阿部和重『Deluxe Edition』

2013年に刊行された阿部和重初の短編集
「初」というのに驚くが、今まで出してきた作品集は中編を含むということで、純然たる短編集としては初らしい。
ところで自分は、2014年に阿部和重・伊坂幸太郎『キャプテンサンダーボルト』 - logical cypher scape2、2019年に阿部和重『オーガ(ニ)ズム』 - logical cypher scape2をそれぞれ、刊行からあまり間を空けずに読んでいたのに、本作は完全に未チェックだった。まあ、本作に限らず阿部作品全部読んでいるわけではなくて、未読のままになっているのはあるんだけど、これはなんか存在自体認識から漏れていた。
伊坂幸太郎編『小説の惑星 オーシャンラズベリー篇』 - logical cypher scape2を読んでいたら、阿部の短編が1本収録されており、ここから本書について知った次第。


「9.11から3.11に至る世界と対峙した12の小説集」という惹句の通り、2000年代から2010年代初頭にかけての作品で、各作品の初出を確認すると、一番古いのが2002年、一番新しいのが2013年と10年以上前の作品群となる。
その上、多くの作品が当時の時事ネタを取り込んでいるわけだが、僕自身が10年前のことについてそれほど昔に思わなくなってきたせいか、その点では古い感じはしなかった。
その一方、阿部和重はやっぱり長編の方が面白いなあ、とは思った。
いや本書に収録されている各作品も、阿部和重の面白さのエッセンスは入っており楽しめるものにはなっているのだが、意図的に、ぶつっと切れる終わり方をする作品が多く、また、その終わり方自体が味でもあるのだが、「もう少し長く読みたいなー」とも思ってしまうのだった。

Man in the Mirror

南太平洋にある国際霊長類研究センター
人間と全く同じ見かけをしているサルが発見されて、その研究が行われているが、そこに東郷隆という男が着任してくる。
センターは、この新種のサルが人間と接触することで、見た目だけでなく言語能力や振る舞いなども人間に近付き始めたことを危惧して、東郷にある依頼をしていた。
主人公の名前は、デューク東郷のパロディなのだろう。
あと、「近づき始めた」ばかりか、もう既になってた、というオチなんだろう。

Geronimo-E,KIA

伊坂幸太郎編『小説の惑星 オーシャンラズベリー篇』 - logical cypher scape2に再録されていた作品。
ちなみに、本短編集収録作品のタイトルはみな、洋楽の楽曲タイトルが使われているのが、本作だけは例外で、Geronimo-E,KIAは、ビンラディン暗殺成功を意味する符牒らしい。
というわけで、ビンラディン暗殺作戦を題材とした短編になっている。
あらすじ・感想は、上記リンク先の通り。

Bitch

これは小説ではなく、俺の愚痴だ、という語りで始まる作品で、語り手は「俺」という一人称を使っているが、どうも女性らしい。で、自分が所属する暴力団組織の組長(やはり女性)について語っている。
このヤクザの姐さんは、一代で新興の組をヤクザ激戦区で旗揚げした武闘派なのだが、それゆに他の組との緊張関係があり、複数の組員にスパイ疑惑がかかる。姐さんは主人公に、スパイへの尋問を託した。
で、ここからがとんでもないところで、スパイ疑惑の者たちの話を聞いてみると、宇宙人、未来人、超能力者だったわけで、ヤクザものがあれよあれよとハルヒパロディになっていき、そしてオチは何故かディケイドパロ。

Just Like a Woman

主人公は、41年間真実の愛を探し続けて、出会い系サイトを使っているのだが、そこで出会った女性から衝撃の告白を受ける。
女性化した元男性であり、それも強制的に性転換させられていたのだという。
ミソジニー男への復讐をしている組織があり、この元男性は、その組織の女性に誘われてとある島へと連れて行かれ、その先で女性化された。
今ではこの組織のもと、ミソジニー男への復讐の手伝いをしている。

Search and Destroy

オヤジ狩りに材を取った作品
団塊世代をターゲットに襲撃をかける若者グループがいるのだが、そのグループのリーダーは年齢を偽った団塊ジュニア世代で、実行犯である若者の親(バブル世代)と裏で繋がっている
短編ではあるが、最初はターゲットになった団塊世代の男性、次に実行グループの1人である若者、最後はその親に視点人物が次々と変わっていく。

In a Large Room with No Light

東日本大震災の被災地で空き巣などの犯罪が起きていたことを題材にした作品。
福島の放射能警戒区域に、特殊詐欺の五億円が隠されていることを知った犯罪者たちの話。
被災地での空き巣は単独犯ではなくて、それぞれ犯罪グループで行われていて、実行犯たちは元締めに結構マージンをとられているという背景があった上で、
そうしたグループの一員である美里が、ひょんなことから五億円の隠し場所を知り、同じくグループの一員である日山に声をかける。さらに、2人の話を盗み聞いていた崔が、無理矢理加わって、3人で福島の警戒区域へと侵入する。
そもそも美里は、崔はおろか日山とも山分けする気はなくて、日山はまんまと騙されるのだけど、それに崔は気付いて、美里に一矢報いようとするが、という話
とかやっていると、余震が起きる。余震が起きると、どこからともなく他の犯罪者たちが次々と現れてくる(津波を恐れて逃げ出す)シーンは、阿部作品的な滑稽みがあるところ。
美里に刺されて動けなくなった崔と、それを助けようとする日山は、そのまま津波にのみ込まれていく。

Life on Mars?

多摩川のホームレスの話
若者たちに襲われていた新入りホームレスを主人公のホームレスが助ける。
なんで襲われていたかというと、前日テレビで、実は金持ちなのに趣味でホームレスをやっている男性がいるという番組がやっていたからなのだが、実際はそんな男性は実在しない上に、主人公も新入りも最終的には死ぬ、という救いようのない話。
「In a Large Room with No Light」とあわせて全滅エンド話になっている。

Sunday Bloody Sunday

お見合いパーティにいった主人公が、休憩時間にトイレにいくと、そこでドラえもんに遭遇する話
正確に言うとドラえもんではなくて、ドラえもんの着ぐるみを着た状態で銃を持った男だった。すわテロリストに遭遇してしまったと思った主人公は、パーティで好みの女性を見つけていたことも相まって、説得を試みる。
実際にはこの男が持っていた銃はエアガンでペイント弾が入っていただけなのだが、彼が犯行を諦めた時には、もうお見合いパーティ自体は終わっていて、後日、主人公は当の女性が他の男性と歩いているところとすれ違うのだが、そのときにはもう彼女の顔を忘れていて気付かなかったというオチ。

For Your Eyes Only

特殊作戦チームらしき主人公が、ターゲットを襲撃することになり、それについての話が延々と続いていくのだが、最後の最後に、これは主人公の入眠儀式だったのさ、というオチがつく。

The Nutcracker

「14回目のクリスマス・イブ」という都市伝説というかがあって、それについて調べていたジャーナリストが、たまたま飲み会で出くわした少女から、それの全貌を知っていると言われ、しかし自分は受験生だから、同じく全貌を知っている妹に話をさせようといって、その妹から話を聞くことになる。
で、それは、ユリとユウコという2人の女性の話になっている。
2人とも、女衒の手配した部屋で生活しているのだが、ユウコの方はつねに体調が悪くてほとんど部屋に引っ込んでいる。ユリは、女衒の紹介するクソ客相手に売春している。ユリはなんとなくユウコの面倒を見ているのだが、わりとユウコの方からは悪態つかれている。
で、ユリはユウコに、もう逃げだそうという話を持ちかけるのだが、女衒からも、最後に東北のとある客のところへ行ったら自由にしてやろうと言われる。
で、トラックに乗せられて2人は東北の客のところに向かうのだが、その客というのが、殺害前提のサド野郎だった、と。
全滅オチがたびたびあったので、これもかと思ったら、これは最後にほのかな希望があるところで終わる。
タイトルは「くるみ割り人形」で、トラックの中でユリが幼い頃に親につれてもらったバレエで見たことがあるという話をしたところ、ユウコは、ユリだけずるい、今それを踊ってみせてくれと無理なことを言ってきたというエピソードがある。
なお、ユリとユウコの話で終わり、最後に、冒頭の姉妹のところに話が戻ったりはしなかった。

Family Affair

石水サンデーという少女と、彼女を慕う祥太という少年の話。
サンデーはナイジェリア生まれの孤児で、石水家という実業家に養子にとられた子なのだが、非常にコミュニカティブで、ネット・オフ問わず友人を作りまくっているが、最近は特に直接会うことが大事だと考え、様々なイベント(例えば池袋のコスプレパーティとか、場合によってはヘイトデモとかにも)に顔を出してはSNSのIDを配りまくっている。
祥太は、自分にはない積極性に惹かれて、サンデーに連れ回されている。
ところがある日、祥太は、両親がサンデーについて話しているのを聞いてしまう。ジャーナリストだかライターだかをやっている父親は、サンデーは、石水家の病弱な息子のための臓器スペアとして買われてきたに違いない、と考えているのだった。ただし、母親は完全に冷ややか。なお、祥太はサンデーのことを親には話しておらず、この会話から、スマホのデータを親に密かに見られていたのだと気付くのだが、それ以上に父親の話にショックを受けて、石水家の息子を殺しに行くことを決心する。
とまあ、なかなか阿部和重作品っぽい展開をしていき、阿部和重作品っぽく、祥太の行動は不発に終わるわけだが
これまた妙なオチがつけらていて、サンデーは後年、SNSのIDを配りまくったこと縁で、ナイジェリアの生き別れの姉と知り合うことになるのだが、互いに生き別れの姉妹であることには気付かなかったのだった、というもの。

Ride on Time

10年前の「あの波」の再来を待ち続けるサーファーたちの話で、いよいよ10年ぶりに「あの波」が来るぞ、という前日を描いている。