春暮康一『法治の獣』

地球外生命SFの中編3篇を収録した作品集。
3篇中2篇がなんとバッドエンドなのだが、それも含めていずれも面白い作品
地球人類が太陽系外に有人探査できるようになった未来で、3作品とも同一の世界を舞台としている(作者により「系外進出」シリーズと称されている)。また、筆者のデビュー作である「オーラリメイカー」も同様とのことで、こちら未読だったが気になってきた。
同一の世界を舞台としているものの、物語や登場人物のつながりは特にないが、「主観者」で起きた出来事は人類史上最悪の事件の一つとされているらしく、「主観者」からおよそ1世紀後を舞台としている「方舟は荒野を渡る」でも言及されているほか、「オーラリメイカー」でも言及されているらしい。

  • 主観者

地球外生命体を探索する「アルゴ」プロジェクト
そのプロジェクトの探査船の一つが、とある惑星へと接近することになり、乗員が冷凍睡眠から覚めるところから始まる。
なお、彼らは「客観者」と呼ばれていて、自分たちのバイタルをセルフモニタリングしていて感情的にならずに観測できるような身体改造がされているほか、互いに感情などをシンクロすることができる。
彼らは、その惑星で生命を発見し「ルミナス」と名付ける。
光を放っている群体なのだが、この光が実は言語なのではないかという仮説をたてる。
「大使」ドローンを作り、ある個体との接触を試みるのだが、この接触が「自閉」という大惨事を引き起こしてしまう。

  • 法治の獣

惑星「裁剣」では、地球のシカのような見た目の動物シエジーは、群れの中で自然とルールを形成して暮している。
「不快衰弱」という独特の性質を持っていて、不快度が高まると衰弱して、死んでしまう。そこでシエジーは、群れの中での不快度がもっとも低くなるように振る舞う。いわば、天然の功利主義者。例えば、ある個体が別の個体を攻撃したとすると、攻撃した側の不快度は下がるかもしれないが、攻撃された側の不快度が上がる。群れ全体で不快度があがるようであれば、攻撃した側にペナルティを加える。しかし、ペナルティを加えすぎると、また群れ全体の不快度が上がってしまうので、量刑が決められている。
これを自然法と見なし、人間に適用する実験を行っているのが、スペース・コロニー「ソードⅡ」
主人公は、進化生物学者としてシエジーを研究するため、月から移住してくる
というわけで、この話は一方では、シエジーの生態と進化を明らかにするという話なのだが、その一方で、というかよりメインの話としては、このコロニー自体の謎を巡って進んでいく。
というのも、このコロニーの住人の構成割合が、神秘主義者に偏っているのである。つまり、シエジーを神聖視している人々が暮しており、主人公のようにシエジーを科学的に研究している人たちとは価値観があわない。もっとも表面的には対立はなく、お互いに相手の価値観に触れないように普段は生活している。
シエジーの生態の話も面白いが、スペースコロニーの生活の描写も面白い。主人公は月から移住してきたので風景や重力の違いに慣れない描写がある。
地理的に隔離されていた地域で分化していたシエジー集団が、凶暴性を獲得しており、これが成功裏に終わると思われていた「ソード2」計画を破綻させてしまう。

  • 方舟は荒野を渡る

テラフォーミング計画のために各地に送られた探査船の一つで、冷凍睡眠していた監査官が目を覚ます。
この探査船には、研究者が2人、監査官が1人乗っていて、研究者2人が計画に対して反抗していることを察知して監査官が目覚めたという流れ。
その惑星は、3つの惑星がある惑星系の第2惑星なのだが、第3惑星により軌道が不安定化している。太陽のあたる領域はハビタブルなのだが、その位置が一定しない。
ところが、この惑星の生命たちはバブルドームのようなものをつくり、その中で生態系を維持し、ドーム全体が太陽の位置にあわせて移動していくことで生存している。
2人の研究者はこれを「方舟」と名付け、さらに知的生命体が存在する可能性を監査官に示す。もし知的生命体がいればおいそれとテラフォーミングすることはできなくなってしまう。
この研究者と監査官とが、立場の違いにより対立しつつも、しかし方舟の実態を調査するにあたっては半ば協力しながら話が進んでいく。
方舟は、地球人と比べると小さいサイズでその中に多種の生命がひしめき合っている。ドローンから撮影した映像を元に作ったVR空間の中に入って研究しているシーンが面白い
「方舟」は系全体で一つの知性だったのだ、というのは、わりとよくある話だが、その知性とコミュニケートするための方法がなかなかすごい(土木的言語)。
さらに、それとは別の知性体もいたというひねりが加えられていて、地球人も含めて3種のスケールが全く異なる知的生命体が互いにコミュニケートしようとする話となっている。
不要なコンタクトが仇となってしまったルミナスとの話と対になるような話で、地球人類は仇となるばかりではないよ、という前向きなエンドになっている。