磯崎憲一郎『日本蒙昧前史』

1965年(昭和40年)から1985年(昭和60年)にかけての戦後昭和史を描いた小説だが、そこは磯崎作品なので、一筋縄ではいかない。
年末年始にかけて読んでいた。磯崎作品はよく正月に読んでいるよんだーと思ったけど、磯崎憲一郎『往古来今』 - logical cypher scape2くらいだった。
(なんか毎回書いているけど、磯崎のサキの字は「大」じゃなくて「立」)
文庫化されたタイミングで読んだのだけど、現在、第二部が連載中のはずだと確認したら、12月発売の1月号で最終回だったようだ。


毎度のことながら、磯崎作品は説明が難しい。
このブログ記事を書くのに先立って、書評記事をいくつか見てみた
『日本蒙昧前史』(文藝春秋) - 著者:磯崎 憲一郎 - 中島 京子による書評 | 好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS
短くて要点がまとまっている。どんな内容が書かれているか大づかみするのによい。
あと、この書評にある通り、ディテールが面白いところはある。メモとかとってなかったので、このブログではそのあたり拾えず……。
〔書評〕使命と孤独/『日本蒙昧前史』(磯﨑憲一郎)|furuyatoshihiro
古谷利裕による書評(初出は『群像』2020年10月号とのこと)。使命の男たちのパートである前半と孤独を幸福とする男たちのパートである後半、その間に位置する千葉の少年のパートと、本作の構造が分析されていてありがたい。


実際の史実を扱った磯崎作品としては、
デビュー作でブッダとその子、孫を扱った『肝心の子供』や、
小田急成城学園創始者を描いた『電車道』があり、
そうした作品を思い浮かべつつも、また違った体裁の作品に仕上がっている。


文体や構成の特徴からいうと、まず、切れ目がない。
連載をベースにしているので、連載時の切れ目と思われる箇所に一行空けが入ってはいるのだが、明示的な章や節の区分けはない。また、この一行分けでの区分もあまり内容的な切れ目にはなっていないような気がした。
かなり長い文、長い段落が続く。特に文については、句点が非常に少なく、普通の文であれば句点を打つような場所に読点が打たれていたりする。だいたい普通の文として読めるが、句点ではなく読点になっていることによって、不思議な読み味になっているところもあったような気がする(メモ取ったりしていなかったのでどこがどうだったか指摘できないが……)
そういう切れ目なく続く文章を読んでいるうちに、内容もいつの間にか移り変わっているのが磯崎節とでもいうべきか。ふと気付くと別の話題に連れてこられているのだが、そこに違和感なくて、不思議なドライブ感がある。


昭和史の中の史実を題材としており、まるでノンフィクションかのような書きぶりをしているところもある一方で、いつの間にかフィクションになっていたりもする。
つまり、事実について引きの視点から書かれている箇所と、登場人物たちの内面に及ぶところまで寄りの視点で書かれている箇所がある。そして、後者に関しては、当然ながら虚実入り交じるというか、かなり創作が入っている。
また、ある程度事実を書いていると思われる箇所でも、さりげなく創作が入り込んでいる箇所もある。
5つ子ちゃんについてその名前は実際のものと異なっているし、目玉男についてもその略歴はかなり創作が入っているようである。
また、そもそもこの語り手が一体何者なのか、というのもわりと謎である。これは他の磯崎作品でもやはり語り手が何者なのかよくわからないところがあるが。三人称で書かれており、語り手自身の一人称が出てくることはないが、語り手の価値観や出来事に対する感想のようなものも時々混ざり込んでくる。「今では考えられないことだが」というような文言が多くて、語り手はおそらく2010年代後半から2020年代前半にかけての現在にいるのだろう。


戦後昭和史を題材にとっているため、著名人も多く登場するが、ほとんど全員について人名は伏せられている。具体的に誰について人名が書かれていたかは、上述の古谷書評が詳しい。
人名は伏せられているが、大体の特徴が書かれているので、誰のことを書いているかはすぐ分かる(例えば一番分かりやすい例だと「この当時、日本人で唯一のノーベル文学賞作家」とか)。ただ、自分にとっては生まれる前の時代であり、なおかつ近過去過ぎて歴史としてもちゃんと勉強していない時代だったので、政治家関係はわりとその都度ググりながら読んでいた。また、大阪万博の際に太陽の塔に立てこもったという「目玉男」や、元日本兵横井庄一についても、Wikipediaを確認しながら読んだ。


グリコ森永事件で誘拐された社長
日航機墜落事故とひっそり旅行する家族
とある相互銀行の創業者の娘婿専務が銀座の土地を売却
田中角栄の愛人となるホステスが田舎から出てきてホステスになる顛末
5つ子ちゃんの父親となるNHK記者が就職して京都で再会した幼なじみと結婚して、5つ子が産まれたあと、メディアスクラムにあう
大阪万博
開催前は批判も多くメディアの扱いも小さかったとか。計画の途中で千里が候補地となり、そこの買収が揉めたとか
千葉の少年が父親と一緒に大阪万博へ赴く
「目玉男」による籠城とその人生(旭川出身で子供の頃に姉を交通事故で亡くしており「人類の進歩と調和」に懐疑を抱く。スタルヒンの孤独と自らの孤独を重ねる)
横井庄一の半生