「恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造」展

上野の森美術館にて行われたパレオアート展。
19世紀に描かれた黎明期の古生物復元画から、ナイトやブリアンの作品群、日本の恐竜関連古書やグッズのコレクターである田村博によるコレクション、さらに現役のアーティストらによる作品群などが展示され、恐竜・古生物のイメージの時代的変遷を追う展覧会となっている。
企画のテーマ自体が珍しいだろうし、実際、なかなか一堂に会することのないだろう作品が揃っているので一見の価値ありだと思う。

パレオアートって一体何だ?!

古生物を科学的な証拠に基づいて復元した上で描いた絵、というのが教科書的な説明だが、そういうことではなく、何というか、このパレオアートなるジャンルは一体何なのか、というのが見ているうちにどんどん分からなくなってしまった。
おそらくこれは、美術館という場所で、このように作家別などで展示されているところを見ていったからかもしれない。
これらの絵は、普通であれば、博物館の化石展示室や恐竜・古生物の図鑑などにおいて目にするものだろう。そうしたシチュエーションではあまり、こうした絵画を、パレオアートという一つのジャンルとして捉える意識になることはないだろう。
しかし、こうやってパレオアートというくくりで見ることになると、次第に「これは何だ?」という気持ちが浮かび上がってくる。
これは、本来、博物館や図鑑で見るようなものを美術館で見るのは不自然だ、ということではない。
パレオアートというものに流れ込んでいる文脈が(おそらく)多様で、それを解きほぐすのが今の自分には難しかったという話だ。
これについては、おそらく、町田市立国際版画美術館で過日開催されていた「自然という書物 15~19世紀のナチュラルヒストリー&アート」展が伏線になったのだろうな、と思われる。この展覧会は、ちょっと話題になっていて、古生物クラスタの中でも「恐竜図鑑展の前に見に行くべき」ということを言っている人がいたのを見かけていた。
見かけていたのだが、自分がそれに気付いたのは既に会期の終盤に差し掛かっており、見に行く算段をつけられなかったのだった……。図録も売り切れていたし……。
恐竜図鑑展は、企画趣旨上ある程度当然なのだが、基本的にパレオアートのみが展示されている。しかし、例えばチャールズ・ナイトはもともと動物画を描いていた人である。恐竜や古生物を描く前に、現生の動物を描いていたわけだ。
いわゆる博物学における標本のスケッチといったものから、ロマン主義の風景画など、自然を描く伝統みたいなものがあるはずだけれど、そうした流れの中でどのように位置づけられるのか。
また、何度も言っているように、パレオアートというのは博物館や図鑑で見られることを目的として描かれていると思われるが、そういう意味では、科学教育・科学文化という観点も必要だし、また、特に恐竜の場合、大衆文化論との絡みもある。そのあたりはもちろん本展覧会でも、教育用に作られていた模型であったり、田村コレクションから子ども向け雑誌や玩具であったりが展示されていたりはする。


出展作品一覧
https://kyoryu-zukan.jp/exhibition/pdf/list-of-works.pdf


第1章「恐竜誕生-黎明期の奇妙な怪物たち」

19世紀後半から20世紀前半に描かれた作品が並べられているセクション
冒頭、デ・ラ・ビーチの「太古のドーセット」のどでかい奴がどーんと目に入ってきて、「おお」と感動するのだが、原画はこんなに大きくはない。これは、のちに模写したもので、元になった版画も一緒に展示されている。見比べると、細部(顔つきとか樹木の並び方)が結構違う。
それはそれとして、既に結構twitter上で指摘されているけれど、アンモナイトの復元が独特


このセクションで展示された絵の大きな傾向として、海棲爬虫類(首長竜と魚竜)がみな、海岸か水面より上にジャンプして描かれている。要は、水中で泳いでいるところが描かれていない。
大体、捕食シーンないし闘っているシーンがメインに据えられている(そうでないものもあるが)

  • ジョン・マーティン「イグアノドンの国」「海竜の生態」

マーティンは、聖書や『失楽園』の挿絵などで有名になったロマン派の画家で、ギデオン・マンテルがファンだったらしい。マーティンが、マンテルのもとに恐竜の話を聞きにきたことに感動して、マンテルは自身の本の挿絵を依頼した。それが「イグアノドンの国」となる。
マーティンの絵は、かなり暗い雰囲気で、ずんぐりとした巨大なトカゲがうずくまっていたり絡み合ったりしている

  • ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ

リチャード・オーウェンのもと、水晶宮のイグアノドン像を造った人だが、恐竜の絵も多く残している。魚竜の強膜輪がすごく強調されていたりするのが印象的。あとは、イグアノドンが列をなして、メガロサウルスから逃げていく絵とか。首長竜も爬虫類もみな列をなす。

  • エドゥアール・リウーによる、ルイ・フィギエ『大洪水以前の地球」挿絵

これは、有名な奴

  • 「高層住宅に前足をかければ、6階のバルコニーで食事ができたかもしれない」

これはなんか恐竜について紹介した本の挿絵で、恐竜の大きさを解説するために建物と並んで描かれたもの。

第2章「古典的恐竜像の確立と大衆化」

本展の目玉はここで、チャールズ・ナイト、ズデニェク・ブリアン、ニーヴ・パーカーの作品がずらりと揃えられている。
さらに、20世紀初頭、チョコレートについていた古生物トレーディングカードもある。
やはり圧倒的に目が吸い寄せられるのはブリアンであったが、しかし、それゆえに、冒頭であげた「パレオアートって一体何だ?!」という疑問がもたげてきたのもブリアンだった。
ナイトやブリアンは、その後にフォロアーないし模倣あるいはパクりを多く生んだと言われているが、個人的にはナイトよりもブリアンの方に強く既視感を覚えた。
ブリアンを見た瞬間に「これ、俺の知ってる古生代だ」と思えた*1
子どもの頃に、ブリアンの絵を直接見たことはないと思うのだが、当時読んでいた図鑑の中に、ブリアンフォロワーのイラストないしブリアンの模写があったのではないか、と。もっとも、自分の子どもの頃においてそれらの絵は、古い本に収録されていたような印象で、あらゆる本がブリアンテイストであったわけではなかったと思うが。
しかし、そういう思い出補正を抜きにしても、本展の中でブリアンの絵は他と一線を画していると思う。
それゆえに、1950~60年代のチェコで一体なにゆえこんな絵が描かれていたのか、という不思議さも感じてしまう。1950~60年代のチェコのこと何も知らんけど。
ブリアン自身は小説の挿絵画家で、30年代から古生物学者ヨゼフ・アウグスタに出会い、古生物を描き始める。
主役たる生物を画面中心にばんと配置しつつ、その周辺の他の種の動植物・生態を緻密に描いている絵で、古生代中生代にはこんな風景が広がっていたのだなあ、と思わせるのだが、だからこそ厄介といえば厄介ではある。
まあこれはブリアンに限らず、19世紀だろうが現代だろうがパレオアートについてくる問題だが、だからこそパレオアートって一体何って問題が出てくる。その時々の最新の研究成果を反映していたとしても、どうしたって画家の想像が入ってくるし、どうあがいてもフィクションにならざるをえない。
ブリアンってそもそも小説の挿絵画家だし、パレオアート描き始めた入口もそこだし、そういう側面があるのは否めないのかもしれない。
いや、とはいえ図鑑とかに使われているので、単純にフィクションとも言い難い面もあるし、というのがパレオアートの位置づけの難しいところだと思う。


ブリアンも、海棲爬虫類を水上や地上に出して描いているが、魚竜のユーリノサウルスは水中で泳いでいるところを描いていてよい。が、イルカのようにジャンプしているステノプテリギウスの絵も抗いがたい魅力はある
あと、やっぱりディメトロドン


チャールズ・ナイトは、少しセピアがかったというか、そういうちょっと独特の色遣いだなあと思った。
今回展示されている作品でいうと、ナイトは1930年代、ブリアンは1960年代とわかれていて、結構活躍した時代が違うのだなというのが実感できた。
ニーヴ・パーカーはあんまりよくわからんな。なんなんだろう、あのムキムキっぷりは。
骨に筋肉つけてその上に表皮つけて完了、というの爬虫類はそういうものだし、別にパーカーに限らず、ナイトやブリアンだってそういう復元しているのだが、しかし、パーカーのティラノサウルスのあれはなんなんだろうな……。
あと、1920年代に古生物トレーディングカードがお菓子のおまけについていたんだなーっていう。まあ、1920年代なら全然ありうる。これ、第1章に出てきたような恐竜・古生物と、ナイト以降の恐竜たちの、ちょうど過渡期みたいな絵で面白い。


ちなみにナイトの作品はアメリカ自然史博物館やプリンストン大学、ブリアンの作品はドヴール・クラーロヴェー動物園、パーカーの作品はロンドン自然史博物館の収蔵品で、パレオアートの居場所はやはり美術館ではないんだよなーとも思ったり(第1章の展示作品も大学か博物館か個人蔵)。

第3章「日本の恐竜受容史」

田村博コレクションの他、恐竜をテーマにしたファインアート作品、マンガを展示したセクション
田村はジャズピアニストだが、恐竜に関連した古書・玩具等のコレクターとして有名。田村が運営しているWebサイトがあって、自分はあまりちゃんと読んだりはしていないのだが、検索すると何かとヒットしたりするので知ってはいて、実は、本展の存在もそこから知った(このページを誰かがツイートしていた気がする)。
Vol.65 「ブリアンが、来る」
明治時代からの古生物関連書籍が並ぶ。昭和以降は、少年雑誌の恐竜・怪獣・古生物特集など。
そうした本の中で一冊毛色の違うものとして、中山啓『火星』という詩集が混ざっている。表紙に翼竜が描かれているのだが、展示の上ではあまり解説がない。1920年代にSF詩を書いていた人らしいのだが、Wikipediaによれば、それ以外に漢方医学者であるとともに、日ユ同祖説を奉じる極右思想家だったらしい。それはそれとしてSF詩はちょっと読んでみたい気もする。
ファインアートについては、現役作家の作品もあればタイガー立石こと立石紘一の作品などもあったりした。
また、マンガは、所十三の『DINO2』の原画が展示されている。これは完全に自分の不明を恥じるところなんだけど、『特攻の拓』の人だったんですね……。

第4章「科学的知見によるイメージの再構築」

インディアナ子供博物館のランツェンドルフ・コレクション
ランツェンドルフという人が個人的にパレオアートを収集していて、そのコレクションが今はインディアナ子供博物館というところにまとめて収蔵されている。絵だけでなく立体物もある。現役の画家もいるので、このセクションは撮影禁止となっているものが他よりも多かった(それでも大半は撮影できた)。
なお、スタウトやポールの作品は、福井県立博物館所蔵のようだ。

  • マーク・ハレット

パレオアートという言葉を作った人のはず。このハレットっぽい画風というのが、わりと自分の子どもの頃の図鑑の絵として馴染みがあるかなあという印象。「ディプロドクスの群れ」とか

  • ウィリアム・スタウト

この人は、コミックの仕事もやっている人で、展示されていたパレオアートもどこかアメコミっぽい絵柄だった
アラモサウルスの群れとその上を飛ぶケツァルコアトルスを上空からのアングルで描いた「影」がなかなかかっこよろしい

ハドソン・リヴァー派やターナーから影響を受けたといっているらしい。恐竜を真ん中にどーんと据えるのではなく、あくまでも風景の中に恐竜を配置する。
その点で、ポスターにも使われている「ティラノサウルス」は趣深い。あと、渡河中と思われる恐竜の水面より下の部分だけを描いた「クリトサウルスとガー」もなかなか

  • グレゴリー・ポール

現代のパレオアート界にとって重要人物のはずだが、本展ではあまりピックアップされている様子もなかった。絵としては独特な絵を描く人だよなあとは思う

  • マイケル・スクレプニク

ティラノサウルス・レックスはトリケラトプスをタンゴに誘う」というタイトルが印象的な作品。ナイトの「白亜紀―モンタナ」のオマージュとされる。


さらに日本の作家の作品も。
小田隆、徳川広和それぞれによるタンバティタヌスや篠山のティラノサウルス上科の絵・模型
小田のは、骨格図も一緒に展示されている。
やっぱ、篠山の奴がよいけど、アンハングエラの細長いのもよかった

ピクチャレスクとか

以下、恐竜図鑑展とは直接的には何も関係ないが、冒頭に少し触れた「自然という書物」展について何かないかなーと軽くググって見かけたものをメモ
まず、「自然という書物」展の出品リストpdfファイル
自然という書物 15~19世紀のナチュラルヒストリー&アート | 展覧会 | 町田市立国際版画美術館
http://hanga-museum.jp/static/files/nature_list.pdf

第4章で「自然を絵画的に表現する「ピクチャレスク」」というのがあるのが気になる。
ターナーラスキン、そして、ジョン・マーティンの名前がある。
また、ファンタジーの方だが、フューズリやウィリアム・ブレイクの名前も。
ウィリアム・ブレイクは、恐竜図鑑展に展示はなかったが、図録の方には参考として載っていた。
引き続き、ピクチャレスクや風景画等についてググって見かけた論文
ググって見つけただけなので、それぞれ分野はバラバラだが
https://core.ac.uk/download/72856311.pdf

英文学者大河内昌による「ピクチャレスク」概念の解説
18世紀イギリスのウィリアム・ギルピン、ユヴデイル・プライス、リチャード・ペイン・ナイトのピクチャレスク理論を概観しているが、「なめらかさ」によって特徴付けられる「美しさ」に対して、「ごつごつ」「粗っぽい」「でこぼこ」によって特徴付けられる「ピクチャレスク」で、直接見るとそうでもないけど、絵にすると見栄えがするようなもの、としている。
絵画のように自然を見る、とはどういうことかを巡る話ともいえる。
ごつごつとか粗っぽいとかを特徴としているので、自然だけでなく廃墟とかにも適用される。
19世紀のアメリ力風景画にみる大自然へのまなざしの特質と国立公園との関連性
19世紀のアメリカ風景画にみる大自然へのまなざし (奈良県立大学): 2001-10-10|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

こちらは、造園学者西田正憲による、19世紀アメリカ風景画についての解説。
上の論文は『ランドスケープ研究』という造園学会の論文誌に掲載されているもの。
この2つ、内容が結構重なっているのだが、前者はアメリカの自然公園について、後者はヨーロッパの風景画の系譜についての解説が詳しい。
クロード・ロランやニコラ・プッサンから、フリードリヒやターナーあるいはラスキンの影響を受けつつ、エマソンやソローといったアメリカの思想家の影響も受けて成立していったアメリカ風景画で、瞑想的崇高を描こうとした云々という話。


こういった風景画の系譜と、パレオアートが直接結びついているかというと難しいなあと思いつつ(ダグラス・ヘンダーソンは、ハドソン・リヴァー派からの影響を公言しているようなので、そういうのは例外として)

*1:展示順的に古生代のものから並んでいたので