津田一郎『脳から心が生まれる秘密』

カオス理論を用いて、心の仕組みを解明しようという試みを紹介する本
脳とカオスの話も一応読んでおこうかなと思ってググったら、ちょうど2025年に新書が出ていたようなので、手に取った。
うーん、しかし、この本はちょっと厳しい……

第1章 心とは何か―「数学的心観」を出発点に

この章は導入ということで、筆者の心観や数学についての考え方。数学と心は似ているのだ、というような話がなされている。


人の心というのは、周囲の人たちの心との相互作用から創発しているのではないかと考えている、と。


数学と心が似ている、というのは、身体と心の関係が物理と数学の関係に似ている、という話
自分は、一元論と二元論のいろいろな立場をミックスしたような立場だ、とも。


数学において、点というのは無定義概念。
線を構成するために、点という概念が必要とされるが、点というのは物理的には存在できない(例えば、鉛筆でちょんと打って「これが点」といいたくなるが、厳密に言うとそれは広がりを持っているので数学的な意味での「点」ではない)。
点を横に伸ばすと線になる。つまり、点は動かすと線として見えるようになる。
筆者は、心はそういう意味で点に似ている、という。
心、というものをそれだけで取り出そうとしても難しいが、作用したときに見えるようになる。
緊張すると心臓がドキドキする、とか。


相転移
筆者は、動物には心がなくて人間には心がある、と考えているらしい(まあ、程度問題だとは思う。動物にも情緒反応はあるけど、人間のような複雑な感情は持っていない、ということをざっくり、心はない、という言い方をしている)
で、動物と人間の差異を、相転移で説明している。
つまり、人間の脳の神経細胞とかそのネットワークとかの量が質に変わってるんじゃないか、と。


余談に属する話だとは思うが、数学=論理ではないのだ、という主張に関係するエピソードとして
筆者の知人の数学者は、必ず酒を少し飲んでから証明にとりかかる。ロジカルすぎるという自覚があるので、それを緩めるため、というものがあり
ちょっと面白い話として紹介しているのだろうし、確かにちょっと面白いとは思うが、読みながら思わず「こ、これだから数学者という奴は……」と呟いてしまった。ロジカルすぎるという自覚ってなんだ

第2章 「閉じた系」の無秩序と「開いた系」の秩序―カオス的な脳が心を生むメカニズム

  • 平衡と非平衡

平衡状態=エントロピーが高い無秩序状態
それに対して、非平衡というのは、秩序が保たれていて、開いた系
生命現象とか非平衡

  • カオス

もとは「混沌」という意味だが、数学においては、
非周期的で予測できないが、分散せず秩序立っているものを指す。


ローレンツ
1963年 大気の運動を予測する方程式
軌道が不規則・初期値鋭敏性
アトラクター
非周期的(二度とおなじところは通らない)が、一定時間経ってみると全体としては崩壊も分散もしない
バタフライ効果


カオスはあちこちにある。
うろこ雲、パンこね、混ぜる、カクテル、心拍
水に何かを溶かして、マドラーとかで混ぜると、カオスが発生する。
マドラーで混ぜるとかカクテルのシェイカーを振るとか、それ自体は単純な動きだけど、それによって、非周期的な流れが起きてあちこちに動き回るので、よく溶けるのだ、と。
つまり、カクテルはカオスを利用している
心拍も、周期的に思えるけど実は違う。


ランダウ
→乱流=多くの振動が無限に重なり合った準周期的な状態
リュエルとターケンス
→ランダウの考えを批判(無限は現実には存在しない)
→ストレンジ・アトラクター(点アトラクターでも周期アトラクターでも準周期アトラクターでもないアトラクター)
のち、「カオス」と命名される



脳の機能局在の話に対して、脳の働きを考える上では、領域だけでなくつながりもみないとだめ、と。
個々の部品だけでなく全体から考える必要がある。
自己組織化や機能分化がどのように起こっていくか
外部環境や他者といった拘束条件のもとで変分的に機能分化


自己の恒常性
スパースコーディング(情報処理する際にすべての要素ではなく一部の必要最低限の要素だけ使う)
→同じものを表すのに同じネットワークでなくてよい
→違うネットワークでも同じ「わたし」


ノイズ・インデュースド・オーダー
1983年、筆者らが発見した現象
2017年、定理が証明された
カオスにノイズを加えると逆に秩序が発生する
脳でも起きている可能性

代謝も進化もカオス?

第3章 意識とは「作用」である―脳はいかに記憶・学習・連想するか

記憶
海馬ではシータ波(0.2秒/1サイクル)というゆったりした脳波が発生しており、そこにガンマ波(0.03秒/1サイクル)という速い脳波が切り込んでくる
ひとつのシータ波に切り込んでくるガンマ波はおよそ7個
→マジックナンバー?


フリーマン
ステファン・コイファー、アントニー・チェメロ『現象学入門』(田中彰吾・宮原克典訳)(一部) - logical cypher scape2でも紹介されていた、嗅覚の記憶実験
臭いごとにアトラクターがあって、未知の匂いを嗅ぐと、アトラクターから別のアトラクターへとさまよう


カオス遍歴
筆者らが提唱した概念で、アトラクターからアトラクターへとカオス的に移り変わること。
フリーマンの嗅覚の話はカオス遍歴なのではないか、と。
(1)アトラクター間をカオス的に遍歴して記憶をサーチ
(2)脳がカオスを使って情報を編集
興奮性ニューロンと抑制性ニューロンの比率が、ある比率になるとカオス遍歴が生じやすい

記憶は、どこかの場所に静的に保存されているわけではなく、カオスの中に保持されている

  • 意識

フリーマンの「大域アトラクター」説
辺縁系と新皮質にまたがる大域的(グローバル)なアトラクターがあって、それが意識の基盤をなしている、という説
欲求とか情動を担っている辺縁系と新皮質の結びつきが、意識にとって某か必要ということなのだろう。
ところで、本書ではここで、何かを好むとか何かを目指すとかそういう意味で、インテンショナリティ(志向性)という言葉を使っているのだが、それは単純に志向性という言葉を誤解している気が……


筆者は、あるときフリーマンの論文を読んで、自分と考えが似ていると思い、フリーマンに対して手紙を書いたところ、意気投合したという。
筆者のカオス遍歴を参照して、フリーマンが論文を書いたりなど、相互に影響を与え合っていたらしい。
なお、フリーマンはすでに亡くなっている*1
さて、筆者は、フリーマンと多くのところで考えが一致したが、意識についての仮説では意見を違えていたという。筆者は「マイナスB」説という考えを主張する。


筆者の「マイナスB」説
筆者は、「マイナスB」という作用こそが意識である、という説を提案している。
これは、抑制性のニューロンによって、アクティブになっている記憶Bを一時的にマスクする(隠す)、という意味
一つのアトラクターに入り込んでいる状態を解除する、ということ
連想記憶がすすむ数理的モデルを筆者が作った
これは記憶のモデルだが、意識にもあてはまるのではないか、という仮説


筆者は、意識を無意識に落とす、という過程を重要視している。
例えば、自転車に乗るとか何か運動のやり方を学ぶ時、最初は体の動かし方を意識しているけれど、次第に考えなくても乗れるようになる。学習できた、とは意識的な過程が無意識になった、ということ。
これもカオス遍歴


クリックとコッホのサーチライト仮説
筆者はこれもまた、無意識と意識の関係から捉えている。
意識されていないものが意識にピックアップされる。
何をピックアップするか、ということについて、クリックとコッホはマイクロサッカードによって決まると考えているが、
筆者はこれに、辺縁系による好みが関わっているのではないか、と
また、直観というものも、意識と無意識の関係から捉える
ポアンカレ*2の「馬車のステップのひらめき」など、
ずっと考えていてもわからなかったものが、不意に分かったというひらめきがくる。これは無意識でずっと続いていた情報処理が、意識にポップアップしてくる現象だ、と


まれ
起こる確率が低いまれな現象を検知する仕組みが、意識なのではないか、と
インプットされた情報をどんどんマイナスBしていく(無意識に落としていく)末に残ったものが、めったに起こらないまれなこと

第4章 未来を志向する脳―自由意志は存在するか

AIに心はできるか、ということで、知能と知性の違いについて語り、自発性というかウォントというか、自分から何かができるか、という話し
で、自由意志について
ある時間的一点を定めると、過去方向にも未来方向にエントロピー(選択肢)が増大する
未来を1つ定めると、過去方向すなわち現在におけるエントロピー(選択肢)が増えるのであり、それが自由意志だ、と
正直、あんまりよくわからなかったな

その他

複雑系というと、高校時代くらいに吉永良正『「複雑系」とは何か』を読んで、大学時代には『Inter Communication』とかでちらっと読んだり、あと、池上高志がきて集中講義やってたのを聞いたりとかで、つまり、20年くらい前に若干聞きかじった程度は知っているが、何というか久しく聞いてなかったわ、そういえばって感じでもある。
カオスについていうと、その単語を聞いたことあるという意味では『ジュラシック・パーク』まで遡るか。


ちょっとググってみたら、以下のページを見かけて、
複雑系はなぜ廃れてしまったか?(私的考察)
さらにそこからリンクされていた、以下を眺めた
山本知幸「複雑系の歴史」(2006年6月研究会 「大自由度力学系研究の新展開」報告書)
これによると、
カオスについて日本語で最初に書かれたのが、合原一幸編「カオス」(1990)*3
津田一郎「カオス的脳観」(1990)は、この本でカオスや脳に興味をもった人が多く、読みやすさやわかりやすさの点でこの本の存在は大きい、と
1992年から1999年にかけて京大基礎物理学研究所において、複雑系の研究会が行われていた(基研複雑系)
金子邦彦・池上高志・津田一郎といった中心人物に加えて、四方哲也・澤口俊之・正高信男、安富歩らが参加していた、とのこと
複雑系は生命現象への注目が中心だったが、ほかに、基研複雑系の時期に、前述の安富歩による貨幣の研究があったほか、「認知では谷淳がロボットにおける認知の問題を継続的に研究している。研究の枠組みが広がり、学際的な交流が起きていたのがこの時期の雰囲気である」とある。
この頃の王子セミナー「複雑系」というのに、フリーマンや北野宏明、バイオインフォマティクスのHogewegらが参加していたとのこと
チューリングパターンの話とかも少ししてるな。

*1:没年確認しようと思ってググったら、父親がロボトミー手術を「発展」させたウォルター・フリーマン2世とのことだった。息子のフリーマンはウォルター・フリーマン3世

*2:ちなみにポアンカレは世界で最初にカオスを発見した人物らしい

*3:で、この本を手にとって脳の研究に進んだ一人が渡辺正峰、と。渡辺正峰『意識の脳科学 「デジタル不老不死」の扉を開く』 - logical cypher scape2

『日経サイエンス 2026年6月号』

SCOPE 小惑星「リュウグウ」に全核酸塩基

核酸塩基がすべて見つかったというニュースで
アンモニア濃度の違いで、塩基の存在比率が違うこともわかったけれど、実験室ではアンモニア濃度による違いを再現できなかったとかなんとか

短期集中連載:定説が覆るとき 異星の生物をめぐる見解

ローウェルの火星運河説から始まって、フェルミやドレイクを経由して、系外惑星の話

ウェッブ望遠鏡が発見した謎の天体 リトル・レッド・ドット  R. ボイル

2022年、ウェッブ望遠鏡の撮影した画像の中に、赤く小さな点(LRD)があることが発見される
以降、ウェッブ望遠鏡のどの画像にもLRDがあり、この正体をめぐって、多くの論文が次々発表されている状況らしい。
LRDは、ビッグバンから6億年後で、15億年後までには姿を消してしまう。初期宇宙にあった何か。
ハッブルは赤外線観測装置をもっておらず、スピッツァーはウェッブほど高精度ではなかったので、ウェッブにより初めて発見されるようになった、と。
まだ議論百出で共通見解はできていないが、ブラックホールに関係している、という点ではまとまりつつある。
「準星」や「ブラックホール星」という全く新たな天体の可能性もいわれている。これらは、ブラックホールを内部に持つような星で、ブラックホールの特徴と星の特徴をもつとかなんとか
あと、すべてのLRDが同じ天体とは限らないという主張もある
監修に稲吉恒平という人がクレジットされていて本文中にも名前がしばしばでてくるのだけど、北京大学のカブリ天文天体物理学研究所所属らしい(北京大に日本人研究者いるんだ、というのと、北京大にカブリ研究所あるんだ、というのを思った。どちらも、いわれてみればそりゃいる(ある)かもな、とは思うが)。


タイムリーにこんな記事が
天文学:高赤方偏移の「小さな赤い点」におけるブラックホール質量の直接測定 | Nature | Nature Portfolio

生命活動の意外な舞台 相分離がひらく新たな細胞観  P. ボール

相分離生物学って何年前か本が出てて、なんだそりゃと思ったけど、そのままスルーしてた奴
2009年だかに、なんだかいう粒子が細胞分裂の際に細胞内で偏在しているというのが発見されて始まった
「液−液相分離」 といって、ドレッシングの油の中に酢の粒ができるように、液体の中に液滴ができる現象
細胞の中に、液−液相分離によって「生体分子凝縮体」というタンパク質やRNAの塊ができる。細胞内小器官と違って膜をもたず、条件がそろうと形成される。
また、当初は液体だと思われていたが、固体となるものもあり、総称として「凝縮体」と呼ばれている。
実は、核小体やゴルジ体も生体分子凝縮体らしい。
核小体が発見されたのは1830年代だが、凝縮体だと分かったのは2011年のこと


凝縮体には色々な役割がある
ストレス検知
→熱に対する反応。従来は熱ショックタンパク質によると考えられていたが、これだと、熱による変性が始まってから対応することになる。その前に、ゴルジ体が応答している
また、タンパク質の塊という意味で、アルツハイマーなどの原因であるアミロイドというものが以前から知られているが、これも凝縮体
かつては「液体は善、固体は悪」と考えられていたが、今はそう単純ではない、とも。
それから、遺伝子発現にもかかわっている、とか
あと、オパーリンが生命の起源としてあげたコアセルベートも

トリアシック・パーク  H. バシリオ

トリアシック・パーク | 日経サイエンス
イタリアで発見された三畳紀の恐竜の足跡
地層の写真がどーん、という記事だった

特集:AI利用とその歪み 米国社会の現状

この特集自体は読んでいないのだが、
この特集内で、色々な職業の人たちのAI体験談みたいなのが囲みで書かれていて、パラパラと眺めていた
で、AIの話と全然関係ないのだが、学校の先生が、生徒の答案へのコメントする作業にAI使ってよくなった、という話の中で、名前のアルファベット順が後ろの方の生徒は評価が悪くなりがち、というデータがあるというのが面白かった。
つまり、アルファベット順に採点していると、後ろの方に行くほど先生が疲れてしまって、点が辛くなる、という話

岡野原大輔『生成AIのしくみ』

タイトルにあるとおり、生成AIについての入門書
サブタイトルが「〈流れ〉が画像・音声・動画をつくる」であり、「流れ」がキーワードとなっている。
数式を用いず言葉で説明、というのが売り文句になっている本で、実際、数式は全く出てこない。いろいろと比喩を用いて説明しているところが多い(以下の要約では、比喩の部分は面倒なので省略した)。
自分は、数式を出されても理解できないので、それは別にかまわないし、まあ、巧みな比喩でわかったような気分にはさせてくれる。
今まで、Newtonとか日経サイエンスとか、なんかの本とかを通じて、ディープラーニングやLLM、Transformerについての解説は読んだことがある(どれくらい理解しているは別として)のに対して、言語以外の生成AIや拡散モデルについては、簡単な解説記事すら読んだことがなかったので、読んでみようかな、と。


最近、意識とか神経科学とかの本を読んでいるので、そことも関わってくるだろうなという期待はあるけれど、今のところ、自分でうまく結びつけれてはいない。


生成AIの歴史がわかったのだけでも、結構個人的には大きかった。
生成AIというと、自分の中ではGANのイメージが強かったんだけれど、そういえばGANっていつの間にか聞かなくなったけど、どうなったんだ? とかあったので。
1982年 ホップフィールドネットワーク(エネルギーベースモデル)
1995年 ヘルムホルツマシン(潜在変数モデル)
2013年 変分自己符号化器(潜在変数モデル)
2014年 敵対的生成ネットワーク(GAN)
2015年 正規化フロー(流れを使った生成モデル)
2018年 連続正規化フロー(流れを使った生成モデル)
2015年 拡散モデル
2019年 スコアモデル(拡散モデルと同じもの)
拡散モデルというのは、エネルギーベースモデルでもあり潜在変数モデルでもあり流れを使った生成モデルでもある。
GANは、本書でもコラムで紹介されるにとどまり、この歴史の中では傍流なのだろう(デビュー当初は脚光を浴びたけれど、結局本流にはなれなかったのかな、と*1 )。

1 生成AIを作る

  • 生成タスクが、分類や認識タスクと比較して難しい理由2つ

(1)出力データが高次元であるため
(2)正解の出力が多様であるため
高次元とは
→温度や身長は1つの数値であらわせるので1次元、地球上の位置は緯度と経度の2つなので2次元
→画像データは画素数×RGBの3色なので、ハイビジョン画像は622万次元
→ハイビジョンで30fps、60秒の動画は112億次元
生成とは、高次元空間の中からデータを探し出すという課題


それでもいくつかの条件を満たすとデータは生成できる

  • 多様体仮説

高次元のデータはより低次元の多様体に対応する
多様体とデータ空間を変換できれば生成できる

  • 対称性
  • 構成性

対称性や構成性によって学習する量を減らせる

2 生成AIの歴史
  • イジングモデル

1920年 物理学者のレンツとその学生イジングが考案
粒子についてのモデル
エネルギーの低いところに粒子が移動して自発的に安定する、というもの
相転移や磁性体について説明

  • ホップフィールドネットワーク

この物理学のモデルをニューラルネットワークにおいて記憶を扱うものとして応用
もとは、中野薫(1971)や甘利俊一(1972)による試みがあったが、
1982年 ホップフィールドが改めて提案
ニューロンもエネルギーの低いところで安定する
粒子間の相互作用について
→イジングモデルでは外から定義されるのに対して、ホップフィールドネットワークはパラメータとして学習によって決まる
観測したデータに対応する状態のエネルギーを低く、そうでない場合のエネルギーが高くなるようにパラメータを設定する(学習させる)→学習時に見たものを思い出す
汎化も起きる

  • エネルギーベースモデル

エネルギーが低い状態に自発的に更新されていく
ホップフィールドネットワーク以外に、ボルツマンマシンやビリーフネットワークなどがある

  • ボルツマン分布

エネルギーと確率を相互に変換できる分布
エネルギーが低くなると確率が上がる
ニューラルネットワークにおける出力を確率分布に変換する関数としても用いられる

  • ランジュバン・モンテカルロ法

ボルツマン分布に従ってデータをサンプリングする方法


エネルギーベースモデルは、生成も学習もとても遅いのが課題

  • 分配関数の問題

確率分布は、それぞれの確率の和が1になるような分布
サイコロの出目であれば、1/6+1/6+1/6+1/6+1/6+1/6(=1)、ということ
適当な確率を割り当てて合計が1にならない場合、それぞれの確率を合計値で割る必要がある
この合計値=分配関数
→高次元だとこれを求めるのがほとんど不可能
→学習が遅い原因

  • 潜在変数モデル

観測変数(生成したいデータ)を潜在変数を用いて生成する(多様体仮説)
潜在変数というのは、データよりも次元の少ないもの
例えば、手書きの3の画像が観測変数だとすると、「「3」という数字、崩れている、少し右に傾いている」などの情報が潜在変数となる
潜在変数はデータには含まれないので、これをどうするか

  • ヘルムホルツマシン

1995年 ダヤンとヒントン
データから潜在変数をつくる認識モデルと潜在変数からデータを生成する生成モデルのふたつの組み合わせ

  • 変分自己符号化器(VAE)

2013年 キンフマとウェリング
生成したいデータから潜在変数を推定させたあと、そこにノイズを加えて、そこからもとに戻す
認識モデルの学習が困難

  • GAN

2014年 グッドフェローら
初めて高精度の画像を生成して注目を浴びたが、学習が不安定という難点があった

  • 自己回帰モデル

分配関数の計算を回避する方法の一つ
LLMは自己回帰モデル
逐次計算を行っていくため、処理が遅い

3 流れをつかった生成

流れとは
連続性=経過時間を短くすると移動元に近づくこと(ワープではないということ)
連続の式:ある位置の変化量とその周囲の流入量・流出量は常に釣り合う(内部における物質の総量は一定)


確率分布を流れを使って変化させる
分配関数が不要
(全体の情報が必要ない・連続の式が成り立っているなら全体は変わらないから)
高次元空間は網羅的に探索できないので全体は分からない

  • 正規化フローと連続正規化フロー

前者は、2015年 ディンら
後者は、2018年 チェンら
モデル分布からの流れをたどって尤度を学習


事前分布から流れに沿って生成していくのは、階層構造の潜在変数モデル、ともいえる。
流れを1つ遡るのは、一つ前の階層の潜在変数を求めることと同じ


流れは速度ベクトル場をあらわすニューラルネットワークによって表わされる


連続量を離散化して計算


問題点2つ
(1)変換に制約
(2)非常に大きなメモリが必要

4 拡散モデルとフローマッチング

「拡散モデル」と「フローマッチング」という2つの手法について
拡散というのは、インクを水に垂らすとそれが次第に水全体に広がっていく過程
これを逆転させると、生成になるよね、という発想

拡散モデル
  • 歴史

拡散モデル
→2015年 ソールディックスタインらが非平衡力学から
→GANなどが成功していた時期で、拡散モデルはあまり注目されず
スコアべースモデル
→2019年 ソングら
2020年 ホーら
→拡散モデルとスコアベースモデルは実は同じ問題を解いていることを示し、改めて注目を浴びることに
2021年頃
拡散モデルと言語モデルを組み合わせることで、言語による指示で画像生成ができるDALL-Eなどが登場


データにノイズを加えて壊していく(拡散)
それを逆転させて生成する
最終的に正規分布になるようなノイズを加えていく


拡散=インクが濃い(確率の高い)位置から薄い(確率の低い)位置へと移動すること
この逆向きの流れ=スコア
拡散と逆向きに流れるとは、スコアにしたがって変化すること


エネルギーベースモデルのエネルギーを小さくする流れとスコアは一致
ただし、前者が時間的に変化しないエネルギーなのに対して、スコアは時刻とともにエネルギーが変わる


高次元空間でデータから離れるとスコアは限りなく0に近い(データから離れた場所だとデータを発見しにくい)
しかし、スコアは時間によって変化する。データが十分崩れると空間全体に流れが生じる

  • デノイジングスコアマッチング

拡散モデルの学習方法
デノイジング=ノイズ除去
流れ全体のシミュレーションが不要に(シミュレーション・フリー)
(いちいちシミュレーションするのは非常に大変)
流れを求める問題を、時刻・位置ごとに進む方向と速度を予測する問題に変換
→大規模なモデルで安定的な学習が可能に


拡散モデルの生成過程が、データの生成過程と似た流れになる。
正規分布に従うノイズを加えてデータを破壊する際、最初に破壊されるのは詳細な部分(テクスチャとか)、最後まで残るのは全体(輪郭とか)。
これを逆転させると、全体から詳細へ生成される、という過程になる。
全体から詳細へ=低周波成分から高周波成分へ

  • ほかのモデルとの関係

拡散モデルは、潜在変数モデルの一種であり、変分自己符号化器
拡散過程は実は認識モデル
ノイズを加えて区別がつかなくなっていく過程は、分岐をたどっているようなもの
(個体の区別がつかなくなる→犬種の区別がつかなくなる→犬かどうかわからなくなる……)
拡散モデルはエネルギーベースモデル
拡散モデルは流れを使った生成モデルで、連続化フローとの違いは学習手法

フローマッチング

基本単位の流れを複数束ねる方法
基本単位の流れとして最適輸送を使った場合をここでは説明
(最適輸送を使わない場合もある)

  • 最適輸送

1781年 仏の数学者モンジュ提唱
ソ連の数学者・経済学者カントロヴィチが発展させ、ノーベル経済学賞
最適輸送を適用すると流れが直線になる
サンプリングのステップを大幅に削減できる
最適輸送を直接求めるのは、計算量が膨大になる
→フローマッチングは、計算可能な大きさに問題を分解する
フローマッチングもシミュレーション・フリー


このあと、この章では両方に共通する話として、条件付き生成や潜在拡散モデルの話が出てくるが、力尽きたので省略
潜在変数モデルにでてくる潜在変数と、潜在拡散モデルに出てくる潜在変数は、言葉は同じだけど別物だから注意とか書かれて面倒になってしまった……

5 流れをつかった技術の今後

  • 汎化をめぐる謎の解明

汎化には、生成対象の汎化と条件の汎化の2つがある。
ニューラルネットワークは汎化が優れているが、加えて、拡散モデルはより強力
どういうメカニズムなのかまだよく分かっていない。
ハルシネーション対策に、汎化の制御ができるようになるといい

  • 注意機構と流れ

トランスフォーマーとか
注意機構は一定の制約のもとエネルギーベースモデルとして表現可能

  • 流れによる数値最適化

最適化問題にも応用できる

  • 言語のような離散データの生成

言語において、流れをつかった生成は、いまだ自己回帰モデルよりも性能が低い
流れを使った生成で言語が扱えるようになると、多様な生成と並列処理が可能になる

  • 脳内の計算機構との接点

生成モデルはもともと、連想記憶のような仕組みを作ろう、というところから始まっていて、
脳内にも、ホップフィールドネットワークに似た現象がみられる
流れを用いた生成は、脳内の計算機構の新たな候補になるかもしれない
→流れを用いた生成は、局所的な情報だけで更新が可能なのが利点(脳も分散して局所的な情報処理をする)

付録 機械学習のキーワード

  • モデル分布とデータ分布

モデル分布:モデルによって生成される確率分布。パラメータを変えることで自由に変えられる
データ分布:学習データによって与えられる確率分布。変えられない。
この2つの分布の距離(KLダイバージェンスと呼ばれる)を近づけるのが生成モデルの学習の目標


学習とは
=モデルのもつパラメータの調整

*1:「拡散モデルでググると、ライバルとして、GANや変分自己符号化器があげられ、比較されている記事がいくつか見つかる

『科学』2026年2月号~5月号

【連載】因果をめぐる7の視点

初回だけ読んでそれ以降読んでいなかったので、まとめて一気読み
初回→『科学2026年1月号』『日経サイエンス2026年3月号』 - logical cypher scape2

(2月号)「因果をめぐる7の視点2 ビッグデータ時代のスモールデータ──説明から納得,そして活用へ」樋口博之

情報科学・AI研究の世界では、「論理・因果」重視から「統計・相関」重視へと流れが変化している。スモールデータからビッグデータへの移行でもあるし、エキスパートシステムから機械学習へという変化でもある。
ところが近年、再び「因果」についても注目されるようになっている、と
「因果発見」と呼ばれ、単なる相関関係ではなく、そこから因果関係を見つけ出す技術ができてきたから。
因果関係かどうかは、分布の形が異なることでわかる、らしい。
非正規分布においては、つねに、因果関係が特定の形の分布図になる、とか(正規分布だと、A→BとB→Aの因果を区別できないらしい)。
富士通の半導体開発で、これを利用して、どの製造パラメータがどの結果に結びついてるかの推定に、2週間かかっていたのを1日に短縮した、とか。従来、専門家の知見によって絞りこんでいたのだけど、その専門家の知見とも一致。ただ、専門家が見つけてなかった因果も発見している、と。

(3月号)「因果をめぐる7の視点3 過去と未来をつなぐ因果の歴史――ヒュームからアインシュタイン,そして現代へ」小澤知己

物理学における因果
ニュートン:自然法則が因果法則
ヒュームやカント:因果は自然にはなく、人間側の認識の問題
→ヘルムホルツやマッハなどの科学者に影響。
相対性理論:光円錐の内か外かで、因果関係が及ぶか否か(相対論的因果律)
→宇宙検閲官仮説:一般相対性理論で出てくる問題。因果律破れないような仕組みが宇宙にはあるはず、という仮説。
量子論:確率的にしかわからない
→確率的にはわかるので、因果律が破られたわけではない
量子もつれ:光速を超える?
→情報は伝わらないとされるのでそれで因果は守られるとする(情報論的因果律)
現代物理学においてホットな因果の問題2つ

  • 不定因果順序

シュレディンガーの猫よろしく、プロセスを重ね合わせると、A→Bという因果なのかB→Aという因果なのかはっきりしなくなる。これを利用してバッテリーの充電速度を上げる研究がある
(これ以前ニュースサイトか何かで読んで記憶あるけれど、因果が逆転するというものものしさとバッテリーの充電速度という実用的な話が繋がるのに、なんだか可笑しみがある)

  • 超決定論

AはBの原因であるという時、もしAしなかったらBは起きなかっただろうから、という考え方(差異形成説)があるが、それは、Aするかしないかという選択の自由があったことを前提としている。しかし、そんな自由意志はないんじゃないか、というのを超決定論と呼ぶらしい。

(4月号)因果をめぐる7の視点4 因果は複数ある──多元主義的観点から」浅川芳直

哲学における因果
因果の産出説と差異形成説とを紹介し、またそのどちらでも説明できないようなケースもあげ、最近の哲学では、因果の本質はないのではないか、と考えられるようになってきた、と。
同じように因果と呼ぶけれど、その探求している分野によって、その因果の内実は違うんじゃないか、という多元主義
こういうことを知りたい時に用いられる因果はこれ、別のこういうことを知りたい時に用いられる因果はあれ、というように整理すれば「何でもあり」の相対主義にはならない、と。

(5月号)「因果をめぐる7の視点5 証明することを考える――論理学と数学の視点から」横山啓太

タイトルに「証明することを考える」とあり、「はて、因果は?」と思ったら、実際、冒頭で、今回は因果の話ではなく証明の話をやる宣言がなされていた。
ちなみに、完全性定理の話だった。

2026年3月号

計算の発展と科学……小柳義夫

計算科学というのは、特に大規模な計算を用いる科学をさし、シミュレーション科学とデータ科学に大別される。前者を第3の科学、後者を第4の科学と呼ぶこともある。

社会現象と計算物理学……伊藤伸泰

社会物理学=社会現象を物理学の方法で研究する
計算物理学は、原子とか要素のふるまいからシステムをとらえるものだが、社会現象の場合、個々の要素が法則の通り動かない、振る舞いを変えることがある、などがあり、計算量が膨大になる。
計算物理学を社会にあてはめた初期の例は、世論形成を相転移現象として調べたもの
この論文では具体例として、人流・交通流の分析を紹介している。神戸における交通分析(どの道路がどういう役割を担っているか)や災害時の避難誘導最適化

崩れつつある第一原理主義的科学思考――データ駆動が生み出す新しい計算の形……樋口知之

科学の方法を車の両輪に喩える。つまり、演繹法と帰納法。計算科学ではシミュレーションとデータ。
ここでいう第一原理主義というのは、演繹法を重視する考え方。
計算科学の研究コミュニティでは、この考え方が強くて、データというのは計算の検証に使うものであっても、計算に直接組み込んではいけない、という考えが支配的だったらしい。
それが、機械学習や生成AIの発展によって、変わってきたよね、という話
極端な話、データがあればモデルはいらないという主張まである。
気候・海洋シミュレーションとか、データ量が多くて、データは検証用とかいってられない。

2026年4月号

【特集】音楽の科学はどこまできたか

音楽と舞踊の起源――ヒトの脳・身体が生み出す時間の秩序性……藤井進也

リズムについて
リズム伝言ゲーム、という実験がある。ある間隔をおいて発せられた音を聞いてもらって、その音を模倣してタップしてもらう。そのタップした音を録音して再度聞かせて、再びタップしてもらう。これを繰り返すと、自然と整数比の秩序だったものに収束するらしい。
で、これを世界各国、音楽家も非音楽家も含めて実施した、と
そうすると、整数比への収束は普遍的にみられたが、どういう比になるか(1:1:1なのか1:2:1なのかとか)は地域差・文化差があったという話

動物には音楽があるか――比較認知研究から探る音楽の起源……岡ノ谷一夫

人間と動物の連続性と断続性の両方に注目せよ、というもの
動物の音声には(鳥の鳴き声とか)明らかに音楽っぽいものはある。とはいえ、人間の音楽とは違う(社会的機能をいろいろ担っているとか、高い情動喚起能力があるとか、メタ認知されているとか)。
音楽の起源は確かに動物の中にある(連続性)が、しかしどこかで、動物と人間とを分けているものもある(断続性)、と。その点で、言語能力とも似ている。
リズム、メロディ、ハーモニーといった要素を動物は認知できるか。メロディの認知というのは、オクターブ違っても同じ音と認知できるかという相対音感とか。
これら、動物種によってかなりまちまちな実験結果が出ているっぽい。

脳は音楽と言語をどのように聞き分けているのか……貞方マキ子

音楽音と言語音について、音響的な違いはわかってきて、工学的に区別する手法はできてきている。ただし、同じ方法を脳もやっているかどうかは不明。
音楽と言語は実際よく似ている。
脳内での処理については、同じところと違うところがあり、一概に、同じかどうかはいえない
失音楽症では、言語では音の高低が認識できるが、音楽の音の高低が判別できない(言語と音楽で脳内の処理が別)だが、一方で、言語と音楽の認知について、脳内で共有されているネットワークも多い。
オクターブ違っても同じメロディだと認知することは、動物全体でいうと珍しい。多くの動物は絶対的な音高で区別する。
リズムなどの時間的まとまりの認知も、動物によってできたりできなかったりする(一部の鳥やラットなどはできる)

音楽の「快」がもたらす報酬脳活動……森 数馬

音楽も脳に対して報酬をもたらしているが、金銭などの高次的な報酬ではなく、食事などの原初的な報酬に近い
視覚的芸術による報酬は、高次的

ダイナフォーミックスによる演奏技能の限界突破……古屋晋一・塩木ももこ・黒宮可織

ダイナフォーミックスという聞き慣れない言葉は、dynamicsをformする、という造語らしい
演奏を科学的に測定して、練習に役立てる、というものっぽい。
ピアノ演奏について、長い間「音色」というものが科学的にはよくわかっていなかった。というか、演奏家は「タッチで音色が変わる」と言っていたが、科学者的にはそんなん人にコントロールできる要素ではないわ、という対立があったらしい
しかし、改めて、精密に計測してみたら、微妙なコントロールしていることがわかった
重さを触覚的に感知して制御している
で、まず鍵盤の重さの違いを比べられる触覚デバイスを作って、それで重さの違いを判定してもらったあとに、改めてピアノを弾いてもらうと、音量コントロールがうまくなった、という実験が紹介されている。
つまり、聴覚ではなく触覚の訓練によってピアノがうまくなった、と
ほかにも、タイミングが上手くそろわないという壁にぶちあたっていた生徒がいて、そういう場合に「もっと鍵盤を掴むように」みたいなアドバイスがなされるらしいのだけど、測定してみたら、打鍵というよりは離鍵のタイミングがズレていたことがわかって、それをもとに練習したら壁を突破できた、とか。
従来、感覚的な言葉で行われていた演奏教育やアドバイスを、科学的にやってみよう、という話(スポーツ科学の音楽版、という紹介のされ方もしている)

人はなぜコンサートに足を運ぶのか――心理・生理反応の研究から……本田一暁

コンサートという実験室の外での環境での反応を調べるという研究
実験器具の進歩とともに可能になってきた
ここでは、同期という観点から
同じ音楽を聴くと心拍の同期とかが起きる。録音を聞くより、生演奏の方がより同期する。
演奏者との同期も研究中だが、要素が多くて、まだよくわからない
いろいろな実験がされてきているが、まだそれらを説明できる包括的なモデルなどはできていない
なお、生演奏の音楽をきくと、より同期する、という話も全体的な傾向の話で、組み合わせによっては全然同期しない人というのもいる、と

2026年5月号

生成AIが研究不正を加速させる可能性について……川原繁人

自身も研究で生成AIを使っているが、あるとき、AIが提案してきたことが研究不正につながるようなことだった。
研究不正につながる誘いをAIがしてくる可能性がある。
実際に、いくつかAIに質問する実験をしてみたら、研究不正につながる提案をしてきた。
改めてこれまずいよね? と聞くと、それが研究不正にあたると回答してくるが、AIは人間の役に立ちそうなことを優先して提案してきてしまう。
何が研究不正にあたるかまだよくわかっていない学生が、これが正しい研究の方法だと誤解してしまうのではないか、という問題提起

科博のお宝コレクション  2 生涯をかけた思考の記録:南方熊楠の菌類図譜……細矢 剛

新種も多いが公表はされていない

科博のお宝コレクション 3 「嫌われ者」へのまなざしを変える:千石正一氏が収集した爬虫類・両生類コレクション……吉川夏彦

は虫類研究で有名な「千石先生」のコレクション。生前、松戸市教育委員会に寄贈されたコレクションが没後、科学博物館に移管された、とのこと
自分も子供の頃に『どうぶつ奇想天外』を見て千石先生を知ったクチだが、逆に言うとそれでしか知らなかったので、改めてすごい人だったのだな、と
何がすごいかというと、若い頃から、愛好家も含めた連絡会ネットワークを形成したり、若手研究者をまとめて図鑑を作ったりしていたらしく、亡くなった際も関係者からそのリーダーシップについて賞賛する声が多かったとのこと。
世の中の爬虫類嫌いを減らすために、メディア出演も積極的にしていた、と
また、ペット飼育より自然環境下での観察を推奨していたものの、ペット飼育での不幸を減らすために飼育書も執筆し、コレクションにはペット個体の標本も多く含まれているらしい(日本への輸入の実態を残す資料となっている)

アーサー・C・クラーク『都市と星』(酒井昭伸 ・訳)

言わずと知れた古典SF
今だと色々なジャンルに分化してしまってる要素が一つの作品に詰め込まれているので、何SFというのか逆に難しい。ディストピア? ポストアポカリプス? 宇宙SF?
なんで読もうと思ったのかは忘れてしまった。積ん読の中にあって、そろそろ読むかーと思って手に取っただけで、別にクラーク読むぞーとか古典SF読むぞーという気分になっているわけではない。
面白いことは面白かった。
ダイアスパーからリスへ初めて向かう時のハラハラ感とか、「7つの太陽」の惑星系を探検していくところとか。
10億年とかいうわけわからんスケールがいきなり導入されるのがヤバい。ただ、10億年感はあんまりない。


アーサー・C・クラークについては、ほとんど読んだことがなくて、だいぶ前に『幼年期の終わり』を読んで、あと短編を何かの折に1,2本という程度
ハードSFのイメージがあるけれど、しかし、本作とか『幼年期の終わり』とか『2001年宇宙の旅』とか神秘主義というか、超越的な存在との接触みたいなのが結構ある
最近、以下のような本の中で、少しクラーク論を読んだりもしたので、そのイメージとも合致するなと思った

すなわち、ハードSFであると同時に神秘主義
キーワードとして、「大きな沈黙の物体」「概念の崩壊」「センス・オブ・ワンダー」があげられている
(...)
また、クラークは宇宙開発へ懐疑主義的なところがあるという。
(...)
『宇宙のランデヴー』『地球帝国』
クラークは「外」への探求ではなく、「内」への沈潜へと向かう。
フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史』(ないとうふみこ訳) - logical cypher scape2

バナールにとって人類の進化とは精神活動の最大化
(1)生物的な器官・組織を人工物に「置き換え」る。特に外科的に移植する恒常的なもの
(2)人為的な進化論という一種の進化論
(3)人間の知力に対する信頼(人工物が人間を裏切ることを想定していない)
(...)
バナール以降のサイボーグ論として、SF作家アーサー・C・クラークとサイバネティクス研究者K・ウォーリックの2例を紹介
いずれも、バナールから(1)(2)を引き継ぎつつ、バナールのように人間の知力にはもはや信頼が置けないという点で、バナールとは異なる。
柴田崇「サイボーグの「原型」 : “ extension”の系譜学に基づくJ・D・バナールの読解」 - logical cypher scape2

本作、1956年の第7長編だが、1948年に書かれた第一長編『銀河帝国の崩壊』をリメイクした作品であるらしい。


ダイアスパーという都市に暮らすアルヴィンという若者が主人公
ダイアスパーは10億年の歴史をもつ閉鎖都市で、住民はみなある種の不死
肉体的・物理的に存在しているが、全ての人格はメモリーバンクにデータとして記録されていて、時々メモリーバンクに戻って眠りにつき、一定の期間休んだ後、また肉体を甦らせる、ということを繰り返している。
肉体を蘇らせた場合、最初の20年くらいは「(ある意味で)前世」の記憶をもたずに生きるが、ある程度たったところで前世の記憶を呼びもどすので、実質不死、みたいな状態
しかし、アルヴィンは非常に稀な存在で、過去の記憶・人格をもたない。一から新しく作られ存在
なお、ダイアスパーには、性別もなく生殖もない。物質を自由に作れるシステムがあって、都市の維持管理も人体の生成もそれが行っている。
そして、ダイアスパーの住民には、本能的に都市の外に対する恐怖が埋め込まれており、都市の内部で充足するようになっているのだが、アルヴィンだけが例外で、都市の外への好奇心にとりつかれている。
そこに、道化師を名乗るケドロンという男が現れ、アルヴィンに都市の秘密を色々と示唆する。
結果、アルヴィンは、ダイアスパーの外へと向かう地下鉄道を発見することになる。
道化師というのは、都市に定期的にカオスをもたらすために組み込まれている存在なのだけど、根本的にダイアスパー住民であることに変わりはなく、アルヴィンを唆すだけ唆すのだけど、いぜ地下鉄道を前にして、ケドロンは逃げ出してしまう。
ダイアスパーパートでは、他にアルヴィンの教師であるジェセラック、アルヴィンの恋人であるアリストラが出てくる。
ジェセラックは、登場当初はアルヴィンにただダイアスパーの常識を説くだけのあんまり面白みのない人物なのだけど、物語の最後まで登場し続けるキャラクターだったりする
それに対して、ケドロンは上述の通り逃げ出した後、アルヴィンの行動によりダイアスパーが本格的に変化せざるを得ない状況に陥ると、さらに肉体を捨てメモリーバンクの中へと逃げ出してしまい、以後、物語には出てこなくなる
アリストラは恋人というか、アリストラの片思いに近い関係なのだけど、彼女も前半のダイアスパーパートが終わると、そこで出番終了となる。


人類はかつて銀河帝国をつくるほどに繁栄していたが、あるとき〈侵略者〉が現れたことで地球まで撤退する。地球も海がなくなり砂漠の惑星と化してしまい、以後、人類はダイアスパーに引きこもって生存することになった
というのが、ダイアスパーに伝わる人類史で、ダイアスパー以前の歴史は曖昧にしか残されていない。
ダイアスパーにいれば、内的には高い満足が得られるし、事実上の不死者となって生きていけるのだが、外部のことは全くわからず、歴史的な過去も秘匿されている。また、評議会という統治組織は存在するが、実際の都市の運営管理はすべて「中央コンピュータ」によってまかなわれている。
そういうユートピア=ディストピアSFっぽい感じで開幕する。


で、地下鉄道を見つけたアルヴィンはそれに乗って都市の外へ向かう
そして、砂漠を越えてリスという世界にたどり着く。
ダイアスパー以外にも、人の住んでいる世界はあったのである。
リスはダイアスパーと異なり、人工的で閉鎖的な都市ではなく、自然とともに生きる複数の村からなる世界である。
テクノロジー自体は発展して、単に原始化した世界というわけではない。また、村によって文化は相当異なるっぽい。何よりも特徴的なのは、子ども以外はみなテレパシー能力を持っていることである。
ダイアスパーは生殖がないので、子どもも存在しない。人はみな大人の姿で生まれてくる。
リスは、生殖があり子どももいるが、一方で、死も存在している。アルヴィンは最初そのことに驚く(ほかにもリスの人々には美醜があるとか)。
で、実は今までもダイアスパーからリスに来た人がいたことが明かされるが、リスの存在をダイアスパーから隠すため、リスに永住するか記憶を消してダイアスパーに戻るかという二択を迫られる。
アルヴィンは、同世代のヒルヴァーという若者とともにしばしリスを旅することになる。
そしてその旅行の果てで、謎の群体知的生命と出会う。
そいつは銀河帝国時代にあった新興宗教の信者で、その教祖と一緒に地球まで来ていて、教祖の再来をずっと待ち望んでいるという。
で、そいつは、その独特の生活環によって一度崩壊してしまうのだけど、そいつのロボットがいて、アルヴィンはそのロボットを駆使して、リスを脱出してダイアスパーへと戻ってくる。
ダイアスパーの人々に外部の存在を知らしめた後、砂漠の中に埋まっている恒星間宇宙船を発見する。


上までがまあリスパートだとすると、この宇宙船を使って、アルヴィンがヒルヴァーとともに宇宙を旅するパートが始まる。
銀河帝国の中心である「7つの太陽」という星系まで、光速?何それおいしいの? とでもいうべきとんでもない速度で向かう。
1,2日で着く、とかいうそんなレベルだったはず。
明らかに恒星を人為的に並べていて、さらに意味ありげに惑星が配置されている。
で、アルヴィンはヒルヴァーとともに惑星を見ていくのだけど、知的な存在がいることを期待してやってきたのはいいものの、どうも既に滅んでいた、ということがわかってくる。
がっかりもするのだがしかし、謎の存在ヴァナモンドと出会い、それを地球へと連れ帰ってくる。


ダイアスパーパートが起、リスパートが承だとすれば、宇宙パートは転であり、アルヴィンたちが地球に連れ帰ったヴァナモンドによって、人類の歴史認識が覆されることになる。
銀河帝国を作った人類は、より高次な存在は純粋に精神的な存在だと考え、他の知的種族ともども、純粋に精神的な存在を作り上げようとする。
しかしこのプロジェクトは失敗し、生み出された精神的な存在は、狂える精神となってしまい、銀河帝国を崩壊へと導く。
狂える精神から逃げた人類の一部が地球でダイアスパーを作るに至る。
ただ、人類や他の知的種族の多数派は、さらに別の宇宙へと脱出したらしい
ヴァナモンドもまたその純粋に精神的な存在の一個体なのだが、ヒルヴァーやあるいはリスの学者たちによって、ヴァナモンドには敵意などはなく、精神年齢はまだ非常に幼いとされる。幼いのだが知識だけを大量に持っている状態だ、と。
「侵略者」は偽りの歴史だったということが判明し、リスの心理学者にとって、ダイアスパーの人たちの恐怖を解除する方法も発見される(多数派は様子見を決め込んだが)。
ジェスラックはその方法を試した一人で、リスにも赴く。
アルヴィンは、自らの知的好奇心や野心が満たされて、バーンアウトを味わうが、ジェスラックとヒルヴァーをつれて、再度宇宙船に乗り込む。
軌道上から地球を見下ろしながら、宇宙にはもう行かない、この宇宙船は自動航行にして銀河系の外を探索させるということを語っておしまい。
地球に残って自分の子どもを育てたい、というようなことを考えている


明かされる本当の人類史、みたいなところが、駆け足すぎる感じもするが
自分たちの作った存在が狂ってしまって滅ぶことになった、的なあたりが、上述したクラーク論によって示されているクラークの懐疑主義的なところが反映されているのかな、と思った。
純粋に精神的な存在を目指すぞ、みたいなのはトランスヒューマニズムっぽい
っていうか逆に、ダイアスパーがそうなってなくて、人格のデータ化もできているしVRもめっちゃ進歩しているのに、物質・肉体を維持している方が謎っちゃ謎だなあ、とも思ったけど、マインド・アップロードはさすにが50年代SFだとまだ出てこないのか……


アルヴィンもヴァナモンドも子どもであり、子どもがコミュニティを揺るがすという物語なんだなー

谷淳『ロボットに心は生まれるか 自己組織化する動的現象としての行動・シンボル・意識』(翻訳協力・山形浩生)

認知ロボティクスの観点から、記号接地問題や行動生成・自由意志について論じた本
現象学やダイナミックシステム(力学系)アプローチをベースにした研究で、ロボットについていうと、リカレントニューラルネットワーク(RNN)に予測符号化させている、というような感じになっている気がする。
正直、専門性が高くてむずいので、あんまり内容を理解できていない気がするが……。


本書を手に取ったきっかけは、以下の山形浩生のブログ

その意味でぼくが意識についての議論でいちばん納得がいくのは、谷淳の説。
この人はロボットに意識らしきものを発生させるというおもしろい研究をしているんだけれど、そもそもなんで意識なんてものがいるのか、と問う。
(中略)
意識というのが必要なのは、脳からのトップダウンの命令と、感覚器からのボトムアップの刺激反応とが矛盾する場合だ。その両方がぶつかることで、その判断の回路に決定論的カオスが生じる。それが意識なんだ、と谷は主張する。
これがおもしろいのは、自由意思問題からうまく逃げられること。
意識・知性・良心? Conscousnessの混乱 - 山形浩生の「経済のトリセツ」

カオスを用いた脳研究があるというのは知っていたけど、どういうものか知らなかったので、気になった。
「脳からのトップダウンの命令と、感覚器からのボトムアップの刺激反応とが矛盾する」というの、予測誤差っぽいなあと思ったら、ほんとに予測誤差の話をしていたし、なんなら、本書は予測誤差信号のことを意識と呼んでいるような感じもある。
決定論カオスが生じているのは、トップダウンの予測信号を出してるサブネットワークのことかな、と思う。


ところで、山形は、本書の翻訳協力としてクレジットされている。
本書は、もとは英語で出版されたもののようである。
博論を出版しようするもなかなか話がまとまらなかったところ、マイケル・アービブという神経科学者の目にとめり、『オックスフォード認知モデルとアーキテクチャシリーズ』というところから出版されたらしい(2016年)
筆者の谷は、大学出た後、一度プラント・エンジニアリング企業に就職した後に、大学院に入り直したという経歴で、職歴としては、ソニーの研究所→理研→KAIST→OISTらしい。


本書の構成は大きく二部に分かれており、
前半は、議論の前提になる基礎知識として、認知科学、現象学、脳科学、非線形力学、ニューラルネットワークについての解説がなされている。ただ、この中でも、筆者独自の論点提起が結構なされているという印象で、これが後半へとつながってくる。
後半では、筆者が実際に行ったロボティクス実験の結果を紹介しながら、筆者の提案する自由意志や意識についての理論が展開されていく。


意識についての理論、ではあるのだが、読んでいて思ったのは、ここでいわれている意識は、現象的意識ではなく反省的意識なのではないかな、と思った。
また、最終目標として、意識の説明がおかれているものの、そこに至るまでの道筋として、どうやったらニューラルネットワークを用いて行動が生成されるのか。そこに、意図や自発性、自由意志のようなものはどのようにしたら生じるのか、というのが多くを占めている印象だった。
このあたり、もちろん心身問題として大事だし面白い話ではあるので興味深く読んだが、こと意識という論点だけでいうと、自分の関心とは必ずしも合致しなかったかなあ、というところはある。

第Ⅰ部 心について
 第1章 心にどこから手をつけるべきか?
 第2章 認知主義
 第3章 現象学
 第4章 脳と脳科学入門
 第5章 身体化認知モデル化のためのダイナミックシステムアプローチ
 
第Ⅱ部 創発的な心――ロボティクス実験からの知見
 第6章 新しい提案
 第7章 行動の結果から世界について予測的に学習する
 第8章 感覚・運動フローの分節化によるミラー行動生成と認識
 第9章 行動のための機能階層を発達させる
 第10章 行動のための自由と意識化された認識
 第11章 結論

はじめに

謝辞のような感じで人名がたくさんあがっている
池上高志、津田一郎、フランシスコ・ヴァレラ、カール・フリストン、マイケル・アービブ、浅田稔、國吉康夫、伊藤正男、甘利俊一

 

第1章 心にどこから手をつけるべきか?

第2章 認知主義

2.1 表象システムにおける構成と再帰性

認知主義の背景に、合成性の原理と再帰性(無限)があることを確認する。
合成性の原理は、フレーゲの原理のように思うが、エヴァンズが引用されている。
再帰の話は、チョムスキーのそれ
チョムスキーは人間の言語の特徴として再帰性をあげ、これが無限な生成を可能にしているということをいっているが、筆者は、そもそも無限は必要か、現実的には有限で十分ではないか、ということを指摘している

2.2 いくつかの認知モデル

ニューウェルとサイモンの一般問題解決器についての紹介
行動のひとかたまりが「チャンキング」される(コップを手に取る、とか)
筆者は、チャンキングは、シンボルか連続的な知覚フローかという点を問題提起する(筆者は後者寄り)

2.3 シンボルグラウンディング問題(記号接地問題)

ハーナッドの提案
→上層部にシンボル系、下層部に非シンボル的パターン処理のハイブリッドシステム
これは、連続的な感覚・運動フローを離散的シンボルの集合に分類すること
筆者は、(この連続的なものを、離散的なシンボルに対応させるということを)心身問題・相互作用問題と同様に二元論であると指摘する。
また筆者は、グラウディングができたとして、マッチングプロセスが失敗したときに問題が生じると指摘する。
失敗した際に、停止してしまうのではなく、相互作用により回復しなければならないが、感覚・運動系の動的な相互作用が、離散空間で定義されたシンボル系に可能か、と。

2.4 文脈

文脈(背景情報)の指示は無限後退に陥る

第3章 現象学

筆者は、心や意識がどういうものか考える上で、現象学(とジェームズ)の考えを重視する。
本章より後の章では、神経科学や筆者のロボティクス実験の結果などを、現象学の照らし合わせたりしている。

  • 直接体験

マッハの例の絵→フッサール「直接体験」
主客未分離の状態(西田哲学など)

3.2 主観的な心と客観的な世界

感覚の直接体験である「現出」から、志向性により記号的表象である「現出者」へ至り、現出者から現出といつ体験が再構成される
知覚経験の現象はこの二重性の上に成り立つ
しかし、現象学は、直接体験と記号を別々の存在とするのではなく、最初は単一の存在だったものから、どうしても見かけ上の両極性が生じたか考える

3.3 時間の知覚――主観体験の流れはどうやって客観化されるのか?

フッサールにおける3つの時間

  • 先経験的時間(過去把持、原印象、未来予持)
  • 客観的時間

先経験的時間は「今性」をつくるが過去を持たない。今を過去にしていくと客観的時間

  • 絶対的流

筆者は「絶対的流」を「意識が流れると時間は淀む」と表現する

3.4 世界内存在
  • ハイデッガー

道具の存在
道具は基本的には透明な存在だが、統合構造が崩壊すると明らかにされる(ハンマーと釘、打ち損ねたときに意識される)
時間について、ハイデッガーとフッサールとの違い
→死という終わりを意識しているかどうか

3.5 心の身体化

メルロ=ポンティについて
盲人の杖、幻肢やシュナイダー事例、共感覚分析など

3.6 意識の流れと自由意志

ウィリアム・ジェームズ
『心理学』で、意識の流れの4つの特徴を挙げる
2つ目の特徴について、安定した「停止」と移行的な「飛行」との交替と表現
筆者はフッサールの時間意識を「意識が流れると時間は淀む」と解釈したが、それと類似
自己性は連続性から生じる


ジェームズは、自由意志の「2段階モデル」を提案
すわなち、ランダム性と決定論的な評価の2段階
ジェームズの脳プロセスの見方が、神経回路ダイナミクスモデルと似ており、先見の明があると評価

3.7 まとめ
  • ハイデガー

存在を関係性によって捉えることは、ロボットにとって冷蔵庫はどんな意味をもつかを考えること(冷蔵庫が云々は、筆者が第1章で書いていること。筆者にとっての冷蔵庫は、中にビールが冷えていて云々という意味がある、というような)

  • メルロ=ポンティ

身体化の中で主体と客体が相互作用的に互いに挿入

第4章 脳と脳科学入門

4.1 視覚認識と行動生成のための階層的な脳機構
  • 視覚の階層構造

→V1とかV2とかwhat経路とかwhere経路とかの話
下位で単純な処理がなされ、より上位でそれらが統合されていく
→下位でも輪郭に反応したり、大域の特徴に反応したりしているなど、一概に、下位が単純でそこからボトムアップとはいえない
→ラオとバラードによる「予測符号化」

  • 行動生成

SMA(補足運動野)やPMC(前運動皮質)とM1の階層構造
M1がプリミティブ運動を符号化、SMAやPMCは巨視的な操作
バイモーダルニューロン
=行動だけでなく知覚にも反応するニューロン
→運動行動生成だけでなく感覚知覚にも関わっている。

4.2 脳の行動生成と認識に関する新しい理解

知覚と運動はコインの両面
エレノア・ギブソンとアン・ピックやウォルター・フリーマン
→行動生成は、予知的プロセス(意図と感覚)


where経路は、マルチモーダルであり、how経路とも言われるようになっている
how経路のある頭頂皮質は、視覚と運動の各プロセスの統合をになっている。
小脳「フォワードモデル」(伊藤)(現在の感覚入力が次の時間ステップでどう変化したか予測)
→同様のものが頭頂皮質にも(オズトップ、川人、アービブなど)
→筆者:頭頂皮質は、運動命令ではなく、前頭前皮質などからの「意図」に対応しているのではないか
運動のあらゆる可能な組み合わせを予測しようとするとフレーム問題に陥る
→意図のみと関連した知覚を予測


「運動イメージ」(ジェナロッド)
予測符号化


予測モデルは、メルロ=ポンティの考えとも整合する


ミラーニューロンは、意図や予測と関わっている

4.3 意図はどうやって自発的にあらわれ、意識的な認識対象となるのか?

リベットの実験
(1)無意識の脳活動を自由に起こせるか
(2)なぜ意識的に感じるのは最後の段階で、どういう役割があるのか


(1)への答え
脳ダイナミクスの一環として生じる
池谷の観察やチャーチランドの研究によれば、脳には自発的な活動がある
フリーマンら
→神経回路の決定論的カオスによる生成


(2)への答え
→まだあんまりはっきりとはわかっていない
→筆者として仮説はある。詳しくはあとで

4.5 まとめ

(本章で取り上げた)神経科学は、神経対応物を探す還元主義的アプローチ
→これではハードプロブレムは解けない
→筆者は、モデル構成論的アプローチを提案している

第5章 身体化認知モデル化のためのダイナミックシステムアプローチ

行動ベースロボティクス、新人工知能研究、ギブソン心理学、ネオギブソン心理学
→身体化認知とダイナミックシステムによって特徴付けられる

5.1 力学系(ダイナミックシステム)

ある力学系の構造の特徴として、アトラクター構造がある。
固定点アトラクター、リミットサイクルアトラクター、カオスアトラクター(ストレンジアトラクター)など

  • 「ロジスティックマップ」(ロバート・メイ)

離散空間非線形力学の例として紹介されている。
ところで、このロジスティックマップについて、出力が0.5より大きいか否かでラベル付けしてみる
→2つのラベルが等確率ででてくる「単一状態確率有限状態マシン(FMS)」になる
パラメータをかえると別のFMSができる
=記号的ダイナミクス
→実数力学系と離散記号系(カオスダイナミックスとシンボル処理系)とをつなぐ


ここまで筆者は、従来の認知科学や古典的AIが、離散的なシンボルを認知にとって必要不可欠だと見なしていることに対して、批判的ないし懐疑的である
つまり、現実世界は連続的な時空間であり、脳も連続的な処理システムであって、そこに離散的なシンボル体系を想定すると、二元論的になってしまう、と。
で、この記号ダイナミクスの話は、その両者をつなぐような話として書かれているのだと思う(離散的なシンボル系をエミュレートできる、的なことか?)

  • 非線形力学の構造的安定性

非線形力学の創発的な性質=特定のアトラクターの登場
生物学系でリズム的パターンをもつもののほとんどは、リミットサイクルアトラクターで生成されている
→実際の物理学では散逸系
→エネルギー散逸とエネルギー供給が均衡すれば安定
→動揺を与えられると過渡的状態になるが元の状態に回復する
調和振動子(減衰しないバネなど)は、エネルギー保存系
→動揺を加えると回復しない

5.2 ギブソン派とネオギブソン派のアプローチ

ギブソンにおける、オプティカルフロー
→環境と脳内のダイナミックシステムに固定点アトラクターを仮定すれば保持できる
外野手のフライのキャッチは、計算ではなく、知覚変数恒常性の調整(アンディ・クラーク)

  • ネオギブソン派(1980年代)

ケルソの指振り
これはステファン・コイファー、アントニー・チェメロ『現象学入門』(田中彰吾・宮原克典訳)(一部) - logical cypher scape2でも紹介されていた。
指振りは相転移する
トロットからギャロップも相転移

  • 幼児発達心理学

U字型発達や「BではなくAタスク」についての説明
発達の過程で、できたことが一時的にできなくなる現象(U字型発達)が観察されているとかなんとか

  • (幼児による)模倣

メルツォフ:「自分のように」メカニズム
ナーデル:幼児が互いに模倣するとき、順番交代(ターン・テイク)があったり、相互に同期した模倣がみられたりすることを発見

5.3 行動ベースロボティクス
  • ブライテンベルク『模型は心を持ちうるか』

ブライテンベルクの名前は柴田崇『サイボーグ―人工物を理解するための鍵』 - logical cypher scape2にも出てきた。この本、形而上学の加地大介が翻訳している(!)
14種類の思考実験
単純なセンサーとモーターしかもっていなくて、それの組み合わせで、複雑な動きができる

  • ブルックス

古典的AIの問題は「直接経験」の欠如
環境の役割を強調している点について、ブルックスはギブソン派と同じ
包摂アーキテクチャ
→環境について獲得されたモデルはどのように表象されているのか、という問題
(例えばデネットは、表象が忍び込むだろうと指摘している)

  • ブライテンベルクの12号

ブライテンベルクについては4号まではよく紹介されるが、それ以降はあまり紹介されないという。
筆者は、12号が上述の問題に対する解決になるとして紹介している。
12号は、非線形ロジスティックマップの実装で外部から自由意思をもっているかのようになるという(表象の問題とどう関係しているのか、よく分からなかった)

5.4 様々なレベルで脳をモデル化

個々のニューロンの振る舞いすべてをモデル化した、脳シミュレータのような計画もある
→そういう案もあるが、筆者は、それが可能だとして、その脳シミュレータと環境との相互作用や、その脳シミュレータに色々教育したりとか、やらなきゃいけないことがたくさんあって、非現実的ではないか、と。
ある程度抽象化したモデルでいいのではないか、と。
ラメルハート、マクリーランド『PDPモデル』などもその方向
筆者は特に、リカレントニューラルネットワーク(RNN)に注目

5.5 神経回路モデル

まずは、フィードフォワードネットワークモデルについて説明した後、RNN(リカレントニューラルネットワーク)モデルについても説明している。
RNNについて、クローズループで運用すると入力をまったく受け取らずに動的パターンを自発的に生成することに注目
また、RNNは、学習スキームとして、時間を遡る逆伝搬を採用している、と

  • 連続時間神経回路モデル(CTRNN)

パラメータ次第で、固定点アトラクターやリミットサイクルから、カオスアトラクターまで


誤差逆伝搬は生物学的に可能か
→逆行性軸索信号で可能なのではないか

5.6 力学系から見たニューロロボティクス

神経系・身体・環境のカップリング(ランドール・ビーア)

5.6.1 リミットサイクルアトラクアーによるロコモーションの進化
  • 中枢パターン生成器

ビーアによるCTRNNでのシミュレーション実験

  • 感覚・運動協調を発達

シャイアー、ファイファー、國吉*1
→ケペラロボット
ガウシアーら
→ロボットの即時模倣行動生成

  • 筆者・福村のやまびこロボット実験

経路のナビゲート実験
内部ダイナミクスと環境のそれのカップリングから生じるアトラクターダイナミクスへの収束という形でナビゲーションタスクを達成


ここの章、当然のように難しいし、それぞれの節がお互いにどうつながっているのかという論理展開もうまく把握できているとも言いがたいのだが
話が変わるポイントは5.5節かなあ、と
急に、近年のディープラーニング系AIの話とかでも読んだことがあるような神経回路の話がでてくる(ちなみに数式が本書の中で一番ガシガシ出てくるパートだったかと)
で、何となく知ってる話かなと思って読んでいると、また力学系の話が出てくる
この神経回路の話って、いわゆる計算主義というか計算論的神経科学というか、そういう流れのものだと思うんだけど、この流れと、力学系の流れとは本来区別されるものっぽい。
その上で、RNNでにおいてこの2つの流れは合流しそう、みたいなことが吉田正俊・田口茂『行為する意識』 - logical cypher scape2に書かれていたことを思い出したりした。フリストンはフリストンで、ベイズ力学みたいなことをいっているみたいだし。
(つまり、ニューラルネットワークの話がでてきて、あれここで急に話変わったな? ってなるんだけど、どうも、話が変わったわけではなくて、ちゃんと繋がっているらしい、と。ただまあ、自分にはこのつながり方というのはあんまり理解できなかった)

第6章 新しい提案

この章から第二部となり、筆者によるロボティクス実験の話を中心に、意識や自由意志へと迫っていくことになる。

6.1 主観的な視点を持つロボット

主観的な視点を構築するための、出発になるヒントは、予測

6.2 神経力学モデルに主観的視点をエンジニアリングする

知覚・運動マッピングに基づく応答型行動生成ではなく、意図・知覚マッピングに基づく予知的行動生成への転換


「組み合わせ合成的」ないし「シンボル的」なモデル
→連続空間を分節化
→あたかも離散的に見える計算メカニズム(5.1節とも関連している話だったかと)


新しい行動シーケンスの創造
→パラメータ分岐による生成
→高位レベルの神経ダイナミクスが内在的カオスにより活動していれば見かけ上確率的に生成される。
トップダウンの主観的な意図と客観的な現実との誤差により、自己に気づく

第7章 行動の結果から世界について予測的に学習する

7.1 組み合わせ合成可能性の発達――シンボルグラウンディング問題

5章の最後にでていたやまびこロボットを使って、さらに発展的な実験
RNNによる学習
学習したRNNと環境のカップリングがどのような力学構造をしているか分析
定常状態遷移の軌道へ収束
揺らぎを受けても数ステップで回帰
内部状態が分岐ステップごとにセグメントを推移
→有限状態マシンにおける状態遷移に対応
しかし、有限状態マシンには、揺らぎに対する自動回復メカニズムはない(一方このロボットは、有限状態マシンではないので、上述の通り、揺らぎを受けても回復する(その上、有限状態マシン的な振る舞いもできる)、という話かと)
シンボルグラウディング問題と無縁。内部的にシンボルが存在しないから

  • 欠点

(1)フレーム問題があるので小規模な環境に限定
(2)このエージェントは何も意図を持たないが、意図や目標なしでは組み合わせ爆発の問題にいずれ直面


ロボット実験の結果を示した図やグラフとかが度々出てくるのだけど、見慣れない図で見方がよくわからない。
本文で、こことこことが対応してるよねとか説明があるので、「あー、これの形というか塗られている升目が同じというかー」みたいな感じで眺めてた。

 

7.2 予測力学と自己意識

注意制御機構を持つ視覚システムの導入
RNNによる予測担当部分と、what経路とwhere経路を持つ知覚担当部分とで構成
予測誤差が小さくなればトップダウンの圧力を増やし、予測誤差が大きくなるとトップダウン圧力が減らされる
学習を繰り返すと、ストレンジ・アトラクター(不安定フェーズ)とリミットサイクル・アトラクター(安定フェーズ)を間欠的に行き来するようになった
カオス的遍歴(に似た現象)
安定的フェーズ=予想が常に一致、主観的な心と客観的な世界の区別がない
不安定フェーズ=予測誤差により、この区別が明示化
不安定になると意識されるという点でハイデッガーの金槌の例に対応
また、安定と不安定の交代という点で、ジェームズの意識の流れ(飛行と停止の交代)とも対応
ギャラガーは、「瞬間的な自己」をヒュームのいう「最小限な自己」になぞらえた

  • なぜ安定フェーズは長持ちしないのか

不整合への崩壊は間欠的におきるのか
複数の局所プロセスの相互作用からの創発によって。
予測誤差が減ると認識タイミングが厳密になっていてき、その厳密性が頂点に高まると、認識の破局的失敗が起きる
→自己組織化臨界現象なのではないか
ジェイムズの意識の構造も


なぜ不安定なシステムを筆者は評価するのか
この非決定性が、ハイデガーのいう本来的な存在に対応するから
また、ハードプロブレムを解く道にもつながるから
主観性=客観世界へ意図をもって作用を試みる際の入力を予測するプロセス
→主観性についての気づきは予測誤差から
(注釈において、フリストンが予測誤差を偏差で割ったものである尤度指標から「驚き」を定めたことを指摘している。つまり、主観性に気づくというのは、正確には予測誤差ではなくこの「驚き」のことかもしれない、と。)

第8章 感覚・運動フローの分節化によるミラー行動生成と認識

物理世界は連続的
対して、日常行動は、チャンクまたは運動プリミティブの組み合わせで生成
ロボットがどうやって運動プリミティブの集合を獲得し、また、それを組み合わせて行動を生成するか

8.1 ミラーニューロンモデル――RNNPB
  • パラメトリックバイアスをもつ再帰的神経回路(RNNPB)

行動の学習、生成、認識を予測誤差最小化の問題として形式化(自由エネルギー原理に類似)

8.2 複数の行動を分散表現で学習する

RNNPBに行動を学習させて、それらの運動パターンをPBベクトル空間にマッピング
2つの異なる領域が創出(5つくらいの運動を学習させて、3つと2つの領域に分かれたとかなんとか)
ジェイムズの思想と整合的

8.3 他人の心的状態を読むことで模倣する

ロボットに人間の行動を模倣させる実験
人間の運動パターンが変わると、PBベクトルの値がステップ上に変化し予測パターンも切り替わる。
→チャンクの分割
予測可能なパターンの場合、単一のPBベクトルで符号化。予測可能なら一つのチャンクになる
→組み合わせ合成可能性は、潜在的な予測不可能性
→相手の意図を予測しきれず予測誤差が発生するタイミングでプリミティブが分割


フッサールの時間知覚の現象学とも整合的
過去把持と未来予持による「今性」が、RNNの文脈ダイナミクスに対応
今性は、経験のフローが分節化される時点で区切られる

  • 相互模倣ゲームの実験

ロボットの動きを人間(被験者)がまねし、ロボットが学習したパターンを被験者が見つけ出す実験。
ロボットも人間をまねするが、被験者の動きが学習にないと追従できない
人間とロボットの動きが同期するタイミングもあるが、崩壊する(→自己臨界性か)
イニシアチブの交代も見られた(→ナーデルの順番交替のよう)
相互模倣は、相互作用による新しいパターンの創造でもある

8.4 言語と行動を結びつける

チョムスキーがいう言語能力の生得性・独立性は近年疑問視されている
→模倣学習による言語獲得

  • 言語RNNPBと行動RNNPBで構成されるモデルによるロボティクス実験

「押す」とかの動詞3つ、「赤」とか「左」とかの名詞6つで構成される文と行為の学習
右と左と真ん中にそれぞれ、赤い物とか青い物とか置いてあって、「赤いものを押す」とかいった文と行為を両方学習させる。
あえて教えない文もあって、学習した内容を汎化できるかも確認

「各行為に関する意味は他の意味との距離空間の関係性の中に埋め込まれることを示唆している。そのような意味の距離空間は神経活動上の分散的表現の形で学習を経て獲得されるものであり、それがより低次元の空間に自己組織化されるときに、より汎化された意味空間が得られると考えられよう。」(p.139)
学習された内容が現実の空間と対応している。3色の物体の関係が、それらが置かれている位置関係と対応していたり、行為=動詞も似ているものが近くになっている。
PDPグループの考えを受け継ぐ
分散表現は局所表現と異なり、各意味の相互作用により距離空間が獲得される

第9章 行動のための機能階層を発達させる

9.1 複数のタイムスケールにおける機能階層の自己組織化
  • 複数タイムスケールRNN(MTRNN)

時間定数の異なる複数のサブネットワークからなる
遅い(速い)ダイナミクスのサブネットは長期(短期)の時間相関の学習を得意とする
なお、MTRNNは、運動イメージを実際に動くことなく生成できる機能を持つ
→自己の可能性について叙述的となる
神経科学との対応
→補足運動野とM1とでタイムスケールの差がある
→機能階層がタイムスケール差に関連しているという筆者らの仮説と整合的
(ただし、まだ決定的な説明は困難で可能性のレベルでの検討とのこと)

9.2 複雑な行動の発達訓練についてのロボティクス実験

物体操作タスクを、教示者がロボットの腕を物理的につかんで教えることで学習させる実験
セッションを何回か繰り返すことで、学習がなされる


実際の運動ができるようになるセッションの前までに、運動イメージを生成できるようになる
→発達心理学の知見と整合的(どういう動きをすればいいかわかるようになっても、実際その通りに動くことができない段階があって、その後、ちゃんと動けるようになる)


個人的には、この運動イメージとやらの方が、意識っぽいなと思った。現象的意識という意味での意識。


教示パターンのプロフィールもセッションを追うごとに発達する。
→ロボットと教示者の間の共発達プロセス
→ロボット内部にリミットサイクルアトラクターが自己組織化され、教示者と相互作用し、教示者の行動も変える(筆者自身の体験が語られている)
学習を進めると予測誤差がほとんどなくなり、行動は無意識に生成されるようになる


揺らぎを与えたとき、ロボットはどのように行動を生成するか
上下動4回のあと左右動4回という行動を学習した後、上下動している最中にロボットの腕を引っ張ると、4回繰り返す前に左右動へと切り替えた
高次のプロセスに可塑性があり、上下動という運動プリミティブと次の運動プリミティブを滑らかにつなげている。高位レベルと低位レベルの相互作用

9.3 まとめ

遅いダイナミクスの高位レベル
→プリミティブパターンの切り替えを抽象的に表現
→抽象的な行動計画を作る前頭葉に対応
速いダイナミクスと中間速度のダイナミクス
→運動プリミティブの詳細パターン
→感覚・運動の詳細を構成する頭頂葉に対応

脳内の割り当てはゲノムによってあらかじめ決められているのではなく、自己組織化の結果
(下方因果性が云々)


情報の抽象化能力→分節化された自己語り能力


空間方向の階層への拡張
意図ユニットの初期状態値は何によって与えられるのか

第10章 行動のための自由と意識化された認識

10.1 自発的行動の動的説明

自発性は、チャンク内部ではなくチャンクとチャンクの接続部に登場
(コーヒーをいれる際、それは「コップを持つ」とか「お湯を注ぐ」とかのチャンクの組み合わせによって成り立っているが、そうしたチャンク内部の動きを変えるような自発性はないが、チャンクとチャンクをどういう順番で組み合わせるかというところに自発性がある、という筆者の観察)

  • MTRNNに物体操作を教示学習させる実験

オフライン学習後、訓練シーケンスを模倣させる。
→摸倣を繰り返していると次第に学習したものから逸脱。これは初期値敏感性によるもの。
→ただし、行動プリミティブの遷移確率は学習ケースにおおむね対応


自発性にみえるものは、物理世界のノイズに起因するのではないか
→イメージ生成にもみられる。イメージ生成は物理世界からノイズ流入しない


高位の遅いダイナミクスではカオスが生じ、それ以外のサブネットではカオスが生じていない
→ブライテンベルクの12号とも整合
→自発性の起源は、高位ネットワークに自己組織化された決定論的カオス


新規の行動シーケンスも生成できるか
→視覚イメージを生成できる拡張MTRNN
→物理的に不可能な行動も生成
→実際の行動生成では物理的に可能な行動のみ

  • 何故、意図の意識は遅いのか

拡張MTRNNのロボットと、人間実験者が操作するロボットを用意し、前者に後者の運動をばくち的に予測させ、同じ運動を生成させる実験
誤差回帰の仕組みがある場合とない場合とで比較。ないとロボットの動きが乱れる。
誤差回帰によって、過去についての「事後再構成」、未来についての「予測」の動的構成が起きる
自分自身の行動は「事後的な再構成」により自分の行動意図が書き換えられる過程で気づかれる
予測誤差が全く生じないと、意図についての意識も生じない
予測誤差が生じるときに、意識が生じる
なお、外部世界との対立(予測誤差の発生)はいつでも起こりうるものである


自発性は、高位のサブネットの決定論的カオスで生じる。その点で、客観的には自由意志は存在しない。
その後、その意図が気づかれるが、脳内の無意識の因果プロセスを観察することはできないので、何の原因もなしに「自由に」生じたように思われる(主観的には自由意志があるように感じられる)

  • 実験者とロボットとの相互作用

ロボットだけでなく「私(筆者)自身」からも新たな運動パターンのイメージが生み出される
循環的な因果と臨界


第11章 結論

11.1 認知的な心における組み合わせ合成可能性

シンボルグラウディング問題は、心身二元論から生じた問題で、相互作用問題
認知メカニズムは、連続的な感覚・運動経験の学習から、自己組織化するという仮説
認知主義者は、認知の本質的側面が論理シンボル体系にあると想定しており、その強みは無限の再帰的な表現を可能にすることだが、そんな無限の長さは日常行動において必要なのか
MTRNNは、自己組織化する決定論的カオスにより、有限状態マシンの確率過程をまねできる


本当に脳内にシンボルは存在しないのか
「おばあさん細胞」
一対一対応しているのではなく、多対多になっている可能性。
分散表象
人間は、脳の外にある離散的なシンボルを利用している

11.2 現象学
  • 7章の実験とハイデッガー
  • 8章の実験とフッサール

もしある生物が感覚反射行動だけで生き、組み合わせ合成的な行動を認識も生成もできない場合、意識や自由意志の余地はないかも

  • 9章のロボットと省察的な自己
  • 10章の自由意志と意識

客観的には自由意志はなく、主観的な体験の一側面でしかない


主観=予測再構成するトップダウンの過程
客観=感覚現実のボトムアップな認識
→意識=両者のギャップを最小化するための負荷としてあらわれる
→クオリア=そのギャップが、低位の知覚階層で生成されたもの
(なお、フリストン的に言えば、誤差そのものではなく、誤差をその推定される分散で割ったもの)


筆者は、意識についてどのような理論を採用するにせよ、意識の根底にある構造を理解することが大事だという。
意識の構造というのは、意識状態と無意識状態の自発的な入れ替わりとしての意識の流れ(ジェイムズ)のこととか。
心と世界との循環的な因果性が、意識や自由意志の見かけの原因
オープンな力学構造が、意識や自由意志を説明する

11.3 客観的な科学と主観的な体験
  • 筆者の研究姿勢の二重構造

(1)ロボットがいかに最適な行動が生成できるか
(2)心が世界と相互作用する際の主観的経験の解明
観察者は相互作用の内部ループに含まれる

  • 認知的な心

目的志向性・安定点へ漸近しようとするプロセスと、安定から離反し不安定性をもたらるプロセスからなる
目的志向性自身が不安定性をもたらし、安定性と不安定性の共存が、自律的な遍歴の自由をもあたらす
認知メカニズムのモデリングを行う客観的な科学と、主観的体験の記述との円環が必要(例えば、ヴァレラの神経現象学)(筆者の研究姿勢の二重構造とも対応)
ロボット構成論的アプローチは科学と現象学を両輪とすべし

11.4 将来の方向性
  • 発火頻度コーディングのニューラルネットワーク

畳み込み神経回路

  • 神経現象学的ロボティクスの、精神疾患への探求
  • ニューロロボティクスのスケーリング

近年の深層学習のスケールアップによってクリアされることが期待される

  • 汎用的知性

学習経験をどうやって増やすか
学習における汎化の実現
→ピアジェを参照
学習経験を増やすためには、教示者が長期的に関わり続ける必要があり、教示者との感情の相互作用が必要になる(子育てするのに、親が子をかわいいと思うような)

  • 人工物と道徳
まとめ

1.心はトップダウンとボトムアップの相互作用を経て創発
2.組み合わせ合成的な操作などは、トップダウンとボトムアップの相互作用における誤差信号の最小化を達成するための神経回路の自己組織化によって獲得。神経力学系が相互作用する環境世界とおなじ距離空間を共有することで、自然に物理世界と接地
3.世界に関するイメージ・知識は、限られた経験から発達的に学習獲得
4.心のもう一つの重要な様相=循環的な因果性から生じる無根拠性
→主観性と客観性との不可分性
脳と環境の相互作用についての自己臨界性とハイデッガーの本来性などの融合で、意識のハードプロブレムや自由意志の問題へのヒントに
5.神経現象学的アプローチ、ニューロロボティクスは、構成論的アプローチに基づく有効な方法

感想

リベットの実験からの、意図に気づくのが遅れるのは何故かという疑問を解くという流れから、予測誤差によって意識が生じる、という話の展開になっていたかと思う。
終盤でクオリアという単語も一瞬出てきたが、基本的には、意図、自発性ないし自由意志の話と、それが自覚される・それについて気付くという意味での意識の話がなされていた。
で、冒頭にも述べたが、これはこれで確かに意識の一種ではあるが、反省的意識であって現象的意識ではないのではないか、と。
まあ、現象的意識と予測誤差云々も何かしら関わっている可能性はあるけれど、これだと現象性の説明にはなっていないように思えた。


記号接地問題についての整理が独特な感じ。で、マッチングに失敗した後にどう戻るかこそが問題という指摘が面白かった。


自由意志はカオスから、というのは、なかなかどう判断していいのかわからない。客観的に自由はないが、主観的には自由がある、というのはまあそうだよな、という感じはするけど。

余談

上記メモであまり言及できなかったが、神経科学的な知見として、チャーチランドがしばしば引用されていた。
チャーチランドってチャーチランド? と思って調べてみたところ、ポール&パトリシア夫妻の息子で神経科学者のマーク・チャーチランド、とのことだった。なお、2人の娘も神経科学者らしい。
最初にググったとき、マーク・チャーチランドのプロフィールページは出てきたけど、親子かどうかわからなかったから、顔写真をめっちゃ見比べてしまった。マークとパトリシアは似ている気がする(もう少しググっていたら、英語版Wikipediaに息子と娘が神経科学者であると書いてあった)。

追記

RNNと力学系、ひいては計算論と力学系の関係について、Copilot(GPT)に聞いたので、まとめる。


力学系とは
状態+更新規則+時間
状態→振り子ならその角度とか、天気なら気温や湿度など、ニューラルネットワークなら隠れ状態など
更新規則:離散時間ならx^t+1=F(x^t)、連続時間ならdx/dt=f(x)
時間:物理時間でなくてもいい。レイヤー番号でも


例えば
x^t+1=0.5x^t
→最終的に0へ 安定固定点(アトラクタ)


RNNもFFNもトランスフォーマーも拡散モデルも力学系
ただし、FFNやトランスフォーマーは、実時間に沿って変化するわけではない。層方向の力学系
実時間に沿う、というのは、データが持っている時間とモデル内部の計算の進行が一致している。状態が次の時刻へ
FFNやトランスフォーマーは、状態が次の入力に持ち越されない。時間発展する系ではない。


計算論的な潮流と力学系的な潮流の関係について
RNNというより、コネクショニズム・ニューラルネット自体が、どちらともいえるし、どちらにも属さないようなものであった、と。
RNNは、「計算するシステムが、そのまま力学系でもある」 という具体例
近年、2つの潮流が合流する機運はあるが、必ずしもRNNが中心というわけでもない、とGPTは言っている


「脳は力学系で動いていて、その上で計算的な振る舞いが現れる」
表象なり計算なりは、あくまでそれっぽいだけなのか、本当にあるのか、というあたりが最近の焦点とかなんとか

ステファン・コイファー、アントニー・チェメロ『現象学入門』(田中彰吾・宮原克典訳)(一部)

サブタイトルは「新しい心の科学と哲学のために」とあり、フッサールから始まり認知科学に至る心の科学・哲学としての現象学入門書となっている。
最近、吉田正俊・田口茂『行為する意識』 - logical cypher scape2を読み、現象学・反表象主義の系譜の存在感を感じたので、それの勉強として手に取ったらドンピシャであった。
以下の目次にあるとおり、2章、3章、5章、6章は哲学者の名前が冠せられているが、4章、7章、9章は心理学・認知科学についての章となっている。
なお、巻末の訳者解説でも、本書の構成について、「科学的心理学の物語(1・4・7章)」と「超越論的現象学の物語(2・3・5・6章)」の2つの系列に分かれており、それが8・9章で合流する、とされている。
今回自分は、1章、4章、5章、7~9章を読んだ。


19世紀に、ヴントによって科学的心理学が成立したが、これを批判したのが、フッサールであり、ジェームズであり、ゲシュタルト心理学であった、と。
これらの影響を受けているのが、メルロ=ポンティでありJ.J.ギブソンである。
そして、現代の認知科学の中には、ハイデガーやギブソンなどからの影響を受けたアプローチが複数存在しており、それらのアプローチは、ダイナミカルシステムモデル(力学系モデル)を道具として重要視しているという共通点を持つ。


ウィリアム・ジェームズも気になってきた……

第1章 カントとヴント──18世紀と19世紀の背景
第2章 エトムント・フッサールと超越論的現象学
第3章 マルティン・ハイデガーと実存的現象学
第4章 ゲシュタルト心理学
第5章 モーリス・メルロ=ポンティ──身体と知覚
第6章 ジャン=ポール・サルトル──現象学的実存主義
第7章 ジェームズ・J・ギブソンと生態心理学
第8章 ヒューバート・ドレイファスと認知主義への現象学的批判
第9章 現象学的認知科学
訳者解説[田中彰吾・宮原克典]

第1章 カントとヴント──18世紀と19世紀の背景

現象学にとっての2つの重要な背景として、カントの哲学と19世紀に興隆した心理学を挙げている
現象学者はカントを引き継ぎつつこれを批判した。
また、フッサールは自らの現象学を「記述的心理学」とも呼びつつヴントの心理学を批判した。現象学は、哲学でもあり心理学でもある

1.2 ヴィルヘルム・ヴントと科学的心理学の興隆
  • カント

2つの理由から心理学は科学になることはできないとした
(1)数値化できない
(2)内観法が信頼できない

  • ヴント

カントの批判に応えるかたちで、科学的心理学を打ち立てる
まず(1)については、ヴェーバーやフェヒナーの精神物理学をあげて、反論する。
(2)については、カントに一部同意する。
ヴントは内的経験と外的経験とを区別して、前者には接近不可能だが、後者は接近可能とする。制御された内観法によって、実験心理学は成立する


ヴントの特徴は、感覚と感情を意識経験の原子とする還元主義


教え子の一人にジェームズ
→のちにヴントを批判


ちなみに、本書には書いていないが、ヴントはヘルムホルツの助手
のち、マッハが、ヘルムホルツやヴントの自然観を批判しているが、そのマッハとジェームズが親しい、という関係があるようだ
参照:木田元『マッハとニーチェ―世紀転換期思想史』 - logical cypher scape2

第4章 ゲシュタルト心理学

フッサールが現象学にとりかかっているのと同時期に、ベルリンで発展したのがゲシュタルト心理学

  • ゲシュタルト心理学と現象学の関係

エーレンフェルスとシュトゥンプフは、ブレンターノの弟子
シュトゥンプフは、フッサールの指導教員で、かつベルリンの心理学研究所を指揮
同研究所のヴェルトハイマー、ケーラー、コフカがゲシュタルト心理学の基礎を発展
ゲシュタルト心理学の成立については木田元『マッハとニーチェ―世紀転換期思想史』 - logical cypher scape2にもあったので、ここに上がっている名前にはなんとなく見覚えがあった

4.1 ゲシュタルト学派による原子論的心理学への批判

ヴントの心理学には「束仮説」「恒常仮説」という前提があるとして、これらを批判
束仮説=経験は感覚という要素の束
恒常仮説=感覚と刺激の間には対応関係がある


ヘルマン格子やマッハの帯
→恒常仮説と矛盾


エーレンフェルス「ゲシュタルト質について」(1890)
マッハによるメロディの分析をもとにした論文
楽器を変えて演奏しても同じメロディ
構成する音を異なる順序で鳴らしたら同じメロディにはならない
メロディは構成する音以上の何か=ゲシュタルト質

4.2 知覚と環境
  • ヴェルトハイマー

1912年論文で「ファイ現象」(仮現運動)
形態の法則
→束仮説と矛盾

  • 伝統的考え

知覚または「外的経験」は要素からなり、これらの要素が認知または「内的経験」において全体に結び付けられる

  • ヴェルトハイマー

形態は知覚に与えられており、認知で付加されない
外的経験は要素ではなくすでに全体

  • ケーラー

チンパンジーの実験
→問題解決への洞察は、認知ではなく知覚

  • クルト・レヴィン

レヴィンの方程式=行動は人と環境との関数
動機について論じた
誘発性ないし誘引特性
→例えばサンドイッチは、空腹によって動機づけられている人にとって誘発性を持つ
誘発性は、人々の状態の機能であると同時に知覚される環境の特性
→ギブソンへ影響

4.3 ゲシュタルト心理学の影響

心理学主流派への影響は限定的
←ドイツから英米へ亡命した際、レヴィンを除き、博士課程をもたない機関に職を得たため
レヴィンは社会心理学に影響
しかし、ゲシュタルト心理学は、メルロ=ポンティとギブソンへ影響を与えた
 

第5章 モーリス・メルロ=ポンティ──身体と知覚

メルロ=ポンティの章は、流し読み


メルロ=ポンティは直接知覚論ともいわれるがむしろ、センスデータと知覚経験あるいは直接知覚論と間接知覚論の区別を崩す

5.1 『知覚の現象学』

身体に注目
ドレイファスやギブソンへの影響

5.2 現象学、心理学、現象野

ゲシュタルト心理学からの影響について

 

5.3 生きられた身体

フッサールに由来するKorper*1とLeibの区別をさらに掘り下げる
Korper 客観的身体
Leib 生きられた身体

  • 幻肢経験

心理学的説明や生理学的説明をいずれも誤りと棄却
生きられた身体から考える
習慣的な身体・習慣的な可能性との齟齬として説明

  • 5.3.1 身体図式

世界とは可能性の空間。
身体の技能を準備する体制=身体図式
経験の可能性を開くという点でカントの超越論的図式と共通するが、カントと違って身体図式は概念とは関係がない

  • 5.3.2. シュナイダー事例

盲視のことか?

  • 5.3.3 運動志向性

ハイデガーは「志向性」概念を排除したが、メルロ=ポンティは「運動志向性」というものを考える
技能の志向性は認知の志向性よりも根本的
対象が私たちを誘引する限りにおいて、対象は私たちに向けられている

  • 5.3.4 いくつかの例

車の幅、盲人の杖、熟練したタイピスト
.

5.4 知覚の恒常性と自然的対象

省略

第7章 ジェームズ・J・ギブソンと生態心理学

7.1 ウィリアム・ジェームズ、機能主義、根本的経験論

ギブソンの前に、ジェームズについて
先述したとおり、ヴントの教え子だったがヴントを批判
『心理学原理』(1890)
ジェームズはヴントと違い、感覚を唯一の主題としない
心の各側面を適応として考える(ダーウィンからの影響)
→「機能主義」と呼ばれる


根本的経験論
→経験的世界と世界それ自体をわけるカント的な区別に対する拒否
純粋経験からなる世界のみが存在 
=中立的一元論(物的でも心的でもない)
世界を表象する何かとしての意識は存在しない
主観的なものが客観的なものを表象する、わけではない。主観性と客観性は属性であって、それらは同じもの

  • ホルト

ジェームズの学生であり、ギブソンの先生の一人
根本的経験論を推し進める
ギブソンは、ホルトとコフカから影響
ギブソンとホルトの関係は柴田崇『サイボーグ―人工物を理解するための鍵』 - logical cypher scape2にもあった。

7.2 ギブソンの初期の仕事──二つの例
  • 運転行動の分析(1938)

レヴィンとコフカの発展させた行動の場の理論の適用
安全な移動の場=肯定的な誘発性を持つ経路
これも柴田崇『サイボーグ―人工物を理解するための鍵』 - logical cypher scape2に載ってた
ギブソンは、根本的経験論者であり実在論者(実在論かどうかが現象学者との違い)

  • 学習について

エレノア・ギブソンとともに行った研究で、行動主義から離れる
行動主義
→学習とは、刺激と反応の間で連合を形成すること。連合は、強化や罰によって刺激に付与
エレノアの実験
→罰、強化なくとも連合が形成されることを示す
経験内容は世界に実在する

7.3 生態学的アプローチ

推論的アプローチと対照をなすアプローチ
推論的アプローチ
←刺激の貧困への説明
(網膜上の情報だけでは小さいのか遠いのかは分からない→距離の推定が必要)*2


『視覚ワールドの知覚』『生態学的知覚システム』『生態学的視覚論』
光学的流動(optic flow)
刺激は乏しいわけではない
第一原理 知覚は直接的である(反表象主義)
第二原理 知覚は行為のためにある
第三原理 知覚はアフォーダンスである

7.4 生態学的存在論

環境には、動物が行動を探る上で十分な情報が含まれていなければならない
媒質・物質・表面
情報は環境の実在的な面だが、物質のように存在するわけではなく、関係的な特徴
アフォーダンスは行動の機会
アフォーダンスに関する情報は光の中に含まれている


情報は偏在しており行動を導くのに十分
→ギブソンとギブソン派にとってこれを証明することが中心的な問題
アフォーダンスが存在し実在するかではなく、アフォーダンスを知覚するための情報を入手できるかどうかが問題


(1)光学的流動におけるルーミング
→壁に向かって歩くと壁が大きくなる
リーによるカツオドリの研究
→視覚的変数タウ=像のサイズの変化率に対する像のサイズが持つ比率
→距離の情報ではない。計算不要。網膜上で入手可能
カツオドリが上空から水面に飛び込む際、水面との距離を推論して突入姿勢をとっているわけではない。タウという情報を知覚することで水面への突入をおこなっている


(2)ダイナミック・タッチ

  • 大きさ-重さ錯覚

同じ重さのものでも、サイズが大きいものと小さいものを渡されると、小さいものの方をより重いと感じる錯覚
→大きさから推論することによって生じる誤り、と考えられてきた

  • アマジーンとターヴェイの研究

「テンソル・オブジェクト」(複数の棒と球体を組み合わせたもの)を使って実験
大きさから重さを推論しているわけではない。
慣性テンソルに含まれる情報=可動性を手首で入手している
「動かしやすさ」を聞くと、錯覚は起きない

7.5 アフォーダンスとインビテーション

メルロ=ポンティ、ギブソン、ノエは同じ目標を追求
ギブソンは、アフォーダンスとインビテーションを区別できない、という批判がある
環境には、アフォーダンスとなるものがたくさんあるが、実際には、そのうち、実際に行動を引き起こすもの(インビテーション)にしか人は注目しない。他の多くのアフォーダンスを無視している。
ギブソン理論では、心理学の目的である、行動の説明ができない、という課題。

第8章 ヒューバート・ドレイファスと認知主義への現象学的批判

8.1 認知革命と認知科学

認知科学や人工知能研究の概略
認知科学とヴントの心理学との類似(原子論、脳内の計算過程が問題で身体や世界は問題としない点)

8.2 「錬金術と人工知能」

ドレイファスが、ランド研究所のテクニカル・レポートとして書いた論文
サイモンとニューウェルによる予言の楽観主義を指摘
ところで、人工知能研究には「テクノロジーとしての人工知能」と「認知科学としての人工知能」の区別がある。
前者は、知的なふるまいができればok
後者は、人工知能を通して人間の認知について解明すること
ドレイファスの批判は、この区別が曖昧。基本的には後者には刺さるが、前者にはあまり刺さらない

8.3 『コンピュータには何ができないか』

認知科学ないし認知科学としての人工知能研究が置く暗黙の前提を4つ指摘している。

  • 生物学的前提

コンピュータ同様、脳は二進法である
→ニューロンはスイッチというより発振器

  • 心理学的前提

心はコンピュータ・プログラム
思考は実際に計算なのか。
思考は計算であるとは、経験的な主張なのか、概念的な主張なのか。
また、「感覚」や「情報」という言葉の曖昧さによって誤魔化していないか。

  • 認識論的前提

チューリングテストに合格できる機械は作製できる
(心理学的前提を緩めたもの。テクノロジーとしての人工知能に該当)

  • 存在論的前提

世界は個別の二値的な事実の集合からなる
「濡れていたので、レインコートをバスタブに置いてきた」という言明を理解するのに必要なのは「道具の全体性」
真か偽かという事実を集めても理解できない

8.4 ハイデガー的人工知能
  • アグレとチャップマンのペンギ

ペンゴというゲームをプレイするプログラム
存在者の表象をもたない(直示的表象のみ)
目標の表象をもたない

  • ブルックスのロボット・アレン

(ブルックス自身はハイデガーとの結びつきを否定するが)
表象をすべて排除

第9章 現象学的認知科学

現象学に触発された認知科学として、以下の4つの立場が紹介されている。
「急進的身体性認知科学」
「身体性認知科学」
「エナクティヴィズム」
「感覚運動アプローチ」
あわせて、これらと関係の深い「ダイナミカルシステム理論」が紹介されている。

9.1 フレーム問題

どのアフォーダンスがインビテーションになるのかという問題は、フレーム問題の一種

9.2 急進的身体性認知科学

生態的心理学+ダイナミカルシステム理論=急進的身体性認知科学(チェメロの命名)
アフォーダンスとインビテーションを区別できる

9.3 ダイナミカルシステム理論

ダイナミカルシステム=「力学法則にしたがって、時間の経過とともに、連続的、同時並行的、相互依存的に変化する量的な変数の集合」
知覚や行為や認知を微積分学を使って説明するということ
生物個体と環境が統合された一つのシステムとして考える

  • ハーケンーケルソーーブンツ(HKB)モデル

ケルソーの指振りの実験
左右の指を振ってもらうと、安定した協調パターンは2つしかない
=相対位相0と相対位相.5にアトラクターがある
複雑なダイナミカルシステムは、自己組織化して単純なシステムのようにふるまう


「現象学の前倒し」(ギャラガーとザハヴィ)
現象学にかかわる仮定を検証するための実験設計


様々なHKBモデルで、運動制御、言語処理、学習・注意・意図、社会心理学、意識経験を説明している(意識については(ケルソー、ヴァレラ、フリーマン))
力学的モデルは、人間を、脳・身体・道具の一部からなる自己組織的なダイナミカルシステムと想定する
自己組織的システム=計画や制御装置なし
→フレーム問題の回避

  • 内因性活動と摂動

自己組織化されたシステムは特定のパターンへと組織化する=内因性活動
例えば、水の渦巻き
そこに枝をたてると、渦巻きの形状が変わる
内因性活動が、枝によって、摂動を受ける、という
微風などは渦巻きに影響をもたらさない
摂動をもたらす関連性をもったアフォーダンスだけがインビテーション

9.4 ハイデガー的認知科学

マイケル・ウィーラー(1996)
ニューロンにはノイズが多い→入力によって決定されない
ニューラルネットワークには入力から独立した内因性活動がある

  • 「身体性認知科学」

例えば、テトリスの画面上の回転と心的な回転についての実験など
拡張された認知にも着目
ハイデガーよりは、ギブソンやブルックスから触発
しかし、ギブソンやブルックスと異なり計算主義的・表象主義的であり、そこが急進的身体性認知科学と異なる点でもある
ウィーラー「行為指向的表象」

  • 反表象主義

ドレイフェスやリートフェルト
→ウィーラーの見方はハイデガー的ではなくフレーム問題も解決できない。ハイデガー的認知科学はフリーマン、と。
フリーマン
→ウサギの嗅球は、臭いを表象しているわけではない。
→内因性ダイナミクスが世界との相互作用で摂動を受けてアトラクターに向かう
(本書は、フリーマンを急進的身体性認知科学に分類)
(本書の筆者らは、ウィーラーよりもドレイファスやリートフェルト、身体性認知科学より急進的身体性認知科学を好む)


トドフ、ニエ、チェメロによるマウスを操作させる実験
1/fスケーリング(それほどランダムではないノイズ)
マウスが適切に操作できるあいだは、参加者の手とマウスの運動に1/fスケーリングがあり、道具的存在として経験される
マウスに摂動がある(操作できなくなっている)と1/fスケーリングが減少し、非道具的存在として経験される

9.5 エナクティヴィズム

オートポイエーシス=作動的に閉鎖*3+環境と構造的にカップリング

ディパオロ
→オートポイエーシスは生命の十分条件ではなく、適応性(自ら状況を変えるための措置が講じられる)が必要


自己創出的なシステムの活動=環境のどの側面と構造的にカップリングするかを決定
→世界と自己は共創出
共創出を「意味生成」と呼ぶ
意味生成は認知的かつ情動的ゆえに世界は有意義
生きられた身体として世界をエナクトする
ブルックスのアレン
吉田正俊・田口茂『行為する意識』 - logical cypher scape2でも意味や価値を生成という言葉が出てきて、若干、どういうことか理解しそこねていた


エナクティヴィズムも「拡張された認知」に注目するが、生物個体が世界を生み出すので、認知システムが生物個体を超えて拡張するというのは変なので代わりに「拡張された生命」に注目する
ミズムシの水泡。盲人の杖。

人工生命も重視
力学モデリング=人工生命
神経現象学者

9.6 感覚運動アプローチ

ノエ、オリガン、ハーリーらのアプローチ
エナクティヴィズムとも呼ばれるが異なるものなでここで「感覚運動アプローチ」と呼ぶ
ギブソンからの影響
知覚とは、私たちの内部で起きることではなく、私たちがおこなうこと
感覚は能動的探索を必要とする

  • 感覚運動随伴性

身体運動と感覚刺激の変化との間の関係性
フッサール的?
トマトを見るとき、一部分しかみえていなくても三次元物体として、背面のあるものとして見る
体を傾けたら背面が見えるから

  • 科学に応用しやすい意識経験へのアプローチ

視覚と触覚の区別は、異なる感覚運動随伴性の集合
1970年代 触覚-視覚感覚代行実験
映像を振動に変える装置をつけると「見える」ように感じられる
経験の違いは、刺激の本性(網膜への光刺激など)とは無関係で、感覚運動随伴性によって決まることを示唆

9.7 科学的現象学の将来

現象学に触発された認知科学への各アプローチの類似点

  • 環境内生物個体の知覚と行為に焦点
  • ダイナミカルシステムモデルを説明の道具として活用
  • 心的表象の説明上の有用性に懐疑的

訳者解説[田中彰吾・宮原克典]

本書の二つの特徴

  • 現象学を英語圏の哲学的な明晰なスタイルで解説
  • 現象学は身体性認知科学にこそ受け継がれているという観点

現象学と認知科学とを結びつけて論じる本としては『現象学的な心』があるが、これは中級者向けの本で、入門的な位置づけの本が邦訳されていなかったため、本書の翻訳が企図されたとのこと。
その他、日本語で読める参考文献が多数紹介されていたが、リード『魂から心へ 心理学の誕生』があり、そういえばこれ以前気になっていた本だな、と思い出した。最後の章がウィリアム・ジェームズにあてられている。

*1:oにはウムラウト

*2:推論的アプローチとしてデカルトが想定されている。刺激の貧困という用語はチョムスキーに由来するが、ここではあえてその言葉を用いているらしい

*3:吉田正俊・田口茂『行為する意識』 - logical cypher scape2では「操作的閉包性」と訳されていた。operational closure