『SFマガジン』2021年6月号

異常論文特集
SF短編集とかに時々入ってる論文風とかレポート風の作品が好きなので、この特集は当然買いだった
そういう感じの作品としては、柞刈湯葉の裏アカシックと、柴田勝家の宗教性原虫がそれっぽさ(?)があって面白かったが、一方、最後に並ぶ3編が小説として特に面白く、また、倉数の樋口一葉の奴と、鈴木+山本の無断と土は、テーマが似ている点も面白かった

SFマガジン 2021年 06 月号 異常論文特集

SFマガジン 2021年 06 月号 異常論文特集

  • 発売日: 2021/04/24
  • メディア: 雑誌

「INTERNET2」木澤佐登志

歴史上の人物の経験と一体化してるような話

「裏アカシック・レコード」柞刈湯葉

全ての嘘が記述されている裏アカシック・レコード
検索装置に任意の文を入力すると、裏アカシック・レコードに入ってるかどうかを判定してくれるが、それなりに時間がかかる
また、裏アカシック・レコードに収録されている文はナンバリングされており、逆引き検索もできる

「インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ」陸秋槎

おそらく一番短い作品ながら、密度は濃い、(と監修者コメントとほぼ同じコメントになってしまうが)
インディアン・ロープ・トリックという、縄が直立してそこを上るというマジックについて、古今の文献を参照しながら、ヴァジュラナーガという蛇がその縄の正体だったのではないか、と論ずる

「オルガンのこと」青山新

作者は、Rhetoricaの人らしい
微生物を介して都市と腸がつながら、「ぼく」はアセファルの「彼女」と会話する
論文形式ではなく、「ぼく」という一人称による語りの小説

「『多元宇宙的絶滅主義』と絶滅の遅延――静寂機械・遺伝子地雷・多元宇宙モビリティ」難波優輝

作品内容云々の前に、このメンツの中にナンバさんがしれっと混じってるという、その行動力(?)に驚く

「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」柴田勝家

宗教は宗教性原虫の寄生によるもの、という世界の論文
なお、ここでは無神論の宗教性原虫もいる
人類やら概念や言葉を宿主としている。
で、地球や月における宗教性原虫の話をしてから、タイトル通り火星の話もしているが、どうも火星では、人類ではなくロボットに寄生しているっぽい。

「SF作家の倒し方」小川哲

いや、倒し方(物理)なのかよ、と笑った

「ザムザの羽」大滝瓶太

ルフレッド・ザムザによる、小説世界へ拡張された不完全性定理についての論文が、ザムザ自身による自伝になっていく。
なお、ザムザの羽というのは、ナボコフが『変身』について、グレゴール・ザムザは甲虫であると断定し、しかし、ザムザ自身はそのことに気付かずその羽で飛んでいくことができなかったと論じたことに由来している

樋口一葉の多声的エクリチュール――その方法と起源」倉数茂

樋口一葉の多声的な文体、つまり一つの文章の中に、複数人物の言葉が入り込んでくる文章について
言文一致体になると、発せられる言葉は鉤括弧に括られるなど、そのような複数の語りはなくなってしまう。
樋口一葉の生い立ちから論じ、近代文学的な文体とも、近世文学的な文体とも異なる、生霊の飛び交うような空間を作っていると論じている。と、結構文学研究っぽい論文のように進み、とある、オカルト的人物との交流が影響を与えていたのではないかと論じる。。
で、この論文の冒頭と末尾は、この論文の著者(語り手)が友人Kについて語っている。近代と前近代の混淆みたいなことが、語り手とKの共通の関心だった。ある日、語り手はKの生霊に出会い、Kの家へと行くとKが亡くなっていた。樋口一葉と離魂術・生霊との話と呼応するようなエピソードで終わる

「無断と土」鈴木一平+山本浩貴(いぬのせなか座)

関係ないけど、最初、作者の名前見て、山本貴光さんと勘違いしていた……。
とあるVRホラーゲームについての研究発表という体で書かれており、前半は、そのVRホラーゲームがどのような経緯で広まっていったかが書かれており、ネット文化論的な雰囲気なのだが、そのホラーゲームの題材となったのが、近代の詩人で、心霊・怪談研究や天皇制の話などと絡めながら論じられていく。
奇しくも、倉数作品とテーマが似ていてることもあり、連続で読むととても面白かった

「修正なし」サラ・ゲイリー/鳴庭真人訳

特集外の作品だが、特集にちなんで論文形式の作品
自動運転に関する研究論文だが、それに、編集者と論文の筆者のコメントがつけられいるという体裁。編集者がつけた修正を求めるコメントに筆者が「修正なし」と繰り返しリプライしている
読み進めるうちに、筆者が子どもを自動運転車の交通事故(筆者はこれを殺人と書く)で亡くしており、自動運転への批判的なトーンが展開されているのだが、編集者が主観的すぎるのでは、とコメントしている。
もちろん編集者が正しいのかどうかは分からない

「ラトナバール島の人肉食をおこなう女性たちに関する文献解題からの十の抜粋」ニベディタ・セン/大谷真弓訳

同じく特集外だが、論文形式の作品
百合と食人?


この2つの作品は、特集掲載作品の作家陣が、比較的若い日本人男性作家ばかりになっていることに対して、いくらかの多様性をもたらしてはいるのだが、なんかその点はちょっとモニョるところがある

「殲滅の代償」デイヴィッド・ドレイク/酒井昭伸

戦車ミリタリーSF
傭兵部隊が、とある惑星の内戦で雇われる。
信仰の対象ともなっている超古代星間文明の遺跡を破壊する話(雑なまとめだが)
訳者解説によると、ベトナム戦争従軍歴のある作者の実話が元になっているそう。

「さようなら、世界 〈外部〉への遁走論」第3回 木澤佐登志

ロシア宇宙主義と現代のトランスヒューマニズムの関係について
遺体を冷凍保存する会社、ほとんどはアメリカにあるが、アメリカ以外だとロシアに1社あるらしい
あと、ロシアのNeuroNetプロジェクトなど


ロシア宇宙主義、なんとなく面白そうだなーと思うのだが、どういう距離感でどう面白がればいいのかまだつかみあぐねている

「SFの射程距離 最終回 坂村健

読んだ

短編SF映画『オービタル・クリスマス』誌上公開

これに限らず、映画やアニメなどの紹介記事も今月号も色々あり、気になる作品
『オービタル・クリスマス』は吹替声優が、藤原啓治とかで、ちょっと驚いた。あと、ナナシスの川崎芽衣子さんとか。