磯崎憲一郎『電車道』

明治の初めから昭和の終わりまで小田急の100年を描いた年代記
とても面白かった。
小田急の100年とは書いたが、磯崎憲一郎のことなので、鉄道史が展開される小説では決してないし、そもそも虚実入り交じるというか、話そのものはほぼ「虚」だと思う。同じ磯崎作品であれば『肝心の子供』みたいな感じか。
一方で、こちらの作品はいくつかの地名(新宿とか伊豆とか)をのぞくと、固有名詞は一切出てこない。登場人物もそこそこの人数いるが、みんな、「男」とか「彼女」とかしか呼ばれない。というか、主人公が2人いて、どちらも基本的に「男」なんだけど、それでいて読んでいて混乱しないのがなかなかすごい。
固有名詞が出てこないので、もちろん小田急という名前も出てこない。というか、小田急というより、小田急をモデルにした架空の鉄道会社といった方が正しい。
小田急だけでなく成城学園の話でもあり*1、主人公が2人いるけれど、それぞれ小田急成城学園創始者的な位置づけ。
とはいえ、Wikipediaで確認した限り、全くの別人といってよく、実際の歴史をもとにかなり大胆にイメージを膨らませた物語、というくらいに言っておくのがいいかもしれない。
(ちなみに、磯粼の「崎」の字は、「大」ではなく「立」だが文字化けするのでこちら)


読点によって長く連なっていく文を読んでいくと、エピソード自体が切れ目なく次々とつながっていって、いつのまにやら、時間が自在に伸縮していく。
そういう意味では、いつもの磯崎憲一郎であるのだけど、明治から昭和まで続く長編として読めるのがよい。
同じく実際の歴史をネタ元にしつつ書かれた長編として『赤の他人の瓜二つ』があるけれど、あれが時代や場所をあちこちに行き来するのに対して、こちらは時間が巻き戻ったりしないし、場所もずっと東京西部から神奈川を舞台としている。
『肝心の子供』はブッダからの3世代の話だが、こちらは、だいたい、2人の男性と1人の女性の生涯となっている。
実際の日本を舞台にしているということで、『往古来今』と漂っている空気感は似ている気がした。っていうか多分、旅館で働く「脱走」とかが近い。


主人公が2人いるのだけど、どちらも家族を捨てるところから始まっている。
片方は、薬屋で働いていたのだけど突然夜逃げして洞窟で暮らし始める男。のちに、私学を設立する。
もう片方は、銀行員だったが辞めて議員になろと立候補するが数票しか入らずあえなく落選し、温泉地に逃げてくる男。のちに、電気会社に入りそこから鉄道会社を興す。
温泉地に逃げた男は、そこでイギリス人鉄道技師の妻であり、結核療養している白人女性と出会い恋に落ちるが、むろんこの恋は実らない。で、それはいいとして、そのだいぶあとになって、もう引退したあとに普通に妻と一緒にいるのだけど、この妻といつ結婚したのかいまいちよく分からない。捨てた妻とよりを戻したのか。何かあんまり書いてなかったような。
思い返してみると、ブッダも家族捨てて出家してる人だし、あと、読み直してないのでいい加減な記憶で書くけど、磯崎作品って、夫婦とか家族とかは出てくるけど、結婚というイベントそのものはなんか避けている気がする。
いつの間にか家族ができてる「世紀の発見」とか、結婚生活中に謎の空白がある「終の住処」とか
ただ、今回の話では、終盤になって出てくる女優の息子が、何年も毎日通勤電車の中で顔を合わせてお互いに気にはなっているが、話もせず名前もしらないままの相手と、最後に結婚をするというのが、ほぼほぼ最後のエピソードとしてあって、「おお」と思った。
「赤の他人の瓜二つ」にも似たようなエピソードあるけど、何年も片思いしてたけど付き合わずにいたら、他の人と結婚しそうになったけど略奪婚した話。


磯崎作品の中では、かなりしっかりしたエピローグ的な部分がある作品な気がする。
読んでいて、「あ、エピローグ始まった」ってはっきり分かるの


メモったり線引いたりして読んでなかったので、どの箇所か分からなくなってしまったけど、何カ所か笑える文とかもあった。


あらすじ的な(磯崎作品においてはあまり意味をなさないあらすじという奴)
薬屋の男、洞窟に住むようになる、近くの子どもに薬草や有毒植物を教える
明治の電車の話、丁稚奉公の少年がお内儀と鍋焼きうどんを食べる
選挙に落選した男が温泉場へ行き、イギリス人の女性と出会う。電灯会社の監査役になる。
イギリス人女性が亡くなったあと、その女性の夫である鉄道技師に会いに行く。鉄道開業へ向けて動き出す。
洞窟の男、塾を開き理科教育を行うようになる。
関東大震災が起こり、電車にのって東京の住人が避難してくる。東京に戻れるようになってからも、そのまま残って住み着く者が現れる。塾講師の男は、それを見て、高台の町のまちづくりを指揮するようになる。男の塾が、私立学校となる。
戦争が始まる。
夜中ずっと行われる盆踊り。ヨーヨーの流行。
犬の供出を拒み、飼い犬とともに家出する少女
電鉄会社の不運
電鉄会社の社長、終戦後、伊豆の温泉地へ移住、ムササビの赤ん坊を育てる
道路会社が伊豆へと進出。「もう一度、馬鹿どもをかき分けて前進するしかない。」電鉄会社vs道路会社。最終的に電鉄会社が勝利するも、道路会社による開発を電鉄会社が行うことになる。
社長、91歳で没
社長の隠し子で、かつて犬をつれて家出した少女は、洞窟の男が開いた私立学校へと通い、そして映画女優となっていた。
特撮映画『巨大蛭』
監督との結婚
女優の息子も、同じ私立学校へ通う
校長、100歳の誕生日に白い饅頭を2つ食う。そして、亡くなる。
女優の息子、ギターにはまる。女優の息子、銀行員になる。通勤電車でとある女性と出会う。3年間同じ電車に乗る。その後、4年間彼女は姿を見せなくなるが、再会し、結婚する。
現在の高台の町の様子


*1:成城学園なのは、他の人の感想を見て知った