大森望・日下三蔵編『プロジェクト:シャーロック  年刊日本SF傑作選』

2017年に発表された短編小説の中から選ばれた16編+創元SF短編賞受賞作をまとめたアンソロジー
11作目ということで、国内で編まれた年刊SF傑作選としては最多のシリーズとなったらしい。
筒井・眉村といった大御所から小川・松崎・伴名といった若手まで、SF各世代揃い踏み、ということらしい
マンガが一作といつもより少なめな感じ
2017年は『SFマガジン』よりも『小説すばる』の方がSF短編を載せていたらしいよ
まあ、いつものことだが、あまりSFっぽくない作品も入っている。
全体的には大森望・日下三蔵編『行き先は特異点 年刊日本SF傑作選』 - logical cypher scape2の方が面白かったかなーという印象はある。
「彗星狩り」「山の同窓会」「ホーリーアイアンメイデン」「ディレイ・エフェクト」が特に面白かったかなー
あと、「天駆せよ法勝寺」も面白かった。ストーリー的な点の面白さはやや物足りないところがあるのだけど、とにかく世界観・用語をこれでもかと作りこんできたところが面白くて、ここ最近の創元SF短編賞の中では一番面白かった気がする。

上田早夕里「ルーシィ、月、星、太陽」
円城塔「Shadow.net」
小川哲「最後の不良」
我孫子武丸「プロジェクト:シャーロック」
酉島伝法「彗星狩り」
横田順彌「東京タワーの潜水夫」
眉村卓「逃亡老人」
彩瀬まる「山の同窓会」
伴名練「ホーリーアイアンメイデン」
加藤元浩「鉱区A-11」
松崎有理「惑星Xの憂鬱」
新井素子「階段落ち人生」
小田雅久仁「髪禍」
山尾悠子「親水性について」
筒井康隆「漸然山脈」
宮内悠介「ディレイ・エフェクト」

八島游舷「天駆せよ法勝寺」(第9回創元SF短編賞受賞作)

上田早夕里「ルーシィ、月、星、太陽」

「オーシャンクロニクル・シリーズ」だ!
上田早夕里『華竜の宮』 - logical cypher scape2上田早夕里『深紅の碑文』 - logical cypher scape2の遙か未来を描く。
人類(本作では「旧人類」)が滅んだ未来、人類の遺伝子を残すべく、旧人類によって深海生活に適応できるよう改良された種族ルーシィ
その中の一個体プリムに、スイッチが入る
人類は滅んでいるけれどアシスタント知性体が生き残っている
人類を受け継ぐものたちが、人類とは異なる歴史を歩みはじめる物語
このシリーズは、今後も続くらしい。
あと、戦前上海を舞台にした作品も『破滅の王』以外にさらに2編ほど長篇書いて、三部作にする予定があるようで、楽しみ

円城塔「Shadow.net」

攻殻機動隊アンソロジーに収録された、円城による攻殻二次創作
相貌失認であるがゆえに、プライバシー保護と監視を両立させることができるとして、ドローンを用いた監視カメラシステムに組み込まれた「わたし」
円城SFの雰囲気と攻殻の雰囲気が確かに同居している不思議な作品

小川哲「最後の不良」

雑誌『Pen』がSF特集を組んだ時に収録されていた短編。そういえば、ブログにメモとってないけどこれは読んだことがあった。
あらゆる「流行」が消え去り、カルチャー誌『Eraser』の編集者だった主人公は、不良ファッションを着込んで、流行復活デモに参加するが、実はそれ自体が仕組まれたものだった、という奴
ところで、本作では、ノームコアの流れが進んでいった結果として、流行が消えていったという設定になっているのだけど、自分が単にファッションに疎いからかもしれないが、ノームコアって最近見かけないような。どうなったの。

我孫子武丸「プロジェクト:シャーロック」

事件を推理する名探偵AIを作れないだろうか、警察職員である木崎が趣味でプログラムを作り始める。
事件に関する情報を入力すると、被疑者のアリバイチェックとか、過去の事件で使われたトリック(ミステリ小説のトリックが登録されている)から推理したりする。
プロジェクト・シャーロックと名付けて、オープンソースで公開しているうちに、世界中のミステリファンのみならず、警察関係者なども開発に加わり、知る人ぞ知るプログラムになっていく。
当初は、ミステリファンの一種のお遊び的なものだったのが、次第に警察も「一応、確認のために使っておくか」くらいには使うようなレベルになっていく。
そんな折り、木崎が殺される。強盗殺人と思われていたが、プロジェクト・シャーロックのファンであった、とある鑑識課員が、なぜ殺されたのかに思い至る。
プロジェクト・モリアーティが密かに存在しているのではないか、と。
筆者からのコメントで、ミステリのつもりで書いたし、現在可能な範囲内でのみ書いているつもりだが、現実が既にSFっぽくなってるんですね、みたいなことが書かれていた。
正直、このアンソロに関していうと、大森望の手にかかると何でもSFになってしまうということなのでは、と思ってしまったがw
ただ、この作品についていうと、「このままいくと人類は一体どうなってしまうんだ」と感じさせるオチは、紛れもなくSF的なそれだったと思う。

酉島伝法「彗星狩り」

散開星団小惑星帯に暮らす機械生命体たちの物語で、初めて彗星狩りに連れて行ってもらう子どもの話
酉島的な独特の造語が多いが、読みにくくはない。
擬峩族は、身体の「要所要所に丸みのある氣筒が隆起」していて、そこから移氣を吐いて、移動する。四肢動物で尾などもある見た目をしている。
小惑星を「島嶼」と呼んでいて、あちこちの島で採掘をして生活している。
奎漏蚪という、巨大で鱗や鰭のある奴を飼育していて、こいつが一生に一度噴起を行うのだが、その際に背中に乗って、彗星まで行く。
彗星には祠があって、老人がずっと座っているとか、彗星から採掘した氷で「彗密糖」を作るとか
留曇珠というのは、木星のような惑星のことなのかなー
弐瓶勉っぽい感じちょっとあるかも。
「彗星狩り」というタイトルは、本書タイトルに使おうと思ったらしいが、笹本祐一による同名長編があるため断念したとは編者の弁
初出は『小説すばる』2017年6月号

横田順彌「東京タワーの潜水夫」

フランスのユーモア作家カミの、ルーフォック・オルメス探偵のパスティーシュ
元ネタも、横田作品も全然知らないので、あまりよくわからなかった
ユーモア作品なんだけど

眉村卓「逃亡老人」

公園のベンチに座っていたら、50年後に起きる大噴火から時間移動して逃げてきた、という人に出会う話
それを聞いた「私」は、とはいえ自分ももうすぐ死ぬしどうでもいいんじゃね、としか思わない
大森望・日下三蔵編『行き先は特異点 年刊日本SF傑作選』 - logical cypher scape2に掲載されていた「幻影の攻勢」と同じような作品

彩瀬まる「山の同窓会」

女性が産卵する、という世界
男女ともに交尾を行うたびに老いていき、多くは30歳くらいまでに2ないし3回の産卵を経て、死んでしまう。
主人公のニウラが出席した同窓会で、同級生たちはすでに1ないし2回の産卵を終えた者たちばかりで、まだ1度も産卵していない主人公ともう一人だけが若さを保っていた。
そのもう一人も、乳母の役割をもって生まれたために産卵をしていないのであり、主人公だけが浮いている。
同級生にもう一人、交尾を行っていない男性がいるのだが、彼は、海獣様となる。姿かたちは人間から離れ、言葉もしゃべれなくなっていく。そして、海にいる金ビレと戦うべく陸を離れる。
田中雄一っぽさのある作品という印象を受けた。あと、子供を産むと死んでしまうというのは、ちょっとイーガンの直交三部作も頭をよぎるけど。
なお、編者の解説では、アトウッド『侍女の物語』、川上弘美『大きな鳥にさらわれないように』の系譜と書かれていた。どっちも読んでないんだよなー
本作が収録されている短編集『くちなし』は、人間がちょっと変わったことになる作品が集められているらしい
主人公の親友は4度も産卵し、1度も産卵していない主人公と、互いに相手のことが理解できないまますれ違う。
その後、世界に大寒波が訪れ、多くの人たちが死んでいくなか、主人公は生き残り、異様に長生きしている人というポジションになっていく。

伴名練「ホーリーアイアンメイデン」

すでに常連の伴名練、今回もやはり初出はSF研の同人誌
これまで自分が読んだ範囲の伴名作品とはまた雰囲気違うなーという感じがする
戦後すぐくらいの時代、妹から姉にあてた書簡という形式の作品だが、読み進めるうちに、姉の異能と妹のある種の抵抗が明らかになっていく。
一通目から、この手紙は、妹が死んでから姉のもとに届くという趣向になっていると書かれており、不穏さが漂う。

加藤元浩「鉱区A-11」

漫画作品
読み切りとかではなく、月刊少年マガジンで連載されている『C.M.B.森羅博物館の事件目録』の第122話にあたるエピソード
SFミステリもので、人間1人とあとは作業用ロボットしかいない小惑星で起きた殺人事件について
ロボット三原則のあるロボットに人は殺せないはずだが、管理AIは何かを隠している様子がある。

松崎有理「惑星Xの憂鬱」

惑星X=冥王星
冥王星が発見された日に生まれたことにちなんでメイと名付けられた少年は、奇しくも、冥王星探査機ニュー・プリンスがスリープモードへと入った日に、事故にあい、長い昏睡状態へと入ってしまう。
(このニュー・プリンス、打ち上げ日などはニュー・ホライズンズと同じだが、音声会話機能があるなど、実際にニュー・ホライズンズとはかなり異なる仕様)
探査機がスリープモードから再起動した日、彼もまた目覚める。20歳の身体だが中身は小学生のまま、すっかり成長してしまった妹のかろんも、彼には見知らぬお姉さんとしか思えない。
ある日、メイは突然誘拐されてしまう。誘拐したのは、冥王星の惑星降格に憤り、なぜか冥王星独立を掲げる謎の団体。メイを国王として冥王星独立を宣言し、なぜだかよくわからないが、国連の代表チームと5番勝負をして、勝ったら独立が認められるという流れに。

これまた『小説すばる』2017年6月号が初出

新井素子「階段落ち人生」

そそっかしくて昔からよく階段から転げ落ちていて、それでいて大怪我はせずに生きてきた大学生の「あたし」は、実はそれが、そそっかしいせいではなくて、空間の亀裂に物理的に触れられるという謎能力のせいだったということがわかる

小田雅久仁「髪禍」

ホラー怪奇小説
仕事のあてもなく半ば引きこもり状態になっている主人公のもとに、一晩座っているだけで10万もらえるという仕事の話が舞い込んでくる。女衒だった男からの話だが、性的な仕事ではないという。とある新興宗教の儀式に、サクラとして参加してほしいという話だった。
という感じで始まるのだが、その新興宗教というのが、髪を神聖視しており、最初は案外大したことないかもと思いながら参加するも、次々とおぞましい経験にさらされていく。
たとえば、髪の毛で編まれた服に着替えたりとか。
最終的には、会場が「阿鼻叫喚の地獄絵図」へと変わっていく

筒井康隆「漸然山脈」

よくわからないタイプの奴
最後に、作中に出てくる「ラ・シュビドゥンドゥン」という筒井康隆自身が作詞作曲した曲の楽譜が載っており、さらに御大自身が歌ったものがyoutubeにアップされているらしい

山尾悠子「親水性について」

無人の巨大な船(アーケードや劇場などがあるほど)に暮らす姉妹
姉は何度も逃げ出しては、様々な男のもとで暮らす
遺跡を掘る男、養殖をする男、図書館の男
しかし、そのたびに妹が船で探しにやってきて、連れ戻される
千年戦争、天使、カブトガニなどの単語が、世界観をうかがわせる。

宮内悠介「ディレイ・エフェクト」

2020年の東京に、1944年の東京が半透明な状態で重なり合わさる現象が、突如として始まり、2020年の東京に暮らす人々は、1944年の東京の出来事をまさに目前にしながら生活することになる。
婿養子のわたしは、妻の方の曾祖父一家の生活を目の当たりにしながら暮らしている。
しかし、わたしと妻の仲は次第に悪くなっていく。
というのも、娘を連れて「疎開」するかどうかについて、わたしがのらりくらりし続けたからだ。いずれ、目の前の曾祖父一家は、東京大空襲に見舞われる。曾祖父一家の娘、つまり妻の祖母は生き残るが、東京大空襲で家は焼け落ち、曾祖父が亡くなることが分かっている。
8歳の娘にそれを見せたくない妻と、口に出しては言えないが娘に見せたいと思っているわたし。
ある日、1944年にいる祖母が、砂糖を盗み食いしたかどで曾祖母から叱られているところを見て、娘が本当にひいおばあちゃん(祖母)が盗んだのだろうかと疑問を呈する。


設定に見覚えがあって、あれ「ディレイ・エフェクト」読んでいたっけかなーと思ったのだが、読んだ記録は残っていなくて、読んでみたら多分未読。
あらすじだけどこかで読んでいたのかもしれない。


結局、妻と娘は家を出て行ってしまう。
戦火を見て、娘に見せるべきではなかったと納得する主人公
そこに、妻からの手紙が来て、知られざる曾祖父の罪についての妻からの告白がつづられている
先祖の罪や戦争をめぐる、じっくりと重い読後感
芥川賞候補ともなっているし、結構分かりやすく現代社会批評的な文学作品的な雰囲気をまとった作品

八島游舷「天駆せよ法勝寺」(第9回創元SF短編賞受賞作)

佛教SFという新境地(?)
法勝寺は、九重塔の形をした星寺(ロケットかつ宇宙船)で、祈りを祈念炉で推力にする。
これに乗って、39光年離れた持双星まで行く僧侶たちの話
ワープ航法みたいなものが使えるらしい(どんなに遠くても、四十九日のうちに着く)
主人公の照海は、応用佛理学を修め航宙を担当する宇宙僧
とにかく、SF用語を佛教用語的に組み上げていっていて、それが面白い
佛が様々に使われていて、エンジンやスラスターになっている佛もいるし、四天王はセンサーになっているし、金剛力士はまるでパワードスーツかのようになっている
摩尼車にフライホイールとルビが振ってたりするのもまた楽しい
全世界的に佛教がスタンダードで、ロシア佛教とかもある
登場人物も、日本人だけでなく、ベトナム人とフランス人のハーフ、ロシア人がいる。さらに、機械僧、つまりロボットないしアンドロイドまでいる。
地球だけでなく他の星にも佛教が進出していて、行先である持双星というのも、既に人類が植民している星で佛教が伝わっている。
大佛参拝と、転生佛の候補である少女を運ぶのが、主な使命であるが、それ以外に僧侶たちに明かされていないことがあるらしく、また、ワープ航法中に奇妙な出来事が続く
持双星に着くと、とんでもない人身御供的な儀式が行われていることを知って……みたいな話