ミハイル・A・ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』(水野忠夫・訳)

ソ連時代のモスクワを舞台に、悪魔たちが大暴れする話
今現在、個人的に海外文学読むぞ期間を実施中で、この期間に入ってから度々「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」に言及しているけれども、その収録作品の中でも人気の高い作品らしいので、手を取った。
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」については、下記の2つのブログをかなり参照させてもらっている。
『巨匠とマルガリータ』ブルガーコフ - ボヘミアの海岸線
1-05『巨匠とマルガリータ』ミハイル・ブルガーコフ/水野忠夫訳 - ウラジーミルの微笑
なお、集英社から刊行された訳が、「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」において全面改訳され、それが岩波文庫に収録されたものを読んだ。
巨匠とマルガリータ』というタイトルの作品だが、上述記事にある通り、「巨匠」も「マルガリータ」もなかなか登場しない。
本作は全32章で構成されていて、1~18章が第一部(岩波文庫版ではこれがそのまま上巻となっている)、19~32章が第二部(同じく下巻)という構成になっているのだが、「巨匠」が登場するのは第13章、マルガリータが登場するのは第二部第19章からとなっている。
上述記事を読んでいたので、かなり後からの登場になることは知っていたのだけど、巨匠が登場する第13章のタイトルがその名も「主人公の登場」だったのにはちょっと笑ってしまった。


冒頭に「悪魔が大暴れ」と書いたが、
第一部では、ヴォランド率いる悪魔の一行が、突如モスクワへと訪れたところから始まり、モスクワ作家協会議長であるベルリオーズの死を皮切りに、登場人物たちが次から次へと破滅させられていく。
彼らがモスクワに訪れた理由は、第二部によって明かされるが、悪魔の舞踏会を開催するためだった。しかし、舞踏会を開催するのには女主人が必要で、それはマルガリータという名前の女の中から選ばれる。
かくして、マルガリータは、ヴォランド一味に協力することになるのだが、これは悪魔から課せられた試練のようなもので、マルガリータは愛する巨匠と再会するべく、この試練を乗り越えていく。
第一部ではあれだけ人々を翻弄したヴォランド一味だが、巨匠とマルガリータに対しては、救済をもたらしてくれる。
第一部のあれやこれやは、スターリン政権下での不条理を下敷きにしているのかなとも思うけど、悪魔なので魔法的なことを使ってくる。


ヴォランドは、「黒魔術の教授」や「外国人特別顧問」を名乗り、悪魔たちのリーダー格。
コロヴィエフは、チェックのジャケットに騎手の帽子をかぶり、荒っぽいことをする悪魔
アザゼッロは、赤毛で山高帽をかぶり、どちらかといえば下手にでた話し方をする
ベゲモートは、二本足で歩く黒猫
ヘルラは、全裸または半裸で出てくる魔女。登場回数は少ない。


第一部(上巻)

1 見知らぬ人とは口をきくべからず

作家協会の議長ベルリオーズと新進気鋭の詩人イワンが、黒魔術を専門とする外国人特別顧問ヴォランド教授と出会う
この時点では名前も出てきていないし台詞もほとんどないが、コロヴィエフとアザゼッロも登場している。

2 ポンティウス・ピラトゥス

ヴォランドが物語るピラトゥス総督の話
エス(作中ではヨシュア)が、総督の前に引っ立てられて死刑判決を受けるまで

3 第七の証明

ヴォランドの予言通り、ベルリオーズが電車に跳ねられて首切り死体となる。

4 追跡

イワンが、ヴォランドを追いかけ始めるが、全く追いつけない。
赤毛の男と二本足で歩く猫が加わるが、3人(?)とも見失う。
イワンは、人の家に忍び込んで蝋燭と聖人画を盗み、川へと飛び降りる。

5 グリボエードフでの事件

作家協会がある建物、通称グリボエードフは、レストランと作家協会の事務局がある。
ベルリオーズの訃報が伝わる。
そこに、ズボン下1枚でびしょ濡れのイワンがやってきて、教授を捕まえろと大暴れする。

6 予言どおりの精神分裂症

イワンは精神病院送りになる。

7 呪われたアパート

ベルリオーズの同居人で、ヴァリエテ劇場の支配人であるリボジェーエフのもとにも、ヴォランド一行が現れる。
朝起きると突然部屋の中にいたヴォランドが、リボジェーエフの記憶にない劇場での公演契約について言い始める。
言いくるめられたリボジェーエフは、気付くとヤルタにいた。

8 教授と詩人の対決

イワンは、精神病院の教授に、自分の身に起こった出来事について話す

9 コロヴィエフの奸策

ベルリオーズの住むアパートの居住者組合議長であるボソイのもとに、悪魔コロヴィエフがやってくる。
コロヴィエフから受け取ったお金が、途中で外貨にすり替わって、コロヴィエフからの通報をうけた警察に踏み込まれ、ボソイは逮捕される。

10 ヤルタからの知らせ

ヴァリエテ劇場の経理部長リムスキイと総務部長ヴァレヌーハのもとに、リボジェーエフがヤルタにいるという電報が入ってくる
いつの間にやら変な教授の公演を決めているし、電話したばかりでヤルタなどに行けているはずもないので、一体どういうことかと悩む2人だが、本当のヤルタではなくて、ヤルタという店にいて悪ふざけをしているのではないかと思案する。
その後、ヴァレヌーハは、コロヴィエフとベゲモートにボコられる

11 イワンの分裂

ヴォランドを告発するための手紙を書いているうちに、ベルリオーズの死を気にしなくなったイワン

12 黒魔術とその種明かし

ヴァリエテ劇場で、ヴォランド一行がモスクワ市民の前で黒魔術ショーを行う。
元々、「黒魔術とその種明かし」をするという予定だったようで、司会者はそのように紹介したのだが、ヴォランドらはそれを一蹴して、高額紙幣を客席に降らせたり、女性客にパリから取り寄せたというドレスやハイヒール、アクセサリー、香水を配ったりする。

13 主人公の登場

イワンが入院している精神病院の病室に、別の病室から窓をつたって他の患者がやってくる。
彼は「巨匠」を名乗り、自分の書いた小説とマルガリータと過ごした日々を語る。

14 雄鶏に栄光あれ!

深夜の劇場、1人残っていたリムスキイ。
ヴァレヌーハが戻ってくる。
ヘルラが襲ってきて、からがら逃げ出す

15 ニカノール・ボソイの夢

逮捕されたボソイは、その後、イワンと同じ精神病院に送られる。
そこで見た夢は、外貨取引で捕まった者たちが客としてきている舞台。司会者から、一人一人舞台にあげられ、外貨取引を認めるように促される。

16 処刑

ゴルゴダの丘でのヨシュアの処刑

17 落ち着かない一日
18 不運な訪問者たち

第二部(下巻)

19 マルガリータ

マルガリータは、科学者の夫をもち、誰もがうらやむ邸宅に住み、何不自由ない暮らしをしていたが、ある日、巨匠と出会い恋に落ちてしまう。
が、巨匠が彼女の元を去ってから、失意の日々を過ごしていた。
ある日、何かが起こりそうな予感がして街を歩いていたら、ベルリオーズの葬列に出くわす。
そして、アザゼッロが声をかけてくる。
巨匠の原稿の内容とマルガリータが密かに思っていたことを全て言い当てられ、マルガリータはアザゼッロの誘いに乗る。

20 アザゼッロのクリーム

アザゼッロは、21時半きっかりに裸になってこのクリームを全身に塗り、その後にかかってくる電話の指示に従えという。
そのクリームを指示通りに塗ると、肌がみるみるときれいになっていき、マルガリータは魔女となった。
小間使いのナターシャを置いて、家を出る

21 空を飛ぶ

ほうきに乗ってモスクワの空を飛ぶ。誰にも姿が見えなくなっている。
作家たちが多く住むアパートを見つけ、巨匠を侮辱した批評家が住んでいることに気付くと、部屋を破壊して回る。

22 蠟燭の明りのもとで
23 悪魔の大舞踏会

ヴォランドを主人と呼び、舞踏会の客を出迎えることになるマルガリータ
客たちはみな墓から蘇った者たち

24 巨匠の救出

ヴォランドからの試練をやり遂げたマルガリータ
ヴォランド一行の打ち上げパーティもなんとか卒なくこなす。
そして、ついにヴォランドの力により、巨匠との再会を果たす。

25 イスカリオテのユダを総督はいかに救おうとしたか

25章と26章は作中作。巨匠の書いている小説の内容で、第2章の続き
ヨシュアの処刑から一夜明けて、一睡もできなかった総督が、秘密護衛隊長に指示をくだす。
処刑された者の埋葬と、イスカリオテのユダを守ること。

26 埋葬
27 五〇号室の最後

警察による捜査

ベゲモートと警察の銃撃戦
50号室の炎上

28 コロヴィエフとベゲモートの最後の冒険

外貨専門店での食い逃げと放火
グリボエードフで、2人に気付いた支配人の海賊

29 巨匠とマルガリータの運命は定められる

モスクワの市街を眺めるヴォランドとアザゼッロのもとに、マタイが現れる。
「あの人」も巨匠の小説を読み、巨匠とマルガリータに安らぎが訪れることを望んでいるとヴォランドに伝える。
ヴォランドは、自分のことを忌み嫌うマタイに対し、悪がなければお前のような善もないのだぞと言い放つ

30 出発の時

かつて巨匠が暮していた地下室に戻ってきた2人は、落ち着きを取り戻し、巨匠は本当に悪魔と出会ったのかと思うようになっていた
そこにアザゼッロが訪れる。
巨匠とマルガリータは、アザゼッロがワインに盛った毒で殺された後復活する。
巨匠は、イワンの病室に訪れ別れを告げる。
その後、イワンは隣の病室の患者(つまり巨匠)が亡くなったことを知らされる。

31 雀が丘にて

アザゼッロに連れられて、空飛ぶ馬に乗った巨匠とマルガリータは、ヴォランド一行と合流する。
ヴォランド一行は、馬を進めるうちに、真の姿を見せていく

32 許しと永遠の隠れ家

ヴォランドは、巨匠を、苦しみに苛まされ続けるピラトゥスと対面させる。
巨匠はピラトゥスに対して「お前は自由だ」と伝える
ヴォランドたちは去り、巨匠とマルガリータは、永遠の隠れ家へとたどり着く

エピローグ

ヴォランドたちが去ったモスクワの話。
生き残った人たちがどうなったかについての色々
イワンは退院し結婚もしたが、何年経っても、満月の夜になると苦しみに悩まされつづけていた。

解説

ブルガーコフの生涯と再評価などについて
ブルガーコフは、1891年生まれ1940年没。本格的に文筆活動を始めたのは1920年代から。
キエフ生まれで、白衛軍の軍医として働いていた。その後、『白衛軍』という長編第一作を書いている。
「モスクワ三部作」とも言われる中編小説3編を書いた後、『白衛軍』を自ら戯曲化した「トゥルビン家の日々」が成功を収める。戯曲家として評価を集め、自身も舞台へとのめりこんでいくが、この作品が白衛軍賛美ととられて、小説などが発禁となる。
その後も、モスクワ劇場で働き続けるも、晩年は密かに長編小説『巨匠とマルガリータ』などを書きためていた。
スタリーン亡き後の雪解けの時代になって、再評価する声がでるようになり、未亡人が未発表原稿を保存していたこともあり、『巨匠とマルガリータ』も出版の日の目を見ることになる。しかし、最初ソ連で出版された際には検閲がかかったため、未亡人は後にフランスで検閲の入っていない版を発行している。また、その後、文献研究が進んで、新たな版も発行されている。
翻訳は、70年代の版をもとにしつつ、近年の文献研究も踏まえたものであると言い添えられている。
訳者は、ブルガーコフが政治との対立を越えて、政治とは自立した小説世界を作り上げようとしてそれに成功した作家と評価している。

ブルガーコフの作品との出会い

訳者は、早稲田大在学時代に、米川訳による中編を読んだ。
また、やはり大学時代の師であった野崎韶夫は、「トゥルビン家の日々」を実際にその目で観劇しており、ブルガーコフについて熱く語っていたという。
訳者である水野は、ブルガーコフの中編小説などを翻訳している。
巨匠とマルガリータ』は、「悪魔とマルガリータ」というタイトルで1969年に、水野の友人でもある安井侑子により翻訳されていたが、1977年に水野訳が刊行され、1990年、2008年(「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」)にそれぞれ改訳されている。