グレッグ・イーガン『アロウズ・オブ・タイム』

グレッグ・イーガン『クロックワーク・ロケット』 - logical cypher scapeグレッグ・イーガン『エターナル・フレイム』 - logical cypher scapeに続く直交三部作完結編

我々の宇宙とは物理学上のパラメータが異なる宇宙を舞台にした世代宇宙船SF
1巻の主人公の時代から数えて6世代目の物語となる。
テーマは、タイトルにあるとおり「時間の矢」である。
そもそも舞台となっている宇宙は、時間と空間が対称となっていて、直交星群と言われる、直交方向に位置する星々は、異なる時間軸にある。
3巻では、いよいよ彼らの乗る宇宙船〈孤絶〉は母星への帰路にたつことになる。
しかし、船内では意見が大きく二つに分かれるようになる。
そんな中、母星に戻るのではなく、別の星に移住することが可能なのではないかという案が出てくる。
この作品は、確かに物理学の知識が必要で難解な作品ではあるのだが、アクション的な見せ場などはいくつかあり、また、〈検分者〉と呼ばれる宇宙船を新たに建造して4人のチームで惑星探検に向かうところなども楽しく読めるはず。
とはいえ、その向かう先の惑星がなかなか問題で、時間の矢の向きが逆転しているので、奇妙な現象が起きる。例えば、歩くより先に足跡がついてるとか。
また、そもそも船内の意見が割れ、別の惑星に移住できるかどうか探さざるをえなくなったのは、「メッセージ・システム」なる発明が原因で、これが3巻の物語を中核をなす。
この「メッセージ・システム」というのは、未来からのメッセージを受信することができるというもの。
これは、自分たちの旅が無駄なものではないという証を得ることができる希望となるのか*1、それとも、自分たちの未来を知ってしまうことで自由意志を失ってしまうことになるのか。

あなたの人生の物語」や「メッセージ」が面白かったなら、「アロウズ・オブ・タイム」も面白い、かもしれない?!

1,2巻までのあらすじ

疾走星衝突による危機が迫ることが明らかになり、物理学者のヤルダと教え子のエルセビアは、山一つをくり抜き巨大な宇宙船を建造することでこの危機を回避しようとする。
この作品の舞台となる宇宙では、直交方向に飛ぶと、母星ではほんの数年しかかからない間に、宇宙船内部では何世代もの時が経過することになる。その間に、科学を発展させて、疾走星からの危機を回避する方法を見つけ出すという計画である。
直交宇宙についての物理学が進展していく様を描く一方で、女性と社会の関係を巡ってもも物語は進展していくこととなる。
この作品に登場する人々は、地球人とは全く異なる生命体で、特に大きな違いは、分裂によって子をなすという点だ。母親は出産に際して、4個体に分裂する。これは母親という個体にとっては死を意味する。
1巻においては、女性への教育がまだあまり重視されない社会において、出産=分裂を拒んだ生き方をする女性たちが描かれる。主人公である物理学者ヤルダもその1人である。
2巻は、宇宙船〈孤絶〉の中で何世代かが経過した時代で、1巻とは別の社会問題が生じている。というのも、宇宙船内という限られた環境の中で生存するため、生殖と食糧問題とは切り離せない問題となっている。飢餓状態で出産すると、4個体ではなく2個体に分裂することが分かっており、女性たちは節食を強いられている。対して、1個体を文字通り産み落とし、出産後、母親も生存する方法を模索する研究者が、主人公の1人として描かれていく。

3巻における<孤絶>のテクノロジー

大きな違いとして、テクノロジーのさらなる発達が挙げられる。
そもそもこの宇宙は、電子がないらしく、電気やエレクトロニクス関係の仕組みがなかった。1巻のタイトルは『クロックワーク・ロケット』だけど、機械仕掛けで世代宇宙船造って飛ばしている。
ところが、3巻では、自動化工学者というプログラマー職が登場している。まだ、黎明期の技術っぽいが、何やらコンピュータに類するものができているっぽい。
また、この作品に登場する種族は、胸に文字や図を浮かび上がらせることができるが、この世代になると、それを読み取り、スクリーンに映したり他の人に伝達したりする技術ができているっぽい。
これらの技術についての解説は特になかったと思うのだけれど、どうも紫外線を使っているぽい?

主要登場人物とあらすじ

主な登場人物としては、アガタ、ラミロ、タルクイニアがいる。
アガタは物理学者で、同じく物理学者のライラのもとで研究を進めているが、なかなか研究が上手くいかない。
ラミロは、自動工学者
タルクイニアは、天文学者パイロット



いよいよ、<孤絶>が向きを反転させたとき、一機の<ブユ>が離れていった。<ブユ>というのは2巻にも出てきた小型宇宙船。で、これ、もしかして帰還反対派が、自動化運転して<孤絶>に攻撃しかけるための何かなんじゃないのか、ということに気づいたラミロとタルクイニアが、このはぐれ<ブユ>のもとへと向かう、というのが冒頭のアクションシーン
この宇宙、空気がないとどんどん熱くなっていくっていうのがある。
この種族も宇宙に行くときは空気持っていくのだが、呼吸用ではなく冷却用だとか、大けがをすると、そこが光りだして破裂して死ぬだとか、そういう


この後、メッセージ・システムのアイデアが生まれるのだが、ここで賛成派と反対派に船の意見が割れる。
そして、メッセージ・システム開発中の工房で爆弾テロが起きる。
反対派としてディベートの席に立っていたラミロは逮捕されてしまう。
ラミロは、賛成派と反対派の妥協案として、反対派の惑星への移住を提案し、惑星が本当に移住可能かどうか遠征隊を組織することになる。
作物学者のアゼリオ、この宇宙の曲率を観測するために遠征隊へ志願することにしたアガタ、そして子どもを産んだばかりのタルクイニアが参加することになる。
未来からのメッセージから逃れるために、惑星移住を提案したラミロだったが、実際には惑星は時間の矢の向きが反転していて、因果が逆転している世界だった。
アガタが、エントロピーの話でこれを説明したりする。
そもそもアガタとライラは、この宇宙の初期のエントロピーがどうやって決まるのか、ということを研究していて、そのために宇宙の曲率を知りたい、とかそんなだったはず。
ありえないことは起きないのであって、自由意志が奪われるわけじゃない。
未来の結果は分かったとしても、そこに至る道をどうするかはゆだねられている、というような感じか。
惑星で、作物を育てられるか調べるにあたり、時間の進む方向が惑星と作物とで逆なので、細かい粒のレベルだと交じり合わない。それで、岩を爆破させて土を作ってからやるという方法を試すことになったのだが、そこで、アガタは未来の母星からのメッセージを受け取ることになる。<孤絶>へ戻る<検分者>の中で、ラミロとタルクイニアはセックスをするようになるのだけど、そもそもこの種族は、かつてであれば男女が肌を重ねると、その後女性は分裂してしまったので、出産につながらないセックスというのは存在していなかった。今だと、2人子供を生んだ女性はその後出産することがないことがわかっているのだけど、まだそれが感覚では理解できていないラミロ
ところで、この種族の社会は結局、分裂出産をしなくなったことで、男性の数は減っていくことになる。
3巻は、ジェンダー的テーマがあまり表には出てこなくなるけれど、それでも社会のあり方をどう進めていくのかみたいなことは明に暗に描かれている。<孤絶>に戻ってくる頃には、メッセージ・システムは完成しているのだけれど、それが思わぬ副作用をもたらしている。人々は新しいことを考え出せなくなっている。
そしてもう一つ、ある時期より先の未来からはメッセージが訪れないという途絶が起きている。
これは何か衝突事故とかそういう悪いことが起きたのではないかとみんな考えているが、そもそもこの途絶を人為的に起こせば、衝突ではないことが証明できると行動を起こし始めるアガタ、ラミロ、タルクイニア<孤絶>の外にドローンをまいたり、<孤絶>の内部で工作をしたり、最後もいろいろとアクションがある。

百光年ダイアリー

訳者あとがきで、短編の「百光年ダイアリー」に触れられていたので、そちらも読み返してみたら、確かに同じテーマを扱っていた。
時間逆転銀河の発見により、未来の自分から日記が送られてくるようになった世界
未来のことは全てあらかじめわかっている、のか。友人の怪我、不倫などにより、自分の日記が必ずしも正確に未来について書いていないことがわかってくる。

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

*1:帰路にたったとはいえ、実際に母星に着くにはさらに数世代かかる。ここまでの世代は、母星を助ける方法を探すという使命があったが、これから先、母星にたどり着くより先に死んでしまう世代は何を目的として生きていけばいいのかという問題がある