藤井太洋『まるで渡り鳥のように』

11本の作品からなる第二短編集
まず、初出が海外の媒体という作品が多いことに驚く
11本中、日本の媒体が初出となっている作品は5本、他は中国が4本、韓国が1本、アメリカが1本となっている。
日本語で執筆したものを、それぞれ中国語、韓国語、英語に翻訳されて発表されたようだ。なお、日本語版はこの短編集が初出という作品も多い。


自分は藤井のよい読者ではないので何とも言えないが、藤井作品というとやはり、情報技術ネタを用いながら、現在と地続きのごく近い未来を描く印象がある。
本書でもわりとそういう作品は多いのだが、一方で、中国で発表された4本はいずれも宇宙を舞台としている。
藤井太洋『公正的戦闘規範』 - logical cypher scape2にも宇宙SFが1本あったし、第二長編の『オービタル・クラウド』も宇宙ものであったわけで、今までも宇宙SFを書いてきている作家ではあるのだが、本書では筆者自身の弁として、宇宙SFが好きである旨書かれている。また、『SFマガジン2024年12月号』 - logical cypher scape2のインタビューでも次回作は宇宙開発ものといっており、宇宙ものへの思い入れがこれほど強い人だとは思っていなかった。


また、作家の出身である奄美大島が出てくる作品が2篇ある、というのもポイントかもしれない。
翻ってみると奄美は出てこないが「従卒トム」に薩摩弁で喋る西郷隆盛が出てくる、というのも、奄美出身であることが影響しているのかもしれない(薩摩は奄美を征服した側だが。それはそれとして作中、カタカナで書かれる薩摩弁は何とも言えない異物感があり、出身が近いことによって出せるリアリティだったのかもしれない)(この点については巻末の解説に言及がある)。


「ヴァンテアン」「距離の嘘」「落下の果てに」「祖母の龍」が特に面白かった。

ヴァンテアン

初出:『小説トリッパー』2015年夏号
それぞれ作者による解説がつけられている。それによると、『小説トリッパー』から出された「20」というお題によるもので、依頼をうけた当初、数をテーマにしようとしたが、参加している作家のなかに円城塔がいたのでこれはやめた、と(円城塔は実際、幾何学ネタを出してきたらしい)。
子どもに乳歯が生えてきた時期だったので、乳歯にしようかと思ったけれど、それもネタが膨らまず、最終的に選ばれたのは、DNAがコードしているアミノ酸


ヴァンテアンはフランス語で21
代官山の3Dプリンタスタジオの雇われラボ・テクニシャンをしつつバイオハッカーとして自身のプロジェクトに没頭する田奈橋杏が、21種類目のアミノ酸をつくる大腸菌を生み出し、それを利用したバイオコンピュータを発明する
(ちなみに、語り手はそのスタジオの経営者で、天才タイプの田奈橋の発明をビジネス化させる)
文字通り世界を変える大発明となるのだが、その後、アメリカのバイオ大手企業がこの特許を無効化する手立てを打ち出してくる。
最後、それに対する反撃が結構すごい(アメリカの大手企業側がやってきたのが制度のハックで、そんなやり方認められるのかよ、みたいな方法なのだが、それに対して、そのハックが許されるならもっと大規模にやって、バイオ特許制度そのものを焼き討ちにしてやりますね、みたいなことをやろうとしている)
大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選 アステロイド・ツリーの彼方へ』 - logical cypher scape2で読んだことあった。忘れてたけど。

従卒トム

初出:大森望編『NOVA+ 屍者たちの帝国』 - logical cypher scape2
黒人奴隷のトムが南北戦争で屍兵使いとなり、その後、江戸城総攻撃に加わることとなった前夜の話。
西郷隆盛に艦上で屍兵部隊を閲兵させた夜、勝海舟山岡鉄舟が忍び込んでくる。
トムは奴隷時代から才覚があって、綿花を収穫する際の効率的な編成を考案しており、南北戦争では、屍兵たちの陣形・戦術を開発していた。勝から、アルゴリズムって奴だろ、と言われたりする。
で、奴隷として働いていたころの農場主の息子が、戦死して屍兵になっている。いつか、故郷へ連れて帰ろうと思って、ずっと屍兵使いを続けているが、勝と山岡にそれを見抜かれているという話。
西郷の薩摩弁がカタカナで書かれていて、独特の存在感があるw

おうむの夢と操り人形

初出:Kindle singles(2018)
ペッパーくんのようなロボット(作中では、SB(スプリントブリュー)という会社のパドルという名前のロボット)を譲り受け、利用方法を考える主人公山科
シェアハウスの同居人である飛美とともに生み出したのが、配膳ロボットの先頭に立たせ、セット売りするというもの
山科も飛美もフリーランスで、山科はITエンジニア、飛美は総務のスペシャリスト
顔がなくてどこに向かうか分からない配膳ロボットに対して、パドルに人とのインタラクションを担わせる、というもの
組み合わせは配膳ロボット以外でも可能なわけで作中ではそれによってビジネス展開していくのだが、配膳ロボットの問題は、現実には、ネコ型配膳ロボットという形で実現したな、と思った。
まあポイントは配膳ではなく、パドルに組み込んだコミュニケーションツール(パロットーク)が、単なるオウム返しをしてるだけなのだが、反応速度を早くすることと、インタフェースを人間っぽくすることで、人間相手には十分だったというところ。
介護施設用のカスタマイズで、家族の顔写真をインタフェースに使うことで(倫理的な)一線を越える、という話の組み立てになっている
あと、飛美が、役員になるのだが、ある時、部下との応答をそのツールに置き換えてみても、何の問題もなかった、という話にもなっている


大森望・日下三蔵編『おうむの夢と操り人形 年刊日本SF傑作選』 - logical cypher scape2で読んだことある。
今回、生成AIに対応した修正を行ったと筆者の説明が付されていたが、どこか分からなかった。

まるで渡り鳥のように

初出:科幻春晩2020
中国の春節の時期に行われているSFイベント「科幻春晩」のために書かれた作品。
なお、本書収録の「羽を震わせて言おう、ハロー!」「落下の果てに」「祖母の龍」もやはり「科幻春晩」に寄稿したものとのこと。
ちなみに「科幻春晩」を主宰しているのは、「未来事務管理局」というSFエージェント企業
本作は、華僑と宇宙の話
春節になると、中国人や華僑はいっせいに故郷へと戻る。それは、宇宙時代になっても同じだ、という作品
なお、本作品では華僑の僑の字が、人偏ではなくうかんむりになっている。宇宙の華僑なので。
太陽系外にまで人類が到達している未来で、やはり宇宙にも中国人はたくさん進出しているのだけれど、しかし、中国人が多いのは春節に地球に戻れる範囲(火星圏)まで、と
主人公は、生き物の渡りを研究している日本人で、中国人研究者と付き合っている。
とある系外惑星ウルルで、渡りをする生命? 物質?が見つかったというニュースが伝わってきて、主人公は移住を決意するが、中国人パートナーとは別れてしまう。
目的地に着いたとき、地球から送られてきた通信内容は……


そういえば冒頭、主人公が渡り鳥の実験するために、プロジェクションマッピングで映し出しているの、薩摩半島種子島沖の映像だなーと
なぜ、渡りの研究を宇宙でやっているかというと、重力を調整するため
重力子を放出する加速器がある、というSF設定
あと、系外惑星は、メタン大気だから呼吸器系をいじる環境適応手術をうけた方がよいとされる。ただし、その手術は遺伝子編集するので、生殖不可能になる、とかそういう技術もある未来

晴れあがる銀河

初出:『銀河英雌雄伝説列伝〈1〉晴れあがる銀河』(2020)
英伝トリビュートが初出。藤井作品表題作になりがち。
そういえばそんな企画あったなあと思いつつ、そこまで銀英伝に思い入れもないから読んでない奴
ルドルフが銀河帝国を樹立した直後くらいの時期の話
もともと、連邦職員だった主人公アトウッドが、改組により帝国軍人となり、皇帝から宇宙航路図の勅命を拝命する。
主人公とその部下が2人出てくるのだが、3人のルドルフや銀河帝国に対する態度がそれぞれ少しずつ異なる。そもそもアトウッドはアフリカ系、部下の1人は人種的な特徴が混淆した見た目をしており、ルドルフの帝政に対して距離を置いていたり、冷笑的であったりする。もう1人は、3人の中では一番の下っ端(異動してきたばかり)なのだが、見た目はアーリア系で、ノンポリ(がゆえにルドルフのこともどちらかといえば支持している)っぽい感じ
彼らは3人で仕事を成し遂げるのだが、その後の人事が露骨
これは実は、彼らに協力してくれた民間企業の偉い人が、2人は人種的に今後帝国に残っても危ないだろうということを見越して、あえて通報した結果
左遷された2人は偽名を得て逃げていくのだが、その偽名が、実はあの人物につながる、というオチになっている。
うーん、その時代をチョイスするのがすごいな、というのと、行政機関があれよあれよと崩壊していく様とそれを銀英伝っぽく描くのがうまい。

距離の嘘

初出:U-nextオリジナル書籍(2020)
新型コロナウイルスの感染拡大期に、感染症がらみの作品を3本書いたらしいが、その中でもっとも現実に近い作品、とのこと。
新型コロナウイルス以降も度々新たな感染症が流行し、感染制御としての行動制限が一般化した未来社会が舞台
主人公は、カザフスタンとロシアの国境地帯にある難民キャンプに招聘される。
苛烈型麻疹が流行し始めているかの地に、感染対策の専門家として呼ばれたのだが、彼は大量の行動データのデータ整形を淡々と行っていく、一介のエンジニアであって、必ずしも感染症に詳しいわけではない。難民キャンプの議長は、そんな彼をドクターと呼ぶ(医者でもなければ博士号持ちでもないのに)。
そもそもこの難民キャンプ、難民キャンプとはいうが、その土地内にリチウム鉱山を有する、数十万人規模の都市でありほとんど自治を成し遂げている(ウズベク人、シリア難民、ロヒンギャなど集まってる難民も様々)。
これまでも何度も感染症の拡大を食い止めており、そこに1人の日本人女性が関わっていた。
主人公は、彼らが何かを自分に対して隠していることに気付いていく。
それは、リチウム資源を狙う隣国からの軍事的圧力に対して、彼らがとった防御手段だった。やむを得ないことだったのかもしれないが、しかし、倫理的に許されることでもない。主人公はキャンプを離れることにする。

羽を震わせて言おう、ハロー!

初出:科幻春晩2021
系外惑星探査機自身が語り手・主人公の作品
H3ロケットで打ち上げられていて、何回かスウィングバイやって、3年だかでヘリオポーズまでいってた……そんなに加速できるのか
2034年打ち上げ。太陽でスイングバイして第三宇宙速度を超え、木星土星海王星スイングバイして2037年にヘリオポーズを超えたという設定)
宇宙の旅を続けているうちに、もっと速い有人宇宙船からコンタクトをうけ、さらに追い抜かれていく。
最終的に目的地である系外惑星に到着するが、そこに待っているのは……。
ところで「再接近」とあったが「最接近」の誤変換な気がする。

海を流れる川の先

初出:YKユン編の神話系SFアンソロジー(2021)→『七月七日』(2023)として邦訳
中国で知り合った韓国人YKユンから誘われたという、韓国のSFアンソロジーが初出。
神話というテーマで書かれたもので、筆者の故郷である奄美大島が舞台
関ヶ原が終わって、サツの国(薩摩)が奄美に侵攻した時の話
とある島の少年アマンが、薩摩の元武士で僧侶の男・千樹と出会う。
海の中の海流?を川と呼んでいる
対岸の島に渡れる流れと、ニラヤに行ってしまう流れとがある。

落下の果てに

初出:科幻春晩2022
木星有人宇宙船を建造中に、太陽フレアを食らって意識不明になった宇宙作業員についての話
前半は救助スタッフ視点、後半は作業員本人の視点
バイザーを閉じられたはずなのに、何故閉じなかったのか、というのがコアになっている(ミステリという程ではないが、前半の視点でそういう謎が問いかけられ、最後にその理由が明らかになる)
命をかけてもその景色を見たかった、という話

読書家アリス

初出:Digital Aesthete(2023)
これは、AIとアートをテーマとした、アメリカのSFアンソロジー『デジタル・エスシート』*1が初出。
筆者曰く、この『デジタル・エスシート』は、ケン・リュウの作品や、ウクライナ作家マリーナ、セルゲイ・ディアチェンコ夫妻の作品が素晴らしく、早く翻訳されてほしい、とのこと。
つい最近、カクヨムのランキングでAI生成作品が~という話題をみかけたが、まあそういう、生成AIによる小説作品が大量に世に出回っている時代のお話
主人公であるSF雑誌の編集者ボブは、そんな中、人間から投稿された作品をうまく拾い上げて掲載につなげている。
タイトルにある「読書家アリス」というのは、編集者が使っているAIアシスタント言語モデル(LM))の名前
これも前半は編集者の視点、後半は「読書家アリス」開発者の視点になっていて、どうして読書家アリスというLMは、人間の書いた作品を選り分けられるのか、という話になっている。
網膜投影が当然の技術になり、PCとかタブレットとかの端末はなくなっている未来。みんな、コワーキングスペースで目の前にウィンドウを浮かばせて仕事している。

祖母の龍

初出:科幻春晩2024
これまた、春節×宇宙SF
高軌道ステーションに春節期間のアルバイトとしてやってきた若い女性文芽が主人公
まず、この高軌道ステーションは何やっているところかというと、太陽フレアが起きたときに軌道調整や救助にあたる
春節期間は、また例によって作業員がみんな地球に戻って人が減るので、その間の監視員としてのアルバイトを雇っている。
このステーションの作業員は、待機中は冷凍睡眠に入っているので、普通の人よりも長期間生きている。
今年の春節で、ステーションに残っているのは2人。1人はこのステーションのリーダー超鋼で、400年近く生きている。
で、もう1人が実は、主人公の祖母である文子。しかし、冷凍睡眠を繰り返してきた祖母は、見た目は孫とほぼ同じなのである。
文芽がこのアルバイトに応募してきた理由とは、祖母・文子に会うことであり、高齢となり腫瘍もできている母・春乃に会いに戻ってきてほしいと頼むためだった。
でもって、さらにいうと、この祖母-母-主人公の家系は、奄美大島の巫女(ユタ)の家系である。
21世紀に世界が一様化した後、22世紀にローカル文化復興の動きがあり、その1つとして、奄美の伝統儀式なども復活した。で、今は24世紀。
祖母・文子は、巫女の仕事をまだ12歳だった主人公の母・春乃に継がせて、今の仕事に就いてしまった
しかし、高軌道ステーションで会った文子は、その仕事の中に、巫女の手振り(テブイ)を取り入れていた。
タイトルにある「龍」は、コロナ質量放出のこと。ジグザグとした光として見える様が龍のようであることから
そして、文子はそれを回避することができる。
回避するだけではなく、なんと宇宙空間で……というやつで、これは木星にダイブした奴とかにも似た、宇宙を舞台に、宇宙でそれやる?!系の作品になっている
奄美の伝統技能と宇宙の高度専門職が融合している様を通して、文子が決して娘のことを忘れていなかったことを描く。


筆者からの解説で、「未来事務管理局」は出版から手を引くことになり、「科幻春晩」の最後の年に寄稿した作品となった、とあるが、検索してみたら、ほかならぬ筆者のブログで翌年も開催されることが告知されていた。

『まるで渡り鳥のように』の著者解題で、2024年の科幻春晩が最後になるとお伝えしていたのですが、ごめんなさい、今年もあります。
(...)
今年の作品もやはり宇宙を舞台に選びました。いずれ国内でも発表するかと思いますが、お楽しみにお待ちください。
10年めの科幻春晩2025 – Taiyo Fujii, writing

解説

勝山海百合による、各作品解説
‐従卒トム
トムが江戸城総攻撃に加わっているのは、薩摩が買い付けた戦艦ストーンウォールとセットだったからだが、ストーンウォールという軍艦は史実
また、この解説では、筆者が奄美出身であることと薩摩藩が描かれたことに関係があるだろうと述べ、白人奴隷主と黒人奴隷の関係に薩摩藩と島々の住民を重ねている、としている


‐まるで渡り鳥のように
初出は2020年だが、2021年に英語訳されている
また、日本語訳は、VG+(バゴプラ)で公開された、という
藤井太洋「まるで渡り鳥のように」 | VG+ (バゴプラ)


‐落下の果てに
ラストシーンは、『ブレードランナー』でのレプリカントのロイがデッカードに語った「わたしは人間が見たことのないものを見た」というセリフを思い出させると解説している。

‐祖母の龍
作中に出てくる電磁帆の回路図に、紬の着物の柄が使われている
作中では、なんという柄かは書かれていないが、「龍郷柄」と「秋名バラ」という柄であるという。
辰年に発表された、龍モチーフの作品で、龍の郷の籠目(竹冠に龍)の文様が出てくる、龍尽くしの作品だと解説されている。

*1:あれ、Aestheteでエスシートって読むんだ?