韓国の戒厳令をうけて『ソウルの春』とか見てみようかなと思ってたら、「ソウルの春」がもっと面白くなる!韓国現代史の名作映画まとめ - ハナ韓まとめという記事を見かけて、見ることにした。
この後、『ソウルの春』『タクシー運転手』も見たい。
朴正熙大統領暗殺事件についての作品で、事件の40日前から事件当日までを描く。
なお、史実を元にしたフィクションということで、人名が変更されている。
当時のKCIA(中央情報部)の部長であるキム*1が暗殺の犯人なのだが、彼の動機は解明されていない。事件後の捜査・裁判では、権力闘争の果てに、個人的な恨みから事件に至ったということにされているが、裁判の際の証言で本人は、革命(民主化)のためである旨述べていた。
Wikipediaによれば、近年、民主化に貢献した人物としての再評価もされているようで、本作も、韓国が民主化に向かう流れの中の1つとしてこの事件を描いていると思うが、一方で、恨みというか、積もるところもあったのだろうなあというところも描かれている。
キム部長は、パク政権の独裁を維持し続けるのはもう難しくなっていることを認識しており、アメリカの動きや民衆や野党(金泳三)にも気を配るよう、大統領に進言しているのだが、「デモなんて戦車で踏み潰してしまえばいい」と豪語する大統領警護室長のクァク・サンチョン*2のいうことを、大統領は次第に聞くようになっていく。
キム部長に、次期大統領への野心があったかどうかは本作では窺い知れないが、その可能性をキムにほのめかすようなシーンは出てくる。
強権的・独裁的な方針を維持しようとするクァクや大統領に、キム部長は明らかに嫌気がさしているのだが、それが真に民主化を志しているからなのか、国際情勢や国民の動きを見ての時局的判断なのかも、本作ははっきりとは示していないように思える。
個人的な野心のような自己中心的な動機を、少なくとも本作のキム部長は抱いていないように思えるが、一方で、民主化への理念を抱いての行動だったのかも微妙に分からない。
無論、国を憂えて、みたいな気持ちはあっただろうし、行動を共にした部下たちにはおそらくそのような説明をしたのだろうが、しかし、本作を見ていると、それはそれとして、「こいつら、俺の気も知らないで好き勝手言いやがって、ふざけんなよ」みたいな気持ちも一因だったのでは、と思わざるをえない。
事後処理がどう考えても雑なので、部下を配置するなどの点では計画的ではあるものの、結構衝動的な犯行だったようにも見える。
(釜山・馬山で大規模デモをヘリで上空から視察したりしていて、それの影響とかも考える必要があるとは思うが)
物語は、キム部長の前任者である、パク元部長がアメリカへ亡命してパク大統領を告発するところから始まる。
キム部長は、この件を穏便に解決しようとして、パク元部長が大統領を告発するために出版予定だった手記を入手するなどするが、その手記が、日本の週刊誌にすっぱ抜かれるなどうまくいかない。
結局、パク元部長を暗殺するしかなくなるのだが、これも大統領の歓心を得るには至らず、むしろ大統領が自分を処分しようとしていることを知り、決行に至ることになる。
パク元部長の手記のタイトルは「革命の裏切り者」で、キム部長は大統領に手をかけるとき「革命の裏切り者!」と叫ぶ。
朴正熙によるクーデターに、キム部長、パク元部長も参加しており、彼らはそのクーデターを「革命」と呼んでいた。パク元部長から、君はなんで革命に参加したんだと聞かれて、その問いへの答えが、最後の暗殺に至る、というのがメインプロットなのだと思う。
(とはいえ、このパク元部長も、正義心から告発したかといえば怪しいが)
このパク元部長から「イアーゴ」なる存在がいることを知らされる。大統領の裏金を管理しており、KCIAも存在を把握していない、大統領の真の右腕なのだという。
という謎かけが、物語の前半にふられて「イアーゴは誰か」という疑問が観客側には植え付けられるのだが、どうもこのミステリプロットがうまく機能していたように思えなかった。最後の最後に「奴がイアーゴだったのか?」と思しきシーンは出てくるのだが、それによる納得感があまりない。
大統領への忖度がすごい
というか、忖度させるように大統領が誘導している
「きみはどうすればいいと思う?」と問いかけ、さらに「きみの側には私がいる。思うようにやりたまえ」と励ますのだが、大統領から明確な指示は出していない。
これ、部下への殺し文句だったようで、パク元部長に対して、キム部長に対して、イアーゴと思われる人物に対して、それぞれ全く同じ台詞を言っている。
なお、キム部長はこう言われて、パク元部長の暗殺を決行することになる。
ところが、その後、それを報告しにいくと、「パクの行方なんてどうでもいい、奴の持ち逃げした金はどこだ」と叱責されてしまうのである。
さらにキム部長は、自分が呼ばれなかった宴席を盗聴し、大統領がイアーゴと思われる人物に対して、全く同じ台詞で自分(キム部長)に対する暗殺を示唆するのを聞いてしまうのである。
部長が結構身体張ってる
部長というが、中央情報部の部長、つまり行政庁の長官であり、また、当時の韓国では、大統領につぐナンバーツーの権力を持つ存在とされていたそうである。
が、パリで拉致されたパク元部長は、逃げるのに大立ち回りをしている。成金おじさんみたいな見た目のわりに、身体がよく動くので、腐っても元軍人かつ情報部だなー、と。
また、キム部長は、上述の通り、自分が呼ばれなかった宴席を盗聴するのだが、その際、豪雨の中、傘も差さずに、料亭の壁をよじのぼり、2階から侵入して、押し入れの中に忍び込むのである。きっちりスーツ着込んでいるのに。部長自ら(まあ部下には頼めない盗聴ではあるが)。
ここ、雨でびしょ濡れになったイ・ビョンホンが、狭い押し入れの中ヘッドホンをして、大統領の本音を聞いてしまいショックを受けるというシーンで、この雨でびしょ濡れ、部長自ら、というあたりが、より惨めさを強調する演出になっているわけだが。