ピーター・ワッツ『巨星』

人類とは異なる知性、意識、自由意志などをテーマにしたワッツの短編集
ワッツは最近長篇が続けて邦訳が出てちょっと気になってたけど、読めていなかった
面白かった作品もありつつ、難しくてよくわからんかった作品もありつつ。
ウェブが初出という作品もそこそこあった。
あと、カナダの作家なので、舞台がカナダという作品もそこそこあった。
遊星からの物体Xの回想」「乱雲」「帰郷」「巨星」「島」あたりが面白かった

天使
遊星からの物体Xの回想
神の目
乱雲
肉の言葉
帰郷
炎のブランド
付随的被害
ホットショット
巨星

巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)

巨星 ピーター・ワッツ傑作選 (創元SF文庫)

天使

軍用ドローンの視点から描かれた作品
視点から、だけど、三人称
付随的被害の計算をして倫理的判断ができるという代物

遊星からの物体Xの回想

映画『遊星からの物体X』を「物体」の側から見るとどうなるか、という作品
「物体」は、全体で一つである知的生命体で、身体の個々の要素がその時の状況に応じて変化する
「交霊」を通じて情報交換を行う
物体は最初、地球生命について「こいつら、魂がないのでは?!」と驚く。その後、脳の存在に気付いて、思考を司る座が偏在していることにさらに驚き、脳を「考える癌」と呼んだりする。
当初、南極基地にいる地球人などは、なんかの病気か、あるいは実験を行っていてわざとこんな形態をとっていると思っているのだが、最終的に、こいつらマジで変形できないし、器官なんてものを固定化しているのかよということが分かり、最終的に、地球人に対して哀れみを抱き、救済してやらねばならぬと思うところで終わる。
お互いにお互いが全然わかりあえてねーって感じなのと、最後に物体が地球人を救済せねばと思い始めるところの、ある種の皮肉っぽいオチでもあるし、すごい違う知性の在り方だって感じさせるものもあるし、面白かった


実は『遊星からの物体X』を未見だったので、これを機にちょっと見てみたのだが(あらすじとビジュアルがわかればいいやくらいのノリで見たのですごく大雑把にしか見てないけど)、『寄生獣』や『犬神』がかなり直接的に影響受けてんだなってのが分かった

神の目

空港の保安検査場に並ぶ男
犯罪者かどうか、というかそれっぽい思考をもっているかどうかスキャンして、それをあらかじめ取り除く的な装置
ここでいう犯罪が、児童への性虐待的なものを指してるっぽいのだが、あんまりよくわからん話だった

乱雲

雲が知的生命体になっている世界
あ、これ考えてみると、比喩が比喩じゃなくなっているSF作品の事例だなー*1
人類が環境破壊したせいで、雲が怒って暴れ出したぞ、みたいな話なんだけど
主人公とその妻は、いわば抵抗するように地表に暮らし続けてきたのだが、妻は死んでしまう。そして、娘は生まれたときから、雲が生命体であるという事実を受け入れている世代で、妻と娘の世界認識の違いに主人公は戸惑い続ける。

肉の言葉

かつて恋人を病で亡くし、それ以来、死ぬ瞬間の脳の電気信号を記録することにとりつかれている科学者
死に際に、死を望むなどということが本当にあるのか。延命治療を打ち切る側の正当化ではないのか。
死んだ恋人をPCのアシスタントソフトにしている

帰郷

海洋SF掌編
深海底で行われる計画のために、身体改造された主人公。自の分では、主人公は一貫して「それ」という三人称で呼ばれているが、もともとは「ジュディ」という名前の人間。
身体だけでなく精神なども深海での孤独な作業に耐えられるように改造されており、言語なども一時的に忘却している。
その意味で、上田早夕里のルーシィみたいな奴だけど、もっと沈鬱な感じ。ルーシィは地球環境が激変しても人類が絶滅しないために改造され、群れで生活している生き物だけど、こっちは、人類自体は全くそのまま存続している世界で、一部の人間が改造され、ひたすら孤独に海底を歩いているというものだし。
海底から基地へと帰還し、そこで元々の人間としての言語的能力などが徐々に復活していくような過程を描いているのだが、もともとジュディは児童虐待か何かの被害者で、地上には戻らず再び海底へと戻っていく

炎のブランド

初出が、MIT出版局編集のSFアンソロジーとかで、大学出版でSFアンソロでるのか、すげーなアメリカ、と思った
改造遺伝子が漏出し、水平伝播により人体発火現象が起きている世界。政府機関で、情報操作の仕事をしている主人公の話

付随的被害

「拡張」を装備しているサイボーグ兵士の話
無意識による倫理的判断を「拡張」が拾い上げ、常人よりも早く反応・判断できる。だが、ある戦場で誤作動を起こして、民間人を殺してしまう。
カナダへ戻ってくると、そのことで国会は紛糾。彼女自身は、広報戦略の一環もあり、左翼系ジャーナリストの取材を受けることになる

ホットショット

本短編集のラスト3篇である「ホットショット」「巨星」「島」は、同一のシリーズとなっており、執筆順では「島」→「巨星」→「ホットショット」だが、作品世界内での時系列は「ホットショット」→「巨星」→「島」となっている。
ワームホールを使った宇宙ハイウェイを作るための構築船の乗務員の話
乗務員といっても、構築作業はほぼすべて船に搭載されたAIが行い、乗務員である人間は基本的にみな冷凍睡眠しており、AIでは対処できない事態が起きたときだけ、起こされるというもの
「ホットショット」は、出発前の話
構築船の一員になるべく生まれ育てられてきたサンディは、しかし、常に反抗的でもあった。
乗組員候補にはいつでも辞める権利が認められていたが、果たして本当にそこに自由はあるのか
太陽へと落下するツアーというものがあって、このツアーの参加者の中には自由意志を経験できたという者もいて、サンディは出発前にこのツアーに参加する
しかし、このツアーの中でサンディが経験したのは、自由意志ではなくて、決定論が正しいという感覚だった
ただそれは、自分の生き方を公社が決めていたわけではなくて、全てが、これまでもこれから先も決まっているということで、サンディは吹っ切れるというか、自由よりもいいものを手に入れたという

巨星

「ホットショット」からはるか未来。構築船「エリオフィラ」はもう何千万年も航海を続けている
途中、乗組員たちの叛乱が起きている。この叛乱は、まだ訳出されていない別の短編に書かれているらしい。「巨星」と「島」はその叛乱以後の時代を描いている。
AI(「チンプ」という名前)とのネットワークを切り離して叛乱を起こした側のハキムと、叛乱には参加したがAIとのネットワークを切断しなかったので裏切り者といわれた「ぼく」の2人が、起こされる。
ある恒星の重力圏に掴まってしまい、抜け出すために、一度恒星の中を突っ切るコースをとらなければならなくなった。
運命を共にする氷惑星の内部に隠れて突入する。
すると、恒星の大気の中には、プラズマ生命体がいて、船に襲い掛かってくる。
太陽のめちゃくちゃ近くまでいくSFとかはあるけど、恒星の中に突入するってのがさらっと描かれているのがすごい。その上、プラズマ生命体まで。
一方で、「ぼく」とハキムは、常に緊張関係にもあって、お前はAIに操られてんだー的な主張と、何まだそんな非効率的なことやってんただよー的な主張がぶつかりあう。
「ぼくはチンプのサブルーチンなんかじゃない。/チンプがぼくのサブルーチンなんだ」

「ホットショット」に引き続きサンディが主人公
サンディが目覚めさせられると、ディスクという乗組員が既に起きていた。サンディには見覚えがないが、ディスクは自分がサンディの息子だという。
どうもこのディスクという乗組員は、AIのチンプによって育てられたらしい。
チンプを擬人化しチンプに従いチンプに学ぶディスクに対して、サンディはチンプが決して人間を越えられないということを教えようとする。
ある恒星の周りを、薄い膜が取り囲んでおり、この膜が信号を送ってきている。
チンプは非生命的なものだと考えるが、サンディはこれを知的生命体によるものだと直観する。
この超巨大な薄い膜状の生命体(「島」と呼ぶ)を殺さないために、ワームホールの構築場所を変えるかどうかで、サンディとチンプは対立する。
サンディはこの宇宙生命体について色々と考えを巡らせる。
重力という制約もなく、小天体の前駆物質を吸収して成長できるんだから、地上よりも宇宙の方がよほど生命が住む環境なのでは、という超逆転の発想が語られる。ダーウィン進化的に淘汰を経ずに、巨大な神経系を手に入れ、その巨大なネットワークで人類には思いもよらない知性を身に着けているのだ、と。
まあ、実際にはサンディが夢想したような、超越的な知性をもった奴ではなくて、普通に他の個体と相争っている奴だったっぽい、というオチがつくのだが。


作中で、アップロードしてめちゃくちゃ小さい宇宙船で旅するとかありえないでしょ、とさりげなくイーガン批判していたりするw

*1:SF研究者の牧眞司さんが、よくSFをそのように形容する。非常に好きな形容なのだが、ぴったりくる作品をなかなか見つけられずにいた