イアン・マクドナルド『火星夜想曲』

火星の砂漠にできた町「デソレイション・ロード」が誕生してから消滅するまでのおよそ半世紀を描く。
神話的な町の始まりから、時間SFがあったり、ディストピアものがあったり、戦争があったり、SFガジェット*1もてんこもりなのだけど、いい意味でSFっぽくない物語や文章でもあり、とても楽しかった。
そもそも、まずページを開いた最初に家系図が出てくるのが既に楽しいw
登場人物たちがみな魅力的あるいは象徴的であり、彼らの中にはデソレイション・ロードを離れる者たちもいるのだが、それぞれの運命がデソレイション・ロードとは別の場所で絡み合って、再びデソレイション・ロードへと戻ってくる。


確か、クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』 - logical cypher scapeの解説で、似た作品として紹介されていたので読んだ。
今まで全然気付いてなかったけど、イーガンと同世代の作家だったんだ、マクドナルド。
『火星夜想曲』は1988年の作品で、第一長編
イーガンもこの頃既に1,2本短編あるようだけど、第一長編の『宇宙消失』は92年でちょっと後になる。

主要登場人物

時間について研究しているアリマンタンド博士は、砂漠で緑の人を追いかける。その途上、火星をテラフォーミングするための機械の1つ「孤児(オーフ)」の死と遭遇し、その死体を分解することで、デソレイション・ロードが生まれる。という、この第1節のエピソードからして、機械の神話という感じになっていて、面白い。
その、デソイレション・ロードに次々と人々が集まってきて、町をなしていく。
犯罪帝国のボスであり、今は追われる身となったジェリコ
デソイレション・ロードに最後まで住み続けることとなるマンデラ
浮浪者であり、機械に愛される能力をもったラジャンドラ・ダス
鉱物学者のミカル・マーゴリスと航空サーカスの飛行機乗りのパーシス・タッターデマリオンは、B・A・R/ホテルを経営し始める。以後、このホテルは様々な出来事の舞台となっていく。
誰にも見分けの付かない三つ子、エド、ルーイ、ウンベルト。男を魅惑する女獣医マリア・キンサナ。諍いを続けるスターリン家とテネブレ家、メリディス・ブルーマウンテンと彼が人工的に作った娘ルーシーといった人々が集まってきて、デソイレション・ロードの創始メンバーとなる。

組織とか

この世界には、色々な組織とかがある。
まず、ROTECH。これは「遠隔軌道上地球化および環境制御司令部」の略で、その名の通り火星のテラフォーミングを人間が入植する前から行っていて、「孤児」など様々な機械を動かしている。
それから、ベツヘレム・アレス株式会社。デソイレション・ロードにひかれている鉄道とかも運行していたはず。会社というけれど、かなり巨大な組織で、「産業封建主義」を奉じてディストピア的な産業社会を形成している。
タルシスの貴婦人・聖キャサリンというのが、宗教的なシンボルとなっていて、色々な団体からあがめられていたりする。聖キャサリンについての説明は本書の中ではなされていないけど、別の短編「キャサリン・ホイール(タルシスの聖女)」*2に出てくる。


あらすじ

その後、デソイレション・ロードに関わる人々を巡る大小さまざまなエピソードが、断章形式で綴られていく。
大きく分けると、初期デソイレション・ロード編、デソイレション・ロードの外編、戦争編みたいな感じかな。


初期デソイレション・ロードにおける大きなエピソードは3つ
ひとつは、彗星の火曜日の話
アリマンタンド博士が、彗星衝突からデソイレション・ロードを守るべく、時間巻取機を使い、そしていなくなる。
彗星が衝突して滅んでしまったデソイレション・ロードがある世界が、ゴーストとなって、博士によって助かったデソイレション・ロードと重なるあたりのSF的センチメンタルさというか何というか。
もうひとつは、ザ・ハンドがデソイレション・ロードに雨を降らせる話。
今まで雨の降ってなかった町デソイレション・ロードに、ザ・ハンドが雨を降らす。ザ・ハンドはもともとROTECHで働く管理者として生まれてきた存在だったのが、自由を求めて逃げたしてきた者の1人のようで、音楽の力でもって雨を呼び寄せる。そういう呪術的な展開で、すごい豪雨が降ってきて、デソイレション・ロードの者たちが全裸になって踊り狂うというカーニヴァル的な感じになる。
そして、初期デソイレション・ロード編を終わらせる決定的な契機が、ガストン・テネブレ殺人事件
簡易裁判所サービスが列車に乗ってやってくるとかが面白い。
それで、アリマンタンド博士の残した時間巻取機を使って、ガストンの記憶というか幽霊を呼び出す。
このガストンの幽霊とか、別の場所にでてくる機械仕掛けの天使とか、あるいはザ・ハンドという存在もそうだけど、科学的なガジェットでオカルト的な存在を造形する、その混じり具合が本当に絶妙。
ガストン・テネブレ殺人事件は、男女関係のもつれがねじれた事件が、色々と禍根を残す。


ガストン・テネブレ殺人事件以後、主要人物の何人かが、デソイレション・ロードを離れる。
マンデラ家の双子の兄であるリモール・マンデラは、ウィスダムという街で世界一のスヌーカー(玉突き)プレイヤーとなる。
双子の妹であるトースミン・マンデラは、デソイレション・ロードを離れるわけではないけれど、聖キャサリンの力を手に入れて宗教者となる。
スターリン家の一人息子ジョニーは、ベツヘレム・アレス株式会社の首都で、株主703286543号として工場労働者にさせられるんだけれど、密告で出世していく。
それから、テネブレ家の娘として育てられたんだけど、実はマンデラ家の娘という出生の秘密を知ってしまったアーニー・テネブレは、ゲリラ組織ホールアースアーミーに身を投じる。
ガストン・テネブレ殺人事件で、事件のきっかけともなったマリア・キンサナも、デソイレション・ロードを離れて、政治家になっていく。


アーニー・テネブレ率いるホールアースアーミーと、マリア・キンサナの議会派との対立がじわじわと激化していく情勢を背景にしつつ、ベツヘレム・アレス株式会社がデソイレション・ロードに、スティールタウンという工業都市を作る。
で、リモールの息子であるレイル・マンデラ・ジュニアが労働運動を起こして、ストライキとか起こしはじめて、ここらへんから戦闘シーンが多くなっていく。
最初は、マンデラ家とかデソイレション・ロード創始メンバーらを中心とした労働運動vsミカル・マーゴリスのいるベツヘレム・アレス株式会社保安隊なんだけど、
ここにトースミン・マンデラと彼女が率いる機械仕掛けの天使たちと、ホールアースアーミーとかも絡んでくる。
ベツヘレム・アレス株式会社からは解放されるのだけど、今度はホールアースアーミーに占領されることになって、これを鎮圧すべくマリア・キンサナの議会派軍がやってくる。
SF的な架空の小火器とか兵器とかが出てきて、前半の神話的だったり呪術的だったりとはまた趣きのことなる近代戦的な戦闘シーンが結構出てくるのだけど、一方でクリュセの森のシーンとか神秘的なシーンもちょいちょい出てきたりする。
ミサイルとビーム撃てる小火器とか、不可視化技術とか、タキオン兵器とか。


この戦争は、時間兵器による時間嵐とかとかで終結
ここまでで、デソイレション・ロードの主要登場人物が戦闘のさなかで死んだりして、既に結構減っているんだけど、残った人たちについてもデソイレション・ロードを去ったりしていくエピローグがあって、終わる。
_

火星夜想曲 (ハヤカワ文庫SF)

火星夜想曲 (ハヤカワ文庫SF)