大森望編『ベストSF2021』

2020年に発表された日本の短編SFの中から、大森望が選んだ11作
2008年から2019年まで創元から出ていた「年刊日本SF傑作選」の、版元が竹書房に、編者も大森・日下から大森単独に変わっての後継シリーズ第2弾*1
タイトルは『ベストSF2021』だが、収録されているのは2020年に発表された作品で、自分はそれを2022年になってから読んだ。ややこしw
編者が大森望ということで、いつも通り「これはSFなの?」みたいな作品が続くが、まあそんなこと関係なく面白い作品が収録されている。全然SFっぽくない作品の中にふと「これはSFかもしれない」と思える瞬間があるし、逆に、いかにもSFっぽい作品なんだけど「いやこれ別にSFじゃないのでは」となる作品もあるし、ジャンルとかどうでもよくなる作品もある。
おおよそどれも面白く、それぞれ方向性が違うので比較が難しいが、個人的に特によかったものをあえて挙げるなら、「クランツマンの秘仏」「本の背骨が最後に残る」「あれは真珠というものかしら」「いつかたったひとつの最高のかばんで」あたりだろうか。
表紙もかっこいい

円城塔「この小説の誕生」

小説を書くことについてのエッセイ風の作品
機械翻訳を通すことで、文章が少しずつ変わっていく。例えば「小説→novel→長編小説」のように
標的とする単語・文をどうやって機械翻訳に出させるか。
全然知らない言語の翻訳結果は、果たして一体なんと書かれているのか。
ここで書こうとしているのは、機械翻訳の不可能性でも、機械が小説を書ける可能性でもないと述べられている。
機械が小説を書けるようにはなるとして、機械が好む小説と人間が好む小説は違うのではないか、とか。
作者は、まるで機械翻訳と対話するかのように、生命の誕生について書いた文章を翻訳していき、「生命を与う」という文が出てきたところで目的を達する。これをさらに再翻訳して「この小説の誕生」というタイトルになる。

柴田勝家「クランツマンの秘仏

「異常論文」特集のきっかけとなった作品、という紹介のされ方を毎回されてしまうのもどうかと思うが
当時、noteで公開されていたことがあって、それで一度読んでいたが、再読しても面白い。
「信仰により質量が獲得される」という説を唱えたことで、ある種のトンデモ論者とされてしまった東洋美術研究者のクランツマンについて、その半生を記したレポート、という体裁の作品。
最後に、クランツマンの孫が、彼の名誉回復を目的として、クランツマンが研究していた秘仏が公開される科学フィスティバル向けに書いた文章であることが分かる。

柞刈湯葉「人間たちの話」

アストロバイオロジーをモチーフにしたSFだが、実は宇宙生命SFではない。
主人公は、地球外生命を研究している研究者。幸福な家庭に育ち、他者に出会いたいという気持ちから、地球外生命を研究しはじめた。逆に、彼は、人間は誰もほぼ同じものであると感じているため、他人への興味関心が非常に薄い。
さて、そんな彼の一人暮らしの家に、甥(姉の子)が転がり込んでくる。未婚の母としてその子を産んだ姉は、子どもを親元に預けて行方をくらましており、その両親も退職し海外での余生を暮らすにあたり、日本に残る主人公へと預けることにしたのである。
他人にあまり関心を払っていなかったが主人公が、その甥と「家族」になることを決めるまでの物語であり、その意味で、この話は宇宙生命SFではなく「人間たちの話」なのである。
アストロバイオロジー的には、アメリカを中心とし主人公も属する火星チームと、中国の金星チームの対立というのが描かれている。
火星と金星、それぞれで地球外生命候補が発見され、どちらを生命として認定するのか、という会議が行われるのだが、どちらも「生命」というには微妙で、科学的というよりも政治的に決まってしまう、というのが物語のポイントとなっている。
火星で発見された生命が、岩の中の微小構造というのが、地球の生命の起源における熱水噴出孔説を参考にしているのかなと思う。というか、冒頭の記述が、熱水噴出孔で誕生した原初の地球生命かのように見えて、実は火星の記述というのが、面白かった。
実際には、火星で生命が見つかるとしてもそういうものではないのではないかなあと思うし、金星は、まだ火星とタメはれるほどではなく、火星説の最大のライバルはやはりエウロパだと思う。本作でも、エウロパチームはいるが、やや出遅れているという設定。
ちなみに、2050年代の設定

牧野修「馬鹿な奴から死んでいく」

ハードボイルド風ファンタジー
ウィッチドクターである主人公が、路地裏で襲われている少女を助けたところ、希代の魔女と戦うことになってしまう。
魔女にとらわれて拷問を受けるなどゴア要素多め
最後、クトゥルフ

斜線堂有紀「本の背骨が最後に残る」

こちらは、特殊設定ミステリというジャンルの作品らしい。ミステリ全然読まないので知らなかったが、そういうのが流行っているらしい。
「馬鹿な奴から死んでいく」と「本の背骨が最後に残る」の2作はいずれも、ゴア要素多めファンタジーといえると思う。
紙の本というものがなく、本は全て人間が口伝している国
同じ本同士で内容に違いがあった場合、版重ねということを行う。
本作は「本を焼く者はいずれ人間も焼くようになる」という警句を元に作られたということで、本と呼ばれる人間が焼かれる話である。
版重ねを行う2人の本は、たき火の上に吊された鉄の檻の中に入って、どちらが正しい版であるかを主張しあう。
主人公は、別の国からやってきた旅人
「白往き姫」についての版重ねが行われる。
お互いに本の内容を質問しあって、同意できるかどうかを答えていく。内容のすりあわせをしていきながら、相手の矛盾を突くことで、自分の正しさを示す。
本来一人につき一冊を担当するところ、10冊もの本を記憶し、なおかつ何度も版重ねを生き延びてきた十が、エグい論破をしてくる。

三方行成「どんでんを返却する」

一体何だこれ?w
「どんでん」を延滞しそうになったので、郵便ポストへ返却しに行くのだが、ポストもポストじゃなくて
っていうか、どんでんって何?w

伴名練「全てのアイドルが老いない世界」

全てのアイドルが老いない、というか、老いない種族がアイドルをやっている世界
人間の生気を吸うことで不老長寿となっている、吸血鬼的な種族がいて、過去においては、人類に忌み嫌われていたのだが、ある時期から芸能の仕事をするようになり、今ではアイドルをやっている。広く浅く吸うことで、犠牲者は出さずに命を保っている。
なので、この世界のドルオタは、ライブや接近イベントに参加する際には、寿命が短くなることに承諾する誓約書を提出する必要がある。ライブ中にオタクがぶっ倒れるシーンがあるのだが、これも生気を吸われたことによるものだったりする。
リリーズという2人組アイドル、そのうちの1人である國府田恵は「普通の人類に戻ります」と宣言しアイドルを引退(生気を吸わなくなると普通の人類と同様に加齢し、死に至る)、愛星理咲は、ソロ活動を続ける。
その理咲のもとに、ユニットを組みたいという新人アイドルが現れる。彼女は、ユニットを組んでくれれば恵の居場所を教えるという交換条件を提示し、理咲はユニット活動を受入れざるをえなくなる。
長命種族のある種の悲哀と、アイドルユニット内での関係とを、いわゆる百合ものに仕立てている
伴名練「全てのアイドルが老いない世界」について - SF游歩道によれば、作中で登場するリリーズの歌のタイトルが、女性SF作家の作品からとられているなど、色々仕掛けがあるようだが、そのあたりはよく分からなかった。
(単純にそれらの作品をしらないので気付かなかったというのもある(ただし、冒頭による大森望解説で触れられてはいる)が、そうした引用が本作でどのような効果をもたらしうるのか、という点についてもピンとこなかったところがある)
リーダビリティが高くて面白いことは面白い

勝山海百合「あれは真珠というものかしら」

いきなり出てくる主人公のクラスメイトがタツノオトシゴ
新設された海沿いの学校で、主人公の九年母と、海馬の碩堰とが学校生活を送り始める。そこに修理亮という者も、授業に参加するようになる。
伊勢物語』を読む授業。本作のタイトルも伊勢物語から。
ポストアポカリプスものかなあと思って読み始めたら、知能化動物の話だった

麦原遼「それでもわたしは永遠に働きたい」

『SFマガジン2020年8月号』 - logical cypher scape2で読んで、その時も面白く読んだのだが、ブログにほとんどメモをとれていなかった。
労働SFでもあるが、人工知能と法人、ネットワーク内に誕生した異形の存在が描かれる作品でもある。
脳活動の主導権を一時的に人工知能の制御に委ねる「朗働」が行われている社会
ジムに行くと、マッチングシステムにより朗働が割り当てられる。朗働中は、意識や記憶が失われる。
主人公は、元々短時間しか朗働しない人が多く暮らすスラム的な地区で生まれ育ったが、人工知能が運営している各種法人に働きを認められていくという承認の喜びなどから朗働にのめり込んでいく。
1日10時間までという制限を、他人の朗働パスを利用することでかいくぐるが、いよいよ法人に見つかってしまい、朗働から排除されてしまう。
主人公は、知人が昔ながらの労働をしながら生活する共同体を営んでいることを知る。朗働の快感を知ってしまった主人公は、知人と同じ道を進むことはしないが、知人から法人設立の方法を教えてもらい、自ら法人を設立することで再び朗働を始める。
(人間が法人を作るなんて恐れ多いことをしてもいいのか、と驚くくだりとか面白い)
主人公は、限界を超えて朗働することを突き詰めていき、生まれたときから脳を接続された子どもをなすに至る。
筆者のあとがきによると、最初のモチーフは「人間の意識の航路と神の移動経路の直交」だったそう。

藤野可織「いつかたったひとつの最高のかばんで」

「一体これのどこがSFなんだと思ったけどやっぱりSFかもしれない」枠
まあ、藤野作品ですし。
コールセンターで働く長沼さんが行方不明になり、警察が勤務先に訪れる。長沼さんと同じく非常勤雇用の女性たちは、長沼さんが「たったひとつの最高のかばん」に巡り会えたのではないかと話す。
長沼さんは結局見つからず、長沼さんの母親が、彼女が集めてきたかばんを一緒に働いていた人たちに譲りたいといって会社に持ってくる。
膨大な数のかばんがひとつずつ、ひとりずつに渡っていく。とにかくそこが圧巻。

堀晃「循環」

「一体これのどこがSFなんだと思ったけどやっぱりSFかもしれない」枠その2
サラリーマン人生を終えた筆者による自らの半生の振り返りと大阪を巡る話
筆者は、大学卒業後、紡績会社の開発部門に勤め、市場の縮小に伴い、独立。自ら実用化した、品質管理のための測定器を販売していたのだが、その測定器開発の際にひらめきの元になったのだが、筆者がひそかに「原器」と呼ぶ、昔の紡績機の部品だった。
しかし、これが一体何の部品なのかが分からない。
思惑通り会社を畳んだ筆者は、「原器」がどこから来たのか、社史や地域史を辿っていく。

*1:『ベストSF2020』というのが出ているが、こちらは未読