『SFマガジン2024年12月号』 - logical cypher scape2で言及されていたので。
このシリーズは、以前、『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』(伴名練編) - logical cypher scape2を読んだことがある。
あと、新城カズマを積んでる。積んでるっていうか途中まで読んだところで止まっている。まさか、新城カズマより先に中井紀夫を読み終わるとは思ってなかった。
「見果てぬ風」「死んだ恋人からの手紙」が面白かった。
次いで「殴り合い」「神々の将棋盤」「花のなかであたしを殺して」とかかな
山の上の交響楽
初出:1987年(SFマガジン)
演奏するのに数千年もかかる作品を、町をあげて演奏しているという話
すでに何世代かたってる。
楽譜の写しがまだできてないぞとか、新しい楽器(文字通り新種の楽器)の製作がまだだぞ、とかそういう地味なトラブルを乗り越えていく話
設定の壮大さに対して、町の人々の営みというレベルで書かれていて、奇想系なんだな、と
山手線のあやとり娘
初出:1988年(SFアドベンチャー)
残業して帰る山手線の車内で、あやとりをしている女の子を見つける主人公
そして、あやとりの相手をさせられる
一言も喋らず、あやとりだけでコミュニケーションをとろうとする少女
暴走バス
初出:1988年(SFアドベンチャー)
低速化してしまった高速バスと、その乗客の家族やフィアンセらの話。
読んですぐに「あ、これ伴名練「ひかりより速く、ゆるやかに」の元ネタか」となる。
なお、「ひかりより速く、ゆるやかに」を読み返してみたら、作中人物の持っている本の中に『山手線のあやとり娘』(「暴走バス」が収録されている短編集)があった。
「ひかりより速く、ゆるやかに」と比べると短いし、あっさりしている
殴り合い
初出:1991年(SFアドベンチャー)
書籍初収録
主人公が妻に「最近、殴り合いを見てないなあ」と述懐する
若い頃、裸で殴り合いをする男たちを路上でよく見かけたのだという。
その回想内容がなかなかシュールなのだが、実はその男たちは未来から来たという話になっていく。
神々の将棋盤
初出:1994年(SFマガジン)
書籍初収録
「いまだ書かれざる「タルカス伝・第二部」より」とあり、長編『タルカス伝』の外伝とのこと。
「一族総出で「神々の将棋盤」と呼ばれる一枚板を支え続けているタシュンカ族のもとに、破壊者タルカスが接近する」ということで、一応ファンタジーっぽい世界の物語となっている。
タシュンカ族の族長が、タルカスが近々自分たちの集落を通過して、自分たちが全員死滅してしまうことを避けるため、将棋盤を動かす方法を探す旅に出る。
タシュンカ族は、巨大な一枚板を文字通りみんなで支えている。順に交代して休憩などはできるのだが、ある一定人数以上が抜けると、残りの人たちがその板に押しつぶされてしまうので、板を下ろすことはできないでいる。動くこともできない。
支えている間は何もできないので、しりとりをして暇を潰したりしている。
絶壁
初出:1995年(SFマガジン)
重力方向が他の人と変わってしまった話
マンションの壁で寝ている男を見つける。南から北へと登ってるのだという。
その男が結婚して、そしてまた旅立っていく
満員電車
初出:1988年(SFアドベンチャー)
不条理ホラー
満員電車の中で悲鳴と血の匂い。しかし身動きできないし、何が起きているかも分からない。
見果てぬ風
初出:1987年(SFマガジン)
北側と南側を巨大な壁に挟まれた世界で、主人公テンズリは、ある時、壁が尽きる場所を見てみたいという思いに駆られて旅に出る。
歩いているうちに雪の降る寒い地域に着き、さらに歩くとまた温暖な地域へ、しかし、自分がいた元の村に戻ってきたわけではなかった。それを何度も繰り返し、壁が渦巻き状をなしており、自分がその外側へ、外側へと向かっていることに気づく。
色々な村を通り過ぎてきたが、10年ほどたち、とある村のとある娘と出会い夫婦となり、その村に定住するようになる。
しかし、また10年ほどたったところで、テンズリは旅への欲求にかられ、再び旅立った。
今度は、女王が治め、農耕を行っている村へとたどり着く。テンズリが見たこともない水田や宗教的儀礼のある村で、女王は、壁の向こうの闇から村を守っているという神話により権威を保っている。
壁の向こうを見てきたテンズリは、女王の統治にとって具合が悪いので、投獄される。再び10年ほどかかってテンズリは脱獄に成功する。
さらに、壁にあいている穴を使って交易をおこなっている集団の一人と再会し、壁が尽きる場所を目指し続ける。
例の席
初出:1986年(SFの本)
これも不条理ホラーかなあ。ホラーというのともまたちょっと違うけど、世にも奇妙な系というか。
学生時代にたまり場になってきた喫茶店で、仲間内で誰も座らない席があるという話をしていた。それはただの冗談だったのだけど、確かにいつ見ても誰も座っていない。
ばかりか、誰も座らない席が増えていって……。
花のなかであたしを殺して
初出:1990年(SFマガジン)
書籍初収録
人類学者のババトゥンデ・オラトゥンジは、様々な惑星の様々な種族を見てきたが、今はポム・フムの村に暮らしている。すでに100年以上暮らしているが、ババトゥンデ自身は12万年以上も生きている。
17歳のカエ・マノノは、ババトゥンデに想いを寄せるようになっているが、ババトゥンデはそれをどうにかあしらってきた。
人類は、はるか昔に不死になっていた。しかし、次第に子供が生まれないようになっていった。ところが、自殺することを決めたグループからは再び子供が生まれるようになった。
そして人類は、様々な異種族とも混血をすすめていった。
ババトゥンデは、死ぬ存在に戻ることなく不死のまま10万年以上生き続けて、様々な種族を見てきた。
より具体的には、非常に様々な性と死のありかたである。
ポム・フムも独特な性と死のあり方をしている。というのも、女性は死なないと子供ができないのだ。結婚を決めると、男性が女性の方を殺す。結婚式と葬式を同時に行うのだ。
カエ・マノノは、よりはっきりと、ババトゥンデに自分を殺してほしいと頼むようになる。
最後、ババトゥンデは、人が生きるということに悲しみを覚える。
死んだ恋人からの手紙
初出:1989年(SFマガジン)
伴名練編『日本SFの臨界点[恋愛編]死んだ恋人からの手紙』 - logical cypher scape2の表題作にもなっていた作品。
TTという兵士が、戦地から恋人のあくび金魚姫(TTがつけたあだ名)へと手紙を出している。その手紙は亜光速通信がもたらす不確定性により、時系列順がシャッフルされている。
戦友のクァラクリが死んだという内容の手紙から始まるのだが、その次は、そのクァラクリと出会った頃の手紙がくる。
ケツァルケツァルという謎の異星種族と戦争をしているのだが。そのケツァルケツァルの言語というのは、人類の言語と違って、無時間的なのだという話とか、戦地での与太話として、この世界には高次元があってそこで生と死は区別されていないのではないかみたいことを話しているんだ、とかそういうことが手紙の中で書かれていて、それがこの作品全体の作りともつながっている。
手紙形式、物語全体のエモさ、それでいてSF的な科学理論っぽい語り、短編としての完成度も高い。
これ、上述の『日本SFの臨界点』に収録されるまで書籍未収録だったとか。
著者あとがき
解説 奇想と抒情の奏者──中井紀夫の軌跡/伴名練
相変わらず、伴名練の解説は分量がすごい。
自分は、伴名練による紹介まで中井紀夫という作家を知らなかったのだけど、いわゆるSF冬の時代に直撃してしまって、SFから離れざるをえなくなってしまった作家だったようだ。
本短編集を読むと、SFっぽいSFというよりは、ちょっとそこからズレた感じの作風だが、元々ごりごりのジャンルSF読者で、高校時代からSFファンダムで活動していた、と
1982年に商業デビューしているが、小説ではなくSF評論
1985年に、小説が『SFマガジン』に掲載され、小説家としてもデビューする。
80年代から90年代にかけて、『SFマガジン』の早川、『SFアドベンチャー』の徳間で、短編、長編を発表していく。さらに、「世にも奇妙な物語」のノベライズを担当、また、中井作品の3篇ドラマ化されている。
しかし、90年代前半、早川も徳間もSFを縮小し、中井の発表した短編について書籍化されない作品が増えていく。1995年11月増刊号が、SFマガジンでの最後の発表となる。
その後、中井は《異形コレクション》、ゲームのノベライズへと活動を移し、電撃文庫で長編ファンタジー、また徳間デュアル文庫からもティーン向けの長編を発表するようになるが、2007年で作品発表が途絶えた、と
執筆を離れるとSF界自体から遠ざかってしまう人が多い中、しかし、2010年に飯田橋でbarを開業し、東京創元社の近くであったために、業界人が集う店となったという。
その後、再評価され、電子化も進んでいるという。
それでも、書籍未収録の作品がまだ相当数残っているとのことで、それも、SF系のものと、ホラー系のものとがそれぞれたまっているらしい。