アニソン(具体的には「恋のミクル伝説」「motto☆派手にね!」「7 Girls War」の3曲)の歌詞を、その音韻構造から分析し、その分析手法を理論化する本
筆者である、やおきさんとの出会いは2011年に遡る。
当時のtwitterでやおきさんがツイートしていた歌詞分析を見て、僕が『筑波批評』への寄稿を依頼したのがきっかけだった。
(『筑波批評』というのは、かつて(2008年~2013年)僕が主宰していた同人誌)
僕の希望に応えてくれて、歌詞批評の原稿を書いてもらっただけでなく、『筑波批評』そのものの活動にも関わってもらった。
並行して、やおきさん自身が『ボカロクリティーク』や『フミカ』といった同人誌を立ち上げていき、僕がそちらに何某か書く、というようなこともあった。
そんなわけで、ある時期は結構親しくしていた古い友人であるのだけど、その後、少しずつ疎遠になっていたのも確か。
それは互いの関心や活動の軸みたいなのがズレていったことにあるので、互いに、SNSとかフォローして、なんとなく「あー今そんなことやってんのねー」というのは見かけつつ、直接話したりするのは減っていった、という、ネット上の交友ではよくある感じの関係ではないかと思うが。
ところが、最近、更新されたブログを見ていたら、コミティアに歌詞分析について書いた同人誌を出すというではないか。
コミティアに行くことはできなかったが、BOOTHで通販しているということなので、早速購入した、という次第。
上にリンクを貼ったブログ記事では、本書を書くにあたりCloudeを利用したということで、Cloudeをどのように執筆に活用していったかという体験記と、本書の意図や概要などが書かれている。
まえがき
そもそも歌詞の音韻の分析って一体どういうことをやりたいのかということで、
例えば、YouTuberのゆゆうたがやっているアニソンのコード分析とか『憂鬱と官能を教えた学校』とかシェーンベルクとかヤコーブソンとかをあげて、ああいうのを歌詞でもやりたいのだ、と
また、木石岳『歌詞のサウンドテクスチャー』も近いものとしてあげられている。
第1章 歌詞を記述するための道具立て
第1章は理論編となっている。
言語、楽曲、演奏という3つの層があるけど、本書では楽曲の層だけを取り上げるよ、演奏は取り上げないよ、とか(つまり、楽譜と歌詞カードでわかるレベルのことだけを扱い、歌唱レベルの話はしない、と)
分析の単位として、モーラでもシラブルでもなく、譜割シラブルという独自の単位を使うよ、とか。
で、その単位をもとに、音が反復する、ということを見ていく、と。
反復にはどのような種類があるのか、とか
歌詞における音の反復というのは、韻を踏むとかライムとか言われることでもあるが、やおきさんは、こうした言葉を避けている。それは、ヒップホップ由来のコノテーションをさけるためで、もっと広い意味で使いたいので、反復という言葉を使っているようである。
それから、4つの操作があるよ、とか。
この4つの操作というのは、歌詞だけに見られるものではなくて、川柳とか語呂合わせとか替え歌とか、広く言葉遊びと呼ばれるものに共通して出てくるものなんだよ、とか。
やおきさんの歌詞の分析は、歌詞の中に、これらのどの操作が出てくるかを見ていくという方法によってなされていく。
それから「音声操作と意味操作の同時性」というのをあげていて、
例えば、カバン語とか掛詞とか、つまり、音の繰り返しとか組み合わせとかが、その言葉の意味とも関係しあってるような現象
例えば『スイートプリキュア』のOPとか、ブルーハーツの『リンダリンダ』の例をちょっと挙げている。
この本は主にはアニソンを例に挙げて分析しており、なぜアニソンかということも書かれているが、J-POPとの接続も度々なされている。
非常にシンプルな分析ツールを用いているので、アニソンとJ-POPを串刺しで見ていくということができて、それがやおきさんの歌詞論の魅力だと思う。
作詞するとは「聞き取る」こと、ということを述べていて、
これは、これまで聞いてきた歌の中から聞き取ってきたことが、作詞には反映される、というようなことなのかな、と思う。
で、なんでこういうことを言っているかというと、やおきさんの分析では、作者の意図を問わないということ。聞き取ったものが無意識に反映されている場合もあるだろうし、作者が意図したかどうかは括弧に入れる、と
第2章 外部制約が引き出すもの
第2章は、具体的な作品分析となり、アニメ監督として知られる山本寛が、辛矢凡という名義で作詞した3作品が取り上げられている
具体的には「恋のミクル伝説」(『涼宮ハルヒの憂鬱』)「motto☆派手にね!」(『かんなぎ』)「7 Girls War」(『Wake Up, Girls!』)である。
具体的にどのような分析がされているか、ここで詳述はしないが
例えば「ミ」や「た」あるいは「て」ないし「ぺ」という音が、歌詞の中でどのように繰り返されているかを記述し、
それがどのような意味を持っているのか、効果を果たしているかをみていくのだが
例えば、「みくる」というキャラクターの名前と「ミラクル」という性質が、音声操作によって重ね合わされている、とか
外来語と日本語、仙台弁と標準語を、音の操作によって縫い合わせているのだ、とか
そういった考察がなされている。
また、これらの歌における、先行作品からの引用の指摘など
「motto☆派手にね!」であれば、ビートルズと中山美穂
「7 Girls War」であれば、ビートルズと黒澤明とTMN
歌詞において、アニソン・キャラソンなので、キャラクター性への参照があるのだが、それだけでなく、ジャンル性や先行作品などへの参照もありますよね、とかそういう話
第3章 古今和歌集仮名序から現在へ
突然、古今和歌集が出てきてビビるわけだけど、古今和歌集仮名序という日本最古の歌論に書かれていることと、第1章に出てきた「聞き取る」こと、というのは、同じようなことを言っているんだ、と。
音の反復も、枕詞とか、和歌にもある。
まあここでは、そういうことがちらっと挙げられているだけで、古今和歌集から現代のアニソンまでの壮大な歴史が本当に描けるのかどうか、というのは今後の課題とされている。
最後の章では、そのほかにも色々、今後どういう展開をしていきたいかというアイデアが挙げられている章となっている。
本書の中心は第2章で、上にはざっくりとした要約だけ書いたが、実際には分量はもっと多い
ところで、本書は「現象を記述する」というタイトルがつけられているが、第2章は確かに、記述が中心になされている。
ただ、記述に徹しているせいで、淡々としてしまって読みにくいと思わなくもなかった。
表などにまとめるなどすると、リーダビリティがよくなったのでは、という気もする
それから、記述することによって、どういう嬉しさがあるのか、というところが分かりにくかったかな、という気もする。
これは、本の内容の話というよりは、この本をどうアピールするか、という話
そういう意味では、分析対象がなぜこの3曲なのか、というのも本当はもう少し何かあってもよかった気がする。
山本寛を取り上げる理由は、本書の中にも書かれていてはいるのだけれど、2026年の今なぜ、ということは書かれていなかったと思う。
そこらへんはあんまり無理に取り繕っても、という気もしつつ、読者に対してキャッチーなポイントをもう少し作ってもいいのでは、という気もする。
もっともここらへんは、そもそも表紙が朝比奈みくるとナギで、裏表紙にWUGが描いてある同人誌を買う読者に対して、わざわざ2026年の今なぜ山本寛なのかなんて、別にくどくど書く必要はないし、そういう導線がないと読んでくれない読者はそもそもこの表紙の時点で手に取らない、ともいえる。
なので、こういうことも書いてあればいいのにとは言ったけれど、それは、この本をどういう形態で作って、どういう場所で、どう流通させるのか、ということと切っても切り離せなくなってしまうので、難しい……。