ケン・リュウ『紙の動物園』

ケン・リュウについてようやく読めた。
すでに高い評価を得ているとおり、全般的に面白い短編集で、個人的にも面白かったものはあるのだが、一方で、表題作である「紙の動物園」や「もののあはれ」はあまりあわなかった(なお、分冊された文庫ではなく単行本版で読んだ)。
全体的に、叙情的というかセンチメンタルというか。そのあたりは読みやすさでもあるのだろうけど、ちょっとなーと思うところもあった。東アジアをフィーチャーしている部分と組み合わせると、オリエンタリズムっぽく機能しているようにも思えて、それをどう捉えればいいのか戸惑ったともいえる。もっとも、よかったものもあった。
苦い結末のものが多い印象。
SF成分、特にSFの「S」要素の薄い、言うなれば、スリップストリーム系の作品が結構あって、ネットで見かける感想などを見ても、そういうのがメインな作品集なのかなと思っていたら、宇宙SFが結構多かったのが意外だった。その中でも、シンギュラリティものもあれば、世代間宇宙船ものもあれば、地球人が出てこなくて複数の異星種族が出てくるものもあった。
訳者が、色々な種類の作品を集めたとあとがきで書いていた、そういうことだろう
「太平洋横断海底トンネル小史」「心智五行」「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」「円弧(アーク)」「良い狩りを」あたりが面白かった

紙の動物園
もののあはれ
月へ
結縄
太平洋横断海底トンネル小史
潮汐
選抜宇宙種族の本づくり習性
心智五行
どこかまったく別な場所でトナカイの大群が
円弧(アーク)

1ビットのエラー
愛のアルゴリズム
文字占い師
良い狩りを

紙の動物園

主人公は、アメリカ人の父と中国人の母を持つアメリカ人男性。
彼の母親というのは、英語もわからず、売り渡されるような形でアメリカへ嫁いできた女性。彼女には、折り紙に息を吹き込むと、まさに折り紙が動き出すという特殊能力を持っている。
主人公は、幼い頃は母の作った折り紙により喜んでいたのだが、大きくなるにつれて、アメリカ社会に馴染めない母を疎んじるようになる。
しかし、母亡き後に、折り紙に残された手紙を読んで、母の抱えていた思いを知る。
あらすじ的には、全然オリエンタリズムではないものの、異国で疎外されて生きた中国人の母が不思議な力を持っていた、というのに、なんとなくすっきりしない読後感があったんだけども

もののあはれ

地球を脱出する事態となった人類は、次々とロケットで移民船へと向かうが、ロケットの数は十分でなかった。
そのため、主人公は、少年時代に親と別れ、家族で自分だけ移民船に乗り込むことになった。
なぜか久留米市が舞台。
ヒロイックな自己犠牲に対して肯定的な作品なように読めて、飲み込めなかった
漢字、謎だし

月へ

中国からアメリカへ移民申請してきた父娘と、未熟な弁護士の話
アメリカへ行くことを月へ行くことに喩えたかのような寓話的なパートが挿入されている
移民申請に通りやすいような「話」を作っているという話で、なかなか苦い読後感のある話
なお、中国への翻訳はまだなされていないらしい

結縄

結縄文字を持つ少数民族のもとに訪れた、生化学研究者
その村の長老が持つ結縄文字の読み取り・操作能力を、タンパク質の合成へと役立てるかわりに、その見返りとして、干魃に強い品種の米を贈られるのだが
先進諸国による合法的な搾取、という感じの話


太平洋横断海底トンネル小史

歴史改変SFとなっていて、これが結構面白くて、このあたりから読んでいてのってきたかもしれない。
第二次世界大戦が起きなかった世界の70年代くらいの話
世界恐慌に入るか入らないかくらいの時期に、日本がアメリカに、太平洋横断トンネルの計画を持ちかける。この巨大公共事業によって、不況は回避され、第二次大戦も起きていない。
これにより、フーヴァー大統領は4選、浜口雄幸海軍軍縮条約で海軍の保有比率を米英並にすることに成功する。浜口内閣が国民の支持を集めたことで、軍国主義の台頭が抑えられる。
また、中国では国民党が共産党を押さえ込むのに成功している。
という世界。
主人公は、台湾人で、トンネル掘りの労働者として出稼ぎに来た男
第二次大戦が起きていないので、日本は朝鮮、満州、台湾などをそのまま支配していて、労働者はそこから供給されている。なお、本文では、沖縄もここに列挙されている。
トンネル完成後、地元へいったん戻るのだが、開発により故郷の姿が変わってしまったことと、長年、地下生活を続け適応してしまったため、トンネル内の中継地点に作られた町で一人暮らしをしている。
そこでたまたま出会ったアメリカ人女性と親しくなり、男が少しずつ、トンネル発掘の頃の話をしていく、というもの。
これも別に、戦争起きなくてハッピーという話ではない。
男にはずっと言えずにいたことがあって、政治犯として連れてこられていた労働者の監督をしていたのだが、と。

潮汐

月が次第に地球に接近し、満潮の時の海面が高くなり、多くの人類が地球を離れる中、塔に住み続ける父と娘

選抜宇宙種族の本づくり習性

様々な知的生命体の「本」というものの違いについて
アレーシャン族の粘土板レコード、機械種族クァツオーリ族の石の脳、へスぺロー族の凍結された精神、タル=トークス族は宇宙そのものを読む、カルイー族は他の種族の本を読む(というか住み着く)

心智五行

宇宙船の事故で、一人(正確にはAIが話し相手として残っている)生き残ってしまった主人公。彼女は、一番近くのハビタブル惑星へと決死の不時着を行う。だが、そこには先住民がいた。
AIによれば、かつて、まだ現在のような宇宙航行技術がなかった時代に、別の惑星への移住を試みた人類がいて、彼らの子孫なのではないか、と。
彼らの文明レベルは後退していて、とても宇宙船を修理できるようなものではない。その上、彼女からしたらオカルトとしか思えない食事療法を行う。
しかし、このオカルトとしか思えない食事療法は、実は根拠があった。元々、彼らの祖先が、腸内フローラなどをこの惑星の環境にあわせるために調整するべく編み出したものだった。
元々完全な無菌状態で生きていた彼女だったが、腸内フローラなどが形成されるにつれて、感情の持ち方などが変わっていく。
この話は、他作品と比べるとわりとポジティブな終わり方をしていると思う。
あと、参考にした論文が付記されてる

どこかまったく別な場所でトナカイの大群が

人類がみなアップロードされてる未来
高次元空間で生活している
主人公の母親はシンギュラリティ以前の肉体を持っていた世代(「古代人」と呼ばれている)
母親はグリーゼ581星系に、片道の探索へ行くことを決め、地球での最後の時間、娘を物質世界を見せる旅へと連れだす

円弧(アーク)

不老不死の技術を生み出した男の妻となった女性の一生

世代間宇宙船に不死技術のしらせがもたらされる。
その技術を使うべきかいなかで船の中の意見が分かれる

1ビットのエラー

テッド・チャンリスペクト作品
(「地獄とは神の不在なり」が着想減になったと作者が付記している)
主人公は、自らは信仰を持っていないが、恋人は信仰をもっており、そんな信仰をもっている彼女に魅力を感じている。しかし、その彼女が自分の運転する車で事故死してしまう

愛のアルゴリズム

これはなんかグレッグ・イーガン的な
AIを組み込んた人形でヒットを飛ばしたおもちゃ会社の社長とエンジニア。のちに二人は夫婦になるが、子どもを失う。エンジニアの妻は、より完璧な反応を返す人形を作り上げていく。
しかし、それによって、人間の反応自体も完全に理解でき、あらゆる人の応答などが予想できるようになってしまう。

文字占い師

台湾が舞台
父親の仕事で台湾に引っ越してきたアメリカ人の少女。周囲は軍人の子どもばかりで馴染めない。
ある日、農地の水牛に乗っていたら(アメリカでカウガールにあこがれていた)、地元の少年とその祖父と出会う。
そのおじいさんは、漢字で占いを行う。
彼女は、文字から様々な意味を引き出すおじいさんの語りに魅了されていく。
そして、彼がどうして台湾にやってきたのかの昔話を聞き、その後、その内容を父親に話してしまうことになるのだが、彼女は理解していなかったが、そのおじいさんは元人民軍の兵士で。

良い狩りを

妖怪スチームパンク的な
妖怪退治師の息子と妖狐の娘
中国は外国がやってきて開発が進み、魔法が消え去っていった時代。
2人は、香港で再会する。妖怪退治の仕事はとうになくなり、蒸気機関の技師となっていた息子と、狐には返信できなくなった娘
と、話の途中から雰囲気が一変、主人公は一流の技師となって様々な機械を作り上げるようになり、妖狐の娘に新しい機械を与える
これもかなりポジティブな結末