春暮康一『オーラリメイカー』

惑星系を改造するような宇宙生物が登場し、知性の役割を問い直す宇宙SF
第7回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作で、その後出た春暮康一『法治の獣』 - logical cypher scape2と世界観を共有している。
短編「虹色の蛇」も収録
『法治の獣』が面白かったのでこちらも読んでみたが、こちらもこちらでとても面白かった。
オーラリメイカーのスケールの大きさにワクワクする。
しっかりSF読んだなあという気分になれる作品。


オーラリメイカ

太陽系人類であるイーサー、人工知能の「わたし」、篝火人、オーラリメイカーのそれぞれの視点からなる章が交互に展開する構成をしている。
物語は、イーサーが、《水-炭素生物連合》に加盟する他の4種族の代表者とともに、オーラリメイカーと仮称される何者かの存在が示唆される恒星系へ訪れたところから始まる。
その恒星系では、9つの惑星のうち4つまでが公転面が傾き、楕円軌道を描くエキセントリック・プラネットで、意図的に軌道を調整されていた。
そのようなことを可能にする高度な知性が存在しているのかを調査し、そして、最終的には連合への加盟を打診することを目的にイーサーたちはやってきていた。
なかなかオーラリメイカーは見つからないのだが、エキセントリック・プラネットは恒星系の重力位井戸を昇降するためのエレベーターになっているとか、そのスケールの大きさになかなか痺れる。
さて、この宇宙は、自然知性の種族からなる《水-炭素生物連合(アライアンス)》と、人工知性の種族からなる《知能流(ストリーム)》の大きく二つの潮流に分かれている。知能流は次第にその勢力を増していたので、連合は新たに加盟する種族を常に探しているのである。
イーサーは、しかし、オーラリメイカーを追うために連合を抜けて知能流へと参加する。ただ、知能流というのが、基本的には内に籠り、あまり宇宙探査などをしないのに対し、イーサーは、知能流の持っているインフラを利用してオーラリメイカーを追っているので、知能流の中では異端者。
人工知能の「わたし」は、もともとある種族に奉仕するために作られた人工知性で自意識を持っていなかったが、マスターからの色々な要求にこたえるうちに、自意識が発生してしまう。ところが、ちょっと特殊な発生の仕方をしたので、一つの知性の中に二つの部分をもち、片方は全くコミュニケートとれない狂った状態となっている。「わたし」からももう半分がどうなっているからは把握できず、のちに、ジキルとハイドと呼ばれるようになる。その特殊な状況から、知能流からも参加を拒まれ、宇宙を孤独のうちに彷徨っていた。
オーラリメイカーの正体は、わりと最初のほうで明かされるのだが、実は自意識を持つような知性ではない。社会性昆虫のような群体生物で、恒星系外へと播種するために恒星系を改造しているのだ。
篝火人というのは、とある惑星に誕生した知的生命体なのだが、この惑星はたびたび小惑星の衝突に見舞われていて、その度に技術革新に成功してきていた。そのために彼らは、神の試練が自分たちには課せられているというかなり強い宗教心を持つようになる。
世代交代しながら、銀河中心部から次第に外縁部へと移動していくオーラリメイカーを、銀河の最外縁まで達したから彼らはどうするのだろうかという興味で追いかけていくイーサーは、ジキルと出会い、ともにオーラリメイカーと篝火人の行方を観察するようになる。
オーラリメイカーは、光合成生物が生まれるように惑星を改造するが、それは播種の際に用いる酸化剤を集めるためで、酸素を消費する生物の出現を嫌う。
ところが、恒星篝火系では、オーラリメイカーと火を使うまでに進化した知的生命体が共存していた。
知性を持たないとされるオーラリメイカーは、銀河越えをするために、知性をわざと進化させて銀河を超えられるような技術を作らせていたのである。
神の御心と信じて、重力レンズを用いて恒星系ごと移動する技術を開発し、ついに銀河脱出の日を迎える篝火人たち
一方、イーサーは、次第に篝火人たちへと同情するようになっていく。


楕円軌道になっていて、遠日点と近日点がそれぞれ別の惑星の軌道と接するので、エレベーターになっているという設定なのだけど、それと公転面が傾いていることがどう両立しているのか自分にはよく分からなかった……。
自分はそんなレベルなのでハードSFかどうか判定できないけど、系外惑星やアストロバイオロジー好きなので、そのあたりの話がばんばん出てきて楽しかった。


なお、『法治の獣』収録の「主観者」の話が、はるか昔に起きた悲劇として少し言及されている。
『法治の獣』収録作品はいずれも、連合なんてものができる以前の話で、逆に言えば「オーラリメイカー」の世界は『法治の獣』で描かれた世界の遠未来となっている。
複数のスケールやレベルの異なる知性体の相互作用(?)という点では『法治の獣』収録の「方舟は荒野を渡る」と通じるところがあるかもしれない


内容的には大分違うけれど、
『ラブ、デス&ロボット』シーズン3 - logical cypher scape2の中の「巣」を想起したりもした。

虹色の蛇

「オーラリメイカー」よりも過去、連合ができた少しあとくらいの時代の話
(『法治の獣』収録作品よりも未来)
恒星「白」系の惑星「緑」は、連合の中では辺境に位置するが、〈彩雲〉と呼ばれる雲状の生物を目当てとした観光が成立していた。
身体改変したことにより疎外されることになった者同士の物語でもある。
〈彩雲〉は、文字通り色のついた雲で、群れによって色が異なる。それぞれの群れの縄張り争いにより、空が様々な色に染められる奇観が観光資源となっている。しかし、〈彩雲〉の群れ同士が接触すると、激しい雷が発生するという危険がある。
主人公はこの惑星で観光ガイドを行っているが、可視光線以外の電磁波を検知することができる身体改変が施されており、(雷が近付いていることを他のガイドよりも細かく察知できるため)他の観光ガイドたちを出し抜くような案内が可能で、それにより人気のガイドであるし、他のガイドからは嫌われている。
ある日、彼の前にやってきた予約客は、明らかに未成年で保護者の姿なく1人であった。保護者の同意書はあったため引き受けるが、空気を読まずに個人的なことを聞いてきたり、危険なところへ行くよう求めたりするので、どうもぎくしゃくする。
一方、この惑星で新たな計画が実施される。それは、避雷針による柵の設置。この避雷針は、空気中の電荷に介入することで、ある一定の範囲を安全圏にするが、それ以外の範囲では逆に雷をランダムに発生させて逆に危険性を高めてしまうので、ガイドたちの間では取り扱い注意の代物であった。
しかし、これを設置することで、より安全に〈彩雲〉を観察するエリアを作ることで可能で、さらにこれは主人公のアドバンテージを失わせるものであった。かの未成年の客からも、契約解除を言い渡される。
主人公はこれも潮時かと思い、自分の来し方を振り返る。
実は彼はもともとは外交官で、彼の能力はそのために施されたものであった。
太陽系人類以外の知的生命体が、太陽系人類と同じ波長帯でコミュニケーションをとるとは限らない。他の種族と外交するために、様々な波長などを検知できるような身体になっていた。
しかし、それは過渡期の話で、連合ができると、異種族間での通信プロトコルが確立され、外交官は不要になった。彼自身、このプロトコル確立のために尽力し、自分が失業することを分かった上でプロトコル成立の条約に署名した一人であった。
ところで、このプロトコルは「オーラリメイカー」の冒頭、イーサ-含む5種族が一堂に会するシーンでまさに使われていて、プロトコルがあってさえ、異種族間での交信が一筋縄ではいかないところが描かれている(速度が違ったりするので)。
先ほどの未成年の客が一人でバギーに乗って危険エリアへと爆走するのを目撃してしまい、しかし、主人公は彼を助けに向かう。
そこで主人公は彼の秘密を知る。彼は、いわゆる無痛人でそのような身体改変を施されているのだが、本来、身体改変は責任能力を有する成人になってからでないとできないのに対し、彼の場合、両親が違法な遺伝子改変によって生み出した子であった。両親にとっては純然たる愛情によるものであったのだが、しかし、当然逮捕投獄されている。
彼の冒険旅行は、消極的な自殺の試みであったのだ。
最終的には、2人ともそれぞれ新しい旅に出るというところで終わる。


〈彩雲〉の生態についても色々設定があり、それが物語にも反映されているが、物語の主眼はこの異星生物よりも、2人の身体改変者が自らの身体改変とどのように折り合っていくのかというところにある話であった。
その意味で、よくまとまった短編SFではあるが、宇宙生物SFみ(?)は筆者の他の作品と比較すると薄いかもしれない。
ところで、無痛者の視点から、〈彩雲〉の美を感じるのは恐怖が必要なのかもしれない云々という話が少しなされる。恐怖と美の関係まで、本作ではそれほど深掘りされるわけではないが、このあたりの話から本作を自然美学SFと位置づけることも可能かもしれない。
もちろん、美学の専門用語に倣うのであれば、これは「美」ではなく「崇高」ということにはなるだろう。また、雷を鑑賞するという意味では、アースアートとの比較から某か論じたり考えたりすることもできるかもしれない。
作中では、主人公が、〈彩雲〉に魅了されたのは漂流する者という自己投影であって、しかし、実際の〈彩雲〉はもっと能動的な存在だったのだなあと気付かされていくという感じの物語になっている(ので、その点、あんまり美学的考察になっているわけではない)。


内容違うけど、山岸真編『SFマガジン700【海外編】』 - logical cypher scape2で読んだジョージ・R・R・マーティン「夜明けとともに霧は沈み」を少し思い出したりした。