残雪『黄泥街』

黄泥街という名の通りを舞台にした物語だが、その通りは瓦解寸前、糞尿にまみれ黒い雨が降り注ぎ蠅や蝙蝠が集り、住人たちの多くはほとんど狂人のようで、噛み合わない会話をまくしたてている。
一体何が起きているのだが、さっぱり分からない
個々の描写としては何が起きているかは分かるのだが、それらがどう繋がりあっているのかはよくわからない。

黄泥街 (白水Uブックス)

黄泥街 (白水Uブックス)

黄泥街とS機械工場について
生活態度を変えさせる大事件
太陽の出ている日
王子光、黄泥街に入る
大雨
立ち退き
太陽は黄泥街を照らす

上記の目次にある通り、いくつかの章に分かれているが、最初の二つは非常に短い
「太陽の出ている日」と「王子光、黄泥街に入る」は少し長くて、2節に分かれている
「大雨」「立ち退き」「太陽は黄泥街を照らす」はさらに長くて、5~6節に分かれている


王子光(ワンツーコアン)がやってきた、というのが一つのきっかけになって、色々と物語が始まっていくのだが、そもそも王子光が一体何なのかさっぱりわからない。

この通りの住人はみな覚えていた。その昔、王子光とよばれる物がやってきたことを。なぜ「物」などというのだろう? それは、王子光がいったい人間であったのか、むしろ一条の光であったのか、はたまた鬼火であったのか、だれにもしかとはわからなかったからだ。

別のところでは、王子光は黒いカバンをもっていたとあり、おそらく人間なのではないか、と思われるが、こいつの正体は結局よくわからない。
もう少し分かりやすい話としては、王四麻(ワンスーマー)というのが、わりと序盤で、行方をくらます奴
後の方の章になって、黄泥街の外から来た区長が、王四麻を探そうとするんだけど、みたいなエピソードにつながっていく。
なんかとにかく、黄泥街で騒ぎがおきて、住人達がまくしたてるみたいな展開で
「ぶった切る」とかなんとか物騒なことをよく言う宋婆とか(この人は、途中から蠅を食べるようになって、旦那から嫌がられて、でもさらに夫婦で蠅を食べてとかやっていたような気がする)
やたらスパイを気にしている斉婆とか、この人は、報告書を書こうとしている朱幹事の家を見張りだして、逆にスパイにみたくなってしまったりしている
あと、「なんでイタチじゃないんだ」ってしきりにいってる、きじるしの楊三とか
「うちにはきのこが生えてる」って言ったりしている胡三じいさんとか
あと、斉二狗とか王工場長とか老郁とか、わりと何人か決まった登場人物たちがいる。


上部からの通達とか、委員会に報告するぞとか、革命本拠地としてのうんたらかんたらとか、共産中国っぽい言い回し(?)とかちょくちょく出てきたりする。
委員会なんてものがほんとにあるのか、いやそんなものはないんじゃないかってなっていくのがこの作品の特徴だが。


最後に、訳者による「黄泥街」論が掲載されているが、ここでも、この作品の何が分からないのか、ということがテーマになっている
「分ける」ことが不可能になっていき、区別や言葉の意味があやふやになっていくことなどが指摘されている。