ケン・リュウ『生まれ変わり』

ケン・リュウの第3弾日本オリジナル短編集
第1弾はケン・リュウ『紙の動物園』 - logical cypher scape2
で、これが第3弾ということは、第2弾を自分は読んでない
ケン・リュウについて、これはこっちの勝手な思い込みかもしれないけど、最初の短編集が出た時の紹介のされ方が、あんまりSFSFしてないふうの作家というような雰囲気だった気がするんだけど、実際読んでみると、宇宙、異星人、AI、アップロード知性といったSFど真ん中を扱った作品が多い気がする。
それから、政治的観点、特にこの作品集では南北問題を扱った作品が多いのも特徴的


ビザンチン・エンパシー」は名作。世界で今まさに起きている問題をさらにSF的に(しかし至近未来で実際にありそうな形で)アップデートした作品。VR、暗号通貨、百合SFといったキャッチーな要素もあり。
「ペレの住民」「カルタゴの薔薇」「神々は~」三部作、「ホモ・フローシエンシス」あたり、SFアイデア的に面白かったし好き
「闇に響くこだま」や「隠娘」は、中国を舞台にしたアクションもので、単純に楽しい
絵的にいいのは「揺り籠からの特報:隠遁者──マサチューセッツ海での四十八時間」
「ランニング・シューズ」はなかなか衝撃的な作品
ベタで分かりやすいけど、ショートショートとして面白いのは「悪疫」

生まれ変わり
介護士
ランニング・シューズ
化学調味料ゴーレム
ホモ・フローレシエンシス
訪問者
悪疫
生きている本の起源に関する、短くて不確かだが本当の話
ペレの住民
揺り籠からの特報:隠遁者──マサチューセッツ海での四十八時間
七度の誕生日
数えられるもの
カルタゴの薔薇
神々は鎖に繋がれてはいない
神々は殺されはしない
神々は犬死にはしない
闇に響くこだま
ゴースト・デイズ
隠娘(いんじょう)
ビザンチン・エンパシー

生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)


生まれ変わり

地球にやってきたトウニン人は、犯罪をした時、その記憶を消して「生まれ変わ」ることで社会に戻ってくる
人格の中から悪いところを切り出してしまえばよい、という考え方をしていて、人格の同一性の捉え方が地球人類と全く異なる
トウニン人は地球での地球人との共存をはかっているが、ある種の支配でもあって、人類の中にレジスタンス活動をしている者たちもいる
地球人でありながら、トウニン人のパートナーを持つ特別捜査官が、テロ事件の捜査を開始する
実は記憶が消えているが、捜査官自身こそがテロリストで、という話
記憶と自己同一性の関係、支配・被支配、異種間の愛と色々なテーマが重なり合っている作品
なお、トウニン人に対する人称代名詞「かの女」の「か」に半濁点の゜がついている。これは原文で、she/herの代わりにthie/thirというオリジナルの代名詞が使われているため、とのこと

介護士

介護用ロボット、実は自律型じゃなくて遠隔操作型でオペレータがいたっていうネタ自体は他作品でも見たことあるけど、そのオペレータというのが、不法移民だったという話
(ロボットを使えば不法移民を雇う必要がありませんという売り文句で販売されてるんだけど、結局不法移民を搾取してるという話)
これはわりとハッピーエンド

ランニング・シューズ

こちらも南北問題を扱った作品で、かなりブラックというか
靴工場で過酷な労働を強いられている少女が、その靴になってしまうという話
これはそもそも人間が靴になってしまうという時点で、え? となる作品なのだが、ラストも物悲しいというか

化学調味料ゴーレム

星間旅行中の少女に、突然神がささやきかけてくる
曰く、この宇宙船にはネズミが乗っており、このまま目的の星に到着するとその星の環境が危ない。ついては、ゴーレムを作ってこのネズミを駆除せよ、ということを言ってくる。
少女は少女で、それに真剣に取り組みはじめるのだが、もともと、興味のあるものにはどこまでものめり込み、そうでないものにはからきしの彼女は、例えばユダヤ人になることにもこだわりを見せ、神に対して、安息日についての議論をふっかけてしまう
(神がゴーレムを作るためにこうせよ、というと、安息日だからやっちゃいけないのでは、といい、神は、これは例外になるんだ、とか宇宙だからまだ安息日になってないんだ、とか言わなきゃいけなくなる、神なのに!w)
という、ユーモアたっぷりの作品で、最初から最後までほんわかとした気持ちで読める

ホモ・フローレシエンシス

インドネシアで1人現地調査を始めた鳥類学専攻の大学院生は、さっそく現地の密売人にカモられそうになったところを、謎の女性に助けられる。彼女も研究者なのだが、アカポスを得られず、今では現地の密売人と海外からきた研究者の間をとりもつコーディネーター的なことをやっている。
で、2人がその密売人から手に入れた骨の中に、まだ新しいホモ・フローレシエンシスの頭骨が紛れ込んでいた。2人は、調査の末、インドネシアの離れ小島にひっそりと生き残っている「彼ら」を発見してしまう。
「彼ら」について報告をすべきなのか、それともこのまま人類の目から隠し続けておくべきなのか。
むしろ、その選択は「彼ら」自身にゆだねようという終わり方になっている。

訪問者

大量の地球外探査機が地球に訪れる。しかし、それらの目的や正体はいっさい不明のまま、地球人はその存在になれていった。
主人公の恋人は、法学部を卒業した後、法律相談的な業務の中で、難民とは認められない難民の少女と出会う。家族の借金をかたに売春婦にさせられ、カンボジアからいくつかの国を経由しながらアメリカまで売られてきたが、政治的・民族的迫害があるわけではなく、また、自由意志でやっているかのようにさせられている。
一方、主人公は、探査機の正体を探るネット上のコミュニティに属していて、ふと、探査機の正体を巡る謎と、恋人が直面してしまった問題とを、両方を解決できるのではないかという策を思いつく。
誰かに見られていると、悪いことができなくなるのではないか、というような話

悪疫

かつて地球は悪疫に襲われ、一部の富裕層がドームへと逃げ込み生き延びた。ドーム外に残された多くの人は亡くなったが、一部は、悪疫と共存して生きるようになった。皮膚が変質し、見た目もコミュニケーションの取り方も変わってしまった。
ドームの住人で、ドーム外に生きている人たちを助けようとドームの外へやってきた男と、ドーム外のコミュニティで生きる少女の視点が交互に描かれるショートショート
男の方からは、姿も醜く、知能も低下したように見えるのだが、少女視点で見ると、ちゃんと人間的な生活を送っているよね、という話で、「文明人」が「野蛮人」を救おうとする野蛮さ、みたいな話

生きている本の起源に関する、短くて不確かだが本当の話

本の未来史を短くまとめたような作品
本を書くプログラムが開発されて、内容がどんどん変化していくような本になっていったみたいな話

ペレの住民

地球から27.8光年離れた惑星ペレへとやってきた科学者・技術者たちが、あるものを発見する。
太陽系外に生命を発見するという点で、オーソドックスな宇宙SFだが、150人ほどの科学者・技術者が一斉に入植する点や、そのメンバー選出に当たって国際政治的なバランスがとられた点など、ちょっと『レッド・マーズ』シリーズを思わせるようなところがある(短編なので、あんなゴリゴリした感じにならないけど)
27光年離れているので、地球とは完全に一方通行で、到着した人々は(分かってやってきたとはいえ)精神的ショックを受ける。また、地球(アメリカ本国)からは、その時々の政治的状況を反映した指示が来たりする。
惑星ペレは、生命の気配が全くない惑星だったが、結晶が実は生命なのではないかという話になる。
もしかして、結晶が実はコンピュータになっていてっていう話か? と最初思ったのだが、そうではなくて、むしろ、クレイワールド仮説みたいな話だった。結晶が複製子になっているという話。ペレの場合、さらにそれが円形してて、気候にあわせててころころ転がってて、それが淘汰につながっているみたいな話だった。
それを発見した研究者が、政治的ごり押しでメンバー入りさせられていた人で、というふうに繋がる。
(米中対立がどんどん激化している世界っぽい。中国から中華系もメンバーに入れろと言われて、生まれや育ち的には事実上アメリカ人なんだけど、香港に移住した中華系の科学者を入れることで双方妥協した、みたいな話になってる)


揺り籠からの特報:隠遁者──マサチューセッツ海での四十八時間

人類が地球だけでなく周辺の惑星にも生息圏を広げた未来、地球は温暖化により、かなり広範囲が水没してしまっている。若い頃に財を築いたエイサは、隠遁者としてかつてのボストン周辺で暮らしている。
彼女の元を訪れたジャーナリスト(?)が書き手となって、彼女の言葉を紹介していく記事風の作品
温暖化して水没したあとの世界にも美しさがある、みたいなことを、エイサは延々と言ってる。
水没したハーバード大学(観光地化している)が出てくる。珊瑚礁ができてたりする。

七度の誕生日

7歳、49歳、343歳、2401歳、16807歳、117649歳、82万3543歳、はるか遠く未来の8節に分かれている
主人公は、人格のアップロードに成功していて、彼女の世代以降、人類は超長寿化している。
地球温暖化を解決した母、人間の心をアップロードする研究をしたわたし、より多くの生命を救うべく多くの惑星をテラフォーミングした娘、と親子そろって、すごいこと成し遂げてるんだけど。

数えられるもの

高機能自閉症の主人公が数学の無限論と出会う
彼にとって、人間たちの感情的なふるまいは非合理なものであるが、そこになんとか法則性を見いだして生き延びようとしている。しかし、彼の義理の父親は、いつ不機嫌になるか分からず、相性が悪い
人間の行動の合理性(レイショナル)・不合理性(イレイショナル)と、数学における有理数(レイショナル)・無理数(イレイショナル)の話とがなんとなく重ね合わされていく(?)

カルタゴの薔薇

学業優秀で、それでいて生活力がなく旅好きの妹と、頭はよかったものの保守的で、早々に実家の果樹園を継いだ姉
姉の視点で語られる妹の物語
人格のアップロード技術の黎明期を描いたような作品
妹はめちゃくちゃ天才で、AIコンサル会社に入ったあと、人格のアップロード技術を実現するために、自分の脳の破壊的スキャンを実行する
で、失敗してしまったので、姉の方はテクノロジー全般を忌避するようになる。


人格のアップロード、SFあるあるネタだけど、実際に実現するまでには色々と失敗ありそうだよなーと。

神々は鎖に繋がれてはいない

神々は殺されはしない

神々は犬死にはしない

神々三部作
カルタゴの薔薇」と同様、人格のアップロード技術黎明期の話(話自体は「カルタゴの薔薇」の続きものではない)
日本語タイトルは、「ない」ですべて揃えてあるが、英語タイトルを見ると、最後の「犬死にはしない」だけは完了形になっていた。
なお、アポカリプステーマのアンソロジーに3年連続でそれぞれ掲載されていたっぽい
ある日、マディという少女のもとに、ID不明のチャットが入る。絵文字だけを用いたそのチャットは、亡くなった父親としていたのと同じだった。
彼女の父親は、病気で若くして亡くなったのだが、それまで天才的な      として働いていた。会社は、彼の直観をどうにかしてアルゴリズムに取り込みたいと考えており、彼が病気で亡くなる直前、脳の破壊的スキャンを実行した。
当初、人格と関わらないような部分だけを復元したのだが、彼の能力の再現をすすめるうちに、人格に関わる部分も復元してしまう。結果として、コンピュータ上に再現されてしまった彼が、娘の端末にアクセスしてきたのである。しかし、言語中枢の復元はされていなかったので、絵文字でしかコンタクトがとれない。
この父親だけでなく、様々な企業や政府によって密かに、天才とされる人たちのアップロードが進められていた。そうした人たちはみな、意に沿わぬ形でアップロードされてしまっており、中には人類への憎しみを抱いている者もいた。
また、元々天才だったわけだが、ネットワークでつながれたコンピュータの計算能力を手に入れ、アップロードされた人々=ポストヒューマンは、人類社会に大きな影響を与えることのできる能力を手に入れていった。
反人間派の急先鋒であるチャンダは、マディの父親と鋭く対立しながら、人類社会の戦争の芽を着々とまいていった。
「殺されはしない」では、世界中で状況が悪化し、アメリカもインフラを保てなくなり、アポカリプス的状況が訪れる。マディーは父親とともに、どうにかチャンダを食い止める方法を探そうとする。
「犬死にはしない」では、マディーのAIの妹ミストが登場。身体への未練が弱点ともなっていた父親世代と異なり、生まれた時から身体を持たないミストだが、そのことが人間とポストヒューマンの共存への希望となる。

闇に響くこだま

清の上海に訪れた米軍人の主人公は、太平天国の指導者で古武術の達人という“飛翔する蝙蝠”と出会う。盲目の彼は、音によって敵の位置を知る技術を持っていた。
主人公は、この武人の技術に興奮を覚える

ゴースト・デイズ

鋤の形をした古い硬貨が、1905年、1989年、2313年と受け継がれていく様を描く
話としては、まず2313年の地球とは異なる惑星から始まる。そこに植民した地球人は、地球とは異なる環境のその星に適応するため、その惑星の生物をもとに次世代を生み出し、彼らにもう戻ることが叶わない地球の文明・文化を教育する
なので、最初は、宇宙ものかと思うのだが(いや実際宇宙ものではあるのだが)、続いて1989年のアメリカ、1905年の香港と舞台が移り変わっていく。それぞれ、アメリカに不法移民としてやってきた中国人家庭の子、英国統治下の香港で暮らす中国人を主人公としている。
文化の継承についての話

隠娘(いんじょう)

唐末が舞台
『唐宋伝記集』に収録されている唐代の物語を元ネタとした作品らしい
将軍の娘が、謎の尼僧にその才能を見いだされ、暗殺者として育てられることになる。しかし、初めての任務で殺すことになった男について、彼を殺すことでより一層の戦乱が起きてしまうことを知り、師匠を裏切る
この尼僧と主人公、及び主人公の姉弟子たちは、異次元空間を移動することができる能力を有していて、それを用いてバトルする。
「よい狩りを」という台詞だけ出てくる

ビザンチン・エンパシー

寄付金・慈善活動を、世界に数多ある戦地・被災地・貧困等のどこに振り向けるべきか
アメリカ留学経験があり、昼はプログラマー、夜はビットコイン採掘者として生きるジェンウンは、世界中から忘れられている中国・ミャンマー国境地帯の難民を救う術はないかと考え、ブロックチェーンを使った寄付システム、エンパシウムを開発する。
何を必要としているかは、現地の当事者こそが一番わかっているという考え(それは彼女が学生時代に四川地震にボランティアとして行って何も役立てなかった経験からもきている)から、寄付者の寄付金が直接当事者に使われるようなシステムだ
一方、ジェンウンと大学時代の友人であるソフィアは、国務省を経て国境なき難民救済事務所の事務局長となっていた。彼女は、少額の寄付を行う層が、事務所からエンパシウムへと流れていることとその対策について、テクノロジーについて無知な理事たちに説明しなければならなかった。
寄付・慈善事業の決定について、共感を重視するジェンウンと、理性を重視するソフィアという対立がある。

共感を基準にお金をまくだけでは問題は解決できない。場合によっては、事態をより悪くしてしまうかもしれない。戦争の要因、その土地のもつ背景などコンテクストを読み解いた上で、寄付の投下先を決めるべきだ、とソフィアは考えている。結果的に、無視してしまうことになる悲劇があったとしても。
ソフィアは、ジェンウンのエンパシウムをうまく利用して、その決定権を自分たちの手に奪取しようとする。
一方、ジェンウンは、自身がVRコンテンツによって、件の難民へ共感し、この計画を実行したわけだが、その後、世界各地でVRコンテンツを配信することで、世界の共感を集めようとする手法が相次いでいく。VRはただのプロパガンダと化し、世界を席巻していく。注目を集めることになったことで、逆に新たな戦争の火種となってしまうことがあることが示唆されて終わる。
VRブロックチェーンという実在するテクノロジーと、難民問題・慈善活動を巡る共感と理性の問題という、これまた現実にある問題とを結び付けてみせることで、今はまだ来ていない、しかし来るかもしれない近未来の状況を描いてみせる。
未来への警鐘、というSFが持っている役割の1つを、鮮やかに行ってみせている。
一方、物語的には、ジェンウンとソフィアの、志としては似ているが手法が異なっている者のすれ違いを描くものともなっている。この2人をそれぞれ語り手としたパートを最後に交互に挟むことによって、感情の人のように見えるジェンウンが実は理性的な語りで、理性の人のように見えるソフィアが感情的な語りをしているという対比があり、また、お互いに相手に対して抱いているイメージもきれいにすれ違っている。