宮内悠介『偶然の聖地』

世界にはバグがある。その中でも特大のバグであるイシュクト山を巡る物語。
エッセイと小説の中間のような作品を、という依頼で書き始めた連載をまとめたものだということだが、どう見てもSF小説
といって、エッセイ的な要素がないわけではなくて、それは膨大な注釈によって補われている。
この作品の舞台は、主にパキスタンアフガニスタンあたりのどこかなのだが、バックパッカーとしてこのあたりを旅行してきた筆者の経験が使われている。筆者の経験という意味では、プログラマーとして働いていた経験も活かされており、そのあたりのことも注釈には書かれている。
ただ、連載なので、注釈の使い方は時々変わっていて、ある回では、誤用の多い慣用句などを本文ではよくある誤用のまま使い、注釈で正しい意味を書いているというものがあったりした。あと、注釈の語り手と本文の語り手が区別つきにくくなって、メタフィクショナルな感触になっている回とかもある。
メタフィクショナルという意味では、物語後半は、世界の書き換え合戦みたくなるので、メタフィクションSF感出てくる。


とにかく、めっぽう面白いです

偶然の聖地

偶然の聖地




主人公の一人、怜威の祖父が亡くなる。この祖父はイシュクト山を探し求めて行方不明になっており、亡くなった際に現地に娘がいたことが分かる。怜威は、その突如存在が発覚した叔母に会うために、イシュクト山へ向かうことになり、幼なじみのジョンが協力してくれることに。
イシュクト山というのは、幻の山で、行こうと思っても行けないが、そうは思っていない時に不意に迷い込んでしまう「偶然の聖地」。アフガニスタンとかパキスタンとかの国境あたりにあるとされているが、シリアからのルートもあるらしい。


イシュクト山を目指す彼らは、かつてイシュクト山へ行ったというティトとインターネット経由で接触する。
ティトは若かった頃にイシュクト山に迷い込み、同行者である友人を失った。イシュクト山は、願いを叶える代わりに何かを奪う、と言われている。
ティトも再びイシュクト山をめざしはじめる。


さらに別の物語も同時並行で進められていく。
一つは、旅だった怜威の部屋で起きた謎の殺人事件について。
怜威の父親が、怜威の部屋で遺体を発見する。捜査を担当した刑事ルディガーは、怜威が逃亡するために旅立ったと考え、彼もまたイシュクト山を目指して旅立つ。
ところでこの殺人事件、刑事に対して捜査ストップの命令が下っている。というのも、これが世界医案件だからだ。ルディガーは何度か世界医案件での捜査停止を経験していた。
で、もう一つがその世界医の話
世界医は、世界のバグを修正する存在で、世界に十数人しかいない。ロニーと泰志という師弟コンビが主に登場する。
彼らがデバックモードを宣言すると、時間が止まり、ヘブライ語で書かれたこの世界のソースコードが表示される。世界医はこれを書き換えることができる。
世界医の会長が亡くなり、世界医の流儀に従って葬儀が行われる。この葬儀の場で、世界医全員がある手続きを行うと、亡くなった世界医についての記憶が失われる。のだが、うまくいかず、闇世界医がいることが明らかになる。
で、この亡くなった世界医というのが、怜威の部屋で発見された死者
どうも会長は、闇世界医と争い敗れ死んでしまったらしい。そして、会長がその時手がけていたのが、世界最大級のバグであるイシュクト山


現在の世界医の中には、カストロやアリョーシャがさりげなく混ざっているし、ソースコードの中のコメントには、過去に世界医だった人物の署名が残されており、チャーリー・パーカーとかテェスタトンとかトロツキーがいたりするw


怜威とジョンは、イシュクト山にたどり着くことができるのか
怜威の部屋で起きた殺人事件の謎はどのように解明されるのか
などの筋書にドライブされつつ、バックパッカー的な旅の雰囲気だったり、プログラミングに関わる言葉*1によって展開されるSF感だったりを楽しめる
そして、そうこうするうちに、同時並行的に進んでいたそれぞれの物語が1つに収束していき、世界を書き換えるバトルがあったりする。

*1:ちなみに、プログラミングについてよく知らなくても、注釈がついているし、注釈を読めば、単に言いたかっただけ、みたいなのもぽろぽろあったりして、全然読めるw