倉田タカシ『母になる、石の礫で』

不思議なタイトルだが、小惑星帯を舞台とした、ポストヒューマン宇宙SFである。
地球から逃げ出した12人の科学者が小惑星帯に作ったコロニー。そこで生み出された子どもたちが主人公だ。
宇宙で生まれ育った彼らの価値観、身体感覚、渇望、新たな世界への旅たちが描かれている。


第2回ハヤカワSFコンテスト最終候補作で、2015年の作品
正直なところ、実はこのタイトルでちょっと敬遠していたというか、読む優先順位を下げていたところがある。
大森望・日下三蔵編『行き先は特異点 年刊日本SF傑作選』 - logical cypher scape2で「二本の足で」が面白くて、倉田タカシ面白いじゃんとなって、今回、これを読むに至った。
なんというか、いわゆるストレンジ系であったり、あるいは、円城塔であったり酉島伝法であったり、そういう系の作品なのかなーと思っていたところがあって、そういう作品が嫌いなわけじゃないけど、今はいいかーという気持ちだった。
しかし、実際は、わりとサイエンス系というか、ハードSFというほどではないにせよ、現実の科学技術の延長線上にある世界を描いてる話だった*1


上に、ポストヒューマンと書いたが、正確にはちょっと違う
ポストヒューマンSFというと、一般的には、人格のアップロードが可能になった世界を描くものを指すと思うのだが、本作はそういう話ではない。
肉体はまだ残っていて、不死になったりはしていない
しかし、身体改造はなされており(また、脳みそだけになったりもしている)、特に主人公たちは宇宙で生まれているので、重力の感覚が乏しかったりする。
で、ちょっと稲葉振一郎『宇宙倫理学入門』 - logical cypher scape2を思い出したのだが、宇宙植民をするには、人体改造が必須。しかし、人体改造してまで宇宙に行きたい動機はあるのか、むしろ人体改造したいコミュニティが先にあって、そうしたコミュニティが宇宙へ進出するのでは、という話を稲葉はしている。
本作の世界は、別に人体改造がポピュラーになっているわけではないが、進化した人類になるぞ、という動機を持った科学者たちが、地球ではそうした研究を進める自由がないから宇宙へ脱出するという話になっている。
そんで、そんなマッドサイエンティストたちによって生み出されてい待った二世だちの物語なのである。


また、タイトルにある「母」というのは、ほぼ万能出力機械となった未来の3Dプリンターのこと
科学者たちがこの3Dプリンターのことを「母」と呼んでいたので、二世たちは、母という言葉が指すのは3Dプリンターのことだと思ってた育っている


本作は「1 母になる」「2 石の礫で」「3 それとも」の三部構成となっているが、分量的には8割くらいが「2 石の礫で」で、「1 母になる」が序章、「3 それとも」が終章くらいの感じ
主人公たちは二世で、彼らは12人の科学者たちのことを「始祖」と呼んでいる。
ある日、母星=地球から巨大な何かが近づいてきていることに気付いた、主人公の虹が、霧や針、そして「新世代」の41とともに、始祖のもとへ相談しに行こうと提案するところから話が始まる。


物語が始まる30年以上前、地球では3Dプリンター的なものの発展が進み、なんでも生み出せるようになった。
いいことだけでなく、悪いことにも使われるようになり、例えば、銃火器のようなものを出力することはできないような規制がなされるようになっていく。
12人の科学者たちは、そのような規制・監視だらけになった地球社会から逃げ出すために、ひそかにロケットを作り上げ、脳みそだけになって宇宙へと脱出する
小惑星帯にコロニーを作った彼らは、新たな人類を作る実験と称して、母を用いて、「二世」である虹、霧、針、雲、珠を作り出す。
さらにその数年後、「新世代」を作り出すと、始祖たちは二世を行動を制限するようになっていき、二世と始祖の仲は険悪なものになっていく。
また、新世代は始祖たちに対して従順であったが、当初はたくさんいたものの、次第に数を減らしていった。
そんな中、二世の雲は、始祖のコロニーから逃げ出す計画を立て、珠と2人で脱出するのだが、彼らの乗せた船は爆発して彼らは死亡する。
2人が始祖に殺されたと思った針は、自分たちも殺されると考え、虹、霧、新世代の41を連れて、始祖のコロニーから逃げ出す。こちらの方は成功し、彼らは、別の小惑星に「巣」を作り、始祖たちからは距離をとって暮らすことになる。
と、ここまでは、回想シーンなどを通して、徐々に明らかになっていく話。


「巣」で、虹、霧、針、41の4人はそれぞれ別々に暮らしている。
虹は、4本の腕をもっていたが、そのうち2本は結局切除してしまった。実現する予定のない都市計画を延々と作っている。
霧は、自分の体内に母を取り込み、生体材料によって生み出すことを色々とやっている。普段は一番普通だが、精神的に不安定なところがあって、薬物を使っている。
針は、腰から下にもう一つ同じ姿をした上半身をつけており、また目がない。銃器のように母を使う。


霧と針は、始祖たちにたいしてのわだかまりを捨てておらず、始祖たちのコロニーについたあと、霧は彼らを殺そうとする。
虹は、雲と珠のことを事故だと思っており、始祖たちに対して思うところはあるも、殺意や憎しみなどは抱いておらず、むしろ母星から接近しているものたちの方を警戒している。
最初は、虹と、霧・針とのあいだで意見の食い違いがあり、
その後、彼らと始祖とのあいだでの争いが生じる。
霧と針、特に針は攻撃的な性格をしており、始祖たちと自分たちが共存することはできず、彼らを皆殺しにすべきだと考えている。
始祖たちは、母星からの接近にすでに気付いており、太陽系脱出計画を既にたて、出発が間近になっている。彼らは、二世たちにもともに来ないかと誘い、あるいは彼らはともに来るべきであると強制しようとする。
虹は、始祖たちの計画に少し心惹かれるところがある。
実は、41は始祖側についているのが分かって、虹たちが拘束されてしまう。
ところが、41と始祖たちの間にも食い違いがあって、立場が逆転して、虹たちが始祖たちを拘束する。
そして、母星からきたものが、コロニーへと到達する。
この母星からきた巨大構造物は、無秩序にものを生み出しては破壊してを繰り返し、彼らの「巣」や「コロニー」に対しても「攻撃」を加えてくるのだが、そもそもどのような意図なのかが分からない。
始祖たちの中には、母星が「門」を完成させ、人間を送り込んでくるのだというものもいれば、母星に人間はもはやいなくなったのではないかというものもいる
(基本的に、始祖たちも大雑把な方向性以外は、意見が統一されておらず、しゃべりだすとみんながてんでバラバラなことを言い出す)


最終的に、始祖たちは太陽系外へ脱出していき、虹、霧、針、41は始祖たちとは別の方向へ逃げ出す。
逃げ出した先は土星なのだが、実は、土星には既に他のコミュニティがあった。
始祖たちよりあとに、地球から逃げ出してきた人たちが、土星の環や衛星などに隠れ住んでいる。彼らは、一度に来たわけではなく、地球の様々なコミュニティが、それぞれ別の時期、別の理由でやってきており、土星内コミュニティは、非常に多様であり、母星から隠れるという以外では特に一致点ない。
虹たちもそこに受け入れられる
針は、自分たちに社会がないことが脆弱性だと思っていて、ここには社会があると分かる
一方、そもそも万能出力機械は、以前から母星では、独立した機械としてではなく、出力域があらゆる壁面などにあるような状態になっていて、それは土星も同じで、「母」という言葉も通じなくなっている。

*1:「二本の足で」や「再突入」もそうだろう。逆に「生首」はがっつりストレンジ系だ