2023年に読んだ大江健三郎まとめ

大江健三郎が今年の3月に亡くなったことを受けて、代表作をいくつか読んでみようかなと思って、この1年間、時々読んでいた。
大江は代表作と呼ばれている作品だけでもかなりたくさんあるので、その中でもさらに絞り込んで、ごく一部だけを読んだ形になる。特に今回、息子との関係を描いたタイプの作品群は全然読んでいない。
個人的には『同時代ゲーム』を読めてよかったと思っている。
面白かったのは「セブンティーン」二部作かなあ。
でも、お話として完成度が高くて読みやすいのはやはり『万延元年のフットボール』かなとか。
とはいえ、どの作品もそれぞれ違った形で面白い。ノーベル文学賞作家を捕まえて何を言うかという感じだが、小説がうまい。文体は確かに独特なところがあるが(そしてその独特さをうまく説明できないのだが)、決して難解というわけではないと思う。読み物としての面白さがある。


大江健三郎というと、あの丸眼鏡の風貌とゆっくりしたしゃべり方、あるいは九条の会に代表されるような反戦平和左翼文化人の1人、という印象がやはり強い。
以前に『芽むしり仔撃ち』と『万延元年のフットボール』は読んだことがあったので、作家としての大江健三郎がそういう印象とは異なる人だというのは知っているには知っていたが、改めてこうやって作品をまとめて読んでいくと、やはり上述のようなイメージとの違いに驚くところも多い。
暴力的なモチーフが多いというのもそうだが、ある種の偽史的・陰謀論的・オカルト的・サブカル的な要素が、おもいのほか目につく。例えば、阿部和重のように全面的にそういう作家というわけではないけれど、こうした要素を取り入れようとする姿勢がある。
それから、純文学なので難解というイメージをつけられていることも多いけれど、実際に読んでみると、普通に物語として面白いよな、と思う。私小説的な作品であっても、フィクションとして作り込まれていて、ストーリーテリングだったり、あるいは出てくるモチーフの奇抜さであったりで楽しめるところがある。
文体についていうと、登場人物たちの独特の饒舌さや口調があったり、持って回った言い回しだったりあるいは時々難読漢字が出てきたりもあるような気がするが、しかし、リーダビリティを損ねるような難解さはないような気がしている。
ただ、語りの階層化は結構複雑なことをするするとやっている気がして、回想などを用いて時系列順を自在に並び替えて進めていくところがあり、そのあたりは気を抜くと「今、どの時点だ?」となることがないわけでもないが、そのあたりも、さりげなくやっている感じがあってすごいなと思う。

初期

「人間の羊」
※これは、大江が亡くなる前に読んでいた伊坂幸太郎編『小説の惑星 オーシャンラズベリー篇』の中に収録されていた。特に、大江を読もうと意識して読んだわけではなかった。
大江健三郎『芽むしり仔撃ち』 - logical cypher scape2
大江健三郎「セブンティーン」他(『大江健三郎全小説3』より) - logical cypher scape2
リーダビリティ高いしお話としても分かりやすく面白いのが『芽むしり仔撃ち』で、
左翼っぽいイメージのある大江健三郎が右翼少年への共感を描き、しかしその続編は右翼からの批判により長く絶版の憂き目にあっていたという文脈自体が面白い(し、内容もかなり面白い)のが「セブンティーン」

中期

大江健三郎『万延元年のフットボール』 - logical cypher scape2
大江健三郎『同時代ゲーム』 - logical cypher scape2
大江健三郎『M/Tと森のフシギの物語』 - logical cypher scape2
大江健三郎『「雨の木」を聴く女たち』 - logical cypher scape2
大江健三郎の作品どれか一つ挙げろと言われればやっぱり『万延元年のフットボール』なのでは、というマスターピース
国内での知名度はいまいちだが、海外では有名らしい『M/Tと森のフシギの物語』
難解で知られる『同時代ゲーム』は、確かに色んな要素てんこもりだし、語りの順序と時系列が複雑でゴチャゴチャした感じのある作品であり、万人におすすめできる作品ではないがしかし、『M/T』を副読本とすれば筋を追うのはそこまで難しくないし、色んな要素てんこもり小説が好きであれば、これはかなり面白い作品だと思う。
一転してシンプルな感じもする『「雨の木」を聴く女たち』は、連作短篇私小説という形式がメタフィクショナルな構造を誘発していてそれも面白いが、単純に、登場人物たちの癖の強さだけでも楽しめる。

後期

大江健三郎『取り替え子(チェンジリング)』 - logical cypher scape2
自殺した親友伊丹十三について語る作品と思わせて(いや実際そうなわけだけど)、亡くなった父親を右翼ということにして、少年と右翼の接近を描くという点で「セブンティーン」的なものがありつつ、身近な人間の死との向き合い方(というか向き合うことの困難さ)という点で「雨の木」との連続性もありつつ

その他

『ユリイカ 2023年7月臨時増刊号 総特集=大江健三郎』 - logical cypher scape2


そもそも芥川賞受賞作である「飼育」を読んでいないわけだが、しかし、あんまり惹かれないんだよなあ。
『洪水はわが魂に及び』は、当初あらすじを読んだ際にはあまり興味を持たなかったが、阿部和重が好きな作品に挙げていて、『「雨の木」を聴く女たち』の文庫版解説で津島佑子が感動した作品と挙げていて、野間文芸賞もとっている作品なので、何となく気になってきた。
谷間の村シリーズとして『懐かしい年への手紙』『燃え上がる緑の木』『宙返り』があり気になるが、『燃え上がる緑の木』がクソ長いから躊躇する。
それから『取り替え子』と三部作をなす『憂い顔の童子』『さようなら、私の本よ!』とかも気になる。『取り替え子』にあった沼野充義が解説で触れていたが、『憂い顔の童子』では、『取り替え子』に対する見当はずれの批評への言及などもされているらしい……。