ジョン・ヴァーリィ『ブルー・シャンペン』

ヴァーリィはジョン・ヴァーリィ『汝、コンピュータの夢(〈八世界〉全短編1)』 - logical cypher scapeジョン・ヴァーリィ『さようなら、ロビンソン・クルーソー(〈八世界〉全短編2) - logical cypher scapeジョン・ヴァーリィ『へびつかい座ホットライン』 - logical cypher scapeと八世界シリーズを読んできたので、それ以外も読もうかと
1986年(邦訳1994年)の短編集

ブルー・シャンペン (ハヤカワ文庫)

ブルー・シャンペン (ハヤカワ文庫)

プッシャー

公園で遊ぶ幼い少女に近づき、何度も練習してきた物語によって巧みに近づいていくイアン
すわ事案か、という感じで話は進むのだが、結局イアンはお話によって少女を(帰るのを忘れてしまうくらい)楽しませたあと、立ち去っていく。
実は、相対論的時間をこえる友人作り。

ブルー・シャンペン

〈バブル〉は、月軌道上に浮かぶ、無重力で球形になった巨大なプール
クーパーは、金メダルを取り逃した元水泳選手で、今は〈バブル〉で救助員をしている。
そこに、体験テープでスターとなったメガン・ギャロウェイと撮影チームが訪れる。
ギャロウェイは、過去に首の骨を折る大事故に遭い、後に「黄金のジプシー」と呼ばれることになる人工外骨格を装着している。が、その障害を機に、体験テープの女優となる。体験テープは、俳優の体験した感覚・感情などを記録して、視聴者もそれを追体験できるというもの。
クーパーは元々、水泳かセックスかという感じの男性で、今は、同僚のアンナ=ルイーゼをルームメイトとしている。アンナ=ルイーゼから、ギャロウェイとはそのような関係にならないほうがいいと忠告を受けるも、次第にギャロウェイへと惹かれていく。
クーパーは、結果的にギャロウェイから手痛い裏切りを受けることになるのだが、その裏切りの証拠が何よりもギャロウェイがクーパーを愛していた証拠ともなっている、という。
クーパーを主人公としているような話の構成になっているが、実際の物語の主眼はギャロウェイで、金メダルを取り損ねた挫折を抱えていたクーパーだが、ギャロウェイやアンナ=ルイーゼが抱えていたものの方がはるかに大きかった、というような話でもある。
未来を舞台にしているが、八世界シリーズほど身体改変技術などが発達しているわけではないので、ギャロウェイの「黄金のジプシー」というのも、この世界ではまだかなり異例の技術として描かれている
地球生まれと月生まれのあいだにある差別感情的なものも垣間見える

タンゴ・チャーリーとフォックストロット・ロミオ

分量的にも内容的にも、この短編集のメイン作品といってもいい作品。
「ブルー・シャンペン」の続編だが、「ブルー・シャンペン」では脇役だったアンナ=ルイーゼ・バッハが主人公となっている。
「ブルー・シャンペン」では〈バブル〉をやめ、警察学校へ入るため月へ戻ったアンナ=ルイーゼだが、本作では警官となっている。しかし、ある意味ではまじめすぎて、上官の機嫌取りなどができないために、万年見習生となってしまっている。
かつて、異常なほどの感染力と致死率をもつ謎の病原体が発生したために、誰も接近できないように自動迎撃システムを起動させたまま放置されたステーション「タンゴ・チャーリー」
ところが、不意なことがきっかけで、一人の少女と多くの犬がその中で生存していることが判明する。
アンナ=ルイーゼはこの件を担当することになる。
少女を救うべきか否か
ステーションでAIと犬たちと既に死んだ母親だけを話し相手とし、奔放な生活をしてきた少女は、言葉は通じるがなかなか話が通じない。
また、かつて起きた未知の病原体への恐怖の記憶はまだ根強く残ってもいた。
そして、アンナ=ルイーゼのもとには、特ダネを掴んだギャロウェイが姿を現す。アンナ=ルイーゼとギャロウェイは、上層部の意向に反して、少女を救い出すべく協力関係を築く。
タンゴ・チャーリー月面接近の際の攻撃シーンなど迫力ある描写や、アンナ=ルイーゼとギャロウェイが警察上層部を出し抜くアイデアを実行したり、なかなかサスペンスフルな展開で、次々とページが進んでいく。
無事少女を救い出すことはできるのだが……

選択の自由

こちらはジョン・ヴァーリィ『さようなら、ロビンソン・クルーソー(〈八世界〉全短編2) - logical cypher scapeにも掲載されていた作品
感想もほぼ同じなので省略

ブラックホールロリポップ

同じくジョン・ヴァーリィ『さようなら、ロビンソン・クルーソー(〈八世界〉全短編2) - logical cypher scapeにも掲載されていた作品
やはり、この話面白い
人語を話すブラックホールが実在したのか、ザンジアの妄想だったのか、それは誰にもわからない
ところで邦題は「ブラックホールロリポップ」だが原題はLollipop and the Tar Baby
ロリポップは、ザンジアが乗る救助艇にザンジアがこっそりつけた名前

PRESS ENTER■

テクノホラーといった感じの物語
収録作品の中で唯一、ほぼ現代の世界を舞台にした作品
一人暮らしをしているヴィクターの隣人クルージが、突然の死を遂げるところから始まる。
自殺のようだが遺書がない
クルージの部屋にはコンピュータが置かれており、スクリーンには「TO RUN PRESS ENTER■」の表示(ちなみに、この最後の■はカーソルのこと。この世界の舞台はおそらく80年代で主人公はコンピュータのことを全く知らないらしく、「これはカーソルというらしい」というようなことが書かれている)。エンターキーを押すと、遺書らしき文章を吐き出すプログラムが動き始める。
警察はほぼお手上げ状態になり、代わりに、アジア系の若い女性がクルージ宅を訪れて、残されたデータの解析を始める。
天才ハッカーであるクルージは何故死んだのか、というのが物語の大枠となるのだが、その枠にくるまれているのは、ヴィクターとリサの愛の物語となっているのが、やはりヴァーリィという感じである。
ヴィクターは、朝鮮戦争の帰還兵で、北朝鮮の捕虜となって洗脳を受けていた。
50歳のヴィクターに対して、25歳のリタはヴェトナム系アメリカ人(中国人と日本人の血も入っている)で、難民としてのカンボジア生活を生き延び、今はハッカーとなっている。
お互い、過去に傷を抱えた者同士が愛し合うようになるが、この作品も非常に苦い結末を迎えることになる。