グレッグ・イーガン『ビット・プレイヤー』

イーガンの日本オリジナル短編集。収録作は6作品。
イーガン自体は長編がばりばり出てるから久しぶりな気はしないけど、短編集自体はわりと久しぶりなのか
それにしてもイーガンは何故日本でこんなに人気なのか。自分も好きではあるけど、やっぱり難しいところは難しいし
でも、エモーショナルなところがあって、そこにやはり惹かれるのかなあ
自分が面白かったのは「孤児惑星」「七色覚」「鰐乗り」
表題作は悪くないけどそこまでピンと来なかった。逆に「孤児惑星」がめちゃくちゃ面白くて、過去作含めてもかなり上位
「七色覚」「不気味の谷」は、今現在の世界から地続きの近未来が舞台
「ビット・プレイヤー」も、登場人物たちの知識が今現在の我々の知識と近い(今のアメリカ大統領が誰かとか)ので近未来っぽいが、舞台が、人格のアップロードがなされている仮想空間なので、実はかなり未来の可能性もある。
「失われた大陸」は、時間移動ものだけど、パラレルワールドといった方がよい
「鰐乗り」「孤児惑星」は、『白熱光』と同じ「融合世界」を舞台にしている遠未来宇宙もの。融合世界というのは、宇宙にいる多くの知的生命体が同じ文明に属していて、人格のアップロードにより事実上の不死となっており、ガンマ線通信を使って宇宙のあちこちへ移動できるようになっている世界。 

ビット・プレイヤー (ハヤカワ文庫SF)

ビット・プレイヤー (ハヤカワ文庫SF)

七色覚

主人公のジェイクは、遺伝により網膜に問題があり、人工網膜を使っている
12歳の誕生日に、従兄弟のショーンから「虹」というアプリをもらう
普通の人間は、錐体細胞が3種類あって、3色型色覚である*1が、この虹というアプリは、7色型色覚に人工網膜を作り替えてしまうのだ。
世界の見え方が文字通り変わってしまう
色が細かく見えることにより、例えば人の顔が、異様にけばけばしく見えてしまったり、あるいは、3D映画が安っぽく見えて友だちと話があわなくなってしまったり、と当初、ジェイクにとってはネガティブな変化で、戸惑うが、その後、彼は、七色覚の人々が、三色覚の人間には見えない色を使って遊び、仲間を作っていることを知る。
空の色の見え方の違いで、時間がわかるようになる、とかそういった世界の見え方の違いの話も。
で、成長したジェイクがなにをやっているかというと、三色覚の人間には見えない特徴を見ることで、トランプゲームで儲けるということだった。
同じ七色覚で妻のルーシーは、画家を志す一方、その七色覚を用いて贋作を見抜く仕事をしていた。
しかし、彼らのその能力は特殊なものではなくなってしまう。
量子カメラが普及し、ウェアラブルバイスで同じようなこと(ギャンブルでのイカサマや真贋判定)ができるようになりはじめたのだ。
職を失うかもしれない状況だったが、ジェイクは、そのような状況を逆手にとって、新事業を始める。
そして二人の幼い娘もまた。


知覚の拡張系SFの一種だと思うが、このテーマが好きなので、単純にこの作品も好きというところはある。
その中で、新しい知覚には、ポジティブな面もネガティブな面もあって、またそれが超能力というよりは、彼らの生活と一体のものとして描かれている、というのが本作の特長かと。
でもって、この作品は、ある種のマイノリティについて描いた作品でもある。
少年時代は、「彼ら」とは違う「我々」が新しい遊びや仲間として形成されていって、ある種の優越感にもなっているわけだけど、それが大人になり生活者になっていた時に、その位置づけってもっと違うものになっていく。
この作品の場合、技術の発展により職が奪われるというような要素もあるし。

不気味の谷

老脚本家が亡くなり、その記憶を引き継いだアンドロイドの話
というのは背表紙にも書いているのでネタバレにはならないだろうが、この話、最初は、主人公がアンドロイドであるとか、老脚本家の記憶を引き継いでいるとかは明かされぬまま、しばらく読んでいるうちに、「あ、そういうことか」と分かるようにできている。
記憶を引き継いでいるといっても、実は、一部に記憶の欠落があることに気付き、その謎を追うようになる、というちょっとミステリっぽいところもある話
でも、最後が結局よくわからなかった……


アンドロイドは、人間として認められていなくて、企業が色々肩代わりしている、というのはちょっと面白い設定
ロボットに権利は与えられるか、というロボット法の議論で、もしやるとしたら、法人が参考になるのでは、というのがあることを考えると。

ビット・プレイヤー

初訳時のタイトルは「端役」
主人公が目覚めるとそこは洞窟で、そばにいた女性から、世界の重力の向きが東向きに変わったのだと告げられる。
で、イーガンだなあと思ったのは、主人公は矢継ぎ早に、いやそれおかしいでしょと考える根拠を理路整然と語りだし、即席の実験までやってみせるところ。
正直、普通の人には無理でしょ、これ。何言ってるのか、自分には分からない部分がわりとあった。
突然目が覚めたら異世界にいるってだけで大変な状況なのに、滔々とおかしなところを指摘しているのがすごいw
イーガン作品によくある、登場人物がみんな異様に頭がいいという奴


主人公が目覚めたのはゲームの中の世界で、主人公やそこで出会った人々は、いわゆるNPC
何らかの形で人格のアップロードっぽいことができるようになっていて、かつて実在した人の人格や記憶が何らかの形で勝手に流用されてNPCにされているらしい、ということが分かっている。
主人公はそこで、ゲーム世界の設定とゲームの物理エンジンとのあいだの矛盾をついて、世界を少しずつ変えていこうとする

失われた大陸

時間移動ものだが、時間移動自体は特に重要ではなく、難民申請を状況を描いた作品
ホラーサーンで暮らすシーア派の少年、アリは、時間旅行者である男の手に預けられ亡命をすることとなる。
ホラーサーンは、未来から〈学者たち〉が来て以来、戦乱に未来の武器が加わり、混乱が激しくなっていた。
時間移動、というかパラレルワールドへ移動する砂漠のような場所をこえ、アリは収容所へとたどり着く。
いつまでも待たされる日々、繰り返される面談……

鰐乗り

融合世界を舞台にした作品
リーラとジャシムは、結婚生活1万年を経て、そろそそ死ぬことを考え始める。で、死ぬ前になんかすごいことをしたい、という話になり、慣れ親しんだ星を離れ、孤高世界の謎を探求することに決める。
孤高世界に一番近い惑星で、蛇タイプの隣人と暮らしながら、孤高世界の研究を進める。多くの先人たちが、探査機を打ち上げては諦めた残骸が残っていた。
だが、2人は、孤高世界の内部を伺い知ることのできるかもしれないビームを発見することに成功する。
さらには、そのビームにデータ化した自分を乗せて送信することを計画する


宇宙に残された大いなる謎を、無限の命とすごい技術と資源を用いて探求してやるっていう話なのだけど、夫婦の話でもある。
2人は非常に仲の良い夫婦で、価値観もよく似ているのだけど、ここでリスクを負うぞという判断が食い違ってしまう。
で、まあその後仲直りして、結局一緒にいくんだけど、まあそういうドラマがある、と。
最後、彼らは孤高世界探求における重要な一歩を踏み出すんだけど、彼らはそもそも、もうすごく長いこと生きてしまったし、そろそろ死のう、でも死ぬ前になんかやって死のう、と思って始めたことだったので、彼ら自身の探求は終わりにする
イーガンってわりと、好奇心万歳な主人公を描くことが多いけれど、終わりにしようってなるのは珍しい気がする。一方で、自分たちが自分たちのままでいられるうちに、という話であって、そのあたり、アイデンティティもののイーガンの一面もある作品

孤児惑星

自由浮遊惑星を舞台にしたアストロバイオロジーSF!!
これもまた融合世界もの。
融合世界の人々にまだ知られていたなかった「孤児惑星」に、2人の融合世界人アザールとシェルマが探査に訪れる。
この惑星には、謎の熱源があって、液体の海がある。しかし、電波などには反応してこなかった。
で、実際に探査することに(彼らはデータ化されているので、小型の昆虫ロボットを作ってそこに自分たちをダウンロードして実地調査に出向く)
で、植物を見つけるんだけど、ガンマ線通信をしていたら、なんか惑星の自衛装置みたいなのが起動して、軌道上の船が壊されてしまう。
とにかく、この星の熱源の謎を調べて、レールガンと送信機を作って融合世界に帰ろう、ということになり、さらに探査を調べると、先ほどの植物とは異なる遺伝子をもった生命が見つかる。遺伝子(自己複製子)が炭水化物ポリマーのC3生物、ポリペプチドのP2生物、核酸のN3生物がいることが分かる。
C3は遺伝子改変されていないが、P2とN3は遺伝子改変されており、N3生物は、2億年前から3億年前に、この惑星に入植してきたようだった。P2はさらに新しい。
さらに、謎の「灰」も見つける。
フェムトテクノロジーで作られたエネルギー変換プロセスの残骸……


そして、アザールとシェルマは、P2の蜥蜴型知的生命体と遭遇する。
彼らは、円環派・外螺旋派・内螺旋派の三派閥に分かれていた。
円環派は、アザールとシェルマがこの惑星を奪いに来た集団の尖兵だと考え、2人を拘束するが、外螺旋派の手伝いにより脱出することができる。
円環派は、この惑星で生きていく派、外螺旋派は、惑星の外へ打ってでたい派、内螺旋派は、データ化して生きていきたい派で、円環派が多数を占める。
この惑星が、フェムトテクノロジーを使える謎の文明によって作られたっぽくて、P2生命は、この惑星を箱船として勝手に利用している。P2生命も、この惑星のテクノロジーをまだ理解できていない。
内螺旋派は、惑星内部のフェムトテクノロジーで作られたハードウェアの中へと入っていくが、戻ってきた者はおらず、本当にそんなものが機能しているのかは謎。
アザールは、外螺旋派を融合世界へと連れて行くこととなり、シェルマは惑星の中へ潜ってみることにして、話が終わる。
好奇心に従って、自分が自分でなくなることも省みず新世界へと進出する者と、自分が自分であることの一線を守る者という、イーガン作品における主人公


フェムトテクノロジーが、エネルギー資源やデジタル化されたときの資源の問題を解決するすげーテクノロジーで、しかも謎の超古代文明(?)によるもので、正体が不明、みたいなところも、王道SFって感じで楽しいけど、やっぱ、個人的には、自由浮遊惑星に生命が! ってのがわかっていく過程がとても楽しかった。

中心星から弾き飛ばされた浮遊スーパーアースでも地熱を維持し、ひいては海も維持し続けているかもしれない、という予想もある!!
井田茂『系外惑星と太陽系』 - logical cypher scape2

*1:ごくまれに4色型色覚の人がいうらしいが