「カッシーラー」「ヴェーバー」他(須藤訓任編『哲学の歴史9 反哲学と世紀末―19-20世紀』)

中公の『哲学の歴史』!!
本についての話をする前に個人的な話をするが、これは、自分が学生だった頃に発刊されたシリーズで、なんかすごいの出たなあと思っていた。その後も近くの図書館で見かけたりして*1「いつか読むぞ!」「いつ読むんだ?」というのを思い続けた本だったのだ。
読むことになるとしたら、分析哲学を扱っている11巻をまずは読むだろうと思っていたのだが、何故か9巻から読んでいるのだから分からんもんで。
ここのところ世紀転換期・戦間期についての本を読むというのを続けているけど、その一環で、中公の『哲学の歴史』にも手を出そうかなというのは以前から画策していて、ただ具体的にどの巻をまず手にするかということについては、木田元『マッハとニーチェ―世紀転換期思想史』 - logical cypher scape2の最終章がカッシーラーを扱っていたのが決定打となった。
カッシーラーは、ヴァールブルク文庫との関係も気になっていたし。


この第9巻は「反哲学と世紀末―19-20世紀」とあるが、扱われているのはまさに世紀転換期(のドイツ)ということになる。さらに「マルクスニーチェフロイト」ともサブタイトルには掲げられていて、この3人を中心にしつつ、新カント学派とかも扱われている。
取り上げられている人たちは、どれも気になるといえば気になるのだが、今回はカッシーラーヴェーバーに絞ることにした。
なお、カッシーラーは、この本に収録されている人たちの中では最も時代的には後の人で、1874年生まれ1945年没。

イメージの回廊
総論 マルクスニーチェフロイト 須藤訓任
フォイエルバハ 服部健二
コラム1 歴史学の誕生 竹中亨
コラム2 鉄道網・金融市場の発達 竹中亨
マルクスエンゲルス 的場昭弘
コラム3 ドイツ社会民主党 的場昭弘
ショーペンハウアー 鎌田康男
キルケゴール 藤野寛
ニーチェ 須藤訓任
新カント学派 大橋容一郎
カッシーラー 直江清隆
コラム4 日本における西洋哲学の受容 板橋勇仁
ディルタイ 竹田純
ジンメル 北川東子
コラム5 ドイツの女性運動とジンメルジェンダー論 北川東子
コラム6 バハオーフェン 上山安敏
コラム7 一九世紀ドイツのユダヤ人 上山安敏
ヴェーバー 鈴木宗徳
コラム8 一九世紀ヨーロッパの国境と国籍 竹中亨
コラム9 ニヒリズム 沼野充義
シャルコー/ジャネ 立木康介
フロイト 新宮一成

イメージの回廊

『哲学の歴史』シリーズは全巻、冒頭に「イメージの回廊」と題してカラー口絵のページがある(ようだ)。
まず本書で取り上げられている哲学者の顔写真アルバムのページがあったあと、次のページをめくると、突然、ダイアグラムとして見慣れぬ人名が細かく並んだ人物相関図が現れて、驚いた。
その後、ファム・ファタルをテーマにした古今の絵画が並べられ、先ほどの相関図に関連した解説が書かれている。
先ほどの相関図は、ルー・アンドレアス・ザロメリヒトホーフェン姉妹、フランツィスカ・ツー・レーヴェントロ、エラノス会議のオルガ・フレーベ=カプテイン、さらにバハオーフェンなどを中心としつつ書かれている。
「※は本書で取り上げられている者」という注釈もあるが、この相関図に載っている名前のほとんどに「※」マークがついていない。
ザロメは、ニーチェリルケから求婚されたがいずれも断ったという女性で、のちにフロイトとも関わりがあったらしい(この関わりがどういう意味での関わりなのかはよく分からなかったが)。相関図ではさらにほかにも多くの人物(その中にはエビングハウスとかもいる)との間に恋愛関係を示す線が引かれており、恋多き女性に見える。
ハイデルベルクリヒトホーフェン姉妹はなかなか複雑で、姉の方は、マックスとアルフレートのウェーバー兄弟両方と関係を持ち、また、姉妹の両方ともオットー・グロースの子を産んでいる。
レーヴェントロは「異教の聖母」という異名を持っていたらしい。ミュンヘン宇宙論サークルの人と関係を持っていたらしい。が、宇宙論サークルというのが一体何なのかまったく説明がない。また、相関図の中には、同じくミュンヘンつながりで「ゲオルゲ・クライス」というグループも書き込まれているが、こちらもどういうグループなのか説明がない。メンバーの中にカントーロヴィチがいるようだが。
また、バハオーフェンはグロースに影響を与えた人物として書かれている。また、人間関係上の線はひかれていないが、同じバーゼル大学にいた人物として、ニーチェ、ブルクハルト、オーヴァーベックが並んで記載されている。
グロースというのはフロイトの弟子だったらしいが、ザロメ周辺、リヒトホーフェン周辺、レーヴェントロ周辺のいずれにも名前がある
この相関図には名前は載っていないが、解説文中には、世紀転換期のファム・ファタルの一例として、マーラーの妻であるアルマの名前もある。


カッシーラー 直江清隆

1874年生まれ
ラッセル、シェーラー、ラスクと同世代
ベルリン大学で法学。大学を転々としたのち、マールブルク大学のコーエンのもとへ
ディルタイの支持をえて、ベルリン大学の私講師
ベルリン大学時代に、『実体概念と関数概念』(1910年)を発表し、また、ライプニッツ全集やカント全集の編纂を行い、カント研究の論文も発表している。
第一次大戦後、ハンブルク大学
「理性批判」から「文化批判」へ
その際、重要だったのが、ヴァールブルク文庫との出会い
『言語と神話』『ルネサンス哲学における個人と宇宙』『英国におけるプラトンルネサンスケンブリッジ学派』が、この文庫を通じて発表されている。
また、『シンボル形式の哲学』や、ダヴォスでハイデガーと討論したのも、ハンブルク大学時代。
1930年 ハンブルク大学総長選出
1933年 しかし、ナチス政権成立と同時に亡命してオクスフォードへ。1941年には渡米


カントの「コペルニクス的転回」を推し進める
一種の「理論負荷性」のようなことを論じている
科学的認識が扱う対象は、一定の「関係」によって統合され秩序立てられた対象。種は、抽象的普遍ではなく具体的普遍
『シンボル形式の哲学』では、科学的認識だけでなく、芸術、宗教、神話などへ広げる
精神と生について
技術について

コラム5 ドイツの女性運動とジンメルジェンダー論 北川東子

ブルジョワプロレタリアートで女性運動が分裂
ドイツでは、フェミニズムジェンダーを主題とした哲学はほとんど生まれなかったが、ジンメルはその例外。女性差別ジェンダーによる概念的な差別として論じた。

コラム6 バハオーフェン 上山安敏

母権制』(1861)の著者
発表時は注目されなかったが、アメリカの人類学者モーガンが取り上げ、さらにモーガン経由でエンゲルスが世に広めた。
宇宙論サークルや、スイスのアスコーナのサークル(エラノス会議のことか?)で重要視された。
トーマス・マン、ハウプトマン、リルケ、ホーフマンスタール、ヘッセに影響を与えた。

ヴェーバー 鈴木宗徳

政治家の父と敬虔なプロテスタントの母をもち、ヴェーバーの政治と宗教というテーマへとつながっていく。
歴史学、法学、経済学を担当した。
妻マリアンネが知的な面でも彼を支えており、死後に遺稿集をまとめたり伝記を書いたり、また、ヴェーバー・クライスという、彼の自宅での集まり(ジンメルゾンバルト、トレルチ、ルカーチ、シュミットなど)を死後も続けたりした。
政治の道を進むか学問の道を進むかで悩んでおり、1903年には大学の辞職が認められ、1918年までは在野の研究者だった。
第一次大戦後は、ナウマンとともに民主党を創設し、ヴァイマル憲法起草にもかかわる。
社会学」のパイオニアとして知られるが、業績の大半は歴史研究
19世紀は歴史主義が興隆したが、ヴェーバーの時代はさらに歴史主義への批判の時代となっていた。


ヴェーバーといえば『プロ倫』だが、プロテスタンティズムの予定説が物象化をもたらした、というもの
「物象化」というキーワード、ここで出てくるんだな、と思った。
また、官僚制についても論じているが、これを物象化された関係としている。
つまり、愛や憎しみの全く介在しない関係。
それから、プロテスタンティズムだけではなくて、儒教道教ヒンドゥー教や仏教など他の宗教についてもそれぞれ研究していて、それらとの比較という観点からもプロテスタンティズムをみている、と。
合理性というのは色々あるが、ここでは、主知化・脱呪術化としてあらわれる。
神が死んだあと、近代は神々の闘争の時代
つまり、複数の価値観が互いに対立しあう。
これは、宗教的な「体験」や「指導者」を求めたりなしないよう、安易な価値選択を行ってはならないという戒めの言葉でもある、と。



心情倫理と責任倫理の区別というのも論じている。
心情倫理は、その行為を無条件に義務としてとらえる倫理で、責任倫理はその結果どうなるかまでを踏まえた上での倫理
目的は手段を正当化するのか、という政治の点で重要となる。
ヴェーバーはもともと第一次世界大戦開戦時には主戦派であったが、のちに立場を翻して、和平交渉に関わるようになる。これは、ヴェーバー責任倫理のあらわれ。


ヴェーバーは、社会科学の方法論についても論じており、今でいうところの、社会科学の科学哲学に相当するような話をしているなと思った。
哲学史上は、ヴェーバーは、新カント学派のリッカートの弟子にあたるが、ヴェーバー本人には哲学者だという自認はないし、理論的な著作もない。
ただ、有名な「価値自由」という概念は、リッカートの考えを下敷きとしている。
この「価値自由」の話の前提として、ドイツ歴史学派経済学とカール・メンガーとの間の論争がある。
経済学(社会科学)における歴史重視派と理論重視派
世界に対して意味を与える能力を持つのが文化人であり、逆に言うと、文化人が意味を与えざるをえない。脱呪術化と主知化により、世界は客観性を与えてはくれなくなったから。
ゆえに、文化科学(社会科学)における客観性は主観的前提に結びつかざるをえないと考える。
社会科学において法則というのは、あくまでも仮説的なもの。
法則を導き出すのが目的なのではなくて、法則はあくまでも手段
また、法則以外にも、社会学では索出的手段として「理念型」というものを用いるということも論じている。例えば、ヴェーバー自身であれば、支配の3類型がそれにあたる。


そういえば、弟アルフレートについての言及なし

*1:今回、同じ図書館で借りて読んだのだが、以前は開架だったのにいつの間にか書庫に回っていた……