リンダ・ナガタ『接続戦闘分隊』

感情制御技術とドローンによる戦闘支援と民間軍事会社が跋扈する近未来の米陸軍で、ちょっと軍人っぽくない感じの軍人主人公の一人称ミリタリーSF
どことなく、というか完全に『虐殺器官』を彷彿とさせる作品であるので手に取ってみることにした。
上にあげたような要素に確かに『虐殺器官』と似たようなところがあるので、そういうのが好きな人は読んでよい気がするが、一方で、それ以外は特に似ていないので、あまり強く「『虐殺器官』に似てる作品を読みたい」と思ってしまうと期待からずれる感じ。
あと、翻訳物でよくある奴だが、原作は三部作だが、まだ残り2本は未訳なので注意
てっきり一冊で完結してんのかなと勘違いして読んでたら「俺たちの戦いはこれからだ!」みたいなところで終わった

接続戦闘分隊: 暗闇のパトロール (ハヤカワ文庫SF)

接続戦闘分隊: 暗闇のパトロール (ハヤカワ文庫SF)


「接続戦闘分隊(リンクド・コンバット・スクァッド=LCS)」と呼ばれる新しいタイプの陸上部隊のお話
彼らは、スカルキャップと呼ばれる電極のついた帽子みたいなものをかぶっており、これが脳内インプラントに刺激を与えて、感情や欲求を制御している。つまり、戦闘によって陥った罪悪感とか憂鬱さとかをこれで抑え込んでいるのである。
主人公のシェリー中尉は、スカルキャップを外すと抑鬱に襲われてしまうので、半ばこの感情制御に依存気味なところがある(これに依存していないLCS兵士はいないとも書かれている)
彼らの部隊には支援用のドローンや、本国の指揮所であるガイダンスがある。彼らのヘルメットには、ドローンとガイダンスからの情報が送られており、AR的に進むべきルートなどが示され、ガイダンスからは情報部から送られてきた情報などを教えられ、必要に応じて、ドローン視点の映像や他の隊員視点の映像を見ることができるようになっている。
さらに、ボーンとかシスターズデッドとか渾名されるパワードスーツを着込んでいる。
そういう近未来の歩兵戦を描いている
その戦闘シーンを読むのがわりと楽しいかなーと思う。


第1巻である本作は、全部で3章の構成になっている
1.暗闇のパトロール
2.流血のシェルター
3.覚醒のファーストライト
1章はアフリカ某国、2章はテキサス、3章はアラスカを舞台としている。
シェリー中尉は、ガイダンスやドローンの情報でも拾うことのできなかった敵の気配を察知する「勘」「神のお告げ」を持っていて、アフリカの任務において、部下に被害を出さずにやってきていた。
物語は、この「勘」の正体をめぐって展開していく。
シェリーの部下の一人は、彼が本当に神の声を聞いているのだと信じているが、むろん多くの人はそうは思っていない。シェリー本人も「勘」という以上に、説明できないでいる。
第2章以降、どうも何者かがシェリーのスカルキャップや情報システムにハッキングしているのだろうということがわかってくる。
具体的な情報が伝わってくるわけではないが、「早くここから移動しなければ」といった危機感だったり、あるいは「このまま進めばうまくいく」といった自信だったりを、スカルキャップを通して、シェリーに与えて、シェリーの行動をある程度操っている何者かがいる、のである。
この作品は、全編シェリーの一人称で描かれているのだが、戦闘シーンにおいて、地の文でシェリーが唐突に「早く地上にあがって空気を吸いたい」とか「きっと気のせいだろう」とか述べている部分が出てきて、前後の行動と脈絡があってない行動をし始めたら、大体、シェリーが操られている。ただ、あくまでもシェリーの一人称なので、どこからどこまで操られているのかは、必ずしも判然としない。
シェリー自身、ハッキングを受けているようだということは途中からわかっているので、「今は操られていないはずだ」的な自覚を持っているところもあるのだが、そもそも彼は自分の感情をスカルキャップの制御に依存しているところがあり、彼の自分自身の感情についての記述も信用できず、信頼のできない語り手となっている。


シェリーはちょっと面白い経歴の持ち主で、元々は金持ちのボンボンで、ある日たまたま出くわした反戦デモみたいなのを見物していたら逮捕されてしまい、取り調べの風景をすべて録画してネットにアップ、ということをしていた。
ちなみにこのエピソードは、作者が過去に短編として発表していて、本作はその続編にあたるらしい。
また、さりげなく「取り調べの風景をすべて録画」といったが、コンタクトレンズ的なデバイスを彼は眼球に埋め込んでいて、それを用いた。
軍人になってからも、このデバイスを彼は使い続けているのだが、金持ちじゃないと買えない代物なので、分隊の他の兵士は使っていない。
で、そんな全然軍人にはならなさそうな彼なのだが、刑務所に収監されるか徴兵を受けるかの取引を持ちかけられて、軍人になったという流れ。
彼の父親や恋人は、シェリーのその選択をあまりよく思っていないが、シェリー本人は自主的な選択だったと強く主張している。
ただ、物語後半になってきて、この選択自体が、操りの結果だったのではないかと示唆されている。


反戦デモに出くわした際にできた友人が、反戦ジャーナリストで、世界の戦争はすべて民間軍事会社が受注を失わないために作り出しているのだ、という半ば陰謀論めいた主張をしており、シェリーもその話を信じていて、分隊の部下に話したりしている。


第1章の最後で、脚を失ってしまったシェリーは、最新技術を用いた高性能の義肢を装着することになり、第2章はそのリハビリと、新しい義肢のための軍事訓練に多くの描写がさかれていく。
高度に情報化された歩兵、というだけでなく、サイボーグ兵士となっていく主人公、というのも、この物語の一つの軸となっている。


また、他にもこの物語にはいろいろな要素がある。
シェリーの参加した軍事作戦におけるシェリーの行動は、シェリーのデバイスを通してすべて録画され軍に提供されているのだが、その映像が、シェリーの知らぬ間に、ドキュメンタリー番組として編集されネットに投稿されているのである。
このドキュメンタリー番組を通じて、シェリーは英雄扱いを受けるようになるのだが、このプロパガンダは一体誰の手によるものなのか、という謎もある。
なお、「暗闇のパトロール」と「流血のシェルター」はその番組のタイトルにもなっている。


民間軍事会社シェリダン社の筆頭株主であるシェリダン、この人が半ばとち狂っていて、ネット上に新たな知性のようなものが生まれ、それは悪魔だと主張している。
彼女はそれを「赤いシミ」と呼んでおり、それを受け、主人公たちもそれを「レッド」と呼ぶようになる。
本作の原題は「The Red」である。
このレッド=シェリーを操っているものである。
正体や目的は不明だが、シェリーを操って、この民間軍事会社の妨げになるようなことを行っているっぽい。
シェリーの恋人やジャーナリストの友人は、さらにいろいろと仮説を唱えている。
で、レッドを停止するためにはおそらくネット全体をダウンさせるしかなく、シェリダンはテキサス州に傀儡独立政権をぶち上げ国内核戦争を起こすというとんでもない方法でレッドを止めようとする。

シェリダン自身は、エスタブリッシュメント層にがっちり食い込んでいるので、全く表沙汰にならないのだが、シェリーの上司は彼女を裁判に引きずり出すために策を練り始める。
レッドは敵か味方かわからないが、シェリーとシェリーの部下たちは、さらなる争いへと巻き込まれていくのであった。


訳者あとがきによると、筆者のリンダ・ナガタは90年代SF読者にとっては懐かしい名前らしく、元々ナノテクSFで名を馳せていたらしい。
ミリタリーSFは本作が初で、本人は売れると思わなかったため、元々、商業出版ではなく、自己出版レーベルの電子書籍で発表していたらしい。
カタカナ表記なので全然気づいていなかったが、ナガタは日本の姓のナガタ。ただし、結婚してこの姓になっただけで、本人は日系ではないとのこと。