ルーシャス・シェパード『美しき血(竜のグリオールシリーズ)』

超巨大な竜グリオールを描く連作シリーズの最終作。
グリオールシリーズは、以前、第1作目の短編集であるルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』 - logical cypher scape2を読んだ。
第2中短編集として『タボリンの鱗』があり、本作は3作目であり、唯一の長編作品となる。今回、刊行順ではなく『タボリンの鱗』は飛ばして先に『美しき血』から読んだのは、他の人の感想とかを読む限り、『タボリンの鱗』はちょっと異色の作品で、本作の方が普通に面白そうだったので。
筆者が2014年に70歳で亡くなったため、これが遺作となった。


グリオールは、何千年にわたって全く動かず横たわっていて、その周辺にテオシンテという町ができている。町の住人たちからは信仰の対象ともなっており、また、実際に人々の精神に働きかけていると信じられている。
本作の主人公リヒャルト・ロザッハーは、グリオールの血がある種の麻薬となることを知り、これを販売して巨万の富を稼ぐ。
そんなロザッハーが、妻や部下から裏切られたり、グリオールへの信仰に目覚めたり、テオシンテと周辺国をめぐる謀略に巻き込まれたりしていく物語で、彼の半生を描いていく。
なお「竜のグリオールに絵を描いた男」の主人公であるメリック・キャタネイも登場する。また、「タボリンの鱗」のエピソードもかかわってきていたらしい。


ロザッハーはもともと血液学を専攻しており、その延長で、グリオールの血液について研究することを思い立つ。
ところが、グリオールの血液採取を依頼した男と報酬をめぐりトラブルを起こし、グリオールの血液を注射されてしまう。すると、彼の感覚に変化が生じ、目に見えるあらゆるものが光り輝いて見えるようになり、その頃世話になっていた娼婦のルーディの姿が理想の女性に見えるようになった。
しかし、その後、ロザッハーが眠りから目を覚ますと、4年の月日が経っていた。彼はその間、グリオールの血液をもとにして作った薬マブの販売で巨万の富を得ていた。妻となったルーディは、よきビジネスパートナーとなっていたが、一方、夫婦としての関係は完全に冷え切ったものになっていた。ロザッハーは4年間の間に起きたことを知識としては思い出せたが、自分で体験したという感覚はなくなっていた。
彼はもはや研究者ではなくなり、麻薬組織のボスとなっていた。
マブは、それを取り締まる法律がそもそも存在していないので、違法というわけではなかったが、当然ながら、教会と議会はそれぞれよく思っていなかった。ロザッハーは、教会や議会とも色々と取引を持ちかける。
そうした中で、議員のブレケとの知己を得る。また、グリオールを殺す策を議会に上申しにきたメリック・キャタネイとも出会う。


その後、また時間が飛んだり、暗殺されかけたり(そしてそれを未来の自分からの警告で回避したり)する。
妻と部下からの裏切りにあった後、かつての使用人であったマルティータと再会する。彼女は、ロザッハーの知らぬところでロザッハーとの子を妊娠し、そのままロザッハーの屋敷を追い出され、流産していた。しかし、彼女はロザッハーに対して依然好意的であり、ロザッハーは彼女のもとに身を寄せる。
マルティータの店にいた鱗狩人に連れられて、グリオールの翼のもとへといく。「ひらひら」という虫に襲われて、顔におおきな傷跡が残る。一方、そこの生物群集の豊かさや静謐さに魅了されていく。
そして、マブをもとにグリオール信仰の宗教をたちあげていく。
かつての娼館を立て直し、表向き娼館としつつ、「グリオールの館」という聖堂の建築に取りかかる。
ブレケが、ロザッハーの動向をさぐるべくスパイを送り込んでくる。この女スパイであるアメリータとも恋愛関係が生まれる。彼女は、芸術的才能を発揮するようになる。
ロザッハーは、人と比べて著しく老化が遅くなっており、マルティータとの間もそうであったが、アメリータとの間でもその差が目立つようになっていく。彼はようやくそれがグリオールの血を大量注射されたためではないかと気付き、アメリータにも注射するのだが、アメリータには違う効果が出る。
ブレケは、隣国のテマラグアへの領土的野心を抱き、また、やはり隣国で宗教国家であるモスピールとも緊張関係を抱えていた。
ブレケとロザッハーは再び手を結ぶことになり、ロザッハーは渋々ながら、テマラグアの皇帝カルロスの暗殺計画に加担することになる。
平原に住むチェルーティというアウトサイダーな男と、そのもとにいる謎の存在フレデリックフレデリックは、かつてグリオールの翼の下にいたものの正体で、もとは人間だったらしいのだが、今は不定形で残虐な獣のような存在になっている。そのフレデリックにカルロスを殺させようという計画だった。
こうしてロザッハーは、チェルーティ、フレデリックを連れてテマラグアへ密かに潜入するのだが、そこで出会ったカルロスは、まごうことなき善人で優れた統治者であった。ロザッハーは、カルロスがナルシストであることを見抜くが、そのナルシズムが彼の善政や勇気をの源でもあった。ロザッハーは、カルロスに自分と似たものを見いだすが、だからこそ、その違いもはっきりしており、罪悪感に苛まれる。


もともとは科学の徒であり、グリオールに対してもその超常的な能力を全く信じてはいなかったロザッハーが、次第次第に、自らもまたグリオールによって使役されているだけの存在だったのではないかと思うようになる。
彼はしかし、その人生の大半を、ある種の犯罪者・謀略者として生きた。その過程で裏切りにもあうが、ブレケとは互いに騙し合いをしていたりしている(ただその点でブレケの方が若干上手ではあったのだが)。
彼は、グリオールの血の効果によって、老化が止まって(ないし著しく遅くなって)いたので、周囲の人々が先に老いて亡くなっていったりしていく。ただ、最終的には、決して不老不死になったわけではなく、彼もまた老いて死んでいくことになることが示唆されているが、グリオールの力が失われたからなのだろう(キャタネイの策がうまくいったのか、グリオールは滅ぶ)。


ところで、この作品はもちろんファンタジーなのだが、本作では、完全な異世界ではなく、どうもテオシンテは南米あたりにあるらしいということが示されている。
テオシンテ、テマラグア、モスピールは明らかに架空の地名・国名であるがしかし、テマラグアがグアテマラのもじりなのだろう。
そして、ヨーロッパやアジア、ロシアといった地名も出てくるし、ロザッハーがドイツで生まれ育った人物であることも明示されている。ロザッハーは、グリオールのもとの生物群集に対して、当初は、ウォレスやフンボルトを引き合いにだして理解しようとしていたりもする。
実は、他の人の感想記事見たりした時は、このあたりが一体どうなっているのかが気になったのだけど、読んでみると意外と違和感なくすんなり読めてしまうし、逆に、現実世界の中にテオシンテがあることが何かの仕掛けになってる感じもしなかった。