ブルース・スターリング『蝉の女王』(小川隆・訳)

スターリングの未来史〈機械主義者/工作者〉シリーズの短編集。
(なお、本来の「蝉」の字体は、上の点3つが口2つになっている奴なのだけど、環境依存文字らしいのでここでは「蝉」と記す)
大体23世紀頃の太陽系が舞台になっている。
人類は宇宙に適用するために遺伝子工学を活用した「工作者」というグループと、機械との融合を選んだ「機械主義者」というグループに大きく分かれている(さらにその中で細かい派閥に分裂している)、という世界。


発表順に掲載されていて、作中世界の時系列順とも大体対応しているのだけど、最初の「巣」の舞台は太陽系外、次いで天王星軌道、ツァリーナ・クラスターは木星系か、で、「火星の神の庭」はタイトル通り火星が舞台となっていて、段々地球に近付いている。
なお、地球人はまだ恒星間航行の技術は持っていないので、「巣」については〈投資者〉という異星人の宇宙船に乗せてもらっている。


一般的な評判として「巣」の評価が高いのだが、実際「巣」が一番面白かったかもしれない。「スパイダー・ローズ」も面白かった。
どちらも直接的に描かれるエピソードの背景に、壮大な宇宙スケールの時間を想起させるようになっているのがよい。


太陽系を舞台にして、人類がポストヒューマン化しつつあって、異星人のテクノロジーが少し入ってきていて、というと、ヴァーリィの〈八世界〉シリーズとも近いよなあと思うが、〈八世界〉シリーズの方が〈機械主義者/工作者〉シリーズよりも前なんだよな。
上のようにまとめると似ているけど、実際の雰囲気はだいぶ違う。

以前、『ラブ、デス&ロボット』シーズン3 - logical cypher scape2でアニメ化作品を見た。というか、これを見たことで、〈機械主義者/工作者〉シリーズを知ったのだった。
ディテールについては忘れてしまったが、まあ大体原作通りのアニメだったのではないかと思う。アニメを思い出しながら読んだ。あらすじは、アニメ見た時に書いたものがそのまま使えそうなので、以下引用する。

スターリングの短編が原作となっているということだけ事前に知っていたので、サイバーパンクな作品なのかなと思ったら、宇宙生物SFだった。
(...)
原題はSwarmで群れという意味。
小惑星帯みたいなところに、社会性昆虫みたいな生物の巣があって、1人の科学者がその中に暮らすようにして研究しており、そこにもう1人別の科学者が訪れるところから始まる。
昆虫のような見た目をしているけれど、大きさは人間くらいあり、また、複数の種が共生しており、分業体制をとっている。
後から来た科学者の方は、この群れを人類のために利用しようとする
誰のために働いているかなどということを理解する知性を持ってないのだから、人類のために働かせても問題はないだろう、と。
しかし、実はこの群れにも知性があって、というか、知性を担うユニットは普段休眠状態になっていて、侵略種族が出てきた時だけ起動するようになっている。そして、共生している種は、実はかつての侵略種族であったことが明かされる。
で、その知性ユニットが、この科学者に選択を迫るシーンで終わるんだけど、この選択肢の意味がいまいちよく分からず、なんか突然終わった感が否めなかった。

ちなみに、この科学者たちは工作者(人体改造派)側
アニメと小説の違いとしては、小説の方が、各昆虫の説明が詳しい。あと、特定の個体を使役できるようになったけど、アニメだとそのへん描写どうだったかな。
あと、〈投資者〉という異星人が、地球人の宇宙航行や取引の仲介をしてくれていて、結構重要な存在なのだけど、アニメでどう描かれていたか忘れてしまった。確かに冒頭になんかいた気がするが。
で、アニメ見た時はよく分からなかったが最後の選択肢の話だが、要は、お前を地球に帰しはしないが、意識を保ったままと意識をなくした状態になるのとどっちがいい、という選択肢だった。
そしてそれは、地球人類というのは、これまでも他の知性種族がそうだったように、1000年もすれば絶滅するけど、それを一緒に見届けるか、みたいな問いかけだったようだ。科学者側は、地球人類は必ず〈群体〉を征服するぞ、というようなことを言い返している。〈群体〉の知性ユニットが、話し相手ができて退屈しなくてすむな、みたいなことを言って終わる。

スパイダー・ローズ

こちらは機械主義者の話
天王星軌道にある蜘蛛の巣型宇宙ステーションで孤独に暮らすスパイター・ローズ
彼女は機械的身体改造によって200年を生きており、感情も薬ですりつぶしている。
採掘された稀少な宝石を〈投資者〉へと売りつけるのだが、自給自足できている彼女は、エネルギー通貨やありきたりの商品は特に欲していない。
〈投資者〉は様々な商品を提案し、最後に、自分たちがペットとして飼育している動物を提案する。
この愛玩動物は、〈投資者〉によく似た爬虫類型の姿*1をしていたが、数日後には、人間に似た姿へと変身した。相手の感情をよく読み、それに適した反応をする、高度な遺伝子改造技術を施された動物であった。
スパイダー・ローズは、〈投資者〉種族よりも古くからこうやって生きながらえてきた個体なのではないか、と想像する。
(ところで、〈投資者〉は人類が持っていない超光速航行技術を持っている異星種族だが、どうもそうした技術を〈投資者〉自身が開発したわけではないらしい。このペットに施された遺伝子改造技術のことも〈投資者〉は知らなかったのではないか、とスパイダー・ローズは思っている)
海賊船に襲撃される。ずっとスパイダー・ローズのことを恨んでいる奴がいるらしくて、撃退しても撃退しても、クローンになって再襲撃してくるらしい。
破損して酸素が不足してしまったので、スパイダー・ローズはペットを食べてしまう。
〈投資者〉が再び訪れると、繭の中からペットが……



蟬の女王

この短編集の中ではもっとも長い作品。
〈投資者〉の亡命者を女王に戴いている〈ツァリーナ・クラスター〉を舞台に、火星テラフォーミング計画を巡る政治的謀略を描く。
太陽系全体では、〈工作者〉と〈機械主義者〉が対立しているが、ここはそれらの主流派からの亡命者などが集っており、この両者が共存している。
主人公のハンス・ラウダウは、亡命以後つけられていた犬による監視が解かれ、晴れて〈ツァリーナ・クラスター〉の正式な一員となった。
彼は、地衣類を研究しており、その地衣類のついた宝石が女王への贈り物となった。これに高い価値があって、一躍金持ちの仲間入りをする。
が、なによりラウダウはその資金を火星テラフォーミングに賭けていた。
しかし、〈ツァリーナ・クラスター〉では〈会計検査官〉が謎の自殺をとげ、女王がここを去るかもしれないという噂が流れ始める。
その背景には、ウェルスプリングという実力者が関わっている。
ラウダウは、ウェルスプリングと機械主義者の一派である〈ロブスター〉の力を借りて、〈ツァリーナ・クラスター〉を脱出し、火星へ向かう氷小惑星へ乗り込む。そして、ウェルスプリングの後継者の座に収まる。
〈ツァリーナ・クラスター〉の中は、盗聴器が多数仕掛けられ、秘密というものをもつことが許されない。
犬というの文字通り犬なのだが、後半になって、喋りだす。で、虎と戦う。
そういえば「ドローン」という言葉が出てきてちょっと驚いたが、Wikipediaによると、遠隔操作機という意味でのドローンの最古の用法は1946年らしい。
あと、腸内細菌がいると下等だと思われる、とかいうのがどっかに書いてあったな、そういえば。
ウェルスプリングは、プリコジンの思想をベースにしたポストヒューマニズム思想を持っていて、プリコジンの複雑性の段階が云々という話をしきりにしている。
〈投資者〉は人類の対立構造を陰で操っている。

火星の神の庭

テラフォーミング後の火星が舞台
「蝉の女王」の主人公であるラウダウは、ロブスター・キングとして君臨している。また、同じく「蝉の女王」に登場していたアルカディア・ソリエンティ(ラウダウの恋人の友人)も登場している。
彼ら〈惑星改造クラスター〉は火星上空の監視衛星からなる都市国家で、〈王政派〉と呼ばれている。
火星には、弱小派閥が住んでおり、クレーターの土地を巡ってバイオテクロノジーによるクレーター競技会というので競い合っており、〈惑星改造クラスター〉につながっている《梯子》が賞品となっている。
そんな派閥の一つである〈パターン主義者〉のミラゾルが主人公

〈機械主義者/工作者〉の時代――二十の情景

ニコライ・レンの200以上の生涯を、20の断片に分けてスケッチした作品

著者あとがき

著者による各作品の解説が書かれていて、『スキズマトリックス』との関係も触れられている。
この短編集は日本オリジナルで、このあとがきは(およびギブスンによる序文も)日本語版でしか読めないらしい……
影響を受けた思想家として、フリーマン・ダイソン、『宇宙・肉体・悪魔』のジョン・バナール、そして「蝉の女王」内でも何度も言及されているイリヤ・プリゴジンをあげている。
「〈機械主義者/工作者〉の時代――二十の情景」は、バラードやバロウズからの影響を受けているらしい。

訳者あとがき

スターリングに会いに行った夏の思い出について、思い入れたっぷりに語っている。

*1:「巣」では鱗を持っている、くらいしか外見の記述がなかったが、こちらでは爬虫類型異星人と明記されていた