カオス理論を用いて、心の仕組みを解明しようという試みを紹介する本
脳とカオスの話も一応読んでおこうかなと思ってググったら、ちょうど2025年に新書が出ていたようなので、手に取った。
うーん、しかし、この本はちょっと厳しい……
第1章 心とは何か―「数学的心観」を出発点に
この章は導入ということで、筆者の心観や数学についての考え方。数学と心は似ているのだ、というような話がなされている。
人の心というのは、周囲の人たちの心との相互作用から創発しているのではないかと考えている、と。
数学と心が似ている、というのは、身体と心の関係が物理と数学の関係に似ている、という話
自分は、一元論と二元論のいろいろな立場をミックスしたような立場だ、とも。
数学において、点というのは無定義概念。
線を構成するために、点という概念が必要とされるが、点というのは物理的には存在できない(例えば、鉛筆でちょんと打って「これが点」といいたくなるが、厳密に言うとそれは広がりを持っているので数学的な意味での「点」ではない)。
点を横に伸ばすと線になる。つまり、点は動かすと線として見えるようになる。
筆者は、心はそういう意味で点に似ている、という。
心、というものをそれだけで取り出そうとしても難しいが、作用したときに見えるようになる。
緊張すると心臓がドキドキする、とか。
相転移
筆者は、動物には心がなくて人間には心がある、と考えているらしい(まあ、程度問題だとは思う。動物にも情緒反応はあるけど、人間のような複雑な感情は持っていない、ということをざっくり、心はない、という言い方をしている)
で、動物と人間の差異を、相転移で説明している。
つまり、人間の脳の神経細胞とかそのネットワークとかの量が質に変わってるんじゃないか、と。
余談に属する話だとは思うが、数学=論理ではないのだ、という主張に関係するエピソードとして
筆者の知人の数学者は、必ず酒を少し飲んでから証明にとりかかる。ロジカルすぎるという自覚があるので、それを緩めるため、というものがあり
ちょっと面白い話として紹介しているのだろうし、確かにちょっと面白いとは思うが、読みながら思わず「こ、これだから数学者という奴は……」と呟いてしまった。ロジカルすぎるという自覚ってなんだ
第2章 「閉じた系」の無秩序と「開いた系」の秩序―カオス的な脳が心を生むメカニズム
- 平衡と非平衡
平衡状態=エントロピーが高い無秩序状態
それに対して、非平衡というのは、秩序が保たれていて、開いた系
生命現象とか非平衡
- カオス
もとは「混沌」という意味だが、数学においては、
非周期的で予測できないが、分散せず秩序立っているものを指す。
ローレンツ
1963年 大気の運動を予測する方程式
軌道が不規則・初期値鋭敏性
アトラクター
非周期的(二度とおなじところは通らない)が、一定時間経ってみると全体としては崩壊も分散もしない
バタフライ効果
カオスはあちこちにある。
うろこ雲、パンこね、混ぜる、カクテル、心拍
水に何かを溶かして、マドラーとかで混ぜると、カオスが発生する。
マドラーで混ぜるとかカクテルのシェイカーを振るとか、それ自体は単純な動きだけど、それによって、非周期的な流れが起きてあちこちに動き回るので、よく溶けるのだ、と。
つまり、カクテルはカオスを利用している
心拍も、周期的に思えるけど実は違う。
ランダウ
→乱流=多くの振動が無限に重なり合った準周期的な状態
リュエルとターケンス
→ランダウの考えを批判(無限は現実には存在しない)
→ストレンジ・アトラクター(点アトラクターでも周期アトラクターでも準周期アトラクターでもないアトラクター)
のち、「カオス」と命名される
脳
脳の機能局在の話に対して、脳の働きを考える上では、領域だけでなくつながりもみないとだめ、と。
個々の部品だけでなく全体から考える必要がある。
自己組織化や機能分化がどのように起こっていくか
外部環境や他者といった拘束条件のもとで変分的に機能分化
自己の恒常性
スパースコーディング(情報処理する際にすべての要素ではなく一部の必要最低限の要素だけ使う)
→同じものを表すのに同じネットワークでなくてよい
→違うネットワークでも同じ「わたし」
ノイズ・インデュースド・オーダー
1983年、筆者らが発見した現象
2017年、定理が証明された
カオスにノイズを加えると逆に秩序が発生する
脳でも起きている可能性
代謝も進化もカオス?
第3章 意識とは「作用」である―脳はいかに記憶・学習・連想するか
記憶
海馬ではシータ波(0.2秒/1サイクル)というゆったりした脳波が発生しており、そこにガンマ波(0.03秒/1サイクル)という速い脳波が切り込んでくる
ひとつのシータ波に切り込んでくるガンマ波はおよそ7個
→マジックナンバー?
フリーマン
ステファン・コイファー、アントニー・チェメロ『現象学入門』(田中彰吾・宮原克典訳)(一部) - logical cypher scape2でも紹介されていた、嗅覚の記憶実験
臭いごとにアトラクターがあって、未知の匂いを嗅ぐと、アトラクターから別のアトラクターへとさまよう
カオス遍歴
筆者らが提唱した概念で、アトラクターからアトラクターへとカオス的に移り変わること。
フリーマンの嗅覚の話はカオス遍歴なのではないか、と。
(1)アトラクター間をカオス的に遍歴して記憶をサーチ
(2)脳がカオスを使って情報を編集
興奮性ニューロンと抑制性ニューロンの比率が、ある比率になるとカオス遍歴が生じやすい
記憶は、どこかの場所に静的に保存されているわけではなく、カオスの中に保持されている
- 意識
フリーマンの「大域アトラクター」説
辺縁系と新皮質にまたがる大域的(グローバル)なアトラクターがあって、それが意識の基盤をなしている、という説
欲求とか情動を担っている辺縁系と新皮質の結びつきが、意識にとって某か必要ということなのだろう。
ところで、本書ではここで、何かを好むとか何かを目指すとかそういう意味で、インテンショナリティ(志向性)という言葉を使っているのだが、それは単純に志向性という言葉を誤解している気が……
筆者は、あるときフリーマンの論文を読んで、自分と考えが似ていると思い、フリーマンに対して手紙を書いたところ、意気投合したという。
筆者のカオス遍歴を参照して、フリーマンが論文を書いたりなど、相互に影響を与え合っていたらしい。
なお、フリーマンはすでに亡くなっている*1。
さて、筆者は、フリーマンと多くのところで考えが一致したが、意識についての仮説では意見を違えていたという。筆者は「マイナスB」説という考えを主張する。
筆者の「マイナスB」説
筆者は、「マイナスB」という作用こそが意識である、という説を提案している。
これは、抑制性のニューロンによって、アクティブになっている記憶Bを一時的にマスクする(隠す)、という意味
一つのアトラクターに入り込んでいる状態を解除する、ということ
連想記憶がすすむ数理的モデルを筆者が作った
これは記憶のモデルだが、意識にもあてはまるのではないか、という仮説
筆者は、意識を無意識に落とす、という過程を重要視している。
例えば、自転車に乗るとか何か運動のやり方を学ぶ時、最初は体の動かし方を意識しているけれど、次第に考えなくても乗れるようになる。学習できた、とは意識的な過程が無意識になった、ということ。
これもカオス遍歴
クリックとコッホのサーチライト仮説
筆者はこれもまた、無意識と意識の関係から捉えている。
意識されていないものが意識にピックアップされる。
何をピックアップするか、ということについて、クリックとコッホはマイクロサッカードによって決まると考えているが、
筆者はこれに、辺縁系による好みが関わっているのではないか、と
また、直観というものも、意識と無意識の関係から捉える
ポアンカレ*2の「馬車のステップのひらめき」など、
ずっと考えていてもわからなかったものが、不意に分かったというひらめきがくる。これは無意識でずっと続いていた情報処理が、意識にポップアップしてくる現象だ、と
まれ
起こる確率が低いまれな現象を検知する仕組みが、意識なのではないか、と
インプットされた情報をどんどんマイナスBしていく(無意識に落としていく)末に残ったものが、めったに起こらないまれなこと
第4章 未来を志向する脳―自由意志は存在するか
AIに心はできるか、ということで、知能と知性の違いについて語り、自発性というかウォントというか、自分から何かができるか、という話し
で、自由意志について
ある時間的一点を定めると、過去方向にも未来方向にエントロピー(選択肢)が増大する
未来を1つ定めると、過去方向すなわち現在におけるエントロピー(選択肢)が増えるのであり、それが自由意志だ、と
正直、あんまりよくわからなかったな
その他
複雑系というと、高校時代くらいに吉永良正『「複雑系」とは何か』を読んで、大学時代には『Inter Communication』とかでちらっと読んだり、あと、池上高志がきて集中講義やってたのを聞いたりとかで、つまり、20年くらい前に若干聞きかじった程度は知っているが、何というか久しく聞いてなかったわ、そういえばって感じでもある。
カオスについていうと、その単語を聞いたことあるという意味では『ジュラシック・パーク』まで遡るか。
ちょっとググってみたら、以下のページを見かけて、
複雑系はなぜ廃れてしまったか?(私的考察)
さらにそこからリンクされていた、以下を眺めた
山本知幸「複雑系の歴史」(2006年6月研究会 「大自由度力学系研究の新展開」報告書)
これによると、
カオスについて日本語で最初に書かれたのが、合原一幸編「カオス」(1990)*3
津田一郎「カオス的脳観」(1990)は、この本でカオスや脳に興味をもった人が多く、読みやすさやわかりやすさの点でこの本の存在は大きい、と
1992年から1999年にかけて京大基礎物理学研究所において、複雑系の研究会が行われていた(基研複雑系)
金子邦彦・池上高志・津田一郎といった中心人物に加えて、四方哲也・澤口俊之・正高信男、安富歩らが参加していた、とのこと
複雑系は生命現象への注目が中心だったが、ほかに、基研複雑系の時期に、前述の安富歩による貨幣の研究があったほか、「認知では谷淳がロボットにおける認知の問題を継続的に研究している。研究の枠組みが広がり、学際的な交流が起きていたのがこの時期の雰囲気である」とある。
この頃の王子セミナー「複雑系」というのに、フリーマンや北野宏明、バイオインフォマティクスのHogewegらが参加していたとのこと
チューリングパターンの話とかも少ししてるな。
*1:没年確認しようと思ってググったら、父親がロボトミー手術を「発展」させたウォルター・フリーマン2世とのことだった。息子のフリーマンはウォルター・フリーマン3世
*2:ちなみにポアンカレは世界で最初にカオスを発見した人物らしい
*3:で、この本を手にとって脳の研究に進んだ一人が渡辺正峰、と。渡辺正峰『意識の脳科学 「デジタル不老不死」の扉を開く』 - logical cypher scape2
