土屋健『地球生命 水際の興亡史』

「水際世界」の古生物を解説した本で、両生類、偽鰐類、水棲哺乳類を取り扱っている。
「古生物学の黒い本」と称された一連のシリーズ(土屋健『古第三紀・新第三紀・第四紀の生物』 - logical cypher scape2など)の後継シリーズの第一弾。こちらの表紙もおおむね黒い。前シリーズが時代別だったのに対して、今後「○○の興亡史」と題してテーマ別に発刊されていく予定とのこと。
前シリーズよりも分厚く、また結構マニアックである。両生類のところは、脊椎動物の地上進出というデカいテーマでもあるので、一般的な古生物の本を読んでても出てくることが多いが、偽鰐類や(古生物の)水棲哺乳類は馴染みの薄いグループだろう。
偽鰐類は中生代の話だが、中生代だと、恐竜ならびに魚竜・首長竜・モササウルス類・翼竜、初期の鳥類や哺乳類は出てきても、ワニが紹介されることまずないだろう……。
しかし、個人的に中生代のワニにも興味が出てきたこともあって、この本はその箇所を目当てに手に取った。
中生代のワニというと、ダイナソー小林こと小林快次の『ワニと恐竜の共存』という本があり、いつか読みたいと思っているのだけれど、本書ではこの小林本が参考文献として何度も名前があがっており、その点もよかった。
とはいえ、自分は、アリゲーターとクロコダイルとガビアルがどう違うかも分かっていなかったし、上述の理由で古生物のワニにも馴染みがなかったので、出てくるワニの区別がつかず、ひたすら知らん名前のオンパレードが続く感じでなかなかわけわからんかった。
しかし本書は、化石標本写真、復元イラストがほぼ全ての登場古生物についてるんじゃないかというくらいに点数が多いし、わかりやすく系統を示してくれる図も付されており、何より本文も読みやすいので、わけ分からんと思いつつも躓くことなく読めた。
また、自分は完全に偽鰐類目当て(しかも実を言えば、恐竜と見まがう三畳紀の偽鰐類目当てだったので少し当てが外れた部分もある)だったのだが、両生類と哺乳類の章も面白かった。
古生物の本で両生類といえば古生代のそれ(特にイクチオステガなど)だが、今現在の我々にとってなじみのある両生類(カエルとかイモリとか)とは明らかに違う。我々の知ってる両生類が出てくるのは中生代なのだが、中生代は何しろ恐竜の時代であまり紹介される機会がない。そのあたりを繋いでくれる本となっている。
哺乳類の場合、クジラ、アシカ、アザラシ、セイウチ、ラッコなど、我々の知っている水棲哺乳類の、あまり知られていない祖先たちについて書かれている(古生物ファンにとっては馴染み深いがそうでなければ全然分からないであろうデスモスチルス類などもいる)ので、面白いと思う

第1章 陸へ
第2章 先行する両生類
 第1節 栄え始めた四足動物
 第2節 両生類,覇権をとる
 第3節 大絶滅のその先に
第3章 王者登場
第4章 水際の覇者とその仲間たち
 第1節 水の世界へ
 第2節 恐竜たちの“ライバル”
 第3節 水際の頂点へ
第5章 私たちも海へ
 第1節 かくして哺乳類も水中へ進出する
 第2節 さあ,水中へ。みんな,水中へ
 第3節 そして……

第1章 陸へ

  • 肉鰭類

ユーステノプテロンやティクターリクなど

  • アカントステガ

最初期の四足動物。しかし、水中生活者

鰐のような目

  • イクチオステガ

デボン紀末期陸上でも歩けた

  • オッシノダス

ゴンドワナでも地上進出が起きていた

第2章 先行する両生類

第1節 栄え始めた四足動物
  • 両生類と平滑両生類

現生両生類である有尾類、無尾類、無足類で、これらを平滑両生類と呼ぶ
ところが、絶滅した両生類の中には、平滑両生類ではないグループも多い。
本書では、それらも総称して両生類という言葉を使うが、平滑両生類だけが両生類であると主張する研究者もいるらしい。

ヘビのように四肢がないあるいは四肢が小さい
ディプロカウルス
土屋健『石炭紀・ペルム紀の生物』 - logical cypher scape2で表紙になっていた奴
ディメトロドンに捕食されていたっぽい

第2節 両生類,覇権をとる

分椎類など

    • エリオプス

2m越え、
水際世界のトップ・プレデター

    • プリオノスクス

9m(!)の水棲種

幼い頃は水棲で成長して陸棲になった??

    • オロバテス

歩行を再現するためにロボットを使った研究がされている
https://www.youtube.com/watch?v=QyeZuQ7Gtvc

平滑両生類の無尾類と有尾類の共通祖先

第3節 大絶滅のその先に

三畳紀まで生き残った分椎類

  • ゲロトラックス

平たい

結構ワニっぽい見た目だが、下顎の牙が上顎の外に突き抜けている

無尾類?

  • トリアッスルス

有尾類の近縁


ジュラ紀
分椎類も生き延びつつ、無尾類、有尾類が登場

  • アンドリアス・シュイフツェリ

オオサンショウウオ類。18世紀にノアの大洪水以前の過去の人類と思われた

  • ベルゼブフォ

でかいカエル

第3章 王者登場

偽鰐類

ワニ類そのものを含む
2010年代前半にはクルロタルシ類と呼ばれた各種爬虫類をほぼ含む
クルロタルシ類と偽鰐類の関係がずっと分からないままだったので、この説明がとてもありがたかった。

  • アエトサウルス類

植物食

  • ポポサウルス類

ピノサウルスに似たアリゾナサウルス
オルニトミムスに似たエフィギア

  • サウロスクス

小林がティラノサウルスとの類似を指摘
サウロスクスとポストスクスは、現在のワニに近縁とも考えられているが、分類についてまだ議論がある


ワニ型類からワニ形類へ

  • フィトサウルス類

パラスクス
ガビアルのような細長い吻部→水際世界を生きるもの

第4章 水際の覇者とその仲間たち

第1節 水の世界へ
  • ワニ形類の中の中正顎類の中のタラットスクス類について

足が鰭になっていき、身体も流線型になっていく
また、ジュラ紀後期に出てきたマチモサウルスは、こちらはワニのような見た目だが、全長10mのマチモサウルス・レックスなどが登場する。恐竜すらも獲物になった可能性

第2節 恐竜たちの“ライバル”
  • 中正顎類の中のノトスクス類について

タラットスクス類と違い、水際ではなく内陸へ進出したグループ。
四肢が体の下に向いていたという特徴がある。
植物食や昆虫食など、特に歯の種類に特徴あり
ネズミのような歯を持つものや、細かな突起なある臼歯を持ったもの(小林が異様さに驚くと述べている)
また、パカスクスは、犬歯のような歯、臼歯のような歯など哺乳類のような多様な歯を持っていた
バウルスクスは、白亜紀の中型肉食恐竜のライバルだった可能性
ヒル顔やアルマジロ顔の種も
ノトスクス類、アジアやヨーロッパにも進出したらしいが、紹介されているものの発見された場所はアルゼンチン、マダガスカルニジェールタンザニア、ブラジルなど
これは、スティーブ・ブルサッテ『恐竜の世界史』 - logical cypher scape2で南米では、中・小型の獣脚類恐竜の地位をワニ類が占めていたと説明されていたことを思い出す。

トマトスクス
クジラのようなプランクトン食でペリカンのような口をしている復元をされている。
シュトローマーが報告した種だが、シュトローマーはスピノサウルスを報告したことで有名な人。スピノサウルスとともに、第二次大戦の空爆で標本が紛失している


サルコスクス・インペラトール
12mとも推測されている大型種
現生のワニとの違いとして、デスロールできないことがあげられる


ゴニオフォリス
北米などで発見されているワニだが、標本の写真として群馬県立自然史博物館に収蔵されているものが使われている。
さて、この本を読んでいる最中に、この標本についてのニュースが飛び込んできた。
恐竜時代の地層からみつかったワニの祖先型化石を新種「アンフィコティルス・マイルシ」と命名(福島県立博物館プレスリリース)(pdf)



小林による鼻孔の位置の話
上述の新種は、水中に潜っている時に水を誤飲しないような弁があったという発見があるが、その際に、鼻孔の位置の話もしているが、本書にもそれに関連する話題があった


デイノスクス
最初期の大型のアリゲーター
デスロールできる
1万N越え
10m越え

第3節 水際の頂点へ

白亜紀後期、細い吻部のガビアル類、幅広でがっしりした顎のアリゲーター類、その中間のクロコダイル類が登場
白亜紀末の大量絶滅も乗り越える
クロコダイル類は日本にも進出→マチカネワニ

  • 10m級の大型種

ガビアル類のグリポスクス・クロイザティ
アリゲーター類のプルサウルス・ブラジリエンシス
後者は、噛む力が約6万9000Nで、ティラノサウルスの約5万7000Nを上回る


第5章 私たちも海へ

第1節 かくして哺乳類も水中へ進出する

ムカシクジラ類の進化について結構なページ数が割かれている。
ムカシクジラ類は、脚のあるクジラ。進化するにつれて、水中生活に適応していって、鰭になっていくが
最終的に、バシロサウルスが出てくる
この節では、カイギュウ類についても少し触れられている

第2節 さあ,水中へ。みんな,水中へ

デスモスチルスなどの束柱類
クマ類に近縁のアンフィキノドン類
そして、鰭脚類
現生の鰭脚類は、アシカの仲間、アザラシの仲間、セイウチの仲間の3グループだが、絶滅した第4のグループもいるとか
また、長鼻類の中にも半水棲の種がいた(水域から陸域へ進化したのかもしれない)
それから、ラッコ
さらに、泳ぐナマケモノと電気を感知するカモノハシ

第3節 そして……

ビーバーやカバ、そして日本のカイギュウたち
ヤマガタカイギュウ、タキガワカイギュウ、サッポロカイギュウなどがいて、最後にステラーカイギュウが紹介される
ステラーカイギュウは江戸時代まで生存していた、というか、1768年に狩りつくされて絶滅した。