磯崎憲一郎『赤の他人の瓜二つ』

文庫化したので再読
11月の発売当初に既に買っていたのだが、今年一発目のブログの記事が磯崎憲一郎『往古来今』 - logical cypher scapeだったので、今年の〆の記事も磯崎憲一郎にしようと思って、とっておいたw
でも多分、今年あともう一冊は読めると思ってる。
ちなみに、磯崎の崎の字は本当は「大」じゃなくて「立」


後半になるにつれて、ごく普通の顔して、「いや、それありえないでしょ」みたいな変なことをつっこんでくるようになる
チョコレート工場の話であり、生と死の話でもある。
一貫した物語はあまりなく、その独特のリズムで進む文体を味わう「文学」のような姿をしているのだけれど、読み始めると次々とエピソードが語られ、それについていくと明らかに現実にはありえないような「虚構」へと連れていかれる。もちろん、文学は虚構を含んでいるので、この2つは対立しないんだけれど。
物語とかフィクションとかって、どれくらい現実世界と似ているかという程度で、分類を行うこともできると思う。つまり、現実世界を舞台に現実で起こりうる出来事を扱ったものから、全くの別世界を舞台にしたり、現実では起こらないような出来事を描くファンタジーとかSFとか。磯崎は表面的には前者で、ファンタジーやSF的な要素はない。しかし、現実世界を、あるいは現実にありそうなことを描写しているようで、それについていくと、どうもなんかどこか歪んでいるような、奇妙な感じのする世界につれていかれる。


特に、章題や数字などは付されていないが、6つのパートにわけられている。
1つ目
チョコレート工場の社宅に住む、兄妹の話
池に落ちて死にそうになってしまった兄を、幼い妹が助ける
家族でデパートにきていつの間にか姿を消して、いつの間にかまた戻ってきている妹
親が働いている工場の煙は、作業中に死んだ工員を密かに焼いている煙だと考えたり、自動車工場で働いているのではないかという記憶を持っていたりするが、チョコレート工場だということを妹に諭される兄
2つ目
マヤ王朝におけるチョコレートの起源からコロンブスの話
ベアトリスとの出会い
全くごく普通の「街の女」にしか見えないイサベル女王
そして、死期の近いコロンブスの4回目の航海。80日以上の嵐に巻き込まれ、そして生き延びたコロンブスは、かつて見た夫婦の死体の入った丸木舟と再び出会う
3つ目
チョコレートが広まり始めたヨーロッパ
メディチ家を一気に衰退させたコジモ三世の元に仕える侍医と、メディチ家にローマから嫁いできた婦人の話
チョコレートに毒を混ぜて人を殺している婦人
4つ目
再び舞台は日本に戻って、チョコレート工場、一つ目のパートで出てきた兄とおそらく同じ人物の話
親の時代とうって変わって、労働時間が過酷になった中、会社に住み込みで働く看護婦と恋におちる。しかし、5年間片想いのまま、全くアプローチをしなかったところ、看護婦は別の男と結婚することになる。が、結婚式で角材振り回して略奪する
5つ目
その妹の話
小説家になるまで
小説家になって、人生で唯一の旅行として京都に言って、ビーフシチューを食べたこと
大学教授との不倫
6つ目
兄も妹も、また兄の妻である元看護婦も中年を過ぎて老けていく
一方、彼らの両親は、老いてなお、というより、むしろ若返っていく。異常な記憶力を見せる。
社宅が取り壊されることになったのだが、両親は、会社側のミスで、50年の賃貸契約を結んでいて社宅から出ていかない


こうやってトピックを取り上げるだけではよく分からないんだけど
死のこととか、夫婦のこととか、そういうことが結構ぐっと重みをもって書かれている
どんどん話が遠ざかっていってはまた戻ってくる、あるいは戻ってこない
まあこのあたりは、磯崎作品にはわりと共通して見られる特徴か
チョコレートをキーワードに、コロンブスメディチ家の話にもなっていく、しかもこのあたり、実在の人物の名前はでてきているけれど、多分エピソード自体は架空だと思う
で、そうやって遠くまでいっちゃうのが面白い作品かというと、そうでもなくて、一番最後のパートとかが実際一番面白い気がする
最後の、50年たって、実は妹が実の子ではなくて病院のミスで取り違えられていたんだけれど、当の本人は「私はお父さんとお母さんの娘じゃない」って言って終わる、すごく唐突なラストが、しかし、冒頭の「血の繋がっていない、赤の他人が瓜二つ。」と呼応しているような、していないような感じになっていて、確かに小説の結末となっている。


安藤礼二による巻末解説では、まず、冒頭に出てくる「私」が、開幕早々いなくなってしまい、「私」の役割が次々と異なる存在に引き渡されていくことを指摘し、この「私」とは似ているが違うものとは、未知なる情動を引き起こしてくれるものとしての、虚構としての小説を意味しているのだと論じている。