サブタイトルは「新しい心の科学と哲学のために」とあり、フッサールから始まり認知科学に至る心の科学・哲学としての現象学入門書となっている。
最近、吉田正俊・田口茂『行為する意識』 - logical cypher scape2を読み、現象学・反表象主義の系譜の存在感を感じたので、それの勉強として手に取ったらドンピシャであった。
以下の目次にあるとおり、2章、3章、5章、6章は哲学者の名前が冠せられているが、4章、7章、9章は心理学・認知科学についての章となっている。
なお、巻末の訳者解説でも、本書の構成について、「科学的心理学の物語(1・4・7章)」と「超越論的現象学の物語(2・3・5・6章)」の2つの系列に分かれており、それが8・9章で合流する、とされている。
今回自分は、1章、4章、5章、7~9章を読んだ。
19世紀に、ヴントによって科学的心理学が成立したが、これを批判したのが、フッサールであり、ジェームズであり、ゲシュタルト心理学であった、と。
これらの影響を受けているのが、メルロ=ポンティでありJ.J.ギブソンである。
そして、現代の認知科学の中には、ハイデガーやギブソンなどからの影響を受けたアプローチが複数存在しており、それらのアプローチは、ダイナミカルシステムモデル(力学系モデル)を道具として重要視しているという共通点を持つ。
ウィリアム・ジェームズも気になってきた……
序
第1章 カントとヴント──18世紀と19世紀の背景
第2章 エトムント・フッサールと超越論的現象学
第3章 マルティン・ハイデガーと実存的現象学
第4章 ゲシュタルト心理学
第5章 モーリス・メルロ=ポンティ──身体と知覚
第6章 ジャン=ポール・サルトル──現象学的実存主義
第7章 ジェームズ・J・ギブソンと生態心理学
第8章 ヒューバート・ドレイファスと認知主義への現象学的批判
第9章 現象学的認知科学
訳者解説[田中彰吾・宮原克典]
第1章 カントとヴント──18世紀と19世紀の背景
現象学にとっての2つの重要な背景として、カントの哲学と19世紀に興隆した心理学を挙げている
現象学者はカントを引き継ぎつつこれを批判した。
また、フッサールは自らの現象学を「記述的心理学」とも呼びつつヴントの心理学を批判した。現象学は、哲学でもあり心理学でもある
1.2 ヴィルヘルム・ヴントと科学的心理学の興隆
- カント
2つの理由から心理学は科学になることはできないとした
(1)数値化できない
(2)内観法が信頼できない
- ヴント
カントの批判に応えるかたちで、科学的心理学を打ち立てる
まず(1)については、ヴェーバーやフェヒナーの精神物理学をあげて、反論する。
(2)については、カントに一部同意する。
ヴントは内的経験と外的経験とを区別して、前者には接近不可能だが、後者は接近可能とする。制御された内観法によって、実験心理学は成立する
ヴントの特徴は、感覚と感情を意識経験の原子とする還元主義
教え子の一人にジェームズ
→のちにヴントを批判
ちなみに、本書には書いていないが、ヴントはヘルムホルツの助手
のち、マッハが、ヘルムホルツやヴントの自然観を批判しているが、そのマッハとジェームズが親しい、という関係があるようだ
参照:木田元『マッハとニーチェ―世紀転換期思想史』 - logical cypher scape2
第4章 ゲシュタルト心理学
フッサールが現象学にとりかかっているのと同時期に、ベルリンで発展したのがゲシュタルト心理学
- ゲシュタルト心理学と現象学の関係
エーレンフェルスとシュトゥンプフは、ブレンターノの弟子
シュトゥンプフは、フッサールの指導教員で、かつベルリンの心理学研究所を指揮
同研究所のヴェルトハイマー、ケーラー、コフカがゲシュタルト心理学の基礎を発展
ゲシュタルト心理学の成立については木田元『マッハとニーチェ―世紀転換期思想史』 - logical cypher scape2にもあったので、ここに上がっている名前にはなんとなく見覚えがあった
4.1 ゲシュタルト学派による原子論的心理学への批判
ヴントの心理学には「束仮説」「恒常仮説」という前提があるとして、これらを批判
束仮説=経験は感覚という要素の束
恒常仮説=感覚と刺激の間には対応関係がある
ヘルマン格子やマッハの帯
→恒常仮説と矛盾
エーレンフェルス「ゲシュタルト質について」(1890)
マッハによるメロディの分析をもとにした論文
楽器を変えて演奏しても同じメロディ
構成する音を異なる順序で鳴らしたら同じメロディにはならない
メロディは構成する音以上の何か=ゲシュタルト質
4.2 知覚と環境
- ヴェルトハイマー
1912年論文で「ファイ現象」(仮現運動)
形態の法則
→束仮説と矛盾
- 伝統的考え
知覚または「外的経験」は要素からなり、これらの要素が認知または「内的経験」において全体に結び付けられる
- ヴェルトハイマー
形態は知覚に与えられており、認知で付加されない
外的経験は要素ではなくすでに全体
- ケーラー
チンパンジーの実験
→問題解決への洞察は、認知ではなく知覚
- クルト・レヴィン
レヴィンの方程式=行動は人と環境との関数
動機について論じた
誘発性ないし誘引特性
→例えばサンドイッチは、空腹によって動機づけられている人にとって誘発性を持つ
誘発性は、人々の状態の機能であると同時に知覚される環境の特性
→ギブソンへ影響
4.3 ゲシュタルト心理学の影響
心理学主流派への影響は限定的
←ドイツから英米へ亡命した際、レヴィンを除き、博士課程をもたない機関に職を得たため
レヴィンは社会心理学に影響
しかし、ゲシュタルト心理学は、メルロ=ポンティとギブソンへ影響を与えた
第5章 モーリス・メルロ=ポンティ──身体と知覚
メルロ=ポンティの章は、流し読み
メルロ=ポンティは直接知覚論ともいわれるがむしろ、センスデータと知覚経験あるいは直接知覚論と間接知覚論の区別を崩す
5.1 『知覚の現象学』
身体に注目
ドレイファスやギブソンへの影響
5.2 現象学、心理学、現象野
ゲシュタルト心理学からの影響について
5.3 生きられた身体
フッサールに由来するKorper*1とLeibの区別をさらに掘り下げる
Korper 客観的身体
Leib 生きられた身体
- 幻肢経験
心理学的説明や生理学的説明をいずれも誤りと棄却
生きられた身体から考える
習慣的な身体・習慣的な可能性との齟齬として説明
- 5.3.1 身体図式
世界とは可能性の空間。
身体の技能を準備する体制=身体図式
経験の可能性を開くという点でカントの超越論的図式と共通するが、カントと違って身体図式は概念とは関係がない
- 5.3.2. シュナイダー事例
盲視のことか?
- 5.3.3 運動志向性
ハイデガーは「志向性」概念を排除したが、メルロ=ポンティは「運動志向性」というものを考える
技能の志向性は認知の志向性よりも根本的
対象が私たちを誘引する限りにおいて、対象は私たちに向けられている
- 5.3.4 いくつかの例
車の幅、盲人の杖、熟練したタイピスト
.
5.4 知覚の恒常性と自然的対象
省略
第7章 ジェームズ・J・ギブソンと生態心理学
7.1 ウィリアム・ジェームズ、機能主義、根本的経験論
ギブソンの前に、ジェームズについて
先述したとおり、ヴントの教え子だったがヴントを批判
『心理学原理』(1890)
ジェームズはヴントと違い、感覚を唯一の主題としない
心の各側面を適応として考える(ダーウィンからの影響)
→「機能主義」と呼ばれる
根本的経験論
→経験的世界と世界それ自体をわけるカント的な区別に対する拒否
純粋経験からなる世界のみが存在
=中立的一元論(物的でも心的でもない)
世界を表象する何かとしての意識は存在しない
主観的なものが客観的なものを表象する、わけではない。主観性と客観性は属性であって、それらは同じもの
- ホルト
ジェームズの学生であり、ギブソンの先生の一人
根本的経験論を推し進める
ギブソンは、ホルトとコフカから影響
ギブソンとホルトの関係は柴田崇『サイボーグ―人工物を理解するための鍵』 - logical cypher scape2にもあった。
7.2 ギブソンの初期の仕事──二つの例
- 運転行動の分析(1938)
レヴィンとコフカの発展させた行動の場の理論の適用
安全な移動の場=肯定的な誘発性を持つ経路
これも柴田崇『サイボーグ―人工物を理解するための鍵』 - logical cypher scape2に載ってた
ギブソンは、根本的経験論者であり実在論者(実在論かどうかが現象学者との違い)
- 学習について
エレノア・ギブソンとともに行った研究で、行動主義から離れる
行動主義
→学習とは、刺激と反応の間で連合を形成すること。連合は、強化や罰によって刺激に付与
エレノアの実験
→罰、強化なくとも連合が形成されることを示す
経験内容は世界に実在する
7.3 生態学的アプローチ
推論的アプローチと対照をなすアプローチ
推論的アプローチ
←刺激の貧困への説明
(網膜上の情報だけでは小さいのか遠いのかは分からない→距離の推定が必要)*2
『視覚ワールドの知覚』『生態学的知覚システム』『生態学的視覚論』
光学的流動(optic flow)
刺激は乏しいわけではない
第一原理 知覚は直接的である(反表象主義)
第二原理 知覚は行為のためにある
第三原理 知覚はアフォーダンスである
7.4 生態学的存在論
環境には、動物が行動を探る上で十分な情報が含まれていなければならない
媒質・物質・表面
情報は環境の実在的な面だが、物質のように存在するわけではなく、関係的な特徴
アフォーダンスは行動の機会
アフォーダンスに関する情報は光の中に含まれている
情報は偏在しており行動を導くのに十分
→ギブソンとギブソン派にとってこれを証明することが中心的な問題
アフォーダンスが存在し実在するかではなく、アフォーダンスを知覚するための情報を入手できるかどうかが問題
(1)光学的流動におけるルーミング
→壁に向かって歩くと壁が大きくなる
リーによるカツオドリの研究
→視覚的変数タウ=像のサイズの変化率に対する像のサイズが持つ比率
→距離の情報ではない。計算不要。網膜上で入手可能
カツオドリが上空から水面に飛び込む際、水面との距離を推論して突入姿勢をとっているわけではない。タウという情報を知覚することで水面への突入をおこなっている
(2)ダイナミック・タッチ
- 大きさ-重さ錯覚
同じ重さのものでも、サイズが大きいものと小さいものを渡されると、小さいものの方をより重いと感じる錯覚
→大きさから推論することによって生じる誤り、と考えられてきた
- アマジーンとターヴェイの研究
「テンソル・オブジェクト」(複数の棒と球体を組み合わせたもの)を使って実験
大きさから重さを推論しているわけではない。
慣性テンソルに含まれる情報=可動性を手首で入手している
「動かしやすさ」を聞くと、錯覚は起きない
7.5 アフォーダンスとインビテーション
メルロ=ポンティ、ギブソン、ノエは同じ目標を追求
ギブソンは、アフォーダンスとインビテーションを区別できない、という批判がある
環境には、アフォーダンスとなるものがたくさんあるが、実際には、そのうち、実際に行動を引き起こすもの(インビテーション)にしか人は注目しない。他の多くのアフォーダンスを無視している。
ギブソン理論では、心理学の目的である、行動の説明ができない、という課題。
第8章 ヒューバート・ドレイファスと認知主義への現象学的批判
8.1 認知革命と認知科学
認知科学や人工知能研究の概略
認知科学とヴントの心理学との類似(原子論、脳内の計算過程が問題で身体や世界は問題としない点)
8.2 「錬金術と人工知能」
ドレイファスが、ランド研究所のテクニカル・レポートとして書いた論文
サイモンとニューウェルによる予言の楽観主義を指摘
ところで、人工知能研究には「テクノロジーとしての人工知能」と「認知科学としての人工知能」の区別がある。
前者は、知的なふるまいができればok
後者は、人工知能を通して人間の認知について解明すること
ドレイファスの批判は、この区別が曖昧。基本的には後者には刺さるが、前者にはあまり刺さらない
8.3 『コンピュータには何ができないか』
認知科学ないし認知科学としての人工知能研究が置く暗黙の前提を4つ指摘している。
- 生物学的前提
コンピュータ同様、脳は二進法である
→ニューロンはスイッチというより発振器
- 心理学的前提
心はコンピュータ・プログラム
思考は実際に計算なのか。
思考は計算であるとは、経験的な主張なのか、概念的な主張なのか。
また、「感覚」や「情報」という言葉の曖昧さによって誤魔化していないか。
- 認識論的前提
チューリングテストに合格できる機械は作製できる
(心理学的前提を緩めたもの。テクノロジーとしての人工知能に該当)
- 存在論的前提
世界は個別の二値的な事実の集合からなる
「濡れていたので、レインコートをバスタブに置いてきた」という言明を理解するのに必要なのは「道具の全体性」
真か偽かという事実を集めても理解できない
8.4 ハイデガー的人工知能
- アグレとチャップマンのペンギ
ペンゴというゲームをプレイするプログラム
存在者の表象をもたない(直示的表象のみ)
目標の表象をもたない
- ブルックスのロボット・アレン
(ブルックス自身はハイデガーとの結びつきを否定するが)
表象をすべて排除
第9章 現象学的認知科学
現象学に触発された認知科学として、以下の4つの立場が紹介されている。
「急進的身体性認知科学」
「身体性認知科学」
「エナクティヴィズム」
「感覚運動アプローチ」
あわせて、これらと関係の深い「ダイナミカルシステム理論」が紹介されている。
9.1 フレーム問題
どのアフォーダンスがインビテーションになるのかという問題は、フレーム問題の一種
9.2 急進的身体性認知科学
生態的心理学+ダイナミカルシステム理論=急進的身体性認知科学(チェメロの命名)
アフォーダンスとインビテーションを区別できる
9.3 ダイナミカルシステム理論
ダイナミカルシステム=「力学法則にしたがって、時間の経過とともに、連続的、同時並行的、相互依存的に変化する量的な変数の集合」
知覚や行為や認知を微積分学を使って説明するということ
生物個体と環境が統合された一つのシステムとして考える
- ハーケンーケルソーーブンツ(HKB)モデル
ケルソーの指振りの実験
左右の指を振ってもらうと、安定した協調パターンは2つしかない
=相対位相0と相対位相.5にアトラクターがある
複雑なダイナミカルシステムは、自己組織化して単純なシステムのようにふるまう
「現象学の前倒し」(ギャラガーとザハヴィ)
現象学にかかわる仮定を検証するための実験設計
様々なHKBモデルで、運動制御、言語処理、学習・注意・意図、社会心理学、意識経験を説明している(意識については(ケルソー、ヴァレラ、フリーマン))
力学的モデルは、人間を、脳・身体・道具の一部からなる自己組織的なダイナミカルシステムと想定する
自己組織的システム=計画や制御装置なし
→フレーム問題の回避
- 内因性活動と摂動
自己組織化されたシステムは特定のパターンへと組織化する=内因性活動
例えば、水の渦巻き
そこに枝をたてると、渦巻きの形状が変わる
内因性活動が、枝によって、摂動を受ける、という
微風などは渦巻きに影響をもたらさない
摂動をもたらす関連性をもったアフォーダンスだけがインビテーション
9.4 ハイデガー的認知科学
マイケル・ウィーラー(1996)
ニューロンにはノイズが多い→入力によって決定されない
ニューラルネットワークには入力から独立した内因性活動がある
- 「身体性認知科学」
例えば、テトリスの画面上の回転と心的な回転についての実験など
拡張された認知にも着目
ハイデガーよりは、ギブソンやブルックスから触発
しかし、ギブソンやブルックスと異なり計算主義的・表象主義的であり、そこが急進的身体性認知科学と異なる点でもある
ウィーラー「行為指向的表象」
- 反表象主義
ドレイフェスやリートフェルト
→ウィーラーの見方はハイデガー的ではなくフレーム問題も解決できない。ハイデガー的認知科学はフリーマン、と。
フリーマン
→ウサギの嗅球は、臭いを表象しているわけではない。
→内因性ダイナミクスが世界との相互作用で摂動を受けてアトラクターに向かう
(本書は、フリーマンを急進的身体性認知科学に分類)
(本書の筆者らは、ウィーラーよりもドレイファスやリートフェルト、身体性認知科学より急進的身体性認知科学を好む)
トドフ、ニエ、チェメロによるマウスを操作させる実験
1/fスケーリング(それほどランダムではないノイズ)
マウスが適切に操作できるあいだは、参加者の手とマウスの運動に1/fスケーリングがあり、道具的存在として経験される
マウスに摂動がある(操作できなくなっている)と1/fスケーリングが減少し、非道具的存在として経験される
9.5 エナクティヴィズム
オートポイエーシス=作動的に閉鎖*3+環境と構造的にカップリング
ディパオロ
→オートポイエーシスは生命の十分条件ではなく、適応性(自ら状況を変えるための措置が講じられる)が必要
自己創出的なシステムの活動=環境のどの側面と構造的にカップリングするかを決定
→世界と自己は共創出
共創出を「意味生成」と呼ぶ
意味生成は認知的かつ情動的ゆえに世界は有意義
生きられた身体として世界をエナクトする
ブルックスのアレン
吉田正俊・田口茂『行為する意識』 - logical cypher scape2でも意味や価値を生成という言葉が出てきて、若干、どういうことか理解しそこねていた
エナクティヴィズムも「拡張された認知」に注目するが、生物個体が世界を生み出すので、認知システムが生物個体を超えて拡張するというのは変なので代わりに「拡張された生命」に注目する
ミズムシの水泡。盲人の杖。
人工生命も重視
力学モデリング=人工生命
神経現象学者
9.6 感覚運動アプローチ
ノエ、オリガン、ハーリーらのアプローチ
エナクティヴィズムとも呼ばれるが異なるものなでここで「感覚運動アプローチ」と呼ぶ
ギブソンからの影響
知覚とは、私たちの内部で起きることではなく、私たちがおこなうこと
感覚は能動的探索を必要とする
- 感覚運動随伴性
身体運動と感覚刺激の変化との間の関係性
フッサール的?
トマトを見るとき、一部分しかみえていなくても三次元物体として、背面のあるものとして見る
体を傾けたら背面が見えるから
- 科学に応用しやすい意識経験へのアプローチ
視覚と触覚の区別は、異なる感覚運動随伴性の集合
1970年代 触覚-視覚感覚代行実験
映像を振動に変える装置をつけると「見える」ように感じられる
経験の違いは、刺激の本性(網膜への光刺激など)とは無関係で、感覚運動随伴性によって決まることを示唆
9.7 科学的現象学の将来
現象学に触発された認知科学への各アプローチの類似点
- 環境内生物個体の知覚と行為に焦点
- ダイナミカルシステムモデルを説明の道具として活用
- 心的表象の説明上の有用性に懐疑的
訳者解説[田中彰吾・宮原克典]
本書の二つの特徴
- 現象学を英語圏の哲学的な明晰なスタイルで解説
- 現象学は身体性認知科学にこそ受け継がれているという観点
現象学と認知科学とを結びつけて論じる本としては『現象学的な心』があるが、これは中級者向けの本で、入門的な位置づけの本が邦訳されていなかったため、本書の翻訳が企図されたとのこと。
その他、日本語で読める参考文献が多数紹介されていたが、リード『魂から心へ 心理学の誕生』があり、そういえばこれ以前気になっていた本だな、と思い出した。最後の章がウィリアム・ジェームズにあてられている。
*1:oにはウムラウト
*2:推論的アプローチとしてデカルトが想定されている。刺激の貧困という用語はチョムスキーに由来するが、ここではあえてその言葉を用いているらしい
*3:吉田正俊・田口茂『行為する意識』 - logical cypher scape2では「操作的閉包性」と訳されていた。operational closure


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