大森望・日下三蔵編『行き先は特異点 年刊日本SF傑作選』

2016年に発表された短編SFの中から、大森・日下が選出した20編
ずいぶん読むのが遅くなってしまったが、次『プロジェクト・シャーロック』を今年の夏までに読めば追いつく
なお、このシリーズはこれで10作目とのこと。
ほぼすべて未読作品だった
SFを雑誌とかで追いかけられなくなっているー。まあ、このアンソロは、企業PR誌とか写真集とか同人誌とかからも拾ってくるので、初出媒体全部チェックできてる人は少ないだろうけど。
特に面白かったのは「二本の足で」
面白かったのは「行き先は特異点」「バベル・タワー」「太陽の側の島」「プテロス」「ブロッコリー神殿」

藤井太洋「行き先は特異点
円城塔「バベル・タワー」
弐瓶勉人形の国
宮内悠介「スモーク・オン・ザ・ウォーター」
眉村卓「幻影の攻勢」
石黒正数「性なる侵入」
高山羽根子「太陽の側の島」
小林泰三「玩具」
山本弘「悪夢はまだ終わらない」
山田胡瓜「海の住人」
飛浩隆「洋服」
秋永真琴「古本屋の少女」
倉田タカシ「二本の足で」
諏訪哲史「点点点丸転転丸」
北野勇作「鰻」
牧野修「電波の武者」
谷甲州「スティクニー備蓄基地」
上田早夕里「プテロス」
酉島伝法「ブロッコリー神殿」
久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」(第8回創元SF短編賞受賞作)

藤井太洋「行き先は特異点

表題作ともなったこの作品は、藤井太洋って感じで、現実と地続き感の強い作品。舞台は2019年(!)のアメリ
タイトルだけ見て、宇宙SFなのかなーと思っていたら全然違っていた
GoogleやらAmazonやらUberやら実在の企業名が次々出てくる
ITエンジニア文椎泰洋を主人公とする連作短編シリーズの中の一編ということ(このシリーズは『ハロー・ワールド』としてすでにまとめられているようだ)
買収したドローン企業の新作プレゼンのために、ラスベガスへ車を走らせていた文椎は、カーナビの不調でキャンプ場に迷い込んでしまったところ、Googleの自動運転実験車に追突されてしまう。
週をカウントするプログラムが2019年に桁上がりして、それのエラーでGPSデータに狂いが生じて、自動運転してるAmazonドローンとかが次々集まってきちゃう、という話。
鳥の群れとアナロジカルに捉えようとするのとか好き

円城塔「バベル・タワー」

日本史の陰に秘された縦籠家と横箱家の物語
いや、何じゃそりゃって話だけど、円城塔の筆致で書かれる偽史が面白くないわけがない
両家はともに、天皇や貴族に対して道案内をする役割として公職を受け継いできた家で、縦籠家は垂直方向(熊野三山とか)を、横箱家は水平方向を担当してきた。縦籠家は、様々な山のルートなどを開発する一方で、横箱家は、マナー・作法を次々と新たに生み出すことで家を保とうとしてきた。
横箱家は、自ら作り出した作法の果てに消滅していくのだけど、縦籠家は近代以降はエレベーターの中で生きていく道を選ぶ(男性は整備関係の職、女性はエレベーターガールとなり、エレベーターシャフトの中に古文書を隠し続け、エレベーターの中で一族の会議を行い、ひいては出産もエレベーター内で行う)

弐瓶勉人形の国

現在、連載中の『人形の国』の前日譚にあたるお話
雑誌掲載時に読んだ記憶があるけど、これ単行本未収録なんだよなー
タイターニアが警告しにいく話

宮内悠介「スモーク・オン・ザ・ウォーター」

タバコのPRサイトに掲載された作品
いまは『超動く家にて』に収録されているようだ。
寝たきりの父親が突如失踪した。「ぼく」は、その謎を追ううちに、煙が本体の地球外知的生命体を知る

眉村卓「幻影の攻勢」

タイトルは、眉村本人の長編「幻影の構成」からのセルフパロディ
高齢者となり時間をもてあましている「私」が、訪れた博物館や外食や大学のキャンパスで、人類もそろそろ終わりが近づいているのではというようなことを示唆してくる幻を見る

石黒正数「性なる侵入」

こちらのタイトルは、ディック「聖なる侵入」のパロディ
陰毛生物の話

高山羽根子「太陽の側の島」

高山作品読むの初めて
南方へ出征した夫と、息子とともに帰りを待つ妻の往復書簡形式の作品
夫は、地元民の不可思議な祭に遭遇し、妻は、路地で倒れていた小さな外国人兵士に出会う

小林泰三「玩具」

プロ作家が集まって官能小説を書くという同人アンソロジーに収録された作品
死姦百合? 著者の「玩具修理者」がオチに使われている

山本弘「悪夢はまだ終わらない」

子供向け作品としてオファーされたがボツとなりカクヨムに発表されたという作品
反社会性パーソナリティ障害の死刑囚に対して、死刑直前に科される仮想体験罰

山田胡瓜「海の住人」

『AIの遺電子』の中の1作
人魚として暮らすヒューマノイドのもとを訪れるモッガディート・須堂

飛浩隆「洋服」

写真集に添えられた作品
タイトルは、本書収録のために付されたとのこと
洋服店の看板を写した写真をもとにした、ポストアポカリプス風味の掌編

秋永真琴「古本屋の少女」

同じ写真集よりもう一篇
違法となっている魔導書を取り扱う古本屋の話

倉田タカシ「二本の足で」

今回収録された20本の中で最長の作品
スパムメールが二本の足でやってきたら、という作者がtwitterでつぶやいたネタを膨らました作品らしいが、その着想のバカらしさに反して、非常にシリアスな雰囲気の作品になっている
移民の受け入れを拡大した未来の日本
ダズルとゴスリムは、大学に来なくなったキッスイの部屋を訪れる。
ダズル、ゴスリム、キッスイはどれもあだ名。顔にダズル迷彩の模様をいれているダズル、ゴスリムファッション(おそらくゴシック・ムスリムの略)をまとったゴスリムの二人は、それぞれ移民の子。キッスイは〈生粋〉からとられていて、おそらく日本人。
キッスイの部屋には大量のスパムボット。二足歩行ロボットで人間の顔を模した画面がついていたりして、「久しぶりだねー」とかなんとかひたすら喋って、個人情報を収集しようとしている。
キッスイは、スパムを収集して解析するバイトに手を染めていたのだが、その中にロボットではなく、明らかな人間スパムが現れる。
彼女は、キッスイ、ダズル、ゴスリムの誰とも友人ではないのだが、彼らの友人であると主張し、自分と知り合いではないゲームをしているんだねと言い、ありもしない3人との思い出を語る。
移民と日本人の経済格差や、人間を超える人工知能たる「思考機械」の存在する可能性など

諏訪哲史「点点点丸転転丸」

印刷会社など本を作る業種の業界団体の業界誌に掲載されたという作品。そもそもその業界誌自体が一般販売されていないという代物
諏訪の自作にあった誤植をネタにした掌編

北野勇作「鰻」

小林の「玩具」と同じく、プロ作家が集まって官能小説を書くという同人アンソロジーに収録された作品
上半身が人間で下半身が鰻(?)の女の子をつかまえてエロいことする話?

牧野修「電波の武者」

老母を介護する中年女性が、ルドルフという少女となって、ヤクザに無理矢理つれられてロシアンマフィアに殺された男と、コンビニ店員を「電波の武者」として仲間にする。彼女の妄想なのか、言葉が現実化したのか。虚構を否定して現実に戻そうとするチワワと戦う

谷甲州「スティクニー備蓄基地」

航空宇宙軍史シリーズの中の一編。初めて読んだ。
フォボスの地下に作られた備蓄基地。佐久間少尉は、震動を感知する。急ピッチで建造の進む軌道上の軍港からのデブリではないかと考えるが、次第にそうではないことがわかってくる。
普通のSFだったら、最後に出てくる生物兵器が見せ場になるところ、軍港を作るにはうんたらとか、震源を予測するにはうんたらとかやってるところの方が、見せ場っぽい作品

上田早夕里「プテロス」

短編集『夢見る葦笛』の書き下ろし
これは読んだことがあった。
宇宙生物学者が、とある惑星の滑空生物にくっつきまわって、研究をしている。
石柱のような柱から生まれでて飛びたっていく、独特の生活環の一端を目の当たりにする
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酉島伝法「ブロッコリー神殿」

植物型知的生命体を視点人物(?)とした作品
華向け役を担うことになった孚蓋樹の視点から語られる。華向け、というのはおそらく受粉のこと。
息物(いきもの)、依良(いろ)、呼洩(こえ)、内界(ふところ)、万史螺(ましら)、飛蠡(とり)、鎖撒下(さざんか)などなど、独特の単語が使われて作品世界を作り上げている
そこに、ここを探査にしてきた者たちがやってくる。
この探査者たち、最初、人間かと思ったのだが、彼らも彼らで人間とは異なる存在っぽい。見た目は二本足で、おそらくヒューマノイドだが、自由に姿かたちを変えることができ、内部構造がなく、どうも魂接ぎということをすることで生を永らえているが、それができずに死ぬと、バラバラになってしまう。
雹におそわれ、その後、孚蓋樹の受粉に巻き込まれてしまう探索者たち

久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」(第8回創元SF短編賞受賞作)

これまた新人らしからぬ、といった作品だが
選評でも書かれているが、使われている題材自体は新しくなく、むしろ古臭さすらあるような感じだが、短編小説としての完成度が高い。
ワープ航法が実用化された未来で、宇宙輸送業を営んでいる宇宙船。その船に搭載されている人工知能が主人公。
このワープ航法は、一瞬で目的に着くと考えられていたのだが、実は、特殊なタイプの人工知能によって74秒間の航行をしていることが分かった。すると、その74秒の間に襲撃を行う海賊行為が行われるようになった。
本作の主人公である人工知能は、対海賊の防衛システムで、ワープ航法が使われるときだけ起動される。
そんな独特のあり方、そして、その人工知能が思いを寄せるようになるメアリー・スー。この船で働くようになって二十数年で初めての戦闘

2016年のSF

ちなみに、2016年の日本SFというと、下記のような作品が出ていたようだ。
こうやって並べてみると、そこそこ読んでるな。
なんか最近のようにも思うし、やっぱ2年以上前だしそこそこ前だなーとも思う。
『スペース金融道』『横浜駅SF』『自生の夢』『大きな鳥にさらわれないよう』『蒲公英王朝記』あたり読みたいけど、まだ読めてないなあ
特に『自生の夢』は、我ながらなんでまだ読んでないんだってやつだ


あ、あと「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」も2016年だったんだ。これ、去年の11月か12月に読んだはずなんだけど、ブログに記録していないな。


人工知能学会編『AIと人類は共存できるか』 - logical cypher scape2
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草野原々『最後にして最初のアイドル』 - logical cypher scape2
宮内悠介『彼女がエスパーだったころ』 - logical cypher scape2
宮内悠介『彼女がエスパーだったころ』 - logical cypher scape2
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過去の年刊日本SF傑作選

今回で10作目ということで
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『量子回廊』(2009年作品)、『結晶銀河』(2010年作品)、『拡張幻想』(2011年作品)は未読
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ちゃんと毎年これチェックしていたんだな自分
読んでいなかった時期の収録作を見ると3分の1くらいは読んだことあるっぽいので、それでスルーしていたのかも。
いやしかし、『拡張幻想』に「ふらんけん・フラン」入ってたのか。最近存在を知りちょっと気になっている奴