文学賞をテーマにした座談会形式によるブックガイド的な本
8つの文学賞を取り上げ、それぞれの賞につき、3作品をあげて座談会をしている。
全ての座談会について都甲がホストで、他に文学研究者、翻訳者、小説家、書評家など2名がメンバーになっている。
対象になっている賞は、ノーベル文学賞、芥川賞、直木賞、ブッカー賞、ゴンクール賞、ピュリツァー賞、カフカ賞、エルサレム賞の8つである。なので、24作品が紹介されていることになる。
まあ、当たり前なのだが、読みたい本が増えていく……
あと、それぞれの章の最後に、今後その賞を受賞してほしい人、というのが書かれている。こちらは理由とかは書いてなくて、名前だけ書いているんだけど、これも面白かった。2016年の本で、その後の受賞者を当てているものもある
以前から気になっていた本だが、そういえば、今年のノーベル賞そろそろだなと思って読み始めた。
ブログ更新日が、ノーベル文学賞の発表日と重なったのは偶然。
1 これを獲ったら世界一?「ノーベル文学賞」
都甲幸治×中村和恵×宮下遼
登場作家・作品:アリス・マンロー『小説のように』、オルハン・パムク『僕の違和感』、V・S・ナイポール『ミゲル・ストリート』
ノーベル文学賞について、これは道徳主義的なところもあるし、やっぱり北欧文学的なものが選ばれる、というような話をした上で、あんまりノーベル賞っぽくない人たちとして3人の3作品が選ばれている。
ノーベル賞っぽくない、というのは、ノーベル賞はやはり国民文学みたいなのを選ぶので、そこから少し外れている、と。
アリス・マンローはカナダの女性作家。カナダの女性作家というと、アトウッドも代表的な作家だけど、アトウッドはノーベル賞とってない。マンローがとった時、アトウッドは悔しがったエピソードがあるらしい。
座談会参加者の宮下さんは、パムクの翻訳者。
へえ、そうなんだーと思ったのは、パムクには奇想要素が結構あるらしい。気になり始めた。
クルド人が主人公の親友として出てくるが、クルド系は本当に沢山いて、クルド系の友人がいないトルコ系はいないだろう、と。クルド系と一言で言っても色々な人がいる、と
ナイポール、田舎から都会に出てきた人が主人公で、本人はインテリになっていくんだけど、田舎にいた人たちが、客観的には大したことない人たちだったかもしれないけれど、すごく魅力的な人たちだったなあ、みたいな感じらしい。
パムクもナイポールも、名前はよく聞くけれど、今までそこまで気持ちが向いていなかったが、これ読むと、面白そうだなあと。
今後受賞してほしい人として、中村がボブ・ディランをあげていた
2 日本で一番有名な文学賞「芥川賞」
日本で一番有名だけど、考えてみれば新人賞なのに、と。そもそも新人とは、とか。
「abさんご」はストーリーはシンプルだけど、それを時間かけて読ませる作品、と。
小野正嗣は大分、目取真俊は沖縄。
マジックリアリズムを取り入れていたり、方言をうまく使っていたり。
小野と目取真も気になる。目取真は以前、短編1つ読んで面白かった記憶がある。
今後受賞してほしい人として、都甲が温又柔を、武田が上田岳洋を挙げていた。瀧井が青木淳悟をあげていて、そういえば芥川賞は取ってないのか-と思った
3 読み始めたら止まらない「直木賞」
都甲幸治×宮下遼×石井千湖
登場作家・作品:東山彰良『流』、船戸与一『虹の谷の五月』、車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』
東山彰良『流』は台湾、船戸与一『虹の谷の五月』はフィリピンが舞台になっている。
東山自身が台湾生まれ。また、座談会では『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』と似ている、とも。よい移民文学であり、台湾史への導入にもなる、と
船戸作品は、ハードボイルドを海外を舞台にしてやっている。『虹の谷の五月』は船戸作品の入門編みたいな位置づけ
車谷の『赤目~』は、直木賞受賞したけど芥川賞っぽくもある、と。尼崎
芥川賞は、欧米文学を日本語で書こうとしている作品が受賞しやすくて、直木賞は、もっとアジアから見た日本という視点がある、という指摘
直木賞作品って普段あんまり読まないけど、東山『流』気になってきた。東山は以前短編が面白かった記憶もあるし、台湾文学も最近少し読んでいたりするので
2015年、『流』と『歩道橋の魔術師』が出てたようだ。
今後受賞してほしい人で、宮下が万城目学と馳星周をあげていた。馳星周って2016年段階でまだ直木賞とってなかったんだーという驚き
〈コラム〉まだまだあるぞ世界の文学賞 都甲幸治
ブッカー国際賞、ノイシュタット国際文学賞、国際ダブリン文学賞、全米批評家協会賞、米リーズ賞(オレンジ賞)
それぞれ、どんな賞かと、受賞作品の中から1つ選んで簡単に紹介されている
4 当たり作品の宝庫「ブッカー賞」
都甲幸治×武田将明×江南亜美子
登場作家・作品:ジョン・バンヴィル『海に帰る日』、マーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』、ヒラリー・マンテル『ウルフ・ホール』
ブッカー賞は面白い作品ばかりだ、と。
芥川賞・直木賞は審査員が作家ばかりだけど、ブッカー賞は作家だけでなく、研究者や評論家、政治家や芸能人なども。さらに、毎年審査員が変わる上に、審査員は100冊以上の候補作を全部読む。
最初の候補作を「ロングリスト」、そこから絞り込まれた候補作を「ショートリスト」として公開していて、長期間にわたって販促イベントが組まれる
同じ作家が何度でも受賞可能
アトウッドの作品は、SF的要素、成長物語、メタフィクション、ミステリーやサスペンス、メロドラマ、ファミリー・サーガといった要素が入っているという。カナダの歴史も描いており、批評性もエンタメ性もあるという。
ノーベル文学賞は、良くも悪くも「立派」な文学を考えているのに対して、ブッカー賞は広く読まれるものをめざしているのではないか、と
ホールは、イギリスの歴史物。続編でもブッカー賞をとっている
5 写真のように本を読む「ゴンクール賞」
都甲幸治×藤野可織×桑田光平
登場作家・作品:マルグリット・デュラス『愛人』、ミシェル・ウエルベック『地図と領土』、パトリック・モディアノ『暗いブティック通り』
この章は、取り上げられている本もだけど、座談会メンバーの藤野可織が面白い
デュラスの『愛人』の中でひよこが沢山殺されるシーンがあって、藤野が「それがいいんです」というと、桑田がちょっと引き気味に驚いているんだけど、モディアノ作品の紹介では逆に桑田の方から、藤野さんの好きそうな虐殺シーンもありますよってリコメンドしてる
デュラスの『愛人』は映画により性愛のイメージがあるが、どちらかというと母娘の話らしい。
ウエルベック『地図と領土』は、現代アートの話。ウエルベック本人も登場人物の1人。無駄なディテールがいちいち面白いとか。
ウエルベックはかなり前に一度、何か読んであまり面白く感じられなかったので、以降敬遠気味なのだが、これは面白そうだった。
章タイトルが「写真のように」とあるが、これは桑田がデュラスのことを「露光過多」の文学、モディアノを光が少ない、と喩えていることによる
受賞してほしい作家に、都甲がローラン・ビネをあげていた
6 アメリカとは何かを考える「ピュリツァー賞」
都甲幸治×藤井光×谷崎由依
登場作家・作品:ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』、スティーヴン・ミルハウザー『マーティン・ドレスラーの夢』、エドワード・P・ジョーンズ『地図になかった世界』
ピュリツァー賞は、複数の部門からなるが、審査員も多岐にわたっているらしく、文学に詳しくない審査員も納得させないと受賞に至らないらしい。
都甲が、ピュリツァー賞の審査員もやっているジュノ・ディアスに対して、何故あの作家がとらないんだ、と詰め寄ったら、そういう弁明があった、と。
ラヒリについて都甲曰く「恋愛結婚に未来はない」
アメリカ小説の王道だとわかり合う瞬間がくるが、ラヒリはそうではない。
藤井「「わたしたち」が語り手になる小説にロクな展開はない」(フォークナー「エミリーに薔薇を」などをあげながら)
アメリカ文学でもインド文学でもない雰囲気
ミルハウザーについては、審査員が最後まで読んでないか、誰かが他の審査員を丸め込んでないか説が出てきて面白い。ミルハウザーは、ピュリツァー賞っぽくないけれど『マーティン・ドレスラーの夢』は途中までは、近代アメリカの成立の物語として読めるので。
ジョーンズ『地図になかった世界』は、黒人奴隷の話だが、奴隷主も黒人という設定の作品
すごくリアルに書かれている部分が創作
最近、アフリカ系アメリカ人の作家は、トニ・モリスン以外翻訳されていなくて、ピュリツァー賞受賞でもないと翻訳されない
〈コラム〉文学賞に縁のない作家たち 藤井光
まず、そもそも賞や社交が苦手な作家。ノミネートを外してほしいといったル・カレや、受賞したものの受賞式には欠席したデニス・ジョンソンやトマス・ピンチョン
それから、評価されながらも受賞に恵まれていない作家として、ジョイス・キャロル・オーツ、ポール・オースター、スティーヴ・エリクソン
また、作家のキャリアとして、長編こそが主、短編はそれにいたるステップとみなされることが多く、ミルハウザーも長らく賞に縁がなかった、と
7 チェコの地元賞から世界の賞へ「カフカ賞」
都甲幸治×阿部賢一×石井千湖
登場作家・作品:フィリップ・ロス『プロット・アゲインスト・アメリカ』、閻連科『愉楽』、エドゥアルド・メンドサ『グルブ消息不明』
村上春樹がカフカ賞を受賞したことで日本でも有名になった。また、カフカ賞を受賞した作家がのちにノーベル文学賞を受賞したこともあって、そのことでも知られている。作品ではなく作家が受賞対象。
元々、ユダヤ系の作家、チェコにゆかりのある作家が受賞しやすく、また、チェコ語で刊行されている必要がある。村上春樹が受賞したのもチェコ語訳されていたから。ただ、最近は対象を広げてきていて、誰がとるか予想が難しくなってきている、と。
第1回受賞者であるフィリップ・ロスはアメリカ人作家だが、ユダヤ系移民の子でルーツが東欧にある。ロス自身、よくプラハに行っていた。ロスはアメリカ文学であり東欧文学だ、とは阿部賢一の言
『プロット・アゲインスト・アメリカ』は、ルーズベルトではなくリンドバーグが大統領になっていたら、という歴史改変もので、反ユダヤ主義に傾倒したアメリカを描く。
主人公家族がもう少しやばくなったらカナダに逃げよう、と思っているうちに、カナダとの国境が封鎖されて逃げられなくなる、という展開があるらしく、今でもアクチュアルな感じっぽいなと思った。東欧文学っぽくもあるけれど、アメリカ固有の人種差別や暴力が描かれているという指摘も
閻連科は、カフカ賞の傾向が変化したあとでの受賞者。
アッパーでスピード感がある、とか。チェコやアメリカ、あるいは日本の読者からは幻想的に見えるのかもしれないが、中国人からすると「ありそう」らしい。ガルシア=マルケスに喩えられるけど、結構違うんじゃないか、と
閻連科は、世代的に文革の頃に少年時代を送っていて、軍隊で教育を受けている
エドゥアルド・メンドサ『グルブ消息不明』は、エイリアンが地球に潜入調査しているという話
これは結構ひたすらボケたおしている、みたいな話らしい
今後受賞してほしい人として、町田康やオルガ・トカルチュクが挙げられていた
8 理解するということについて「エルサレム賞」
都甲幸治×阿部公彦×倉本さおり
登場作家・作品:J・M・クッツェー『恥辱』、イアン・マキューアン『未成年』、イスマイル・カダレ『夢宮殿』
これも村上春樹が受賞したことで日本では名前を知られる賞
2年に1回、作家に与えられる賞で、ユダヤ系とかそういうことはなく、多少、ヨーロッパ中心的なところはあるけれど(アジア系は村上春樹だけなど)、色々な国の人がとっている
クッツェー、わけのわからないものをどうやって理解していくか。ただし「共感」をきれいごととしては描かない。語り手はつねに悪意がある。レイプ犯も完全な悪なようで、最後にホームパーティにしれっと混ざっていたりする
マキューアンは文学的な仕掛けと通俗性がうまく同居している。日本語と相性がいい。食べものの書き方とか音楽の使い方とか
カダレはアルバニアの作家で、『夢宮殿』は19世紀後半のオスマントルコを舞台にした小説。国民がみる夢を選別する役所に勤めることになった主人公の話
非リアリズム小説っぽいけどリアリズムっぽい小説。役所の機構自体は現実的だったり。
現代的な文学作品で、登場人物のほぼ全員がムスリムという作品を日本語ではなかなか読めない
また、カダレには言葉への信頼感があるという話から、アイヴァスの『黄金時代』も書物の力を信じている感じがする、と比較されている。
