津久井五月「われらアルカディアにありき」「ラスト・サパー・アンド・ファースト・サマー」「川田さんの遺書」

SNSで相互フォローの方が、津久井作品についてポストしていて存在を知った短篇
kaguyaはともかく、fanboxやnoteはさすがに分からん
3作ともそれぞれ結構違う雰囲気の話

われらアルカディアにありき


「牛の王」と設定を共有しているらしい作品。なお、「牛の王」は長編第2作の冒頭先行公開としてSFマガジンに掲載されたものだが、どうもこの長編お蔵入りになってしまったらしい。いずれ長編になったら用からと思って、上記ブログ記事に内容をメモとっていなかった。
「われらアルカディアにありき」では、羊が題材となっている。電力会社からバイオマス燃料用に提供された羊を飼っている畜産家夫婦の話
やはり畜産をやっている謎の男から、企業から自由な羊を手に入れるのだが、それは実はという話で、最後の最後に、取り調べの中での語りだったということが明らかになる。
マイクロマシンと家畜、自由主義経済とテロ、みたいな話

ラスト・サパー・アンド・ファースト・サマー


人類のほどんとが仮想世界のへのアップロードを果たした世界。しかし、アップロードはある程度の年齢になってからでないとできなくて、子どもたちは肉体をもって生まれてくる。
で、その子たちがアップロード可能な年齢になるまで、物理世界で育てている料理人が主人公
10代の子どもたちの三角関係の記憶を美食によって引き出す、という、ちょっと飛浩隆的な世界かも

川田さんの遺書


デビュー前に書かれた作品らしい。
主人公の少女「わたし」の小6から中3までを描いている。「川田さん」というのは主人公の幼なじみミツルの祖父。
主人公らが住むマンションの横にある屋敷で、1人亡くなったのだが、孫のミツルに謎の遺書を残している。それによると川田さんは、屋敷が壊された後に現れた巨大な煙突のような機械へと姿を変えたのだという。
「わたし」は半ばミツルに巻き込まれる形で、この機械に時々ものを投げ入れることを始める。
どちらかといえば、話の主眼は「わたし」が、住んでいる街に感じている不気味さが、中学の美術部で友だちになったハジメの言葉で払拭されていったりしていく青春ものみたいな感じになっている。