高山羽根子「居た場所」他(『文藝2018年冬号』)

文芸 2018年 11 月号 [雑誌]

文芸 2018年 11 月号 [雑誌]

高山羽根子「居た場所」

芥川賞候補作となっており、選評での評価も高く、最近、立て続けに高山の短編を読んでわりと面白かったので読んでみた。


介護実習生として「私」の町へとやってきた小翠は、ある日、自分が初めて一人暮らしをした街へと行きたいと言い始める。
小翠は、中国から来たようにも読めるのだが、「大陸」「小翠の国」とあるだけで中国とははっきり書かれていないし、また、日本人である私が、小翠の国の文字が全く読めていないようなので、漢字ではない。さらに、その後に書かれている、その国の歴史を読むと、(戦後くらいにどこかから移民がやってきてできた街?国? でそれ以前に誰が住んでいたのかが謎、みたいな歴史なので)どこの国なのかさっぱりわからなくなってくる(選評では誰かが、ベトナムのどこかだろうと書いていたけど)
じゃあ完全に架空の世界なのかなとも思うが、「日本語」や「英語」は出てくるので、現実世界と地続きなところもある。
小翠は、大陸にある国の中のとある島の出身で、そこの島の人間はみな小さい、という設定もある。
小翠の国には、タッタという犬ともイタチとも違う四つ足の動物がいたりもする。
このタッタがわりとあちこちに出てくる
不思議な/ファンタジーな/幻想的な(?)要素がありつつも、普通の文学という言い方もおかしいのだが、芥川賞っぽいというか、この現代の日本と同じ世界を舞台にしている小説と同じような文体・雰囲気で綴られている。


小翠は、「私」の母親に気に入られ、私の家の仕事(酒蔵?)の見学に連れてこられ、次第に私の家の中におさまるようになる。特に母親が癌にかかった際に、介護や家事をこなし、家族同然となる。どっかのタイミングで、私と結婚している。
(ちょっと面白いのは、母が亡くなった後、乗り気でないことには作業が遅くなるという母の特徴まで、小翠が身につける(?)ようになったりすること)


小翠が初めて一人暮らしをした一角が、インターネットの地図でなぜか表示されなくなっており、実際に行ってみたいというのがきっかけで、旅行することになる。
港のある大きな街で、その中の古い市場となっている界隈
見知らぬ文字、見知らぬ広告、見知らぬ町並、今まで見たことなかった小翠の話し方に翻弄されながら、小翠についていく「私」
かつて住んでいた集合住宅はすでに廃墟になっていてそこに忍び込むが、突然倒れ込んでしまう。


山野辺太郎「いつか深い穴に落ちるまで」

第五十五回文藝賞受賞作
「居た場所」のために手に取った『文藝』だけど、なんか面白そうだったので読んだ。
日本からブラジルに穴を掘ってトンネルを作ろうという、誰もが思いつき、誰もがアホらしと考えるのをやめるネタを、大真面目に書いた作品。
敗戦直後の日本で、若き官僚の山本清春が「だって、近道じゃありませんか」と言って発案し、その後いろいろと数十年に渡りすったもんだしながら、山本の亡くなった直後、秘密裏に事業化される様が数ページで矢継ぎ早に描かれる。
その後、「僕」こと鈴木に視点が切り替わっていくあたりは、なんだか、同じく文藝賞受賞作家で現審査委員の磯崎*1憲一郎の作品っぽさがあるなと思ったり。
鈴木は、このトンネル工事の請負をしている会社へ新卒で入社し、広報係に配属される
といっても、広報係は鈴木1人。しかも、元々別の新卒が配属される予定だったのだが、彼が辞退してしまったための配属であった。
仕事は、広報用の記事を書くことだが、事業自体が秘密裏のものなので、どこにも公表されない。それでも彼は、日々記事を書く仕事を続けていく。
掘っている途中で温泉が出てしまった話
ブラジル側からも掘削しており、そちらにも広報係がいて、ルイーザという女性がやっていることを知る話
山本の家族から、彼が戦争中に人間魚雷の部隊にいた話を聞いったこととか
ポーランドから謎の産業スパイがやってきて、一緒に温泉巡りをしたこととか
掘削現場で働いている作業員に日系ブラジル人が増えていったりとか、
北の某国から来た王子様がこの事業に興味を持って鈴木が相手をすることになったが、その人は入国することができず、おつきの人と一緒にディズニーランドで遊ぶ話とか
日系ブラジル人は減って、中国からの技能実習生が増えてきた話とか
東日本大震災リオ五輪などがあり、東京五輪も近づいてきた頃、鈴木の部署に鈴木以来の新人が配属されることになる。鈴木は独身のまま50代になっていた。
ついに、トンネルが完成を迎えることになり、最初の通行人として広報係に白羽の矢が立つ


なんというか、なさそうでありそうでなさそうな話が、次々と繰り出されてくる感じが、磯崎作品と似ている味わいではある
ただ、最後、トンネル完成が決まってから最後のオチまで、ちょっと面白さが落ちてしまったような気がする。
広報係として書く側だった鈴木が、新人の大森が入り、さらに最初の通行人に選ばれることで、むしろ書かれる側に変わっていくわけだけど、ちょっとヒロイックな感じになってしまったのが気になるというか。
オチはそういう雰囲気を払拭するものではあるけれど、この大ネタに関してあっさりめという感じもするし。


選考委員は、磯崎の他、斎藤美奈子町田康、村田紗耶香
町田が選評で、この作品を書ききった「度胸と技量に感嘆」と書いているけど、まさに、これを書ききるのは度胸があるよなと思う。
磯崎は「真顔で書き切る」態度が徹底されていると評している。普通の人だと、科学的な設定を入れてしまうところだけれど、それを入れずに小説の力だけを信じ切っているとも。
選評の後には、磯﨑と山野辺の受賞記念対談も入っていて、磯﨑が推しているのがよくわかる。
斎藤が、選評の中で『学研まんが できるできないのひみつ』に、地球の裏側まで穴を掘って荷物を送ることはできるか、という章があったということを書いてたけど、自分も同じものを思い出してたw デキッコナイスw

*1:本当は「立」のほうの「さき」