中国で発見された恐竜ないし中国での恐竜発見エピソードについて書かれた本
元は、講談社ブルーバックスのwebでの連載だった。これに大幅に加筆修正を加えたものと書かれている。この連載、当時読んでいたが、これかなり書き下ろしも多いのではないか、という気がする。
筆者は、中国についてのライター・ノンフィクション作家で、政治ネタからサブカルチャーネタまで扱っている。理系ではないが、一介の恐竜ファンであったらしく、仕事のフィールドである中国と、もともと好きであった恐竜とを掛け合わせて本書ができた、ということらしい。
というわけで本書は、恐竜そのものについてのことももちろん書かれているが、発見のエピソードが主となっている。
中国における恐竜という存在を書いている、ともいえる。
中国において恐竜はまだマイナーな存在であるらしく、それゆえ、政治的な影響をあまり受けていないというところがあるようだ。
しかし、近年、中国での恐竜研究は急速な発展を遂げており、発見された恐竜の種数を国別で見ると、すでにアメリカを抜いて、世界1位となっているらしい。
この本を読んでいて、知らない恐竜の多いこと、多いこと
この本、以前から気になっていたが、このタイミングで手に取った理由として、ちょっと気楽に読める本が読みたい、というものがあった。
その点、この本は読みやすいことは読みやすいのだが、さて、感想をブログに書こうと思った際、恐竜の名前を書きだすのがめちゃ大変、というのがある。
なじみのない名前が多く、しかも、中国語由来であったり、ピンインをそのまま学名にしているケースもあり、なかなか読みにくい。
また、本書は、中国語表記も併記しており、ある程度はそこも押さえたいと思うと、なお大変である。
- 本書の構成
恐竜の本というと、一般的には、分類による章立てか、あるいは時代別の章立てがなされることが多いのではないだろうか。
あるいは、研究トピックごとの章立て、というのもわりとあるかもしれない。
対して、この本は、中国における恐竜というテーマの本なので、そういう章立てはなされていない。
第1章は、20世紀末から21世紀初頭のトピックが集められている。
第2章は、中国古生物学黎明期の話題が集められている。自分にとっては、なじみのある名前が多くある章であった。
第3章は、発見のエピソードが面白いというような観点から集められている、のかな。登場する恐竜はかなりマイナー、だと思われる。
第4章は、近年になって恐竜が発見されるようになった地域の話
第5章は、恐竜以外の中生代の古生物について
- 中国の古生物学者
恐竜の発見物語には、古生物学者がつきものだろう。
ギデオン・マンテルから始まって、マーシュとコープの骨戦争、ブラウンやアンドリュース、恐竜ルネサンスのバッカー、そして日本の小林など。
中国の古生物学者も、まあ恐竜の本を読んでいると名前は見るので、なんとなく有名な人の名前は知っているけれど、本書を読んで、そういう人だったのかあと理解が進んだ。
中国の有名な古生物学者としては、以下の人たちがいるだろう。本書には、下に挙げる以外の古生物学者の名前も出てくるが、まあ以下の人たちの登場頻度が高い。
楊鍾健(1897~1979)
趙喜進(1935~2012)
董枝明(1937~2024)
呂君昌(1965~2018)
徐星(1969~)
邢立達(1982~)
ちなみに、師弟関係として、楊→董→呂/邢ならびに趙→徐、となっているようだ。
はじめに
恐竜の基礎知識――本編に進む前に
第1章 中国恐竜最新事情――恐竜の常識を変えた「羽毛恐竜」は中国で見つかった
コラム1 中国恐竜の命名ルールと珍名恐竜
第2章 レジェンド中国恐竜秘話――『ドラえもん』でも有名な中国恐竜たち
コラム2 中国恐竜学の泰斗・楊鍾健の恐竜よりも数奇な人生
第3章 中国人の大発見――化石は意外な局面で見つかる
コラム3 化石盗掘の暗い影と中国恐竜研究の混乱
第4章 中華全土、恐竜事情――新疆・チベットでもマイナーな町でも化石は出る
コラム4 台湾と香港で恐竜の化石は見つかるか?
第5章 中生代中国の「海と空」の生き物たち――中国では翼竜や首長竜の化石も見つかる
コラム5 「世紀の大発見」をものにした恐竜オタク博士の光と闇
おわりに
恐竜の基礎知識――本編に進む前に
基本的に、分類の話とかをしているが、本書ならではの点として中国語での恐竜表記の話がある
日本だと、ティラノサウルスとかトリケラトプスとか、属名のみで呼ばれることが多い。ティラノサウルス・レックスを例外として、種小名まで書かれることは少ない。
中国語の場合、漢字に意訳したうえで、種小名・属名が書かれることが多い、とのこと
ティラノサウルス・レックス→君王暴龍
第1章 中国恐竜最新事情―恐竜の常識を変えた「羽毛恐竜」は中国で見つかった
- 「恐竜には羽毛があった」。世界的大発見と盗掘の闇“シノサウロプテリクス”
- 名前1文字の飛行恐竜、化石の怪しげな発見の経緯“イ”
シノサウロプテリクスやイは、化石が発見された経緯に、盗掘にかかわっていた人がいた、と
イの場合、珍しい骨が含まれていて、研究した徐星らは、ニセモノと疑われることを心配した、とか。
イは、スカンソリオプテリクス科というまだ研究のあまり進んでいないグループに属する。
- 中国で見つかるティラノサウルの遠い親戚たち”ディロング ズオロン アオルン”
グアンロンは、遼寧省で発見され、徐星によって報告された
自分は、遼寧省自体のことを羽毛恐竜の産地として知っていたが、その中の、北票市というところまでは知らなかった。北票の名前を冠したベイピアオサウルスというのも発見されており、本書でも、時々出てくる。
まだマイナーな存在だが、新疆ウイグル自治区のジュンガル盆地石樹溝層から発見された、ズオロン、アオルンというコエルロサウルス類が紹介されている。マイナーだが、2018年に福井の特別展に展示されていたらしい。
どちらも米中合同の発掘調査で発見されたらしいが、ズオロンが発見された2001年頃は、米中関係が悪化していて、中国ではほとんど報道されていなかったらしい。
フアンヘティタン=黄河巨竜、ダシアティタン=大夏巨竜、ドンベイティタン=東北巨竜、リャオニンゴティタン=遼寧巨竜、いずれも2000年代頃に相次いで発見されたティタノサウルス類。ここらへん、全然知らなかったが、中国の代表的な竜脚類の座が、最近はマメンチサウルスからフアンヘティタンに移りつつあるとかなんとか。
- 羽毛恐竜、中国共産党幹部の名前を付けられる”カウディプテリクス ギガントラプトル”
カウディプテリクスは、北票市の熱河層群から発見されたオヴィラプトル類で羽毛恐竜。実は、シノサウロプテリクスが羽毛を持っていることを認められたのは、その後に、カウディプテリクスなどほかの羽毛恐竜の発見が続いたから、とのこと
種小名のゾウイは、中国共産党の重鎮・鄒家華にちなんでつけられている。中国で、近現代の政治家の名前がつけられることは非常に珍しい。それは、いつなんどきその人の評価が変わってしまうかしれないからである。羽毛恐竜研究をバックアップしてくれた人だから、とのことである
- コラム1 中国恐竜の命名ルールと珍名恐竜
コラムでは、李白にちなんで名づけられた恐竜や、華美な漢字名の恐竜などが紹介される中、ロング・ロン問題(?)にも触れられている。
中国語の龍のピンインlongに対する、日本語におけるカタカナ表記が、ロングとロンで統一されていないのである。
ところで、中国の古生物学者のパイオニア楊鍾健は、Youngがヤング表記になっていることがままある、ということも指摘されている。いわれてみれば、見たことある気がする。
第2章 レジェンド中国恐竜秘話―『ドラえもん』でも有名な中国恐竜たち
この章の恐竜、みんなサウルスつく名前で、ちょっとほっとしますねw
- 戦時下で化石を掘り出された「古参恐竜」、現在も研究継続中“ルーフェンゴサウルス”
ルーフェンゴサウルスは、漢字で禄豊龍で、雲南省禄豊県から1939年に発見された。
今も当時も「辺境」といっていい土地だが、日中戦争の開戦により、中国政府は四川省の重慶に移ってきており、これにあわせて、研究者たちも四川省や雲南省へ移ってきていた。楊鍾健もその中の一人で、この頃、多くの化石を発見している。その中には、盧溝橋の名前を冠したルーコウサウルス(恐竜と近縁の動物)というのもいたらしい。
プラテオサウルスと同じ竜脚形類で、二足歩行していたとみられる。竜脚形類はマイナーなグループだが、ルーフェンゴサウルスは中国ではよく知られているという。
ルーフェンゴサウルスは、もっとも保存状態のよかった化石で、楊鍾健によるルーフェンゴサウルスの研究所は、中国で書かれた初めての恐竜についての学術書となり、復元骨格もつくれらたが、これも中国人による研究成果としては初
中国から発見された恐竜としては、1930年にマンチュロサウルス(満洲龍)が報告されていて、神州第一龍とも呼ばれているが、それはロシア人によって研究されたもの。中国人によって研究された最初の恐竜という意味で、ルーフェンゴサウルスも神州第一龍と呼ばれている、と
ルーフェンゴサウルスは、これまでに30体以上発見されていて、現在も研究が進展している、と
- ドラえもんでおなじみのあの恐竜が見つかるまで“マメンチサウルス”
マメンチサウルスは、中国の恐竜として非常に有名だと思うが、命名の由来は発見された馬鳴渓から。なのだが、なんと、楊鍾健の訛りが強かったため、馬鳴渓(マーミンシー)がマメンチとなったとか
- おなじみの「頭の突起」は本当にあったのか”チンタオサウルス”
チンタオサウルスは、山東省來陽市で発見された。山東省に中生代の地層があることはなんと1920年代に、譚錫疇によって知られていた。1929年にハドロサウルスの仲間がスウェーデンの古生物学者によってタニウス(譚氏龍)として報告されている
このため、楊鍾健も注目していたが、実際に本格的な研究が始まるのは1950年から。
來陽で発見されたが、化石発見者の周が所属する山東大学が青島にあったことから、チンタオサウルスと命名されたとのこと。なお、青島の現在のアルファベット表記はQing daoだが、チンタオサウルスのつづりはTsintao。ピンイン表記が定められたのが1958年で、チンタオサウルスが報告されたのと同年だったため、古いつづりが使われたとのこと
なお、チンタオサウルスというと、特徴的なトサカがトレードマークだが、近年になって、これはたまたま後ろ半分しか発見されていなかっただけではないか、と指摘されているとのこと
- 「峨眉山の恐竜」は現在でも新種が見つかる?”オメイサウルス”
オメイサウルス(峨眉龍)は、四川省の峨眉山にちなむ。四川省自頁市から発見された。この自頁市も、恐竜がよく発見されている場所
なんと、化石の発見は1915年まで遡るという。アメリカの地質学者が発見しているが、アメリカに持ち帰っただけでそのまま博物館の中で眠っていた。1930年代に、アメリカの古生物学者キャンプが再発見し、楊鍾健とともに四川省を再調査し、1939年に報告
その後も、同属の新種が次々と発見されているという
- 「シノ(中国)」を名に冠した恐竜たちの正体”シノサウルス”
「シノ」がつく恐竜はめちゃくちゃたくさんいる。なお、中国語で表記すると、「中華」だったり「中国」だったり表記ゆれが結構あるらしい
シノサウロプテリクスは中華龍鳥だが、シノティラヌスは中国暴龍だったり
元祖は、シノサウルス・トリアシクス(三畳中国龍)で、楊鍾健が禄豊県で発見した。なお、種小名に三畳とあるが、これは楊の誤認で、実際はジュラ紀前期の獣脚類。
シノサウルスについての研究はその後も続いており、楊鍾健の弟子である董枝明が、2003年に、これまで新種とされていた化石がシノサウルスであることを提唱したり、さらに、董の弟子である邢立達が2012年にシノサウルスをテーマにした修士論文を提出している。
- コラム2 中国恐竜学の泰斗・楊鍾健の恐竜よりも数奇な人生
ここまでもすでに何度か登場している、楊鍾健の略歴がコラムで紹介されている
父親は孫文の中国同盟会に加入していた知識人で、その父親からの影響を強く受けて、楊自身も政治青年であったと(ちなみに父親が15歳頃の時の子らしい。当時の中国は結婚時期が早かったとか)
北京大学卒業後、ドイツへ留学し、古生物学を専攻。帰国後は、周口店での北京原人発掘に参加するなど、もともとは哺乳類化石の研究者だったとのこと
ルーフェンゴサウルスのところにもあった通り、日中戦争の折、研究拠点が移ることで、雲南省禄豊県、四川省自頁市の恐竜化石の研究を行うようになった、と。
その後、学会の重鎮となっていったが、70歳くらいの時に文革があって、激しい批判の対象となった。しかし、文革後、復活を遂げる。
弟子には、やはり著名な古生物学者である董枝明がいる。
第3章 中国人の大発見―化石は意外な局面で見つかる
- 農民夫婦、裏山から掘り出した化石を14年間守る“宝峰龍”
宝峰龍は、まだ学名が定まっていないので中国名でのみ書かれている。
重慶市宝峰鎮で1998年に発見された化石だが、中国では恐竜の化石は龍骨と呼ばれて漢方薬として珍重されていたこともあって、周囲の住人たちが勝手に削り取っていくという事態が起きる。発見者であった劉雲書は、以来、妻とともにこの化石を見張りつづけたというエピソード。資金難もあってなかなか発掘調査が始まらず、その間に劉自身はがんに罹るなどしたのだが、それでも守り続けたらしい。
実は、重慶にはほかにもそういう人がいるらしい。逆に、そういう人がいな失われてしまった化石も多かったのだろう、と書かれている。
- 農村インフルエンサーが裏山で謎の足跡を見つけたら“エウブロンテス アノモエプス グララトール”
中国は人口の大半が農民なので、恐竜発見にも農民がかかわっていることが多いのだが、近年の面白い例として、周超という農民インフルエンサーによる足跡化石発見のエピソードが紹介されている
近年の中国では、田舎暮らしを配信する動画配信者も増えていて、周はその中の一人
で、配信中に、恐竜の足跡のようなものを見つけ、それがウェイボーで拡散され、邢立達を呼ぼう、という話になった、と
邢立達というのは、1982年生まれの若い古生物学者で、中国で初めて恐竜情報のWebサイトを作った人でもあり、ネット上では「恐竜達人」と呼ばれているとのことで、本書では、同じく1982年生まれの小泉悠のようなネットで有名な研究者と紹介されている。
動画公開の翌日には、邢立達は周超に連絡をとってきたという。
- 9歳少年、広東省でタマゴ化石を大発見”ピンナトウーリトゥス”
2019年に広東省河源市での恐竜の卵化石発見の話。河源市は、深圳の近くである。ここは、2013年以来、卵化石が大量に発見されているところで、地元の博物館には1万個以上の化石が収蔵されているらしいが、さらに、盗掘や私蔵で失われた化石が5万個に及ぶという試算もあるとか。
で、件の少年だが、博物館で卵化石を見たことがあったので気づいたという話で、中国メディアでは、青少年への科学啓蒙の重要性という例として絶賛された、と
実際、このニュースは自分も見た記憶がある。
- 古代神話の巨大ニワトリのルーツか。足跡化石の話”シノイクニテス”
古都・西安のある陝西省は、本書によると、地味な省であるらしい。恐竜研究においても地味で、派手な発見はないが、しかし、研究の歴史は古く、1929年に、楊鍾健がテイヤール・ド・シャルダンとともに、イグアノドンの仲間とみられる恐竜の足跡化石を発見している
ここで、ド・シャルダンの名前が突然出てきて、読んでいて結構びっくりしたのだが、北京原人の研究つながりのようで、もともと陝西省にも新生代の地層を調べに来ていたらしい。中国古生物学に大きな影響を与えた人だったようだ。
なお、その後の研究はいったん停滞したものの、21世紀に入ってから、足跡化石発見ラッシュが続いているらしい。
中国では、天鶏とか金鶏とかいったニワトリモチーフの神話があり、これのルーツが陝西省なのだが、恐竜の足跡化石に由来するのでは、ということが中国メディアではよくいわれているらしい
マンチュロサウルスは、すでに第2章でも言及があったが、1902年に黒龍江付近で発見されたものを、ロシアの軍人がサンクトペテルブルクに持ち帰り、のち、1930年にサウロロフス亜科の新属新種として報告されたものである。
ただ、楊鍾健を含め、多くの研究者から、新属としての有効性について指摘されていて、疑問名になっているっぽい。しかし、中国国内では、神州第一龍として非常にメジャーな恐竜としても扱われている、と
- スヴェン・ヘディン隊が見つけた「さまよえる恐竜」たち”ペイシャンサウルス ヘイシャンサウルス”
ド・シャルダンの名前が出てきた時も驚いたけど、スヴェン・ヘディンの名前が出てきたのもびっくりした
楼蘭遺跡やさまよえる湖ロプノール湖を発見した、あのヘディンである
実は、ヘディン隊には古生物学者も帯同していて、恐竜の化石を発見していたらしい。
ただ、鎧竜の仲間として報告されたペイシャンサウルスは、その後、堅頭竜類では、原始的な角竜では、といった説も出てきて、分類が定まっていない。堅頭竜類として報告されたヘイシャンサウルスは、のちに鎧竜とされ、ピナコサウルスのシノニムでないかともいわれている。ほかにも、疑問名になってしまった種や、分類不明になってしまった種ばかり、という状況らしい
- コラム3 化石盗掘の暗い影と中国恐竜研究の混乱
コラムでは、中国における盗掘の話で、セレーノによるラプトレックスの話が紹介されている
ところで、中国では盗掘の最高刑が死刑らしく、やべーなと思った(ただの感想
第4章 中華全土、恐竜事情―新疆・チベットでもマイナーな町でも化石は出る
第4章は、中国の辺境やマイナー地域からの恐竜である。
- 襲いくるオオカミと高山病、過酷な環境から見つかるチベットの恐竜たち“モンコノサウルス チャンドゥサウルス”
- 山東省諸城市にいたティラノサウルスとトリケラトプスの祖先たち“ズケンティラヌス シノケラトプス”
まず最初はチベットであるが、チベットでは剣竜の仲間がよく発見されているらしい。ただ、状態が悪かったりして、情報量に乏しい
中国の剣竜といえば、トゥオジャンゴサウルスが有名だが、発見されたのは四川省でチベットとは近い。四川省からチベット一帯にかけて、剣竜化石が発見されやすい地域らしい。
ここでは、恐竜よりも、古生物学者の趙喜進がフィーチャーされている。
1935年生まれで、楊鍾健と董枝明の間の世代であり、弟子に徐星がいる。
1977年、心臓病の手術を受けた直後の趙は、家族の反対を押し切り、チベットへの調査に赴き、同行者を見失い一人で歩いていた際、オオカミに出くわすもハンマーをふるって威嚇して助かった、という豪快エピソードを持つ
メディアからは「中国龍王」の異名で呼ばれていた、という
で、この中国龍王は、1995年に中国科学院を退職後、山東省諸城市での恐竜研究に尽力する
諸城市は、趙喜進が1988年からと2008年から大規模な発掘を行っており、角竜が多く発見されている。
中国の角竜というとプシッタコサウルスが有名で、ほかにも原始的な角竜が多く、トリケラトプスのような、ザ・角竜みたいなのは見つかっていなかったが、諸城から見つかるようになった、と
シノケラトプス・ズケンゲンシス(諸城中国角龍)という、トリケラトプスの中でも最大級の角竜とみられる
ほかに諸城では、ズケンティラヌス・マグヌス(巨型諸城暴龍)、ズケンケラトプス・イネクスペクトクス(意外諸城角龍)、シナンキロサウルス・ズケンゲンシス(諸城中国甲龍)などが発見されている、と
ティラノサウルスやトリケラトプスといった北米を代表する恐竜たちがアジア起源だったことを示している
- 河南省のマイナー県、恐竜で町おこしを図る”ナンヤンゴサウルス ルヤンゴサウルス シエンシャノサウルス ゾンギュアンサウルス”
河南省女陽県
洛陽の近くだが、ここもまあマイナーな場所、と本書では紹介されているが、2000年代半ばから恐竜発掘で注目されている、と
1989年、恐竜の化石らしきものが発見され、董枝明の弟子である呂君昌が派遣されるも、呂はその後、アメリカ留学などが重なり、女陽県の恐竜の研究は進まなかった。呂については詳しくは後述される。
胡錦涛政権下のハコモノ行政の中で、女陽県の博物館がリニューアルされることになり、再び発掘調査が行われることになった、と。ところで、発掘調査前にリニューアル博物館で展示物として計画されていたのが、ナンヤンゴサウルス・ジュゲイイ(諸葛南陽龍)という諸葛良孔明の名前を冠した恐竜だったらしいが、名前に対して地味な恐竜だという。
アジア最大級とも称される、ルヤンゴサウルス・ギガンテウスをはじめとして、巨大な竜脚類が続々発見されるようになった、という
ところで、紛らわしい名前として、当地で発見された、シアンシャノサウルス、新疆ウイグル自治区で発見されたシャンシャノサウルス、浙江省で発見されたジャンシャノサウルスが紹介されていて、面白い。なお、紛らわしいのはカタカナだけで、ラテン語表記、漢字表記では別に似ていない、とも
- コロナ禍で有名になってしまった湖北省にも恐竜はいた”ユンシアンサウルス”
コロナで有名になってしまった武漢のある湖北省でも恐竜が発見されてるよーって話で、特に卵化石が多いらしい
- 難読地名都市・江西省贛州市で続々と見つかる化石”バンジ・ロング ガンジョウサウルス ジアングシサウルス ナンカンギア フアナンサウルス コリトラプトル”
江西省贛州市は、2010年代にオヴィラプトル類が7属も発見されている
このうち、フアナンサウルスとコリトラプトルは、北大もプレスリリースを出している
これが、先ほどもできてた呂君昌が関係していて、呂は、小林快次と同時期にサザンメジスト大学に留学しており、呂と小林の共同研究だったのである(さらに同時期に留学していた韓国のイ・ヨンナムも名を連ねており、日中韓の共同研究だったと)
しかし、呂君昌は2018年に53歳の若さで病死している。
- 重い政治問題と続々と見つかる化石と・新疆ウイグル自治区の恐竜”グアンロン ハミティタン”
新疆ウイグル自治区も恐竜が多く発見されている
グアンロンが特に有名だが、翼竜のズンガリプテルス、小型獣脚類のハプロケイルスやリムサウルス、剣竜のジャンジュノサウルス、原始的な角龍のインロンなど(ズンガリプテルス以外は、ウルムチ市北東の石樹溝層)
また、ハミ市からは竜脚類のほか、ハミ翼竜動物群として知られる翼竜化石が
- コラム4 台湾と香港で恐竜の化石は見つかるか?
最後のコラムでは、中国の「周縁」である台湾と香港について
台湾島は、新生代の地層からなるので恐竜は出てこない(化石人類についてはいろいろ)。台湾は実は大陸部の島も領有していて、そちらにジュラ紀の地層が一応あるとのこと
香港の場合、小島の方にジュラ紀の地層がある、と
第5章 中生代中国の「海と空」の生き物たち―中国では翼竜や首長竜の化石も見つかる
ズンガリプテルスとダルウィノプテルスは土屋健『地球生命 空の興亡史』 - logical cypher scape2にも出てきていた
ズンガリプテルスは上述の通り、新疆ウイグル自治区で1963年に発見された翼竜。もともと、石油調査中に発見されたらしい。また、例によって楊鍾健による命名だが、ズンガリってジュンガル盆地に由来しているらしい。
ジュンガルのアルファベット表記は、なかなか安定していなかったらしいのだが、ズンガリプテルスの場合、さらにドイツ語表記によるつづりを採用している、というなかなかのめんどくささ。これは、楊鍾健がドイツ留学していたり、戦前の中国古生物学がドイツ語圏の影響を受けていたから。
なお、中国ではメジャーな翼竜で、またさらには、岐阜高山の手取層群からも発見されているとのこと
ダルウィノプテルスは、呂君昌が発見した翼竜。長い尾がもつ原始的な翼竜類と、短い尾をもつ進化的な翼竜類との間をつなぐミッシングリンク的な存在なので、この名を持つ。
- 首が短い「淡水に住む」首長竜“ビシャノプリオサウルス”
ビシャノプリオサウルスはその名の通り、首の短い首長竜プリオサウルス類の仲間。董枝明によって1980年に命名されたが、2003年、佐藤たまきによって再研究されている。淡水域に生息していたとか。
- 魚竜の起源か? 三畳紀前期の謎多き生き物”フーペイスクス ナンチャンゴサウルス”
- 工場で大量生産される「ニセ化石」たち”ケイチョウサウルス”
1990年、貴州省で発見されたケイチョウサウルスの化石が、当時の農民の平均年収の倍以上の金額で売れてしまったことをきっかけに、貴州省では盗掘ラッシュが置き、さらにはニセモノを作る加工工場までできてしまったとか。ここで作られたと思われるニセモノが、TV番組『なんでも鑑定団』に出てきたこともあったらしい
- 恐竜ではない「恐竜っぽい」生き物”ロトサウルス キロウスクス”
- コラム5 「世紀の大発見」をものにした恐竜オタク博士の光と闇”EVA オクルデンタビス エウブロンテス・ノビタイ”
最後のコラムは、ミャンマーの琥珀化石と邢立達について
ミャンマーの琥珀は、ミャンマー軍などの資金源になっているとして2020年頃に、それを用いた研究が問題視された。まさに、ミャンマーの琥珀化石を用いた研究をしていた邢立達はそれに対する反論を発表しており、それが紹介されている。
琥珀が産出するミャンマー東北部というのは、古くから中国とのつながりが強く、人民元が流通し、中国語が共通語になっている地域らしい。中国語がわからないとミャンマー人でも入れない地域であり、逆に言うと、中国人研究者であれば入り込める地域であった、と。
軍閥による、ある種の「秩序」が形成されている地域であり、筆者は、日本人や西欧人のコンプライアンス意識・人権意識とは相容れないが、中国人であればなんとなく理解し適応できるものだろう、と述べている。
筆者は、邢立達による反論自体は、苦しいものだと評価しつつも、しかし、西欧からの批判にちゃんと説明責任を果たそうとしている点で良心的な態度であるとも述べた上で、邢立達は共産党のイデオロギー色も薄く、その点では安心できる人物だとも述べている。
おわりに
日本では恐竜って人気ジャンルだけれと、中国ではまだまだマイナーな存在ではあるらしい
本書でもある通り、地方の町おこしに使われつつあり、観光資源という面で注目されつつある、というところではあるが、しかしまだ、政治には目をつけられていない、というところらしい。共産党による政治利用されていないので、中国から出てくるもののなかでは「安心」して楽しめるジャンルだよ、と。
