宙を数える 書き下ろし宇宙SFアンソロジー

創元SF短編賞出身者による宇宙SF競作
時間SFアンソロジーである『時を歩く』とセットの企画なのだが、とりあえず宇宙が面白そうだったのでこちらをまず手に取った。
が、めちゃくちゃ面白い
どの作品も当たりで、かなり満足度が高い。レベルの高い短編集だと思う

「平林君と魚(いお)の裔(すえ)」オキシタケヒコ
「もしもぼくらが生まれていたら」宮西建礼
「黙唱」酉島伝法
「ときときチャンネル#1【宇宙飲んでみた】」宮澤伊織
「蜂蜜いりのハーブ茶」高山羽根子
「ディセロス」理山貞二

「平林君と魚の裔*1オキシタケヒコ

異星種族との交易船に乗り込む羽目になった海洋生物学者の話
世界設定として、地球人類はある時ファーストコンタクトを果たすのだが、交易に参加するにはあまりにも関税レートが高すぎ、アメリカが開戦してしまう。で、アメリカは負け、アメリカ国民はみな連れ去られてしまう。一人だけ地球へと帰還してきたのスミレ・シンシアという少女は、そのまま宇宙交易を手掛けることのできる唯一の地球人となる。
主人公は、そのスミレ商会のアルバイト募集に何故だか引っかかってしまって、宇宙へと旅立つことになる。
主人公が海洋生物学者ながら重度の引きこもりで、コタツにずっとこもっていたいという人種で、一方のスミレ・シンシアは関西弁を喋るし、さらに男子小学生みたいな声で話すリトル・グレイもいたりして、なかなかコミカルな雰囲気で話自体は進むのだが、実はかなりのアストロバイオロジー文明論SF
生き物には、浮遊生物、遊泳生物、底生生物がいる。
遊泳生物というのは魚で、地球人はこれの末裔にあたる。一方、底生生物というのは、イソギンチャクとかフジツボとか。
主人公の研究対象は底生生物。
そして、スミレ商会の宇宙船に乗っていたパイロット兼用心棒の「平林君」は、この底生生物から進化した知的生命体種族に属する。
平林君は、この銀河における交易網は、底生生物系の種族が遊泳生物系の種族を駆逐するためのシステムなのではないかという仮説をたてているのだった。

「もしもぼくらが生まれていたら」宮西建礼

宇宙探査機の計画を練るのに明け暮れる高校生たちの物語なのだが、一方でポリティカルなテーマをもった歴史改変SFでもある。
学生向けの衛星構想コンテストへの参加を目指していた主人公たちは、地球と衝突コースをとる隕石が発見されたことで、土星の探査機ではなく、隕石の衝突をいかに回避できるかという方法を考え始める。
この作品のちょっとユニークなところは、主人公たちが考えたことが、直接世界を変えたりはしないということ。彼らは高校生なので、構想を実現するだけの力は持っていないし、また、彼らが考えるようなことは、どこかで別の人が考えているものでもあり、彼らではなく別の人(アメリカの大学院生とか)のアイデアとして実現されることになる
それでも、彼らの視点からこの出来事について語られていく、というのがこの物語のポイントで、どういうことかというと、彼らが広島の、それも核兵器が作られなかった世界の広島の高校生だから

「黙唱」酉島伝法

酉島作品、だんだん面白さが分かるようになってきた。
海洋惑星に生息する、音をあやつる生物たちの物語
ナシュツという個体が生まれ、育ち、そして彼らが住んでいた土地の秘密を明らかにするという話
人類とは異なる生命体の生態や文化を、独特の漢字とともに描き出していく

「ときときチャンネル#1【宇宙飲んでみた】」宮澤伊織

タイトルから分かる通り、動画配信者が主人公、というか語り手。動画配信をそのまま書き起こしたような形式の作品。
同居人である天才科学者が作った怪しげな飲み物=科学者曰く宇宙そのものを、飲んでみる、という話
この説明だけでは一体何のことなのか全く分からないと思うが、これもまたなかなかすごい宇宙SFで、動画配信者SFで、それでいて百合だったりする。

「蜂蜜いりのハーブ茶」高山羽根子

世代間宇宙船みたいなのが舞台なのだけど、多国籍な雰囲気の屋台が立ち並ぶ路地みたいなところで話は進む
この船は、「表側」と「裏側」があって、太陽の光に適応できた者が「表側」で食糧生産などの労働に従事し、それ以外の者たちは「裏側」で暮らしている。
「裏側」で暮らす少女の前に、「表側」からやってきた小さな男の子が現れる。
表側でやってる食糧生産って一体何なの、というのが話を進めていく謎なのだけど、実は主人公たちは吸血鬼だったという話

「ディセロス」理山貞二

宇宙SFでもあり、なおかつ時間SFでもある作品
宇宙で戦闘が起こり、そして、6人の船員の中に敵の工作員がいることがわかる。ちなみに、この6人は身体がそれぞれバラバラで、非ヒューマノイド形態のものもいる。主人公も、人格を船内にあったアンドロイドにダウンロードされた存在で、人格と身体のジェンダーが一致していなかったりする。
で、6人には、この船で作られたディセロスという装置がつけられていて、なんとこれをつけると、5分先の未来を見ることができる。
加えて、彼らの身体にはディセロスを接続するソケットが複数ついていて、もしディセロスを2つつける10分先の未来が見えるようになる。
船員が1人襲われる。敵は、10分先の未来が見えるようになる。
いかに先読みバトルをしながら、誰が工作員かを見つけて倒すか。

*1:「魚の裔」は「いおのすえ」と読む