ということが分かり、コロレイは裁判に勝つ。
しかし数年後、コロレイはミリエルの母のことを知り、レイモス親娘のもとを訪れ、実は自分が親娘に操られていたということに気付く。
いやしかし、そんなコロレイの行動すらも、実はグリオールに操られていたのではないか。
と、一体どこまで操られていたのか、というのが何重にも入れ子になったミステリとなっている。
グリオールは直接出てこないのだが、人の心に影響を与えることができるという設定によって、舞台装置として強く働き、よくできたミステリになっていると思う。

嘘つきの館

妻が事故で死んだあと、殺人を犯してポート・シャンティからテオシンテへと流れてきた男、ホタ
テオシンテにある唯一の宿で暮らしている。この宿は、オーナーがグリオールの背中に生えている木を切り倒してきて建てたと言っているのだが、そんな勇気などないはずで嘘に決まっていると思われており「嘘つきの館」と呼ばれている。
ある日、ホタは、グリオールの上空に生きたドラゴンが飛んでいるのを見かける。着地した場所を見に行くと、そこにはマガリと名乗る裸の女性がいた。
ホタとマガリは、嘘つきの館で奇妙な同棲生活を始めることになる。
これもまた、グリオールによる操りの話で、グリオールが自分の子供をつくるために、ホタとマガリを操っていたという話になっていく。
ホタが、マガリが自分に対してどう思っているのか聞かせてくれと頼むと「必然と自由だ」と述べたりしている(ホタはマガリに対して愛情を抱いている、と思っているが、マガリはむしろそれを「必然と自由」(グリオールに操られていることを必然と述べているっぽい)と表現している)。人間の姿をしていても、ドラゴンが人間とは異なる感情や思考をしているというのを感じさせるところ。

作品に関する覚え書き

シェパードが、それぞれの作品を書いていた頃について綴ったものだが、解説によれば、シェパードは自分のことについて、かなり誇張したりして語る傾向があって、この覚書自体も、作品を読み解くのにそのまま信用できるものではない、としている。
というか、実際、作品自体についてはあまり語っていない。一方で、ちょっとした読み物という感じにはなっている。
グリオールは実はレーガン政権の隠喩なんだと言ってみたり、これを書いている時はニューヨークの荒れた地域に暮らしてたから作品のことは何も覚えてないとか

解説

シェパードについての解説から、グリオールシリーズについて、そしてノヴェラという形式についても軽く論じられていて、読みごたえがある解説。
シェパードは1943年生まれ、厳しい父親に育てられ若い頃に世界各国を放浪していて、家族をもってからはバンドマンとして生計を立てていたこともあるとか。1983年、40歳で作家デビュー。サイバーパンク華やかなりし頃にデビューしていて、基本的にSF界隈で仕事していたようだが、ファンタジーであり、またどのジャンルにも属さないような作品を書いていて、好きな作家もSFではなく、文学系の作家が多かったらしい。
ファンタジーといっても異世界を作るということに興味はなくて、現実世界を反映した世界を描く作家で、基本的に、同じ世界を舞台に複数の作品を書くということはなく、グリオールは例外的なシリーズだった、と。
1984年「竜のグリオールに絵を描いた男」(日本語訳1987年)
1988年「鱗狩人の美しき娘」(日本語訳1991年)
1989年「始祖の石」(日本語訳1991年)
2003年「嘘つきの館」(本書で初訳)
2010年”the Taborin Scale”
2012年“The Skul”
2014年“Beautiful blood
本書に収録されている前半の作品群を読む限りは、異世界っぽいのだが、後半の作品になるにつれて現実世界とのつながりがでてくるらしい。テオシンテは中米のどこかにあるらしい、とか。