『物語の外の虚構へ』リリース!

(追記2023年6月)
sakstyle.hatenadiary.jp

一番手に取りやすい形式ではあるかと思います。
ただ、エゴサをしていて、レイアウトの崩れなどがあるというツイートを見かけています。
これ、発行者がちゃんとメンテナンスしろやって話ではあるのですが、自分の端末では確認できていないのと、現在これを修正するための作業環境を失ってしまったという理由で、未対応です。
ですので、本来、kindle版があってアクセスしやすい、っていう状況を作りたかったのですが、閲覧環境によっては読みにくくなっているかもしれないです。申し訳ないです。

  • pdf版について(BOOTH)

ペーパーバック版と同じレイアウトのpdfです。
固定レイアウトなので電子書籍のメリットのいくつかが失われますが、kindle版のようなレイアウト崩れのリスクはないです。
また、価格はkindle版と同じです。

(追記ここまで)

(追記2022年5月6日)


分析美学、とりわけ描写の哲学について研究されている村山さんに紹介していただきました。
個人出版である本を、このように書評で取り上げていただけてありがたい限りです。
また、選書の基準は人それぞれだと思いますが、1年に1回、1人3冊紹介するという企画で、そのうちの1冊に選んでいただけたこと、大変光栄です。
論集という性格上、とりとめもないところもある本書ですが、『フィルカル』読者から興味を持ってもらえるような形で、簡にして要を得るような紹介文を書いていただけました。


実を言えば(?)国立国会図書館とゲンロン同人誌ライブラリーにも入っていますが、この二つは自分自身で寄贈したもの
こちらの富山大学図書館の方は、どうして所蔵していただけたのか経緯を全く知らず、エゴサしてたらたまたま見つけました。
誰かがリクエストしてくれてそれが通ったのかな、と思うと、これもまた大変ありがたい話です。
富山大学、自分とは縁もゆかりもないので、そういうところにリクエストしてくれるような人がいたこと、また、図書館に入ったことで、そこで新たな読者をえられるかもしれないこと、とても嬉しいです
(縁もゆかりもないと書きましたが、自分が認識していないだけで、自分の知り合いが入れてくれていたとかでも、また嬉しいことです)


(追記ここまで)


シノハラユウキ初の評論集『物語の外の虚構へ』をリリースします!
文学フリマコミケなどのイベント出店は行いませんが、AmazonとBOOTHにて販売します。

画像:難波さん作成

この素晴らしい装丁は、難波優輝さんにしていただきました。
この宣伝用の画像も難波さん作です。

sakstyle.booth.pm

Amazonでは、kindle版とペーパーバック版をお買い上げいただけます。
AmazonKindle Direct Publishingサービスで、日本でも2021年10月からペーパーバック版を発行が可能になったのを利用しました。
BOOTHでは、pdf版のダウンロード販売をしています。

続きを読む

酉島伝法『奏で手のヌフレツン』

凹面世界に暮らす人々を2世代に渡って描く物語
そもそもタイトルの意味が、一見しただけではわからないと思うが、ヌフレツンは人名である。奏で手は、この世界における職業の一つ。
酉島作品というと、漢字を用いた独特の造語による世界観が特徴的だが、本作もそれが全開であり、人名もかなり独特である。また、太陽を巨体化した人々が担いで歩くというこれもまた独特の設定が中心に据えられている。
一瞬、とっつきにくそうではあるが、読んでみると、意外なまでにその世界に入り込むことができる。出てくる固有名詞を覚えるのはやや大変かもしれないが、描かれる社会の文化、風習、生活の様子が登場人物たちの視点から丁寧に描かれており、実は結構読みやすい。ある種のファンタジー小説として読むことができると思う。
一番大枠のSF設定は、実は古典的なものかもしれない。
独特な造語や世界観に読み始めは眩惑されるけれども、実は結構ベタなエンターテイメントSF(あるいはファンタジー世界お仕事小説)として読むことができる、というか、プロットはそういうふうにできている。
ただ、それを単にベタに見せないためにこの世界観があり、それぞれが両軸となって、うまくかみ合っている作品だったと思う。


読んだことのある酉島作品
以下にあるとおり、年刊SF傑作選またはアンソロジーでは読んでいて、並べているとそこそこの本数既読だったことに自分でも驚いた。
初めて読んだ頃はちょっと苦手かなという感じがあったのだが、次第になじんでいったというか、面白く読めるようになっていき、そろそろちゃんと読んでみようか、と思っていたところだった。
大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選さよならの儀式』 - logical cypher scape2
大森望・日下三蔵『折り紙衛星の伝説 年刊日本SF傑作選』 - logical cypher scape2
大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選 アステロイド・ツリーの彼方へ』 - logical cypher scape2
『BLAME! THE ANTHOLOGY』 - logical cypher scape2
大森望・日下三蔵編『行き先は特異点 年刊日本SF傑作選』 - logical cypher scape2
大森望・日下三蔵編『プロジェクト:シャーロック 年刊日本SF傑作選』 - logical cypher scape2
宙を数える 書き下ろし宇宙SFアンソロジー - logical cypher scape2
高山羽根子・酉島伝法・倉田タカシ『旅書簡集 ゆきあってしあさって』 - logical cypher scape2]


今まで短編ばかり読んでいて、酉島の長編を読むのは初めて
上述したとおり、酉島というとその独特な世界観や登場人物が地球人類ではないことなどが特徴としてあげられるが、長編を読んでみると、なかなかストーリーも面白い。
物語は二部構成になっていて、第一部が「解き手のジラァンゼ」、第二部が「奏で手のヌフレツン」というタイトルだが、親子2代に渡る物語になっている(もっというと、リナニツェ→ジラァンゼ→ヌフレツン→ヌグレミの4代ではあるのだが)。
第一部では、この社会の生活や風習などをじっくり描きつつ、この世界に少しずつ危機が近づいてきていることを匂わせ、第二部では、その危機に対して、ヌフレツンを中心とした奮闘が描かれる。タイトルに奏で手とある通り、その奮闘の手段として音楽がある。
第二部のヌフレツンを、陰に陽に助けてくれるのが、ジラァンゼの友人たちであったりする。彼らの社会は、基本的に伝統や言い伝えに対して保守的であるのだが、危機の迫る時代において、ジラァンゼ世代の中で少しずつ変化が生じている。
第二部、特にその後半において、いわゆる伏線回収というか、第一部の登場人物たちが重要な人物として再登場してきたり、あるいは、思わせぶりに話されていたものごとの意味がわかってきたりしていく。
後半は、手に汗握る展開というか、冒険行があったりなんだりで、単純に面白い。いや、どんどん大変なことになっていくのだけど、それへの解決もあり、最後には大団円を迎える。
設定面では、あれって結局どういうことだったんだろうというところがないわけではないのだけれど、物語的には満足できた。



球地(たまつち)という球体の内部空間が舞台となっている。スペースコロニーのような感じで、遠くを見ると地平線ではなく垂直面が見える。また、中心には毬森という無重力となっている場所がある(この世界では「裁定者」というのが信仰の対象となっているのだが、重力のことが「裁定力」と呼ばれている)。
いくつかの黄道があって、4つの太陽がその道を歩いている。黄道ぞいに聚楽(じゅらく)があって人々はそこで暮らしている(聚楽=集落、ということだろう)。
球地には8つの聚楽があって、その中の、叙の聚楽が主な舞台となっている。
人々、と書いたが、この世界では落人(おちうど)と呼ばれている。挿絵がなく、本文中でもどのような姿をしているのかの記述はないが、性別はないようである。また、乳歯の脱落や散髪でかなりの痛みが走るらしい(聚楽では、痛みを感じることが功徳を積むこととされている)。
単為生殖で形成される家族と、職種ごとに徒弟制のように形成されている房が、社会の単位。子供は照子屋(てらこや)で初等教育を受け、房で手習いとなって働き始める。基本的には代々同じ職業に就いているようだが、一応、職業選択の自由はある(罪人だけがなる、陽採り手という職種もある)。
性別がなく、親のことは「親さ(やさ)」、きょうだいのことは「同胞」とよび、兄ないし姉は「先胞(さきがら)」(呼びかけるときは「先胞(まあ)さ」)、弟ないし妹は「後胞(あとがら)」と呼ぶ。
なお、一人称は「吾(わ)ぁ」や「己(な)」で、会話を読んでいるとどことなく昔話っぽさもあり(集落に寺子屋なので、そのあたりも含めて)、独特な言葉を使っているのだが、馴染みやすいところもある。
子供の頃は、戻生の力があって、体の一部が切られてもトカゲの尻尾のようにまた生えてくる。大人になるにつれてこの力はなくなる。
単為生殖により受陽する(妊娠する)。聚楽には療治処という病院があるが、出産は療治処にはいかず、産まれそうになるとそのへんにうずくまって出産している。単為生殖なので片親だけで働きながら育てることになるが、育み処という保育所が整備されていたりする。
(特定の他人と親しくなること(番になること)は下等生物の行いと忌避されている)
で、ここからが特殊で異様なところだが、ある程度年配になった落人の中から、定期的に「聖人」が選ばれる。体に突然、印が浮かび上がってくる。その後、身体が巨大化していく。そして「聖人式」により列聖する。すなわち、彼らは太陽の脚になる。太陽に上半身がめり込む形になり、みぞおちまで裂けた脚が太陽からにょきっと突き出た感じになる。常時、54人の聖がいて108本の脚が太陽を運び続けている。聖人式で何人かずつ交代していく。
幼児は「お陽様しょいたい、しょいたいなー」という童謡を歌っており、聖となるのは大変名誉なこととされてはいるのだが、まあなかなかにグロテスクといえばグロテスクな設定ではある。
あと、この世界には月や星という謎の生き物のようなのがいる。
月は、太陽のあとをついて歩いていて、太陽がこぼす陽だまりを食べる、だけでなく、人を食べることもある。立待月は、立って人が通りかかるのを待っている月、とか。
星は、馬のように使役されているっぽい。彗星が荷車を引いてたりする。隕星は、鞠森にあがるためのリフトのような働きをしている。
一方、夜這い星といって、夜に人に襲いかかってくる星もいる。
太陽も生き物のような存在で、老いて死ぬことがある。子どもの太陽が、環海(わだつみ)から産まれてくる。


物語は二部構成になっていて、第一部が「解き手のジラァンゼ」、第二部が「奏で手のヌフレツン」である。
第一部は、ジラァンゼがまだ照子屋に通っている子供時代、親さのリナニツェに聖人式の日から始まる。
リナニツェはもともと、霜の聚楽出身だが、霜の聚楽では蝕が起きて太陽を死なせてしまう(蝕は文字通り月に食べられてしまうこと)。霜の聚楽から逃れてきた人々は不吉な存在扱いされていて、ほかの聚楽はなかなか受け入れない。リナニツェはかろうじて叙の聚楽まで逃げてきて、煩悩蟹の解き手としての職を得ていたが、それでも、疎まれたり陰口を言われたりしてきた。
煩悩蟹の解き手って何かというと、この世界には煩悩蟹という蟹がいて、それを文字通りほぐしている。で、それが食材や建材に使われている。
蟹とはいうが、地球の蟹とはかなり違う生き物で、おそらく鋏はなくて、惨斬(ざんきり)という、おそらく角のような部位があって、これが解体作業するにあたってはかなり危険。
なんで煩悩蟹というかというと、人々の煩悩が封じ込められているというふうにいわれていて、内臓の名前が、嫉臓、悔臓、惛臓、忿臓などといった感じで、単に蟹の殻剥きをやっているというだけでなく、貯められてきた煩悩を浄化していくという文化的・精神的意味合いも付与されている。
で、この煩悩蟹の解体作業について、かなり細かく記述されている。ジラァンゼが手習いから見習いとなり、見習いを卒業し、さらには師範へ出世していく中で、どのような作業工程があって、どのように熟練していくのかが描かれていて、全く架空の職業だというのに、すごくリアリティがある。
この作品、世界観や固有名詞だけ取り出すととっつきにくそうな感じがあるが、実際に読んでみるとすらすらと馴染んでいけるのは、こういう生活感みたいなものが描かれているからではないか、と思う。
SF的な理屈の説明とかではなくて、茹でられた蟹は素手で持つには熱いので見習いは手袋をするのだが手袋をはめると上手く作業できないとか、模型を使って何度も練習してきたが実際に殻を割ってみると内臓の配置が異なっているとか、そういうディテールの描写にページが割かれている。


第一部は、そうしたジラァンゼの職人としての人生が描かれていくわけだが、仕事の話だけでなく家族や友人たちの話が物語を動かしていく。
ジラァンゼには、先胞(さきがら/兄もしくは姉にあたる存在)が3人いる。そのうち、上の2人はやはり解き手となるのだが、3番目のヨドンツァはある種の「奇人」であり、家族の悩みの種でもある。
ヨドンツァは、太陽からつくられる食べもの輝晶を受け入れられない特殊な体質であり、そのため、幼い頃から虫にたかられやすく、虫除けが欠かせなかった。そこから、ヨドンツァは薬に興味を持ち、薬手の道を選ぶ。ところが、薬手としても異端児で、房主の方針に逆らい、自分独自の調合を行うようになる。
そもそもヨドンツァは、この社会における裁定者信仰を全く信じておらず、苦痛を味わうことは功徳を積むことではないし、聖になることも名誉ではなく刑罰だという。
苦痛=功徳とされるこの社会では作られてこなかった痛み止め(宥痛剤)を作り、ジラァンゼにこっそりと渡す。ジラァンゼは罪悪感にかられながらもこれを使う。そして、ひっそりと周囲の友人にも渡すようになる。ジラァンゼが大人になる頃には、すっかり痛み止めの使用が一般化していくという社会の変化が描かれたりしているのも、またなかなか面白かったりするのだが。
とにかく、ヨドンツァは聚楽の人々からは不信心な不届き者だと思われているし、家族からすると厄介者ではある。
一方で、読者からすると、ヨドンツァの話が、この世界の設定に関わることを話しているんだろうなあということがわかってくるし、それは後半になるにつれて、よりはっきりしていく。
ヨドンツァを通して、この物語の主人公(ジァランゼとヌフレツン)と読者は少しずつこの世界の謎へと接近していく。
ヨドンツァは結局、叙の聚楽を離れて鞠森で薬手となるが、時々、叙の聚楽にも降りてくることになる


一方、ジァランゼの物語でもう一人の重要人物は、照子屋時代の友人ラナオモンである。
ラナオモンは、楽器を作る鳴り物工房の子であるが、奏で手になることを夢見て、実際にその夢を叶えることになる。
奏で手というのは文字通り、楽器奏者のことだが、この社会で音楽は娯楽ではなく、太陽の歩みを支援するもののようである。この聚楽社会において、ある種の知識人階級のような存在にも思える。
ところがこのラナオモンは、肺病を患った結果、あんなにも憧れていた奏で手を辞めることになる。
しかしそれでも、浮流筒(ふるとう)を弾きたい一心で、罪人でもないのに陽採り手となったのだ。
陽採り手は、太陽からこぼれ落ちる陽だまりを拾い集める者たちだが、陽だまりは、太陽の後を追いかける月も群がってくるし、陽だまりそのものも非常に熱いため、命を落とす危険が高い職業である。
ただ、陽だまりをもとに、輝晶やお陽練り(おひねり)などが作られる。特別な食べ物でもあり、また燃料としても使用される、貴重な資源である。
輝晶は、家庭内で定期的に行われる賜陽の儀の時だけ食べることができる特別な食べ物で、体内の陽のめぐりをよくする。甘いらしくて子どもも好んで食べる。
何故、奏で手であるラナオモンが陽採り手になったかというと、陽採り手の中には、楽器を奏でることで月の接近を阻む役割を持つ宥め役がいて、宥め役になることで浮流筒(ふるとう)を弾き続けられることになったのである。
奏で手は決して演奏しようとしない、肯楽という譜を奏でる。
ところでラナオモンは、ジァランゼが時々口ずさむことのある節がとても気に入っていた。それはかつて、霜の聚楽では奏で手であったリナニツェが口ずさんでいたもので……ということで、叙の聚楽には伝わっていないが、霜の聚楽には残されていた譜の存在、というのがずっと物語の背景にあって、これが後半の展開に結びついていく。


ラナオモン以外に、ジァランゼの友人として、布繰り手のマヤイコフ、奏で手のディアルマ
漁り手のゾモーゼフやルソミミ、あるいは、解き手の房でのライバルであり一つ上の先輩であったイェムロガといった人々がいて、第一部では若者から中堅世代だった彼らが、第二部では社会のリーダー層となっていく*1


第二部は、ジァランゼの第二子であるヌフレツンが主役となる。
親さと先胞が同時に聖となってしまい、ヌフレツンが家族の中で最年長となるが、まだ親仕(やし(親が亡くなったりすると同胞の年長者が親仕という親権者になる))になれる年齢ではなかった。
そこに、鞠森からヨドンツァが降りてきて親仕となる。
さて、ヌフレツンはもともと、何をするにも不器用な子であったが、奏で手になろうとしていた。ただ、ラナオモンのこともあって、ジァランゼはヌフレツンを奏で手にするには消極的で、解き手にさせようとしていた。
第一部の後半は、子を思うあまり子の希望する進路を妨げてしまう親と、親の心子知らずの子の親子物語だったりする。最終的にジァランゼはヌフレツンが奏で手になることを応援することを決めるのだが、直接伝えられないままに終わってしまう。
ヌフレツンは、若くして、ジァランゼの聖人式での奏者に大抜擢されるのだが、ジァラゼンのことを心配して席を離れてしまい、謹慎を命じられる。
第二部は、ヌフレツンの謹慎から始まる。
そして、ヌフレツンは奏で手ではなく、陽採り手の宥め役になる道を選ぶのである。
第二部の後半では、太陽の歩みが遅くなり、月に追いつかれそうになり、蝕が起こりそうになるのを必死に食い止めようとする
そして、霜の聚楽に譜を探しに行くための遠征が行われ、最後には、失われた譜である〈虹(ぬじ)〉の大合奏が実行されることになる。
このあたりの一連の流れは、非常にエンタメしていると思う。映像で見たい。
月を必死に食い止めるあたりは、補給の少ない殿部隊が頑張って抑えているが、じりじりとおされていく、みたいな雰囲気で
遠征は旅の仲間感がある。前段で一緒に戦った陽採り手・奏で手と、ヌフレツンの従胞(いとがら)、つまり同じリナニツェの孫も加わって、道なき道を寒さに震えながら、霜の聚楽へと向かう。その途中、夜這い星に襲われながらも、と。


蝕となって歩みを止めてしまい、そのまま少しずつ大きくなっていく太陽(昼も夜もなくなり、次第に家が飲み込まれていく)
これに対して〈虹〉の大合奏が行われ、禁じられていた聚唱(合唱)が行われ、譜の指示通り、鞠森から噫茗が撒かれる。すると、それにひかれて工虫がやってくる……
最終的な結末として、
蝕になった太陽の中にいた聖たちは、聖になった時点で個としての意識は消えて集合意識化しているのだけど、虹の合奏によって、玉地の外へ脱して、宇宙空間へと飛び出して生命体が生まれうる惑星を探す旅に出た、ということらしい。
一方、玉地の中では、地面を歩むのではなく、空を飛ぶという全く新しい太陽が誕生し、めでたしめでたし、ということになる。
この新しい太陽は、あーなるほど、鳥が好きだったものねーという納得もありつつ、いやいやそうなっちゃうのという感じもありつつ、ではあるが。


玉地というのは、おそらく何らかの人工的な天体で、しかし、落人たちというのはそのことを忘却してしまった民なのだろう、みたいなことはわかる。
とはいえ、結局のところ、一体何だったのかというのは、どうもはっきりわからない。
この世界が始まった頃からの生き残りである堕務者というのが出てきて、一応、色々語っているのだが、聞き手であるヨドンツァが判じ物めいているという通り、堕務者の語りは筋道がたっておらず、結局なんだったのかがわからない(まあ、読み直したらわかるのかもしれないけど)。
ヨドンツァは堕務者の語りから、落人は何らかの罰を科せられていて、この玉地はいずれ崩壊するんだ、みたいな認識をもっていたっぽいけれど、そこらへんは必ずしも正しくはなかったように思う。まあ、空に浮かぶ太陽ができたことで、空のない世界に空ができる話、だったのか? 
あと、落人は散髪すら痛みになる、とかは、なぜそんな仕組みになったのか、結局謎だし。
最後に聖たちの意識が宇宙に行くの、新しい惑星へ向かうための仕組みとかなんだろうし、それもある意味では玉地世界が仮初めのものなのだろう、と思わせるけど、そのための聖人システムも意味がよくわからないしな。
人工的なものというよりも、玉地全体が、自然淘汰によって作り上げていったシステムなんだろうか
そういう意味では、聖人になる基準とかもよくわからないままだった。
なので、ヌグレミが最後に選ばれた理由もわからない。
そもそも、ヨドンツァが、夜見る夢の中で、青空を見る(つまり、玉地のような凹面世界ではなく、普通の地球のような惑星表面の世界を夢で見ていた)人だったのだけど、ヨドンツァやヌグレミは、あの世界の中で特別な人・特別な血縁だったのか、そういう特別性はなく、偶然そういう事象が起きていただけだったのか、とかも、考えてみるとちょっと気になってくるところではある。
ここらへんは、まあそもそもそういう世界なんだな、と思って読んでいる分にはあまり気にならない。ただ、この世界って、ナウシカ的な人為的に作られた世界なんかなとか考える始めると、ちょっと気になってくる。

人物

  • 主人公の家族

第一世代:リナニツェ
リナニツェの子:リノモエラ、ロムホルツ、ヨドンツァ、ジァランゼ
リナニツェの孫:リマルモ(リノモエラの子)、ロムイソ(ロムホルツの子)、トバイノ(ジァランゼの子)、ヌフレツン(ジァランゼの子)、ラダムンミ(ジァランゼの子)
リナニツェのひ孫:ンモサ(トバイノの子)、ヌグレミ(ヌフレツンの子)
ここまでで、ヨドンツァとヌフレツン以外は全員解き手である。
ジァランゼは、房主にはなれなかったが、リナニツェがなれなかった師範まで出世することができた。
ロムホルツは負傷がもとで亡くなっている。リノモエラは次第に病気がちになっていった。
リマルモとロムイソは、のちにヌフレツンの遠征に同行した。
トバイノは生まれたときから大柄で食欲旺盛だった。
ラダムンミは寝癖の子、だったかな。
ンモサは幼少期から薬に興味をもち、脚を失ったことがきっかけでヨドンツァに引き取られて、鞠森へ。
ヌグレミは鳥が好き

  • その他

セノウモン:ラナオモンの先胞
死に急ぎのグクタイラ:陽採り手。まだ若かった頃にラナオモンのことを知っていて、ベテランになってからはヌフレツンとともに働く
イノニンカ、ノースヲイ、ゼンササ
奏で手時代のヌフレツンの友人。師
イノニンカは檀師の地位に就いたが、蝕の際、ヌフレツンとともに宥め役となり遠征にも同行した。
ノースヲイは、阜易が夜這い星に効くことを発見し、この発見が、のちの遠征で役に立った
ゼンササは、ヌフレツンが抜擢された後に友人になったが、ヌフレツンが謹慎中、解き手の手伝いをしていると解き手の仕事への蔑視をあらわにし、ヌフレツンが宥め役となると離れていった。伝統保守派となり〈虹〉の合奏に抵抗し続けた。

用語

ここでは、日本語のもじりになっているようなものを主にあげる

  • 焙音璃(ばいおんり)、靡音喇(びおんら)、千詠轤(ちえいろ)、万洞輪(まんどうりん)、浮流筒(ふるとう)、往咆詠(おうほうえい)などなど

他にもあるのだけど、書き写すのが大変なのでこのへんで。
読み方から想像される楽器と、ほぼ同じ形態の楽器だと思われる。
演奏される音楽については、阜易楽や月易楽、聖楽、肯楽などのジャンル(?)があるっぽい

  • 陽臓(ひぞう)

あと、火偏に亢で「かん」とよませて「かんぞう」も
どちらも人の臓器。

  • 噫茗(あめい)

鞠森にある植物から作られる甘い食べ物

環海(わだつみ)でとられる魚で、お祝い事などの際に食べられる。墨は書き物に使われる

  • 熾燃薯(しねんじょ)、何々鶏(かかけい)、瘤芋(こぶいも)、腫芋(はれいも)、胡乱粉(うろんこ)

おおよそ、読み方ないし漢字から想像されるような食べ物なのだと思われる。

  • 段堕螺(だんだら)、唾脂(つばきあぶら)
  • 癒葉(ゆば)

貼って使う医療用具
薬を浸み込ませた包帯?

  • 革包

この世界における鞄

  • 爛蛋(らんたん)

これはランタンのことだったはず

  • 羽蜘(はち)

この世界、いろんな虫がいるのだけど、大体は我々の世界にはない名前の虫だけど、例外的に「はち」がいる。ほかは、工虫とか死出蟲とか如飛虫とか奪衣羽とか。あ、もじり系だと眠々蝉がいた。頭が眠気覚ましになる。

読み方はよもぎだけど、漢字の通り樹木っぽい

  • 割刳魚(かっこう)

読み方はかっこうだけど、漢字の通り魚。確かなんか攻撃的な奴で食用ではなかったはず。

  • 務者(むしゃ)

聖人に選ばれ、巨体化すると「務者」と呼ばれるようになる。
単に体が大きくなるだけでなく、内臓が変化して普通の食べ物は食べられなくなり、顎の肥大化で言葉がうまくしゃべれなくなる。

  • 堕務者(おちむしゃ)

子どもを怖がらせる怪談に出てくる存在だが、実は実在している。

  • 閻浮堤(えんぶだい)

玉地(たまつち)より以前にあった世界のことを指している?
普通の落人たちの閻浮堤についての認識と、ヨドンツァの閻浮堤についての認識が違った気がするので、ちゃんとはわからない。

*1:ルソミミとジァランゼは第一部の最後で聖となるので第二部には出てこないが

中川裕『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』(一部)

マンガ『ゴールデンカムイ』でアイヌ語監修を担当した筆者による、アイヌ文化解説の本。
同様の本としては既に『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』があり、それの続編、という位置づけでもある。
何故、続編の方を読んだかというと、こちらの方には、アイヌだけでなくニヴフ、ウイルタについての解説もある、と知ったから。
そういう動機で手に取ったので、そこをメインで読んだ。
アイヌ文化についての解説書となっているが、かなり『ゴールデンカムイ』ファンブック的な要素があるというか、『ゴールデンカムイ』考察みたいなところがちょいちょいある(筆者自身が「考察」といっている)。


今年読んだアイヌ・北方民族関係の本
リチャード・シドル『アイヌ通史 蝦夷から先住民族へ』(マーク・ウィンチェスター訳) - logical cypher scape2
菊池俊彦『オホーツクの古代史』 - logical cypher scape2
『ロシア極東・シベリアを知るための70章 (エリア・スタディーズ)』(一部) - logical cypher scape2
2冊目の本は、オホーツク文化とサハリンのニヴフを結びつけて論じている。

第1章 アイヌの精神文化/第2章 コタンの生活風景/第3章 道具たちの織り成す世界/第4章 アイヌの一年

いくつかのトピックのみ

  • 入れ墨

アイヌの特徴として入れ墨があるが、入れ墨を入れている民族はアイヌに限らない。琉球でも入れ墨の風習があり、太平洋地域に広く見られる風習である。また、魏志倭人伝を見れば、倭人も入れ墨を入れていたことが分かる。
筆者は、アイヌは何故入れ墨を入れるのか、ではなく、和人は何故入れ墨をいれない(いれなくなった)のか、と問うた方がいいという。
そしてその理由は、大陸からの影響だろう、と。大陸では、入れ墨は刑罰の一種とされていたため

  • 文様

アイヌの民族衣装にみられる文様について
魔除け説があるが、北原モコットゥナシによると、これは根拠がないという。
筆者は、入れ墨同様、アイヌ以外のことも見た方がいいという。実際、似た文様は北東アジアで広く見られる、とのことである。
ところで、アイヌにとって、文様入りの衣装はいわば晴れ着であって、普段は無地の服を着ていた、と。マンガでは、アイヌの登場人物は文様入りの衣装を常に着ているが、あれはアイヌであることを分かりやすくするためのマンガ的表現だ、と。

  • 鹿・鮭

アイヌはあらゆるものをカムイと呼ぶが、鹿や鮭のことはカムイと呼ばない。
あれは、鹿をまくカムイとか鮭をまくカムイとかが、まいてくれる食糧
鹿や鮭というのは、アイヌにとって空気や水のような存在だったのではないか、と。
また、筆者は、鹿や鮭は群れで動いており、個体の意志を感じられない点でカムイと呼ばれなかったのではないか、という解釈も述べている。

第5章 極寒の地に住む人々―樺太アイヌニヴフ、ウイルタ

樺太アイヌについて北原モコットゥナシ、ニヴフについて白石英才、ウイルタについて山田祥子が解説を寄せており、それに筆者の中川が補足している、という構成になっている。みな、『ゴールデンカムイ』の監修者でもある

まず、樺太という島について、その名前の由来やどのような人たちが暮らしている(た)か、日本とロシアの間での領土交換の歴史などが説明される。
アイヌにも北海道アイヌ樺太アイヌがいて(本書には出てこないが千島アイヌもいる)、同じアイヌなので共通することも多いが、違いなどが説明されている。例えば、言葉の面とか。
単にカムイとだけ言う時、北海道アイヌの場合、ヒグマをさすが、樺太西海岸ではトド、樺太東海岸ではアザラシをさすらしい。
それだけ、トドやアザラシが生活において重要な位置を占めている。防寒具とかにもなるし。
マンガの中にも出てくるが、夏の家と冬の家とがある。冬の家(トイチセ(土の家))は、半地下の竪穴式住居


以下は、中川による解説部分。
トンコリについて
アイヌの伝統的な弦楽器として有名なトンコリだが、これは樺太の楽器らしい。
ただ本書では、北海道でも作られていたという話をしている。いつから北海道で作られていたかは分からないのだが、実は思われていたより古いかも、というような話がされている。
あと、キロランケの持ってるトンコリが、普通のトンコリとペグの位置が違っていて、中川は不思議に思っていたのだが、後日、同じデザインのトンコリの写真を見つけて、これを参考にしていたのか、と分かった話とか。
あと、北海道にはなくて樺太に特有の物として犬橇とか。
それから、トイチセ(竪穴式住居)とコロポックルの関係について
コロポックルというのは「フキの下の人」という意味だが、アイヌ語文法的に少し変らしい。また、北海道のフキはでかいので、フキの下にいるからといって小人のイメージにならないのでは、と疑問を呈し、むしろ、竪穴式住居と関連付けている。
北海道東部に竪穴式住居の遺跡が残っていて、アイヌの人たちは、自分たちの前にいた人たちの住居だと考えた。フキの下というのは、その住居がフキの生い茂ってたところの下にあったから、ではないか、と。
マンガではコケモモという意味のエノノカという名前の少女が出てくるが、樺太アイヌの食文化としてのコケモモの話や、チエトイ(珪藻土)の話も。
珪藻土って食べれるんだ……

文化の継承について
ニヴフ語は使われなくなっていて、若い人はもうニヴフ語が分からないが、一方で、料理は継承されていて、夕食の中に一品、ニヴフの伝統料理があったり、ということはある。筆者(白石)もニヴフ料理を振る舞ってもらったことがある、と。
ニヴフの食文化にとって、ベリーはとても重要。デザートではなく主食という位置づけ。コケモモをはじめ様々なベリーが食べられている。
また、モスという料理があり、鮭の皮のゼリー(煮こごり)にベリーを混ぜたもの
お菓子だが、精神世界との結びつきも強く、子どもの頃海で怪我した際に母親がモスを作って海に捧げていた、という話も。刃物で切り分けてはいけないというタブーとか。
なお、かつてギリヤークと呼ばれたがこれは民族他称で、今は民族自称のニヴフで呼ばれる。

  • ウイルタ

非常に人口が少なく、統計史上、人口が1000人を超えたことがないという。
20世紀前半で500人程度(ただし、遊牧民なので当時の日本政府ならびにロシア政府が補足しきれなかった可能性はある)。戦後は300~400人で推移しているという。現在はサハリンのポロナイスク周辺やワール周辺に多く住んでいる。
そんなに少なかったのか……。
樺太が日本領だった関係で、北海道移住者もいた(代表的な人物としてダーヒンニェニ・ゲンダーヌ(北川源太郎)さんがいる)。ただ、この次の世代はウイルタを名乗っておらず、現在日本におけるウイルタ人口は0である。
ウイルタも、樺太アイヌニヴフと同様に漁労や狩猟採集を行うが、彼らと大きく異なるのがトナカイ遊牧である。
日本語、アイヌ語ニヴフ語が孤立言語なのに対して、ウイルタ語はツングース諸語である。
アリというトナカイの乳で作るバターを食すが、これはエヴェンキから伝わったもので、アリもエヴェンキ語からの借用語
エヴェンキについては遅子建『アルグン川の右岸』(竹内良雄、土屋肇枝・訳) - logical cypher scape2で読んだことがある。
やはり、冬の家と夏の家がある。冬の家は、トナカイの革などを利用したテント。夏の家は、漁労生活時に使っていて、冬の家が本来の家、夏の家は作業小屋という感覚らしい。
1920年代、日本政府により敷香(ポロナイスク)に集住させられ、子どもを学校に通わせるために定住するにより、文化が急激に衰退した。
ウイルタUiltaについては、ウィルタと表記されることもあるが、ウィではなくウイという発音の方が近い、と。また、かつてはオロッコなどと呼ばれていたが、これも民族他称。
また、ウイルタ語はそもそもカタカナ語表記するのが難しく、マンガの中でのウイルタ語のカタカナは監修者として頑張って作ったところがある、と。


以下、中川により書かれた部分。
まず、中川自身はニヴフやウイルタの研究者ではないことを断った上で、1990年のサハリン島への国際調査に同行した際の話が書かれている。
ソ連時代、ほとんど現地調査というのはできず、1990年に許可が下りて、国際的な調査団が派遣されたという。
彼らは、日本人以上の魚食民族だという。
日本人は醤油をつけて食べるが、彼らは魚にそういった味付けを施さないという。魚臭くて食べれないという人もいたが、真に魚の味を味わっている、とも。

第6章 世界史の中の「ゴールデンカムイ

文字や土人学校について
土人学校では日本語のみで教育されアイヌ語で教育されなかったから、アイヌ語が廃れたと言われているが、中川は、学校教育を過大視しすぎでしょ、と指摘。そもそも、学校に通っていなかった者も多い。
アイヌは文字をもたないという点について、中川は、今のアイヌは文字を持っているのだという。
カタカナによるアイヌ語表記のため、元々のカタカナにはなかった、小さな文字が作られたりしている。これは、アイヌ語が文字をもったといってよいのだと。
もしカタカナは日本語だからアイヌ語にはやはり文字がないのだ、というなら、英語やフランス語やドイツ語も文字はないことになる、と。元のカタカナにはなかった小さな文字の発明は、アクサン記号の発明と同様なのだ、と。


ウイルクの設定について
中川は『ゴールデンカムイ』に対して、アイヌ語監修という立場で関わっており、物語や設定には基本的に関与していないが、ウイルクがポーランド人とのハーフであるという設定は、実は中川が提案したものだという裏話を明かしている。
元々、野田は、ウイルクをツングース少数民族として考えていて、どの民族がいいかということで中川に相談があったという。しかし、ツングース系はみな和人と変わらぬ見た目をしており、青い目の民族はいない。それで、極東にいてもおかしくない青い目の民族は、ということで思いついたのが、ポーランド人だった、と。


キロランケはタタール人で、曾祖母が借金のかたでアムール川流域に連行された樺太アイヌ、という設定
この借金のかたで連れてこられた、というのは実際にあったことらしく、江戸時代、樺太アイヌアムール川流域の山丹人と、毛皮と絹を交換する山丹交易を行っていたが、毛皮が獲れなかったときに、アイヌが連れ去られたという記録があるらしい。


第5章と同様、ソフィア・ゴールデンハンドについては熊野谷葉子*1が解説を書いており、中川も追加的に書いている。

ソフィア・ゴールデンハンドには、モデルとなった実在の人物が2人いて、それが、革命家のソフィア・ペロフスカヤと女盗賊のソフィア・ブリュヴシュテインである。
本章では、フィクションの人物であるゴールデンハンドについても解説した後、実在の人物2人についても解説している。
ソフィア・ペロフスカヤは貴族出身だが、ナロードニキ運動の中で庶民の中で生活し、最後は、アレクサンダー二世暗殺事件の首謀者とされて27歳で処刑された人物。
もう一方のソフィアは、ソーニカ・ザラダーヤ・ルーチカ(ソフィア・ゴールデンハンド)という愛称で呼ばれた女泥棒で、本名はソフィア・ブリュヴシュテインだとされている。
ワルシャワ近郊のユダヤ人家庭に生まれ何不自由なく育ったが、ある時家出をして、15歳頃から泥棒稼業を始めたといわれる。泥棒ないし詐欺師みたいなことをやっていて、脱獄も繰り返していたらしいが、いわゆる「義賊」的な人だと思われていて、ロシアでは映画やドラマによくなっているらしい。最後は、サハリンの亜港監獄に収監されている。
チェーホフがサハリンにいって会っているらしい。
最後に、中川からの補足で(熊野谷が見つけてきた話らしいが)、石川啄木の歌の中に5歳の子をソニヤという名前で呼んでやったら喜んだという旨の歌があるのだが、このソニヤが、どうもソフィア・ペロフスカヤのことをさすらしい、と。啄木は社会主義運動に傾倒していたので、ソフィアに憧れていた可能性がある、と
啄木は『ゴールデンカムイ』にも登場しており、作中のソフィアとはニアミスしている。

第8章 「ゴールデンカムイ」のアイヌ語せりふ解説

中川が、作中のアイヌ語せりふをどのように作ったか、ということが解説されている。
架空の方言というか、色々な創意工夫がなされていたことがわかる。
アイヌ語は方言が多くて、例えば「父」を表す言葉も地域で結構違うらしい。『ゴールデンカムイ』では「アチャ」と呼ばれていたが、多くの地域ではむしろ叔父をさす言葉らしい
ただし、知里真志保の辞典で、アチャが父親という意味で使っている地域があることが書かれていて、架空の小樽方言として採用された、と。
アニメ化に際して、じゃあアクセントはどうなっているのか、となった時には結構悩まされたらしい(これも地域によって、アにアクセントがある場合と、チャにアクセントがある場合がある)

*1:編集部が二人のソフィアについて説明を依頼した人

橋本直子『なぜ難民を受け入れるのか』

サブタイトルは「人道と国益の交差点」。
難民を受け入れ、保護(庇護)することは、人道上の理由によるが、各国の様々な難民受け入れ政策を見ていくと、いかに国益に叶うように受け入れていくかという視点も見えてくる、というような意味が込められている。
そもそも難民とは何か、難民を受け入れる方法にはどのようなものがあるのか、といったところから基本的な部分が解説されている。
また、数値やグラフなども多く示されており、定量的なデータに基づく話がされている。が、以下の要約では、数値については全く触れていないのであしからず。


この本は、trickenさんがSNSで紹介しているのを見て知ったような気がする。
最近上杉勇司『紛争地の歩き方―現場で考える和解への道』 - logical cypher scape2越智萌『 だれが戦争の後片付けをするのか』 - logical cypher scape2を読んできたので、その流れでいうと次にこの本あたりがいいかなあと思い、読んでみることにした。
難民というと、UNHCRの寄附を募るwebページのようなイメージがあり、またあるいは、日本の入管における非人道的な扱いの印象もあるわけだが、しかし、本書を読んでみて、いかに自分が全然知らなかったかということが分かった。
例えば、難民の定義とかからして分かっていなかった(紛争によって住む場所を追われた人は、厳密に言うと難民ではないって、どれくらいの人が知ってます?)。


上記、『 だれが戦争の後片付けをするのか』に続き、国際法関係の本を読んだことになる(本書は、法というより政治・政策の面が強いが)。
普段読まないジャンルの本であるが、独特の(?)明晰さがあるなと感じた。

はじめに
第一章 難民はどう定義されてきたか――受け入れの歴史と論理
第二章 世界はいかに難民を受け入れているか――その1「待ち受け方式」
第三章 世界はいかに難民を受け入れているか――その2「連れて来る方式」
第四章 日本は難民にどう向き合ってきたか
第五章 難民は社会にとって「問題」なのか
 1 難民と犯罪
 2 難民受け入れによる財政負担
第六章 なぜ「特に脆弱な難民」を積極的に受け入れるのか――北欧諸国の第三国定住政策
おわりに
あとがき

はじめに

「生まれの偶然性」という言葉が最初に紹介されている。
筆者がオクスフォードに留学していた際、先生たちが繰り返し言及していた概念だという。


国際的なアンケート調査で、日本が難民に対して特別に非人道的ということはないが、「わからない」「どちらともいえない」という回答が他国と比べて目立つ、と。
難民の受け入れについて、積極派も消極派も、難民に対して理解しないまま議論しているのではないか、と。
本書は、難民の受け入れについての基礎的な知識を提供するものである、と
他のおすすめ本の紹介もされている。
本間浩『難民問題とは何か』田中宏『在日外国人』貴堂嘉之『移民国家アメリカの歴史』申惠丰『国際人権入門』筒井清輝『人権と国家』宮島喬『「移民国家」としての日本』


筆者のプロフィールの中に、修士強制移住学)というのがあって、そんな名前の学もあるのか、と驚いた。

第一章 難民はどう定義されてきたか――受け入れの歴史と論理

国民国家体制と「難民」の誕生――第二次世界大戦まで
難民条約の成立
難民条約上の難民の定義
アフリカと中南米における広い難民の定義
戦争・武力紛争と難民
難民に準ずる別の地位を作ったEU諸国
難民受け入れ制度の空白地帯アジア
領土的庇護と外交的庇護
第二次世界大戦後にできた三つの重要な国際機関
移民と難民の違い

「難民」という言葉や概念、遡るとユグノーからしい。
で、第二次大戦後、ナチスドイツとユダヤ人の件への反省等々から、難民条約ができる。
難民条約で難民が何か定義されている。
大雑把にまとめると、差別により迫害されて、もしくは迫害のおそれがあって、元々住んでいた国にいられなくなった人
迫害とは何かは、長きにわたっての学問的議論があって、今では基本的人権の重大な侵害、というところに落ち着いている、と(むろん、基本的人権はどこからどこまでを指すのか、という問題もあるが)。
国を出た理由は問われない。例えば、留学中に出身国で政変が起きた結果、迫害の恐れが生じたので事後的に難民になる、ということはありうる(後発難民)。


難民条約による難民は、迫害ないし迫害のおそれが理由なので、それ以外の理由、つまり戦争や災害によって元いた国によっていられなくなった人々は、実は難民ではない。
ところで、アフリカと中南米では、地域での条約において、難民の定義を広げている(OAU難民条約、難民に関するカタルヘナ宣言)。
難民条約での定義に加えて、紛争などの理由でも難民になる、としている。
また、EUは、難民の定義は変えず、「補完的保護を受ける資格がある者」という地位を新しく作ることで、受け入れ対象を広げた。このだ。EUでは難民よりも庇護、国際的保護という言葉をよく使う。
EUは、ユーゴがあって、アラブの春があって、ウクライナがあって、と法整備すると、新たな事態が起きて、それに対応して、みたいな繰り返しらしい。


アジアは、難民受け入れについての空白地帯
アフリカや中南米あるいはEUのような地域での取り決めがないだけでなく、そもそも、難民条約締結国自体が少ない。しかし、難民は発生している。


難民の保護というのは、難民を自国に受け入れて自国の国民と同等の地位を与えることをいい、これを「領土的庇護」と呼ぶ
これに対して、難民が発生した国の大使館・領事館などで受け入れて匿うことを「外交的庇護」と呼ぶ。日本人は、こっちのイメージをもちがちかもしれないけれど、実際にはあまり現実的ではない。
なお「亡命」に相当する概念は、国際法上は存在しない、らしい。
本書では原則「領土的庇護」を扱う。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)
国際移住機関(IOM)
国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA
もともと、第二次大戦後すぐに国際難民機関というものがあり、これが1951年に活動を終了し、法的アドバイスを行う機能がUNHCRとなった。
もともとは人数の少ない機関だったが、次第に人数も扱う範囲も広がっていったという。恒久的な解決を目指す。
対して、国際難民機関の実働的な役割を引き継いだのがIOM(元は別の名前)だが、当初、共産圏からアメリカへの移住を支援していたので、ソ連の反発にあい、国連機関としては認められなかった。今は、国連システムに組み込まれている
この3つの中で、IOMだけ全然名前も知らなかった……
ちなみに筆者は、IOM、UNHCRでの勤務経験がある。
で、UNRWAだが、難民条約でパレスチナ難民は難民の定義から外されているらしい!
この中では一番小規模な組織で、UNHCRと違って「恒久的な解決」は目的ではない。

  • 移民と難民の違い

一般的には、移民と難民を自発性の違いで理解されることが多いが、そういう定義はない
というか、難民が難民条約で定義されているのと異なり、移民には国際的に同意された定義がない。国によって移民定義がバラバラなので、国際的な統計をつくる時結構大変らしい。
移民という広いカテゴリーの部分集合として難民がある、というのが国際的な理解
難民は、難民条約によって受け入れの義務があるが、移民はそうではない、というのが大きな違い。
なお、難民の定義を満たした瞬間に難民となるのであって、いずれかの国に難民認定されるまで難民ではない、ということはない、と。
UNHCRではこのことを「難民認定されたから難民になるのではなく、難民になったから難民認定されるのである」と述べているという。

 

第二章 世界はいかに難民を受け入れているか――その1「待ち受け方式」

自力でたどり着いた庇護申請者の難民認定審査
難民の集団的受け入れ――なぜ「途上国」は寛大なのか
国家間の保険制度としての難民保護
一時的保護
補完的保護
一時的保護と補完的保護の違い――EUの場合

章タイトルにある通り、各国が難民をどのように受け入れているかの話だが、大きく2つの方式があり、2章と3章でそれぞれ扱われる。
2章は、難民が自力で自国以外の国へと辿り着き、その国が難民認定して受け入れる方式について。受け入れ国側は受け身。
「待ち受け方式」という名前になっているが、これは筆者による命名


まず、そもそも難民が自力で他国に辿り着く、というのがかなり難易度が高い
難民というのは、自分の国の政府の保護が受けられなくなっているから難民になっているので、自分の国からパスポートなり身分証なりを発行してもらえるとは限らないし、合法的に出国できるとも限らない*1
強制移住者とされる人たちの中で、自国避難民というカテゴリが非常に多くて、これは要するに出国できない人たちを指す。
また、難民条約には、ノン・ルフールマン原則という大原則があって、難民を迫害のおそれのある国に送還してはならない、という強いルールがある。
この原則には例外があるが、その例外については5章で扱うとのこと
また、ノン・ルフールマン原則は、難民条約に記載があるが、この条約を締結していない国も拘束する国際慣習法である。
受け入れ国が難民として認定する前でも、ノン・ルフールマン原則は適用される。
このため、受け入れ国側としては、できるだけ入国させないというインセンティブが働く。近年だと、入国管理官が出国側の空港でチェックしている場合があったり、あるいは、リビアの民間船が地中海で難破した際、周辺国の軍艦等はこれを救援せず、リビア領海へと追い返そうとした。これは、軍艦に乗せた時点で、ノン・ルフールマン原則が効いてくるから。


難民が他国へ辿り着くこと自体が難しいが、そこから難民として認定されるのも難しい。
難民条約は、具体的な認定申請手続きを何も定めていない。このため、国ごとに違う。
EUは、ユーゴ内戦・コソボ空爆の際に、同じEU内でも国によってバラツキが生じたので、統一基準を作るようにしている。
認定手続きが終わるのに年単位かかるのはざらであり、認定審査業務はどんどん貯まっていっている。
難民として認定される率も国によってバラバラ(EU内ですら)だが、平均を取ると4割程度が難民として認定されている。
なお、入国してすぐに申請しなければならないわけではない。難民として入国した場合、まず申請手続きがよく分からないことが多いだろうし、信用に足る支援組織などを見つけるのにも時間がかかるだろうし、そもそも本人の心理状態などの問題もある。また、既に述べたように、出身国での状況が変わって、事後的に難民化してしまう場合もある。本書では、難民としての申請が遅いことと、その申請の信憑性は全く関係がない、と強調している。


上記は、個別認定の場合である。
大量に難民が発生して一気に押し寄せてきた場合など、個別に認定手続きを行っていては窓口がパンクしてしまう。
そのため、集団的受け入れ、という方法がとられることもある。


難民を受け入れている国は、実は途上国の方が多い
何故、途上国は難民を受け入れるのに寛大なのか。これは、結構研究されているテーマらしい。
1つに、国境管理が緩いから、という説があるが、これは、北マケドニアベラルーシが国境閉鎖したことがある例を出して、途上国でもやろうと思えばやれるとして退けている
次に、国際的な援助金が得られるから、という説もあるが、これも本当に見合っているのか、という点で疑わしいらしい
ところで、難民というと難民キャンプで暮らしているというイメージがあるが、実際に難民キャンプで暮らしている難民というのはごく一部らしい。受け入れ側もあまり作りたくないし、難民も親戚や知人の家で暮らすことが多い、と
近年、有力説となっているのは、途上国では、政治家や官僚自身が難民やそれに類する境遇だったことがあるから、というもの。また、政治家や国民が、難民と民族的アイデンティティを共有しているから、というものもある。
要するに、お互い様だということであり、難民保護は一種の保険であるともしている。
そもそも国民国家という仕組みにおいて、難民は不可避的に発生しうる
戦後、国際社会が難民条約という仕組みを作ったのはそのためである。
難民をどこの国も受け入れないとなると、人道的な面でも、秩序の面でも問題がある。


最後に、一時的保護と補完的保護、という一見するとよく似ているが、実際には性質の違う保護について
一時的保護は、申請手続きが大変なので、一時的にもう受け入れてしまうというもので、一時的保護を受けている人が同時に難民申請することもできる。
補完的保護は、難民条約上は難民ではないが、保護すべき対象を保護すること。
例えば、EUやカナダなどでは、帰国すると死刑や拷問にあう可能性がある人を保護している。これは差別による迫害ではないので難民には当たらない。ただ、他の条約で、拷問にあう可能性のある人を元の国に送還してはいけない、という規程があるので、そちらとの兼ね合い。
送還してはいけないがなんの権利も保障しない、となると、結局問題なので、難民同様の保護を与える、というもの。条約では定められていないことを国内法で補完している。

  

第三章 世界はいかに難民を受け入れているか――その2「連れて来る方式」

第三国定住とは
第三国定住での受け入れの流れ
「連れて来る方式」と「待ち受け方式」との違い
「待ち受け方式」と交換にされる第三国定住
難民以外の立場での受け入れ
民間スポンサーシップ
本国からの直接退避

第3章は「連れてくる方式」だが、これを第三国定住resettlementという。
後半、第三国定住とはやや違う方法も紹介されている。


最初の庇護国(多くは途上国)にいったん逃れた難民が、さらに別の国(第三国/先進国)に受け入れてもらうこと
UNHCRが、難民のデータをまとめて受け入れ希望を出し、受け入れ国側がそこから受け入れる難民を選ぶ、という方式が多い(UNHCRを介さない場合もある)
UNHCRが難民認定をしているので、受け入れ国側で認定手続きをとらなくてよいというメリットがある(国によっては認定手続きをとることもあるが、形式的なもので、個別申請と異なりすぐ認定される)
受け入れ国側は、受け入れ前に、難民に対して研修などを受けさせることができる。
また、受け入れ人数を事前に計画して、計画通りの人数を受け入れることができる。
自力では国境を越えられないような、乳幼児やその親あるいは妊婦、老人、病人、身障者なども難民として移住が可能
そういう「脆弱性の高い」難民を優先的に受け入れる枠がある場合もある(緊急手術が必要で、出身国では受けられないが先進国では受けられる場合など)。
「待ち受け方式」がしばしば非合法な入国手段にならざるをえないのに対して、完全に合法的な手続きで入国できる
第三国定住のメリットとして、外交的なメリットもある。受け入れ方式で受け入れる場合、受け入れ国による難民認定は、出身国政府への批判ともなる。だから、冷戦時代などは、西側諸国は積極的に共産圏の難民を受け入れたりしてきたし、現在でも、軍政や独裁を批判する意図で難民を認定するということが見られる。また逆に、日本がクルド系の難民認定が渋いのは、トルコ政府に配慮しているという点もある、と筆者は述べている。
第三国定住の場合、出身国に対して、そちらの国を批判する意図はないがUNHCRからの依頼に基づき受け入れている、という言い方ができる、と。


第三国定住は、国際法上は何の裏付けもない
難民条約において、自力で国境を越えて入ってきた難民については、受け入れ国は保護する義務があるが、そうではなく、別の国にいったん入国している難民を、さらに引き取るような義務はない。
難民条約上、第三国定住rresettlementという語は一カ所だけでてくるが、難民の財産移転についてのテクニカルな条項で、第三国定住という制度を定めたものではない。
難民受入の負担が偏らないようにすべし、という内容の条文はあるが、経済的援助でよい、という解釈もあり、やはり、難民自身を引き取る義務はない。
しかし、上述したメリットにより、先進国において、第三国定住方式は増加している。
受入人数としてはアメリカがもっとも多い。カナダや北欧諸国でも盛ん。


ただし、第三国定住にも問題がないわけではない。
先進国では、第三国定住の枠を広げる代わりに、待ち受け方式の枠を減らそうとしている。
EU-トルコ声明では、トルコからギリシアへ渡ってきた難民をトルコへ送還する代わりに、EU側で第三国定住を引き受ける
「難民交換」とされるもので、アメリカとオーストラリア間、イギリスとルワンダの間でもこのような交渉がなされた。
待ち受け方式で入ってきた難民を送還する代わりに、第三国定住でほかの難民を引き受けるというもの。単に送還するだけだと非人道的になってしまうので、難民受け入れの総数は変えないままで、密入国を阻止するというもの。
こうした措置が発表されたことで、実際に、直接国境を超えるケースは減少。国境管理にとっては有効ではある。
むろん、問題視もされていて、特にイギリスとルワンダの覚書については、国際法違反の疑いがあり、最高裁に違法と判断された。
ただし、難民の受け入れ自体を拒んでいるわけではないので、賛否両論ある。研究者の中には、全面的に第三国定住方式に移行すべき、と主張している者もいる。


広く「連れてくる方式」の中には、難民以外の立場での受け入れというものもある
難民は、必ずしも難民として入国しなければならないというわけではない。それ以外の在留資格で入国して、難民としての申請は行わないというのは、以前から存在していた。
さて、近年に起きた変化として、この方式が「良いこと」であると評価されて注目されるようになった、という。ただし、筆者はこの方法も良い面と悪い面とがある、とする。
例えば、留学生としての受け入れである。
難民となるのは「エリート」であることが多い。難民になることでキャリアを絶たれた人が、再び教育を受けられるのはよいことである。受け入れ国側としても、そういう人材を得ることができる。
しかし、一方で、留学生として来られるのは既に一定以上の教育を受けたことがある人に限られる。
他に、家族や親族を呼び寄せる、という方法があり、これは昔から非常に数が多い。
受け入れ国側に家族がいるので、経済的には安定できる可能性が高く、受け入れ国としてもメリットがある。
しかし一方で、これもまた当然ながら、既に家族が受け入れ国にいるということが前提になる。また、家族を呼び寄せるので、人種、民族、宗教等で偏りが生じていく可能性がある。
このように、これらの方式は、難民であることだけでなく、条件が追加されるという点では問題がある。


民間スポンサーシップという方式もある
これはその名の通り、民間が主体となって行うもので、受け入れる難民の選定から受け入れ支援等を民間が行う。
民間スポンサーシップについては、カナダで歴史が長く、カナダでの事例が紹介されている。
民間スポンサーは、当然、非常に重責を負うことになるので、個人ではなく何らかの団体・集団で行われる。
民間スポンサーを行う動機は大きく分けて二つあり、一つは正義感や信念、倫理観などによるもの、もう一つは、親族や知人、同郷人への責任感によるもの。
この箇所を読みながら、どういう団体がやってるのかなと気になっていたのだが、この前者の方、本文中では、インタビューでの回答も載っていて、倫理観からやっている人たちがいてすごいな、と思った。まあ、NPOとかそういうものかとは思うが。なお、カナダでは、法人格を持っていなくても、受け入れるための経済力が証明できれば個人の集団でも可能。
後者は、かつて難民だった人が経済的に自立して民間スポンサーになるというケースが多い。カナダでは、家族が配偶者と未成年の子どもだけで、それ以外の親族を呼び寄せるスキームがないので、これが用いられている。
市民社会の参画という意味で望ましい取り組みであるが、一方で、やはり脆弱性の高い難民は受け入れられにくいという問題があるという。


第三国定住の場合、既に別の国へ出国している難民をさらに連れてくるわけだが、そうではなく、本国から直接退避させるパターンがある。
アフガニスタンで、タリバンが政権を再掌握した際に起きた事例で、アメリカなど外国に協力していた現地職員やその家族が、タリバン政権下で迫害されるおそれがあるため、退避させた。


 

第四章 日本は難民にどう向き合ってきたか

外国にいる難民支援のための財政的援助
インドシナ難民への対応――一九七五年から二〇〇五年
難民条約に基づく個別庇護審査――一九八二年から
なぜ日本の難民認定率は低いのか
第三国定住――二〇一〇年から
留学生としての受け入れ――二〇一六年から
アフガニスタン現地職員の退避――二〇二一年から
ウクライナ(避)難民の積極的受け入れ――二〇二二年から

日本は難民の受け入れに非常に消極的とされる。
筆者は、それでも日本は既に「待ち受け方式」も「連れて来る方式」もいずれも経験しており、様々な方法で受け入れてはきたとして、各フェーズにかけて日本の難民受け入れのこれまでを概観している。
問題点は色々と指摘しつつも、評価できる点は評価するというスタンスで書かれている。


まず、難民受け入れの話の前に、簡単に財政的援助について触れている
日本は難民受け入れを行わない代わりに、財政的援助の額が多い。これを揶揄して、お金を出すほど難民の受入人数を絞る、ジャパニーズソリューション、と言われたりもする。
ただ、筆者は、金額の増加と受入人数の増加は概ね比例していて、金額が増えるほど受入人数が減る、という関係にはなっていないことを指摘している。

戦後日本で、難民受け入れの契機になったのがインドシナ難民である(ちなみに、カナダで民間スポンサーシップが始まったきっかけでもある)
ベトナム戦争が終わり、ラオスカンボジアでも共産政権が成立したことで、インドシナ半島から難民が発生した。
元々日本は、難民は西欧固有の事例であり、アジアで大規模な難民が発生することはないとして、難民条約締結を避けてきたが、この言い訳が使えなくなった。
インドシナ難民については、1975年から2005年まで受け入れが続いていたらしい。
1981年、難民条約に加入し、これに対応するために出入国管理及び難民認定法入管法*2が成立する
1982年から、個別庇護審査による難民受け入れが始まる。

日本の難民認定率は低いと言われ、これが批判の対象ともなっているが、筆者は、数字に拘るのは意味がなくて、重要なのは難民認定の「質」だという
その上で、難民認定率が低いことに対する擁護派、批判派それぞれがよく言う論点6つを挙げて、論じている。
(1)~(3)は認定率が低いことを擁護する意見、(4)~(6)は逆に批判する意見。
(1)「濫用・誤用ケースが多い」
難民ではなく就労目的による入国が多い、というもの。これは、申請期間中は就労できないという条件を課した後、申請が減ったことを根拠としている。
しかし、難民であっても(申請期間が長期に渡るほど)働かなければ食っていけないわけで、このことをもって濫用とは言いがたい。
(2)「申請者の中に難民発生国出身者が少ない」
日本での難民申請者の出身国は、多い順に上からネパール、トルコ、スリランカミャンマー、フィリピン、ベトナム……と続く。
正直、個人的にはこれらの国を見て、難民発生国ではないと思う方がよく分からないのだが
筆者も、トルコとミャンマーをあげて、この2国は難民が発生している国としている。
また、難民というのは、迫害されていたり迫害のおそれがあったりという理由によるもので、紛争が起きているかどうかとかは関係がない。
(3)「迫害のおそれがない申請者が多い」
在留資格が短期滞在になっていることから、迫害のおそれがない、と解釈する主張があるらしい
日本は島国なので、入国するためには何らかのビザが必要で、そうすると短期滞在で入ってくるというのは普通に考えられることで、そこから、迫害のおそれがない、とは解釈できない、と。
(4)「迫害の解釈が狭すぎる」
ここからは、認定率が低いことを批判する意見。
迫害については「基本的人権の重大な侵害」とみなすことで広くコンセンサスがある。
日本での難民認定の基準を見ると、基本的にこのコンセンサスにのっとっているが、「身体の自由」と「通常人」というのが追加されていて、条件が狭められている。
「身体の自由」は基本的人権の1つだが、基本的人権にはこれ以外にもあり、身体の自由に限るのは不当な制限である。「通常人」というのも、日本の刑法等から引っ張ってきたと思われるが、難解な概念だと筆者は指摘している。
ただし、筆者は、2023年の「難民該当性判断の手引き」において、「その他の人権」という語が入った点に、希望を見ている。入管側は、この手引きによる従来からの変更はないとしているが、筆者は今後の認定がどう変わるかを注視したいとしている。
(5)「信憑性や迫害のおそれのハードルが高すぎる」
筆者は、難民認定は、過去の事実認定ではなく未来の予想を行う営みである点で、通常の司法とは異なる、特殊な判断であることを強調している。
また、疑わしきは罰せずのような「灰色の利益」が、日本だとあまり認められていない点が問題、と。
(6)「参与員制度が機能していない」
参与員制度は、2005年に設置された不服申し立て制度
3つの点で問題があり、すなわち、法的拘束力がない、参与員の専門性に差、法務省から独立していない、である。
参与員の専門性についてだが、参与員になっている人は、国際政治や司法の専門家であり、それぞれの分野で専門性があるのは確かだが、難民認定はそれ自体独自の専門性を持つ、と筆者は主張している。
なお、筆者自身、この参与員でもある。

  • 第三国定住

2010年から日本でも第三国定住が始まっている
日本は「待ち受け方式」での受入人数が少ないので、待ち受けでの人数と第三国定住での受入人数が拮抗しているくらいだが、第三国定住についてはほとんど知られていない。
事前にオリエンテーションや日本語研修が行われ、入国後も研修や就労支援が行われている。
筆者が知る限り、大多数が問題なく就労しており、受け入れ当時中学生や高校生だった子どもの中には、大学や大学院に進学した人たちもいる、とのことで、筆者は、第三国定住による難民が、日本社会にちゃんと定着していることを強調している。
また、日本での試みに触発されて、韓国でも第三国定住が始まっているという。
アジアはそもそも難民条約の締結国自体が少なく、アジアにおける難民政策について日本がイニシアティブをとっていく余地がある、と筆者は示唆している。

  • 留学生としての受け入れ

2016年から、JICAによる留学生受け入れプログラムがあり、ここで難民を受け入れている。
筆者はこのプログラムについて3つ問題点を指摘している。
1つは玉虫色であること。難民も受け入れられる制度だが表向きは留学生プログラムで難民向けなのかそうでないのかぼかされている。2つ目は既に述べたようにエリートに限られること。3つ目は、留学生側と受け入れ側の期待のギャップで、期待していたような職が用意されていない、という点がある。


この章の最後では、アフガニスタン現地職員の退避事例と、ウクライナ(避)難民の受け入れについてそれぞれ比較した上で、紹介している。
結論からいうと、前者のアフガニスタンからの退避は渋すぎであり、後者のウクライナからの受け入れは(これまでの日本の難民政策と比較すると)大盤振る舞い過ぎ、ということになる。
ウクライナからの受け入れ自体はよいのだが、これまでと比べると、あまりにも緩くて、他の国や地域出身の難民からすれば差別的とすらいえる。
また、日本は「やろうと思えばここまでやれる」ということを示したので、今後の難民受け入れについて、ウクライナの件を最低基準とすべきだともしている。


アフガニスタンの件は、本当にひどいとしか言い様がなくて、受け入れたくなくて様々な条件をつけている
例えば、本人はいいけど家族はだめとか
必要な条件や書類のハードルが高すぎるとか(日本側の身元保証人やパスポートを要求。パスポートをとるにはタリバン接触しなければらないので無理ゲー。短期ビザの申請条件よりも不当に厳しい条件を追加で課している)
日本側の協力者が尽力して、こうした条件をがんばってクリアさせて、連れてきているケースが多いらしい。
日本側の協力者というのは、実際にアフガニスタンで現地職員と一緒に働いた人たちで、一緒に働いてきたから、日本のために尽力してくれたから、という理由で、受け入れの支援を積極的に行っている。
筆者は、これは日本の国益も損なう事態だとしている。つまり、今後、日本のために働いてもいざというとき日本は助けてくれないということを示してしまい、優秀な現地スタッフに対して、日本以外の組織で働いた方がよい、ということを日本自身がアピールすることになってしまった、と。


ウクライナについて
本書ではウクライナ(避)難民と表記されている
第一章でもあった通り、難民の定義は、差別により迫害されている、もしくは迫害のおそれがある人たちのことであり、戦争によって居住地を逃げてきた人たちは、必ずしも難民とは呼ばない(アフリカや中南米ではそうした人たちも難民に含むが、日本はアフリカや中南米の地域条約にはもちろん参加していないので、こうした難民の定義は採用されない)
ウクライナの戦争から逃れて国外脱出してきた人の多くは、ウクライナに戻った際にウクライナ政府などから迫害される、または迫害のおそれがあるわけでは必ずしもないだろう(ただし、戦争から逃げてきたから必ず難民ではない、というわけではなく、戻ったらウクライナ政府から迫害されるおそれがある場合は、もちろん難民にあたる。そういう人たちが含まれている可能性ももちろんある)。このため、(避)難民と表記されている。
非常に簡単な手続きで日本に入国することができて、支援も手厚かった。
身元保証人なしでも入国できる方法が用意されていたりもした。
身元引受人についていうと、あまりにも基準が緩かったので、身元引受人となった日本人男性からウクライナ人女性への暴力事件が発生するという問題もあった。筆者は、カナダの民間スポンサーシップを参考にして、日本でも、身元引受人について研修を受けさせるなどの制度を整備するのがよい、としている。


第五章 難民は社会にとって「問題」なのか

1 難民と犯罪
 難民の定義から除外される場合
 難民の追放が許可される場合
 難民条約以外の国際法における送還停止規定
 難民受け入れは「治安リスク」なのか
 日本における外国人犯罪
2 難民受け入れによる財政負担
 庇護申請者への公的支援
 第三国定住難民のみへの公的支援
 定住支援プログラムにかかる公的費用
 難民を含む外国人と生活保護

難民を受け入れる際に、社会に問題をもたらすのか
主に議論される「犯罪」と「財政負担」について論じられている。


犯罪について言えば、難民に限らず外国人移民一般にもいえることだろう(統計調査の上で、難民だけ区別されていることはあまりないので、ここでも、難民のことを言っているのか移民全般のことを言っているのか、やや曖昧なところがある)
結論から言うと、様々な研究がなされているが、犯罪が増えるとも増えないとも一概には言えない、というところにある。
身も蓋もない話だが、国によって、あるいは同じ国でも機関によって、統計の取り方が異なっているため、全体を見通してこうだということが言いにくい、ということがある。


難民条約には、難民は、不法入国や不法滞在については免罪されるという規定がある
一方で、ある種の犯罪者は難民に含まれないという除外条項と、難民として認定されても追放してもよいというノン・ルフールマン原則の例外がある。
前者は、戦争犯罪や人道に対する犯罪などである。
後者については、国の安全または公の秩序を理由とする場合(難民条約第32条)と、「国の安全にとって危険であると認めるに足る相当の理由または特に重大な犯罪」(難民条約第33条第2項)である
この「危険」や「特に重大な犯罪」について具体的な定めはなく、各国で基準が異なる。
ところで、日本では2023年の入管法改正で、この例外規定が組み込まれることになったが、筆者はこれが非常に問題ありであると指摘している。
「二重の疑い」といわれるもので、「~が疑われる人になると疑われる申請者」となることで、ほとんど無制限に送還停止効が解除できてしまう条文になってしまった、と。
この条文については、与野党合意の修正案で修正される見込みだったのだが、ほかの箇所を問題視した野党によりこの修正案が拒否された結果、原案通り可決されてしまった、と。


財政負担について、日本における難民申請者ならびに難民への支援の内容と費用が細かく紹介されている。
特に日本の第三国定住における定住支援プログラムにおける就労率の高さを強調している。
その上で筆者は、日本社会に定着した難民は納税者として社会に貢献することになるのであり、定住支援にかかる費用は、日本の国益にかなう投資とみなせるとしている。

第六章 なぜ「特に脆弱な難民」を積極的に受け入れるのか――北欧諸国の第三国定住政策

スウェーデンデンマークフィンランドの第三国定住政策の概要
なぜわざわざ「特に脆弱な難民」を受け入れてきたのか
近年のデンマークスウェーデンフィンランドにおける変革
ノルウェイの第三国定住政策
なぜノルウェイだけ「パラダイム・シフト」が起きていないのか
ノルウェイの極右政党の戦略
政治交渉と妥協
人道性と定着可能性のバランス感覚
犯罪率の減少
世論による根強い支持と広範な理解
王室ファクター

最後の章は、北欧諸国における第三国定住政策を見ていく章となる。
北欧諸国は伝統的に、第三国定住方式による難民の受け入れを積極的に行ってきており、その中でも特に、障碍者PTSD患者、シングルマザーなどの「特に脆弱な難民」のための枠を確保してきたことで知られている。
しかし一方で、北欧諸国では極右政党も伸張しており、2010年代頃から難民受け入れ政策の見直しが始まっている。
ただし、その中でノルウェイだけはそのような「パラダイム・シフト」が起きていない。
ここでは、
北欧諸国の難民受入政策はどのようなものか。また、何故北欧諸国は受け入れに積極なのか。脆弱な難民を受け入れるのは何故か。
北欧諸国の「パラダイム・シフト」とはどのようなものか。
ノルウェイで「パラダイム・シフト」が起きていないのは何故か。
ということが論じられている。

  • 北欧諸国の難民受入政策はどのようなものか。また、何故北欧諸国は受け入れに積極なのか。脆弱な難民を受け入れるのは何故か。

ここで挙げられている北欧諸国は、スウェーデンデンマークフィンランドノルウェイである。
ただし、デンマークはやや例外的に、元々あまり難民を受け入れていない。北欧だけでなくEU的にも「異端児」扱いらしい。
一方、スウェーデンは長らく、難民受け入れについては「優等生」とされてきた国
第三国定住が多いのは、そもそも北欧諸国まで自力でたどり着ける難民は少ない、という背景もある。
基本的に、難民として受け入れると、国民と同等の社会保障を受けられるようになる。手厚い保障が受けられる代わりに、自由放任主義的なところもある。
国が各自治体に割り振っていく形で、過疎対策として機能しているところもある。
脆弱性の高い難民は、受け入れ直後には、社会保障を必要とするため、一見、国にとっては負担が大きいように思われる。
北欧諸国が脆弱性の高い難民を受け入れている理由は、北欧諸国は人道的な国である、というイメージ=北欧ブランドがあるから、というのがまずは大きいらしい。
また、女性や子どもの方が、実は受け入れ側の社会に定着しやすい、ということもあるらしい。
健康な男性は、すぐに労働の担い手になることができるが、一方で、元の国でのキャリアなどとのギャップ、プライドの高さなどから、受け入れ側社会に馴染みにくいことがある、という問題がある。
また、脆弱性の高い難民は「かわいそう」な難民であり、保守派の「よい難民」イメージと合致しやすいというのもあるらしい。
人道主義的なイメージをもてるので、その一方で、庇護申請の基準を厳格化することとバーターにできたり、とか。

  • 北欧諸国の「パラダイム・シフト」とはどのようなものか。

デンマークノルウェイフィンランドでは1980年代から、スウェーデンでは2010年代から、国政レベルで議席を持つ極右ポピュラリズム政党が存続している
ただし、極右政党の支持率の変化と、国民の反難民感情や難民数の変化との間に相関関係はない(難民が増えたから、あるいは国民が難民を忌避するようになった「から」極右政党の支持が伸びた、という因果関係は見いだせない、ということ)
また、国ごとに見ていくと、それぞれ経緯には異なるところがある。
デンマークについては、もともと難民の受け入れに厳しい国ではあったので、その後に、庇護セロ政策や第三国定住の停止を行うことに、驚きはなかったという
一方、長年、世界における第三国定住政策をリードしてきたスウェーデンフィンランドの政策転換には、関係者の間で衝撃が走ったという。
スウェーデンは2022年の選挙で社民党が政権を失い、スウェーデン民主党が閣外協力する形で右派連立政権が成立。
フィンランドは2023年の選挙では、社会民主党から、フィンランド人党を含む四党連立政権へ政権交代が起きた。
これにより、どちらの国も第三国定住政策の見直しが図られた。
ただかなりの交渉と妥協の末、第三国定住そのものはなんとか死守した、という感じだったらしい。

多党政治で、連立や閣外協力が頻繁にあり、交渉の過程で、極端な政策が中道に寄りやすい、とのこと
また、ノルウェイの極右政党は、支持を得やすいという理由で、主張を穏健化させる傾向にある、とも。もともと、減税など財政政策への主張が多く、移民政策への主張が少ない*3
また、ノルウェイの場合、他の北欧諸国と異なり、難民の受け入れ基準について、定着可能性をよく見ていた、という違いがあるらしい。
スウェーデンフィンランドは、条件として定着可能性をあまり見ておらず、また、受け入れ後も自由放任主義的なところがある。
対して、ノルウェイは、人道性と定着可能性のバランスを常に考えており、条件を頻繁に見直している。
定着可能性というのは、例えば、語学力が高いとか、すぐに働けるとかそういったことで、しかし、こうした条件を課すと、一部の限られた人しか受け入れられず、人道性という面ではトレードオフの関係になりがち。
ノルウェイは、人道性に配慮しつつも、定着可能性も見るし、受け入れ後も自由放任ではなく定着支援を行っている。就労支援のための定住補助金があって、就労できた場合は、残りは自治体にそれが入るので、自治体側も積極的に就労支援するインセンティブが生まれる、という構造を作っている。
ノルウェイは、仕組み作りがうまかった、といえる。
また、ノルウェイは、第二次大戦中、王室がイギリスに亡命していたという歴史があり、国王が難民受け入れに積極的な姿勢を見せていて、それもかなり効いているのではないか、と指摘されている。

 

おわりに

日本における難民政策は今後どうあるべきかについての筆者の私見が述べられる。

  • 第三国定住政策の質・量双方の拡充

ウクライナの件で、日本に難民受け入れのキャパがあることが示されている。
緊急手術を受ければ日本で生活できる難民など、脆弱性の高い難民も受け入れられるような、要件の見直しなど。

  • 海外で、日本の組織のために働いた現地職員とその家族の退避・受け入れ政策の策定
  • 第5章で指摘された入管法の改正
  • 第4章で指摘された参与員制度の不備に関連して、行政から独立した第三者機関の導入

年表

試しに年表を作ってみた

条約・組織・制度 大規模な難民発生イベント
1948 国際難民機関
1949 UNRWA
1950 UNHCR
1951 難民条約
1951 PICMME(のちのIOM)
1967 議定書
1969 OAU難民条約
1975 ベトナム戦争インドシナ難民危機
1976 カナダ民間スポンサーシップ開始
1981 日本、難民条約加入
1981 入管法制定
1984 難民に関するカタルヘナ宣言
1989 IOM
1990年代 コソヴォ危機
2000年代 欧州共通庇護制度の指令や規則の初版
2001 EUの一時保護指令
2005 入管法改正
2010 日本での第三国定住開始
2010年代 アラブの春とシリア難民危機
2010年代前半 欧州共通庇護制度の改訂版
2016 IOM、国連機関に
2016 EU=トルコ声明
2016 米豪「難民交換」取引
2021 タリバンの政権奪還
2020年代 ウクライナ危機
2022 イギリス=ルワンダ覚書
2023 入管法改正
2024 EU・移住と庇護に関する新協定

*1:時の政府を批判したために難民になった場合、政府側も自国から追い出したいので積極的に出国させられる場合もある

*2:なおこれ以前は、出入国管理令という名称だったらしい

*3:本書に限った話ではないのだが、極右って定義が分かりにくいなと思うことがある。ノルウェイの極右政党など、これを読む限り、もはや極右というほどではないのではないか、というように思う

長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』

コンテンポラリー・ダンス」と「ロボット・AI」と「介護」を題材にして、身体性から立ち上がる人間性とは何かというテーマを描く長編小説
以前から気にはなっていたが、文庫化を機にようやく読めた。
ダンサーである主人公がバイク事故で左足を切断するところから物語の幕は開く。ダンスができなくなるかもしれないという絶望から、AI義肢をつけてのリハビリ、新たなカンパニーでロボットとの共演を試し始める。ところが、やはりコンテンポラリーのダンサーである父親が認知症となり、主人公が介護をしなければならなくなる。
義肢となった自分はどのようなダンスを踊れるのか、ロボットの身体性から立ち上がるダンスはあるのか、認知症によって人間性を失っていくように見える父に何が残りうるのか。
大雑把にまとめると、そういうストーリー・テーマの作品である。


形式的な話をいうと、章わけがなされておらず、行空きによる区切りはなされているものの、物語としては最初から最後までがひとつながりになっているという印象がある。
本人の事故、新たなカンパニー、恋人となる女性との出会い、両親の事故、介護生活の始まり、と出来事が次々と起こっていき、それに押されてするすると読まされていく。
この作品については、内容が重い、というような感想もよく目にしていて、それはまあ、主人公自身が物語が始まった瞬間に足切断されているし、介護の苦労も延々書かれている作品なので、決して軽い話ではないのは確かだが、しかし、本作はただ重苦しい作品というわけではないし、報われる面があるし、希望もある。そもそも、内容面はともかく、文章面ではリーダビリティが高い。
文学っぽいという感想も度々見られて、それ自体は色々な意味があるだろうから、まあ確かにそういう形容も分からなくはないとは思うが、題材の重さに対して、文章それ自体は読みやすいので、その点では、文学と対比する意味でエンターテイメント小説ではあるな、と思う。
文章の読みやすさ、というのは、難解な表現がでてくるかどうか、というだけでなく、上述した通り、出来事が次々と起こっていくというところがある。先の見えない介護生活という重苦しさは確かにあるのだが、小説としては、展開が停滞することなく進んでいく。
また、語りという面でも、主人公を焦点人物とした三人称の語りで一貫していて、それ以外の視点が基本的に出てこないし、時系列もずっと一本道で、回想などもない。章わけが一切ないことも含めて、そのあたりはめちゃくちゃシンプルだな、と思った。
それでいて、この分量の中で、説明すべきことが過不足なくいれられている、と思う。


SF面でいうと、本作で登場するガジェット等は、現在ある技術や理論の延長線上にほぼ収まるように作られているように思う。
『あなたのための物語』であればITP、『BEATLESS』であればhiEや超高度AIといった架空の技術が登場し、その架空の技術が一体どういうものであるのか、という説明が一定の比重を占めていたように思う。読者はまずそれらがどういうものかを理解していく必要がある。
本作においても、谷口が語る独特のダンス理論などは、読者に対して、SFの架空技術・架空理論を理解させるような読解を要求するところはあるが、全般的には、そういう意味でのSF度合いは低い作品になっていると思う。
本作を評価するにあたって、本作がSFかどうか、というのは重要ではないが、2050年代という未来を舞台にしつつも、hiEや超高度AIみたいな如何にもSFっぽいガジェットが出てくるわけではない、というのが、この作品の空気感に寄与しているところは大きい。
プロトコル・オブ・ヒューマニティというやや謎めいた言葉がタイトルに用いられているが、この言葉の意味が作中できっちりと説明されているのも、この作品の読みやすいところかもしれない。




この作品は、コンテンポラリー・ダンスを主たる題材として用いており、もっというと、人間とロボットのダンスでの共演を目指すダンス・カンパニーの物語である、ともいえる。
作品の舞台となっている2050年代において、ロボット技術はさらなる進歩をとげており、高度なテクニックのダンスを踊ることは可能になっている。しかしそれは、人間が振付をプログラムしてやれば、それを高精度に再現できる、という話である。
作中で求められるのは、言うなれば、ロボットの、ロボットによる、ロボットのためのダンスである(作中でこういう言い方はしていないが)。
人間のダンスが、人間が何かを表現しようとして自らの身体を用いて、人間の中から外へとあふれ出してくるものであるだとするならば、ロボットのダンスもまた、何かロボットなりにロボットの中から外へとその身体を用いて表現するものなのではないか。ロボットの身体性なるものがあるのではないか。
そのためには、そもそもダンスとは一体何なのか、というところから掘り下げる必要がでてくる。
作中の登場人物はそれを「距離」と「速度」だと再定義する。
原初の人類が狩猟生活を送る中で、獲物に対する相対的な距離と速度に反応する脳の仕組み、それを刺激するために編み出されたのがダンスなのではないか、という仮説で、距離と速度なら数値化できるので、ロボットやAIでも扱える、という理由もある。
「距離」と「速度」によってやり取りされるもの、それが「人間性」なのではないか。
本作のいう「プロトコル・オブ・ヒューマニティ」というのはまさにそのことで、人間性を「距離」と「速度」によって伝え合うプロトコルということになる。
何故人はダンスをみて感動するのか。ダンスによって生じる「距離」と「速度」によって、表現しようとする人間性が伝わるからだ、ということになる。
このことが「介護」とも繋がってくる。
主人公の父親は、認知症によって記憶がもたなくなっている。そうすると、何かを約束したとしてもすぐに忘れてしまう。それだけのことで、簡単に人間的な生活は失われていく。介護者にとっては、砂の城を築くような徒労感の続く日々が訪れる。しかし、主人公は身体と身体との間の距離と速度が、もしかしたら何かを伝え合っているのかもしれない、と思うに至る。それは、父と子がともにダンサーであるから、という面もあるだろうが。
ともかく、人間性を「距離」と「速度」に還元したことによって、人間性を持たぬはずのロボットが、あるいは人間性を失っていく認知症の老人が、人間性を伝えることが可能になる。
さて、「距離」と「速度」に還元されたことで、ロボットと共演することになった人間たる主人公は「重力」をテーマにしていくことになる。
人間性と重力、ということで自分が思い出したのは、瀬名秀明「希望」だった。あの作品とは色々な面で全く違うのだけれど、ロボット・AIと人間の関係について突き詰めて考えてきたであろうSF作家2人が、それぞれ独立に「重力」というところに辿り着いているのはすごく興味深いな、と思う。
ただ、瀬名がそのテーマを具体化するのに選んだモチーフが、ダミー人形による自動車衝突実験と宇宙物理学だったのに対して、長谷は、ダンスと介護だった、というところに大きな違い(短編か長編かという違いもあるが)がある。そのモチーフを選んだ必然性が読者にも分かりやすい点が、本作の強さの1つにもなっているのだろう。


護堂恒明
28歳のコンテンポラリー・ダンサー。バイク事故で左足を失う。
ダンサーとしては将来を期待されているホープではあるが、とはいえ、コンテンポラリー・ダンスで食っていくのは難しく、アルバイトで生活しているので、脚の怪我は、ダンスのキャリア的にも生活の維持的にもピンチだった。
谷口からの紹介で、義肢のモニターになる。また、その義肢会社からの紹介で、インストラクターの仕事を得る。
父親の護堂森(しん)は、既に70を超えているが、コンテンポラリー・ダンス界での権威。恒明は父親に憧れてダンスを始めた。
森は、プライドが高く家族に対しても厳しい態度をとる。
恒明には、年の離れた兄・一隅がいるが、ダンスにも興味のなかった兄は、家族を顧みない父親とも仲が悪く、成長すると早々に家を離れていった。今は大阪で妻子とともに暮らしていて、帰省もほとんどしない。
そんな護堂家を支えていたのが、母の来李だった。
しかし、森が交通事故を起こして、来李は亡くなってしまう。そして、森も重傷を負うのだが、退院してきたところで、認知症への疑いがでてくるのである。
恒明が1人で父親の介護をせざるをえなくなったのには、こういう事情がある。
この時代、AI技術を使った認知症患者向け介護サービスなども生まれてきているが、護堂家は決して裕福というわけではなく、恒明はその恩恵を受けられない。
一隅は全く介護には関わってこない。かろうじて、母の葬式や四十九日に顔を出すだけである。経済的な援助すらも断ってくるのが、恒明にとっては大きな痛手ではあるが、恒明は逆にそのことを自分の道徳的優位性と捉えて介護へのモチベーションへと変えていく。
森は自分が認知症であることをなかなか受け入れられないし、それが分かっても、自分ではちゃんと出来ている、と思っている。が、実際には出来ていない。
時間の感覚が消えてしまって、深夜に起きだして風呂に入ったりとか、風呂にどれくらい入っているから覚えられないから長湯して気を失ったりとか、危ないからこういうことはしないでほしいと約束してもそれが記憶できなかったり、となる。また、排便関係にも難がある。元々のプライドの高さや性格から、恒明からの介護を撥ね付けようとしたりもする。
恒明としても、森は確かに性格に難があるとしても、父親としてダンサーとして尊敬の対象であったのが、それが崩壊していくことへのショックもある。
認知症はよくなるわけではない、ということも、きついところだろう。
それでも彼らは、少しずつ少しずつ、どのようにやっていけばいいかを身につけていく。


谷口
足を怪我して一番最初に恒明をサポートしたのが、谷口というダンサー仲間だった。
ダンサー仲間といっても、実は谷口は大して踊れない。理系の大学院を出てロボットのベンチャー企業を立ち上げたという、仲間の中では異色の経歴の人物である。
彼は、自分の知り合いの義肢企業を恒明に紹介する。
最新のBMI義肢ではなく、AI義肢で、装着者の動きを学習し「共生」していくタイプの義肢である。
物語の最初の方は、この「共生」の苦労が語られていく。この脚は、倒れそうになると勝手に支えようとする。しかし、それはダンサーにとってはむしろ危険でもある。そういう設定を少しずつ変えてもらう。元々、恒明が所属していたダンス・カンパニーの主宰は、義肢となってしまった恒明を持て余す。
それに対して、谷口が人間とロボットが共演する新たなカンパニーを立ち上げたい、ついてはそのカンパニーに参加してほしい、と恒明に打診してくる。
谷口の会社の社員である成海と、恒明の義肢を担当しているエンジニアの望月もカンパニーのメンバーとして加えられているが、2人はダンスについては全くの素人。成海が、アイドルのファンというくらいである。さらに、谷口は熱くカンパニーの理念を語るが、抽象的・衒学的なきらいがあり、具体的にどのようなダンスを踊ればいいのかが見えてこない。
恒明は不安を抱えつつも、自分がダンサーとして再起をかける場はもうここにしかない、と覚悟を決める。
当初、ロボットのダンスの振付は、生成AI(GAN)を用いて、完全に人間の評価なしで作ろうとする。最初は小説をAIにたくさん読ませてそこからAIが要素を抽出して振付に変換するという謎の方法をとっていた。
が、森からの厳しいコメントを受ける(ざっくりいうと、客のこと考えてない的な指摘)。
また、谷口と恒明は、エンジニアの2人にも簡単なダンス体験をさせる。
森のコメントとダンス体験が、受け身で参加していたエンジニア2人を変化させ、少しずつロボットのダンスが形作られていく。
23拍子という変態拍子で踊るロボットたち
23拍子って一体どんな拍子なのか全く想像つかない……
また、「距離」と「速度」ということが決まって以降は、義肢のセンサーに周囲の物体の距離と速度を計測させるようになる。義肢は恒明のダンサーとしての身体の動かし方を覚え、また、周囲の事物に反応して、ダンスしようとするという衝動のようなものも生じるようになる。義肢は、恒明の一部でありながらも、義肢もまた恒明が共演するロボットともいえる。


永遠子
恒明が所属していたダンス・カンパニーの打ち上げで出会った女性。ダンサーではなく、客としてきていたところ、打ち上げに誘われていた。
付き合うようになって、介護で苦しむ恒明を精神的に支える。
恒明は、度々、上品だと心の中で褒めている。育ちのよい女性なのかな、という感じもするが、恒明やダンサー仲間はバイトで生計をたてており、正社員というだけでそのように見えている可能性もある
三人称とはいえ、一貫して恒明視点で語られるため、永遠子、あるいは兄の一隅については、パーソナリティの掘り下げがあまりない。彼らが何の仕事をしているのかも明示されていなかったような気がする。
ともすれば、物語の舞台装置(ただの都合のいい女、ただのイヤな奴)になりかねないところなのだけど、不思議とそうならないバランスが保たれているように感じた。


クライマックスとしては、おそらく2つあって
1つは、恒明と森の共演
森はプロのダンサーとしては復活が叶わないが、途中から、恒明と一緒に踊ることを1つの目標として練習することになった(このあたりは森の変化というより、恒明側が森とどのように向き合うかの変化がある)。
森は退院直後に自宅のリビングをダンス練習用に改造してしまっている(それ以外にも、森は認知症になって以降も結構お金を使っている。無論、森のお金なので構わないのだが、認知症になっても買い物は出来るのである(なお、住宅の改造は本格的に認知症になる前))。
恒明と森の共演というのは、実際には、自宅のリビングで行われそれを撮影したもの
森は記憶がもたないので、1つの公演になるような振付ももう覚えられない。そのため2人は、コンタクト・インプロビゼーションをするが、その中でも、森は短い繰り返しを行うことで、今できる範囲で自分なりのダンスの演出を組み立てていく。


それともうひとつは、もちろん、谷口カンパニーの旗揚げ公演である。
工業用のロボットアーム4台と、谷口の会社のダンス用ロボット、恒明とで踊る、即興も多分に組み込まれたプログラムである。
ロボットの即興に恒明が体力の限りに応えていく
最後には、ロボットが観客を認識し、観客を煽り、それに観客も応え、ステージは大成功を収める。


森との介護生活は続いていく、という終わり方をするのかなと想像していたので、そうではない終わり方ではあったが、ある意味で大団円感があった。


元々本作は、大橋可也&ダンサーズの「protocol of humanity」という公演のために書かれた中篇小説が下敷きになっているらしい。
あとがきに、これがYouTubeにあがっているとあったので、見てみた。とはいえ、ダイジェスト版の方だけど。
このカンパニーについては以前大橋可也&ダンサーズ/飛浩隆『グラン・ヴァカンス』 - logical cypher scape2を見たことがあるが、自分にとってコンテンポラリー・ダンスの鑑賞経験は後にも先にもこれだけで、ダンスリテラシーがないので、ダイジェストだけだとさっぱりだった。

Newton 2025年12月号

2025年 ノーベル賞

坂口、北川両者へのインタビューをそれぞれ読んだ
今回のノーベル賞については日経サイエンス 2025年12月号 - logical cypher scape2
Foxp3遺伝子の発見が 2003年
自己免疫疾患の研究から始まったので当然自己免疫疾患への応用もあるが、がんへの応用もある。がん細胞には制御性T細胞が集まってきて免疫が働かない。
アレルギー(花粉症)への応用も
坂口、北川両者について、それぞれ文脈が少し異なるが、鈍感さというのをポイントとしてあげていた。流行や批判に惑わされずに続けていくため、ということでの鈍感さ、だろう。
MOFについて、機能のデパートなので、実験が楽しいとか。

FOCUS

ノイズに強い量子センサー

量子もつれを使って磁場など測定するセンサー、精度高いがノイズに弱い。「量子誤り訂正」を使う

世界最古のミイラをアジアで発見

中国南部とベトナム北部で。屈葬された遺体を燻すことによって作製。エジプトより4500年前

恐竜の絶滅が変えたアメリカの景観

これ何かで読んだ記憶がある

from 朝日新聞

AIで設計のウイルスが細菌を殺すことに成功

言語モデル「Evo」を用いて。兵器転用のおそれも。

飯島さつき×磯部紀之─深海に挑む しんかい6500が切りひらく深海研究最前線

飯島は、しんかい6500のパイロット
磯部は、JAMSTECの研究者
パイロットとコパイロットの業務内容とか、整備もパイロットがやっていることとか。最近は、パイロットをワンオペ化して研究者を2人乗せられないか、というのも検討されているらしい。はじまっている
磯部は材料化学が専門で、プラスチックに替わる材料を深海生物から発見しようとしているらしい。研究者が実際に海に潜って見ることが大事、と。まあこれは、有人深海探査の話で必ず言われることだけど。
有人と無人、それぞれに得意不得意があるので、組み合わせが大事だ、と。
ホヤを採集する作業を見ていて、磯部はセンチ単位で操作してるのかなと思ったら、ミリ単位の操作をしていた驚いた、と。飯島も、あれは楽しかったのでずっと続けたかった、とか。
飯島の将来の夢というか、心理学者や作家や芸術家など研究者以外にも乗ってほしいし、理想としては日本人全員が1回は深海に行けるといいんじゃないか、と。

写真家を魅了した美しき宇宙 グリニッジ天文台天体写真コンテスト2025

まあ色んな写真が載っていたけれど、太陽の彩層を撮影している写真で太陽を背に飛行機が横切っている写真が一番インパクトあった(タイムラプスで撮影されている)。
あと、日本の魚津で撮影された、観覧車と星の回転を両方撮った写真とか。
イギリスで、ISSの隣に月面をクロースアップで撮ってる写真とか。

巨大火山がもたらした絶滅と進化 大量絶滅のミステリー

科博のビッグファイブ展にあわせた特集記事。監修も科博の人
O-S境界、F-F境界、P-T境界、T-J境界、K-Pg境界
K-Pg境界以外は火山活動が原因だということが2020年頃までに分かった。
この記事ではLIPと書かれていた。自分はこれまでトラップという語で認識してたけど(シベリアトラップとかデカントラップとかが、この記事ではシベリアLIP、デカンLIPになってた)
ロッコオルドビス紀
→このことは古生代の奇妙な生物の化石が続々、驚きの国モロッコ(三上智之/古生物学者) | ナショナル ジオグラフィック日本版サイトがより詳しい
F-Fで大量絶滅が起きてるのは、低緯度・浅海・海水。高緯度や深海、淡水での絶滅規模は小さい。陸上も起きてない
P-Tの桁違い感
T-Jについて、シュードスキア類とあって何かと思ったら偽鰐類だった。海洋酸性化により、炭酸カルシウムを使うサンゴへダメージ
K-Pg境界の絶滅原因は小惑星衝突だけど、影響が長引いたのはデカンLIPのせい、と書かれていた。
新生代についてもページが割かれていて、哺乳類の大型化は何度か起きているけれど温暖化と時期が重なる。デカンLIPの影響も。暁新世-始新世温暖化極大(PETM)の時期は、大量絶滅期と同じ規模の温暖化が起きてるけど、大量絶滅は起きてない、とか。
大量絶滅を引き起こしたLIPは、スーパープルームによって形成される(普通の火山はプルーム。スーパープルームはさらにその下の巨大なマグマ)。
今現在もスーパープルームはあるが、しかし、地球全体が冷却化しているので、今後はスーパープルームが大量絶滅を引き起こすことはないだろう、とも。

今井慧「描写の哲学における二面性概念の再検討——三重性と屈折」ほか

今井 慧 (Kei IMAI) - 描写の哲学における二面性概念の再検討 ——三重性と屈折 - 論文 - researchmap
ロペスにおける「屈折」とナナイにおける「屈折」を検討した上で、ロペスは、屈折現象の内実を説明していない、ナナイは内実を説明しているが、あらゆる画像に当てはまってしまい、美的価値のある画像とそうでない画像との区別を説明していない、と整理し、
三重性における「エンコードされた三次元対象」こそが、あるいは「エンコードされた三次元対象」と「描写対象」の関係こそが重要なのではないか、というアイデアを提案する
「描写対象」が屈折の効果を受けるのではなく、屈折においてはむしろ、「エンコードされた三次元対象」の経験が、「描写対象」から影響を受けているのではないか、と。
エンコードされた三次元対象」を重視する観点に共感する。
屈折って、現象自体はわかるものの、議論がうまく追えていなかったので、勉強になったのと、逆方向に考えるというアイデアがいいな、と思った。

「画像は表象ではない——描写の哲学の新たな展開とデフォルメ」

https://bigakukai076.bigakukai.jp/wp-content/uploads/2025/10/%E7%AC%AC76%E5%9B%9E%E7%BE%8E%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E5%85%A8%E5%9B%BD%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E7%99%BA%E8%A1%A8%E8%A6%81%E6%97%A8%E9%9B%86WEB%E6%8E%B2%E8%BC%89%E7%89%88.pdf
美学会には行っておらず、というかあったことすら気付いておらず、後日、倉根さんや高田さんのブログで知ったのだが、その中で、気になった発表の1つが、この今井発表だった。
とはいえ、今井発表は、要旨しかなく当日資料は公開されていないので、詳しいことはよく分からない。
「画像は表象ではない」という立場については、高田さんがブログで紹介してくれている。
画像に関する代用主義 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ
で、この発表の資料がないかググっていたら(というか今井さんのresearchampを眺めていたら)、上述の「描写の哲学における二面性概念の再検討——三重性と屈折」を見つけたので、読んでみた、という経緯

「デフォルメにおける見えるものと見えないもの:抽象的描写における見立て基と見立て先の緊張」

https://www.wakate-forum.org/data/2023/2023_shiori.pdf
同じく今井さんが、2023年の若手哲学フォーラムで発表したもの。
やはり、ネット上では、事前公開されていた要旨が見れるだけで、当日の発表資料などはなさそう。
だったが、銭さんの日記の中に記載があるのを見つけた。

フィクショナルキャラクターについての高田松永論争の検討。フィクショナルワールドというかっちり一貫した世界から出発するのではなく、もっと浅瀬のデザインや分離した内容から描写という現象を見ていく、という方針はかなり共有できるものだった。自説のポイント、とりわけPキャラクタを重視する松永さんの方針とどう差別化していきたいのかが、やや見えにくかったように思う。お話したところ、結構表象っぽい関心もある方で、なんだかM1のときの自分を見ているかのようだった。
銭 清弘|sen kiyohiro - DIARY

「フィクショナルワールドというかっちり一貫した世界から出発するのではなく、もっと浅瀬のデザインや分離した内容から描写という現象を見ていく」
これは自分もかなり共感できるところである


自分は、デフォルメということには、あまり関心を抱いてこなかったので、その点で今井さんとは異なるが、自分のやっていたこと・考えていたことと共通するところがありそうだなあと思って、気になり始めた。
岡田さんに続き、推しの若手美学者が増えた
岡田進之介「悲劇を観てなぜ悲しむべきなのか ─フィクション鑑賞における適切な情動的反応について」 - logical cypher scape2