アンディ・ウィアー『火星の人』

火星版ゼロ・グラビティあるいはアポロ13
火星に置いてきぼりをくらった主人公が、次々に襲いかかる困難に立ち向かいサヴァイバルしていく物語だが、主人公が絶えずユーモアを忘れず次々にジョークを繰り出してくるので、読んでいて思わず笑ってしまう小説でもある。
主人公であるワトニーは植物学者兼エンジニアでもあり、残された資材を使って、作ったり育てたりして危難を乗り越える、エンジニアリングSFとも言えるかもしれない。
また、この作品はもともと作者のウェブサイトで公開されていたもので、後にキンドル版を出版した後、出版社と契約、20世紀フォックスが映画化権を取得している。


次々と困難が立ちはだかるのだけど、巻末の解説やその中で引用されている著者の言葉にもあるけれど、実際に起こりうるだろうことばかりが書かれているのが話の緊張感を高めている。突発的なアクシンデントではなくて、どれもはっきりとした原因があって、それがわかるように書かれている。
それは火星環境のためだったり、材料の劣化だったり、あるいは人為的ミスだったりする。人為的ミスも、非常に納得できるものなのもリアル(そりゃそんなの想定できないよとか)


人類3度目の有人火星ミッション〈アレス3〉
火星滞在中に嵐に巻き込まれ、クルーはミッションを中止し火星から緊急脱出することになる。ところがその時、暴風に飛ばされたアンテナがワトニーの宇宙服を貫通。彼が死んだと思ったクルーは泣く泣く火星をあとにする。
しかし、いくつかの偶然により、ワトニーは死んではいなかった。
もともと、6人のクルーが1ヶ月滞在する予定のミッションで、さらに予備分もあったので、さしあたって生きていくことはできるのだが、ざっと見積もって1年分である。
火星ミッションは、4年後に〈アレス4〉が火星に再びやってくる予定となっている。
アンテナは嵐で破壊されてしまったので、地球との通信はできなくなってしまっている。
ワトニーは、たった1人で、1年分の食料で、4年間火星で生き延びなければならなくなった。


この作品は基本的に、ワトニーの一人称で、彼のミッションログという体裁で書かれている


何はなくとも食料を増やす必要がある→じゃがいもを育てよう→土が必要だ→実験用の地球の土を使って火星の土を、農業ができる土に変える→水が必要だ→酸素と水素が必要だ
って感じで、色々と工作したり、実験したりしながら、問題を一つ一つこなしていく。
ここらへん、容量を計算したり、機械の仕組みを説明したりといったことが丁寧になされていて、この作品を「ハードSF」たらしめているのだけど、一方で、語り口は軽妙で全く「ハード」ではなく、すらすらと読める。
やることはもちろん沢山あるのだが、一方、火星でただ1人なので退屈な時間というのもあって、他のクルーが持ち込んだ私物をあさって、音楽やドラマを見ているのだが、それに悪態をついたりしているのも面白い。
何故か船長が70年代オタクで、70年代のコメディドラマや音楽ばかりを持ち込んでいたのだ。のちのち出てくる夫との交信シーンで、夫婦そろって70年代オタクだということが分かるのが笑えた


クルーはワトニーが死んだと思い、また通信機器も壊れてしまったので、地球側も当然彼が死んだと思っていたわけだが、後々衛星画像で彼が生きていたことが判る。もちろん、ワトニーは地球が彼の生存に気付いたことには気付かない。
ワトニーは、ローバーに乗ってちょっとした長旅をして、マーズ・パスファインダーを回収してきて、地球との交信を試みる。
ここらへんの、限られた状況での通信のやり方、というのも面白い。
なので、途中からNASAの人たちのパートも入ってくる。
NASAの人たちのテンションと、ワトニーのテンションとの違いというのも面白い。
まあ、当然ながらNASAの人たちは、上から下まで大騒ぎだし、とにかく少ない情報をもとに一番安全な策を考えるべく必死であるわけだが、一方のワトニーはそんなNASAの「安全」志向などどこ吹く風で、結構乱暴なやり方をしたりするのだが、それはもう火星には彼1人しかいないわけだから、そうせざるをえないわけである。

水再生器をめぐるNASAとのやりとりは退屈だし、なぞめいた技術的な細かい話ばかりだ。そこでみなさんのために、わかりやすくいいかえてみます――
ぼく:「どう考えても、詰まりだ。分解して、なかのチューブを調べてみようか?」
NASA:(五時間におよぶ熟慮の末)「だめだ。マシンが壊れて、きみは死ぬ」
というわけで、分解しててみた。

本人はこんなノリである


パイレーツ・ニンジャっていう変な単位を勝手に言い出したりする。


〈ヘルメス〉が叛乱を決意するシーンはちょっと泣ける


打ち上げシークエンスの、Go/NoGoの投票シーン、この前実際のを中継で見てたから、どんなのかがわかって楽しかった


火星の人 (ハヤカワ文庫SF)

火星の人 (ハヤカワ文庫SF)