マーティン・J・S・ラドウィック『太古の光景』(菅谷暁・訳)

サブタイトルは先史世界の初期絵画表現。原著タイトルは”Scenes from Deep Ttime: Early Pictorial Representation of the Prehistoric World”
19世紀のパレオアートについての科学史
「恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造」展 - logical cypher scape2の副読本として読み始めたのだが、行く前に読んでおくべき本だった*1。少なくとも、恐竜図鑑展の第1章についての理解度は爆上がりするし、「パレオアートって一体何だ」というモヤモヤ感もある程度は解消する。
この本の存在自体は、以前から知ってはいたのだが、邦訳があることを認識していなかった*2。実は原著は電子で買っていたのだが、そのまま積んでいた。英語で読める気がしないので邦訳があってよかった*3


聖書の挿絵についての伝統を伏線としながら、過去の伝統から何を引き継いで、どのような文脈の中でパレオアート(本書ではそういう呼び方をしてないが)が成立していったのかを見ていっている。
なお、タイトルが『太古の‘’光景‘’』となっているのが結構重要で、本書では、単に古生物を復元した図ではなくて、古生物が生きていた風景全体を描いている絵を扱っている。
ちなみにワイド判変型本となっているが、これは図版が多いこの本のために、邦訳も原書と同じサイズとしたためらしい。図版がかなり豊富なので、図版を見てるだけでも面白いといえば面白い。また、当時のキャプションなども結構ページをさいて引用している(これは、どういうテキストとあわせて掲載された図版だったのかが重要なため)。
筆者のラドウィックは、テキスト偏重だった科学史の世界において、視覚言語の重要性を論じたパイオニアであるらしく、この本はこの手の史料を収集した本としても重要っぽい。


第1章は、聖書挿絵の伝統について(1731年のショイヒツァーによる『神聖自然学』と19世紀のジョン・マーティンなど)
第2章は、1820年代~1830年代初頭、太古の光景が描かれ始めたが、まだ科学の世界で扱うのは躊躇われていた頃(キュビエ、デ・ラ・ビーチ、バックランドら)
第3章は、1830年代~1840年代、大衆科学の文脈で太古の光景が広がっていく様子など
第4章は、1851年の植物学者ウンガーと画家クヴァセク『さまざまな形成期における原始の世界』について
第5章は、1851年の万博・水晶宮におけるホーキンズの模型とそれの与えた影響について
第6章は、1863年のルイ・フィギエとエドゥアール・リュー『大洪水以前の地球』について。ここまでの集大成的な仕事としてのフィギエ本
第7章は、本書のまとめ

1 天地創造と大洪水
2 過去への鍵穴
3 太古の世界の怪物たち
4 最初の連続的光景
5 怪物たちを飼い慣らす
6 確立したジャンル
7 すべてのことを解き明かす

1 天地創造と大洪水

前史としての、聖書挿絵の伝統について。
本章では特に、ヨハン・ヤーコプ・ショイヒツァーによる『神聖自然学』(1731)を取り上げている。挿絵は、プフェッフェルが監督する彫版師チームである。
特徴は、連続的光景であること。聖書の歴史のエピソードについて、時系列順に何枚も描かれている。
また、貝などが岸辺に打ち上げられて描かれているなどは、後に受け継がれていくことになる。
ショイヒツァーは、化石がノアの洪水の時の遺物だと考えていた。
なお、ショイヒツァーは、ノアの大洪水以前の人類の化石を発見したことでも有名だが、この化石はのちにオオサンショウウオの化石であることが判明している。(土屋健『地球生命 水際の興亡史』 - logical cypher scape2にも載っていた)

  • ジョン・マーティン

19世紀ロマン主義の中で、人類以前の歴史を描こうという試み
『大洪水』が紹介されている
また、ショイヒツァーもマーティンも、絵に描かれているものに数字をふって説明を入れているが、これは後の太古の光景にも引き継がれている。

2 過去への鍵穴

第2章では、実際に古生物が描かれ始めた頃の様子が紹介されているが、生きた姿を風景の中に描く絵、というのが、科学の世界では躊躇されていたことが分かる。

  • キュビィエ

キュビエは、メガテリウムマストドンなどの詳細な骨格復元図を描いているし、また、私的なものとしては、軟組織の復元図も描いているのだが、公刊された出版物については非常に抑制的。
『化石骨の研究』(1822)という本では、パレオテリウムなどの復元図が載っているが、輪郭線だけのすごく簡素なもので、その上、助手に描かせたものとなっている。
想像図を載せることで、科学的性質を疑われるのを避けたかった。

  • バックランドの戯画

同時期の古生物復元画としては、コニベアによるバックランドの戯画がある。
バックランドがホラアナハイエナの化石を研究していたことについての絵で、ホラアナハイエナたちがいる洞窟を、バックランドが覗き込んでいる、という絵になっている。
章タイトルが「過去への鍵穴」となっているが、そもそも誰視点で見た風景なんだ、ということについて、バックランドが洞穴を覗き込んでいるという形式をとることで描いている。

  • デ・ラ・ビーチ「太古のドーセット」(1830)

地質学者のデ・ラ・ビーチが、メアリー・アニングが貧窮していることを知り、それを助けるために描いた絵。限定販売してその売り上げをアニングに渡すという企画であり、広く公刊されたものではなかった。
なお、この作品は水中の様子が分かるような「水槽」のような描かれ方をされているのだが、これは過去に例がないかなり特殊な構図だった。「太古のドーセット」自体はその後多くの模倣作を生むのだが、この構図はあんまり引き継がれなかった。実際に人々が、水槽によって水中の様子を見ることができるようになるのは、もう少しあとのことなので。

  • ライエルの戯画

デ・ラ・ビーチが手がけた戯画
ライエルは『地質学原理』で、歴史は循環しており、未来においてライアス期の爬虫類は復活するかもしれないと書いており*4、デ・ラ・ビーチはそれをもとにライエルを「イクチオサウルス教授」として描いた。
これは風刺画の類いであって、あまり太古の光景を描いたものではないが、それでも何らかの風景の中に古生物を描いているものではある。
これもまた内輪向けのものであった。

  • アウグスト・ゴルトフス

ドイツの動物学・鉱物学者で、『ドイツの化石』(1826-44)で、デ・ラ・ビーチの「太古のドーセット」をモデルにしたと思われる絵を口絵にしている。なお、この本は棘皮動物などの化石を扱っていて、内容上は関連していなかった(つまり、読者を惹きつけるために採用された)。
バックランドはこれを知って、デ・ラ・ビーチに対して、(ドイツの学者にパクられてるから)ほかにもいくつかの時期の光景を加えるべきだと提案した。どの時代のどのような光景を描くべきか指示した手紙が残っている。

  • デ・ラ・ビーチ『地質学便覧』(1832)

しかし、バックランドの提案に対してデ・ラ・ビーチは、正規の出版物にはやはり、太古の光景を描いた絵は掲載しなかった。キュビエが助手に描かせたような、簡素な線の復元画を何点か載せただけだった。


1820年代から30年代の初頭にかけて、キュビエには復元画を描く十分な能力があったし、バックランドには構想があったし、デ・ラ・ビーチは実際に描いた。
しかし、いずれも科学として公刊される著作の中で提示することは避けた。
デ・ラ・ビーチはあくまでも内輪向けに、戯画的な、おふざけのニュアンスのあるものとして描いたのであり、キュビエ、デ・ラ・ビーチともに、著作では、生きていた時のような様子を描くことはしなかった。

3 太古の世界の怪物たち

第2章では、太古の光景が描かれ始めながらも、科学の世界の中では抑制されていたところを見たが、第3章では、大衆への普及といったところから広がり始めるところを見ていくことになる。

  • ジョン・フィリップスとエミール・ボブレ

英語圏では、地質学者のフィリップスが『ペニー・マガジン』において、
フランス語圏では、やはり地質学者のボブレが『絵入り自然誌事典』(1834-39)において
デ・ラ・ビーチやゴルトフスをモデルにした挿絵によって、太古の光景を大衆に広めた。

  • トマス・ホーキンズ

メアリ・アニングの顧客の一人でもあった、イギリスの化石収集家
イクチオサウルスプレシオサウルスの研究報告』(1834)において、やはりデ・ラ・ビーチやゴルトフスをもとにしたと思われる挿絵を入れているが、デ・ラ・ビーチなどにあった陽気さがなく、むしろ、荒涼とした感じ、陰鬱な調子が取り入れられた

  • バックランド『地質学と鉱物学』(「ブリッジウォーター論文」)(1836)

内容は古生物学
デ・ラ・ビーチに対して行った提案を、バックランド自身も従うことはできなかった。
やはり、太古の光景を絵にするということは、科学的権威を損なうと考えていた。が、言葉による復元には、そのような抑制はなかった

  • カウプとクリプシュタイン

第三紀の哺乳類ディノテリウムを発見した古生物学者で、それについての報告論文において、その表紙に、ディノテリウムおよびその生息環境や同時代にほかに生きていた動物をも含めて復元した挿絵を使った。
ふざけた戯画ではなくなり、怪物的でもなく、現在の普通の世界を描いているかのような絵であった。
また、裏表紙には、発掘光景が描かれ、現在と太古、発掘と想像による復元という対をなしていた。
しかし、あくまでも表紙の装飾であり、やはり復元は周縁的なものでもあった

  • ピーター・パーリーことサミュエル・グッドリッチ『陸海空の不思議』(1837)

「ピーター・パーリー」というペンネームで子供むけの本を書いていた著述家
イギリスのライアス期(ジュラ紀)を描いたものと、パリの第三紀の光景を描いたもの

  • ジョージ・フレミング・リチャードソン『散文と韻文によるスケッチ』(1838)

科学の専門教育は受けていないが、科学と文学に関心があり、マンテル博物館の管理人をつとめた人。
マンテル流に復元されたイグアノドンを描いた口絵だが、プレシオサウルスイクチオサウルスとともに描かれている。実際には、イグアノドンとこれらの爬虫類は、方やウィールド層(白亜層群)、方やライアス層と異なる地層から出てきていることが当時すでにわかっていたが、リチャードソンは一つの絵にまとめてしまってよいと考えていた。
これはマンテルがこれらの時代を「爬虫類の時代」とひとまとめにしていたことによる。

  • ジョン・マーティン

マンテル『地質学の驚異』(1838)、ホーキンズ『大いなる海竜の書』(1840)、リチャードソン『初学者のための地質学』初版(1842)にそれぞれ挿絵を描く
マーティンがマンテル博物館に見学しにきたことがきっかけ。
マンテルは、マーティンの絵が好きで、大衆への普及にとっても効果があると思っていたようだ。
また、ホーキンズは、自分のイメージとマーティンが合致すると考えて、マーティンに描いてもらうようになった。
一方、リチャードソンは、上述の本の第2版からは元の挿絵画家の絵に戻している。
マーティンの描く爬虫類は解剖学的には不正確であったが、これまで描かれてきた牧歌的で陽気な光景と異なり、悪夢的・ゴシック的な光景であった。
第1章でみた聖書挿絵の伝統と、第2章でみた自然誌の挿絵の伝統とが、マーティンにおいて結合した、という。

  • ジョシュア・トリマー『実用的地質学と鉱物学』(1841)

四つの光景を縦に並べた絵
下から石炭紀、ライアス紀、第三紀前期、第三紀後期。これらは、かつて、バックランドがデ・ラ・ビーチに提案した時代と同じ時代を含んでいる。
「太古」というひとかたまりの時代ではなくて、その中にいくつも区分があることを視覚的に示した最初期の例

  • ゴルトフス

石炭紀の森林の絵

  • ジェイムズ・レイノルズ『大洪水以前の世界」(1849)

トリマーの本とはまた違った形で、時代の区分とその変化を視覚的に示した試み。
エムズリーによる作画で描かれた挿絵は、単一の光景の中に異なる時期の生物がいるが、下から上にかけて、古い時代から新しい時代へと変化していくように描かれていた。


トリマーやレイノルズが、どれくらい同時代に影響を与えたかは不明で、まだマイナーな試みだったかもしれないが、人類以前の世界について、単一の世界ではなく、いくつかの時期の区分があってそれが時間的に発展していくということを絵画で描こうとした革新的な試みであった。

4 最初の連続的光景

本章は丸々一章、植物学者ウンガーと画家クヴァセク『さまざまな形成期における原始の世界』(1851)について、ページがさかれている。
これは、章のタイトルにあるとおり、最初の連続的光景というエポックメイキングな事例だから、ということになる。


学生から、太古の光景の全系列を制作すべきと言われたことがきっかけだったものの、やはり、科学的ではないのではというためらいがあったが、画家のクヴァセクと出会ったことで、実現できると思い立った
古い時代から新しい時代にかけて描かれている(バックランドの提案は新しい時代から古い時代へ、というものだった。トリマーやレイノルズの絵は、どちらから辿ることもできる)。
この順序は聖書の伝統にもつらなるが、ウンガーがカトリック的環境にいたことと関係しているだろうと筆者は述べている。


ウンガーが植物学者であるため、植物が主で動物はあまりでてこない
異質な環境から見慣れた環境へと変化していく、という定向的な発展を前提としている。

すでに述べた通り、ほとんど動物は描かれていないが、ブンター砂岩期(三畳紀前期)で大型両生類が描かれている。

  • ムッシェルカルク期(三畳紀中期)

海が前進した時期で、他の時期とは異なり森林が描かれず、おなじみの海岸に打ち上げられたアンモナイトやウミユリなどが描かれている。また、ノトサウルスが目立った位置に書かれている。

おなじみのプレシオサウルスやプテロダクティルスが描かれてはいるが、遠景で小さく描かれているにとどまる

マンテル流の復元をされたイグアノドンが主役。3頭がからみあっている構図はちょっとマーティンっぽい。

洪積期(更新世)では、マンモスの遺骸をホラアナグマが食べるところが描かれている。なお、アガシのいう「氷河時代」にあたるが、ウンガーは部分的にしか採用していない。また、洪積期という名前は「大洪水」に由来するが、すでに「大洪水」は問題ではなくなっている。ウンガーは局所的な洪水はあったと考えていた。

  • 現在の世界

そして、現在の世界では、エデンの園的な人間のいる光景が描かれている。
最後の絵だけは、化石の証拠などがない完全な想像図である。
ショイヒツァーのような聖書解釈における時間尺度と比べると、時間尺度がかなり長くなっているという違いがあるが、しかし、最終的にエデンの園的なところでの人類の誕生という目的に向かって進んでいるあたりで、聖書的な世界観と親和的なものになっている。

5 怪物たちを飼い慣らす

ちなみに、この章の英語タイトルはDomesticating the Monsters
ハッキングの『偶然を飼いならす』はThe taming of Chance


主に、水晶宮のイグアノドン模型を制作したベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズを中心にしつつ、太古の光景が大衆の想像力に影響を与え、人類以前の世界あるいは最古の人類についての論争が活発化されることについて論じている・

  • ダンカン『アダム以前の人間』(1860)

レイノルズのように、一つの画面のなかに複数の時代を描いた挿絵
大きく3段に分かれているが、一番上の段とその下の2段の間に「氷河時代」が挟まれていて隔絶している。
なお、イグアノドンやメガロサウルスが、オーウェン=ホーキンズ的な直立した復元(というか、まんまホーキンズの絵のコピー)になっている。

オーウェンとホーキンズの関係を、ウンガーとクヴァセクの関係にたとえている
イグアノドンの姿勢を、マンテル的なトカゲの姿から、哺乳類のようにまっすぐ立つ姿勢に変えたのは、オーウェンの反ラマルク的な思想が背景にあった
また、人工島に、時間的パノラマとなるように、模型が配置された。
実際には、この反ラマルク的メッセージや時間的パノラマとなっていることは、一般には理解されなかったが、太古の世界の異質さは、大衆の想像力に衝撃を与えた。
ここでは『パンチ』に掲載された風刺画が2点ほど紹介されている
また、小さな模型が販売されたことで、実際に公園にこれなかった人にも伝わったことも

  • 「ブリッジウォーター論文」再販

バックランドの息子が、この論文を再販し、そこにホーキンズによるイクチオサウルスなどライアス期を描いた光景がつけられる。

  • ウンガーへの影響

おそらくクリスタルパレスの影響により、ウンガーの著作の英語版が出る
しかし、この英語版はおそらくウンガーの許諾を得ていない海賊版で、これが、ウンガーに新版を出させることになった、と。
新版では、シルル紀とデヴォン紀がつけくわえられた
シルル紀はまだ陸上生物がいなかった、水中を見るという構図もなかったので、やはり岸に貝殻などが打ち上げられている図になっている。

  • 進化論と生存競争

ホーキンズが『生存競争』という石版画を作成。壁掛け絵で、教室での教材として使われた。
アルカディア的な陽気な世界でも、マーティン的な悪夢的な世界でもなく「血で染められた自然界」

  • 科学芸術局のために制作された6枚組ポスター(1862)

教室での教育用に
絶滅動物が時代ごとによって異なるということを、普及させるのに貢献
1枚目がイクチオサウルスなど、2枚目がメガロサウルス、3枚目がイグアノドン、4枚目がアノプロテリウム(馬)など、5枚目がメガテリウムグリプトドン、6枚目がマンモスなど
このうち1~3枚目までは、「恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造」展 - logical cypher scape2にあった。

  • ピエール・ボワタール『人類以前のパリ』(1861)

ホーキンズは、絶滅した哺乳類の時代に人類はまだいなかったと仮定していたが、その仮定への疑念がもちあがっていた
ボワタールのこの本は、ボワタールが、びっこの悪魔の魔術によって時間旅行するという本
この中で、サルの姿をした「化石人」の口絵があり、獣性を強調している
また、人間と絶滅哺乳類が共存している風景も掲載していた。

6 確立したジャンル

この章は、ルイ・フィギエとエドゥアール・リュー『大洪水以前の地球』(1863)について
ここまでの集大成として、フィギエとリューの本が位置づけられている。
フィギエは科学者ではなく、通俗科学(ポピュラーサイエンス)で活躍した著述家
ウンガーの本をベースとしつつ、動物メインで描かれている。

  • 生命誕生以前

原始地球の冷却の過程で雨が降る様子

この二つの時代は、やはり、貝やら三葉虫やら魚類やらが岸に打ち上げられて描かれている

デ・ラ・ビーチの「水槽」の構図が採用されている。この時代になりようやく、「水槽」によって水中の様子を見るという視覚が広まった

噴火が描かれている

潮を吹くイクチオサウルスプレシオサウルスが戦っている有名な絵。
「恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造」展 - logical cypher scape2にもあったし、それ以外でも見かけることの多い絵だが、他の絵と並べて見ると印象が変わるかも。

  • ライアス期(陸)

プテロダクティルスがトンボに襲い掛かっている

  • ウーライト期前期

クヴァセクの絵に由来した絵だが、オポッサムに似た化石哺乳類が誇張した大きさで追加されている

  • ウーライト期中期

テレオサウルスとヒラエオサウルス

  • ウーライト期後期

空を飛ぶアーケオプテリクスと地上を歩くランフォリンクス

お互いに食い合っているイグアノドンとメガロサウルス

やはり浜辺に打ち上げられた軟体動物と海にはモササウルス

  • 始新世

偶蹄目など

  • 中新世

マストドンやディノテリウム、そして霊長類

メガテリウムグリプトドン

  • 第四紀

クヴァセクの絵から、マンモスの遺骸を食べるホラアナグマという光景を描いているが、ハイエナや生きているマンモスやシカなど、動物がより多く描かれている。遠景に氷河におおわれた山脈がある

フィギエは大洪水を、人類以前の大洪水と人類史に含まれる大洪水とに区分し、前者を北ヨーロッパの大洪水、後者をアジアの大洪水とした。
北ヨーロッパの大洪水によって、洪積層や迷子石が説明される。

  • 人間の出現

これはアルカディア的な絵。描かれている人間は、アダムとイブ的な白人である

  • 人間の出現(改訂版)

しかし、フィギエは改訂版を出すことになる。
マンモスなどの絶滅哺乳類と、人類が同じ光景の中にいる。また、その人類は毛皮をまとった穴居人としての姿をしている。しかしその一方で、やはりそこで描かれる人類の姿は、現在の白人のようであった。

  • アジアの大洪水

ジョン・マーティンによるノアの大洪水の絵とよく似ている絵


フィギエのこの本はベストセラーとなり、各国語で翻訳も出された

7 すべてのことを解き明かす

本書全体のまとめ。
訳者あとがきにも書いてあるが、各章ごとに末尾にまとめがあり、さらに最終章で全体をまとめてくれていて、非常に親切なつくりの本である。

  • 標本の数

過去の復元画を現代の視点から見ると、誤りが多くて、過去から現在にかけて、科学の進歩があったように思われるけど、復元画の違いをもたらしているのは、発見された標本の数なのだ、と

  • 「カスケード」

復元画の変化を「カスケード」と称している。
個別的なものから一般的なものへ、具体的なものから抽象的なものへの変化を指す。
復元においては、特定の標本からその種の理想的な骨格の復元、そして軟部の推論や生活や運動様式の復元へ進み、そして光景を想像することによる復元へ、といった過程を指す。
なお、「カスケード」という概念自体はラトゥールに由来するとのこと。

  • 構築物

太古の光景は、あくまでも人間の「構築物」なのだ、ということを強調している

  • 年表

ここまで本書で論じてきた事例を一覧表にまとめている。
横軸に発表年代、縦軸に描かれた光景の時代をとったもので、
例えば、ライアス期を描いたものは、デ・ラ・ビーチからの系列をなし、また、他の時代のレパートリーが徐々に増えていき、ウンガー本で一堂に会す、みたいなことが人目で分かる表になっている。

  • 光景の制作にいたる条件

十分な量の標本が集まって復元するための知見があつまることは、太古の光景を制作する必要条件ではあるが、十分条件ではない、という。
視覚的慣例として聖書と自然誌があったが、人間が目撃した、人間が目撃しうる光景であった。
太古の光景は、人間が目撃することができない風景。
聖書の絵は、人間誕生以前の光景を描いていた唯一の先例であった
それから、風景画は、特定の場所に基づかない「理想的な」風景を描く方が評価されていた。太古の光景も、特定の場所ではなく、その時代の「理想的」な風景として描かれた。
また、テキストとの共生関係
それはそれとして、水中の世界を描くことはやはり、人間が目撃できない世界だった
デ・ラ・ビーチの「太古のドーセット」は、おそらく彼自身がボートに乗ったり水たまりを歩いていたりする習慣や、難破船を引き上げる潜水の慣行に由来するのだろうが、その後、引き継がれなかった

  • 画家

自分で絵も描くことができたデ・ラ・ビーチのような例を除くと、基本的に、職業画家に挿絵を描いてもらっているわけだが、画家には注目が当たってこなかった。
トリマーやウンガー、フィギエが例外的に画家に対して重要な功績を認めるクレジットを残している。

  • 異質さとゴシック

どうして光景が描かれるようになったのかという条件として、太古の世界が異質な世界だったという認識もある。
絶滅という概念がないと、太古の世界も現在の世界と同じ光景が広がっているのであって、わざわざ描く意味がない。
学者たちのあいだに太古の世界は異質な世界だったという認識があって、そういう異質さを伝えたいという動機と、マーティンのようなゴシック的な画風は一致していたとも考えられる、と。
マーティンの後への影響について、筆者は両義的なことを述べている。
「純粋な形」ではその影響は短命であったが、しかし、構図などにある種の痕跡として残っている、と。

  • 分離された連続的光景

また、マーティンの影響として「単一の」太古の世界という感覚を強化したことをあげる
が、この単一の世界を分離した連続的光景へとしていく過程は見てきた通り。


ところで、この連続的光景というのは、地質学的な長時間尺度を大衆に認識させたが、進化論に対しては中立的であった。
とはいえ、やはりのちには進化論とも結びついてく。
いずれにせよ、最古の人間をどう描くかというところで、政治性を持つジャンルでもあった

  • 「ジャンル」

本書の扱う範囲は何故19世紀だけなのか。
もちろん、20世紀以降も扱おうとしたら、調査時間もページもいくらあっても足りないからだという現実的な理由もあるが、それ以外に筆者は「ジャンル」という問題をあげる。
つまり、ある「ジャンル」が成立するとは一体どういうことなのか、ということ。
ジャンルの始点を決めるのは難しいけれど、それとは別に、そのジャンルが確立した時期というのもある。
そして、ひとたびジャンルが確立するとその内部で多様化していく。
ジャンル概念には、その起源の歴史と使用の歴史との区別がある、と
太古の光景というジャンルは、聖書挿絵の伝統と自然誌の挿絵という、すでに確立していた伝統を先駆として、確立していった
デ・ラ・ビーチ、ウンガー、フィギエの誰が創始者なのかというのは問題ではなく、この本がフィギエで終わるのは、フィギエの時代までにこのジャンルが確立したから。

筆者ラドウィックについて

ラドウィックは、もともと古生物学者であったが、次第に科学史家となった人で、地質学・古生物学史の本が多数あり、このブログでも以前マーティン・J・S・ラドウィック『化石の意味』 - logical cypher scape2を読んだことがある。
なお、『化石の意味』と本書は翻訳も同じ人で、『デヴォン紀大論争』という邦訳もある。
ラドウィックについてググっていたら、科学史家の坂本邦暢さんと中尾暁さんがそれぞれブログで多数論文や著書を紹介されていた。
https://nikubeta.hatenablog.com/search?q=Rudwick
https://nakaogyo.blogspot.com/search?q=Rudwick&max-results=20&by-date=true

*1:とはいえ邦訳の存在を認識したのが、図鑑展の図録だったので……

*2:もっというと邦訳の方の表紙に見覚えはあったが、何故か”Scenes from Deep Time”と結びついていなかった模様

*3:原著結局読んでないので英文の難易度は未確認だが、今回邦訳で読んでみたら、19世紀の地質学についての本なので、知らない用語(例えばジュラ紀とか地質年代の呼び方が今と違うとか)が多く、自分の語彙力で読むと死ぬなと思った

*4:ライエルは斉一説で知られるが、彼の独自な考えは、斉一説というよりも定常説にあった、とマーティン・J・S・ラドウィック『化石の意味』 - logical cypher scape2で論じられている。この歴史循環も定常モデルから出てくる話なのだと思う。このライエルの定常モデルは当時からあまり支持されておらず、否定的な証拠が増えていった