橋本輝幸編『2000年代海外SF傑作選』

2000年代というとわりと最近のような気もするが、もう10〜20年前のことであり、自分もまだほとんどSFを読んでいなかった頃だったりする
「暗黒整数」は言うに及ばず「ジーマ・ブルー」「地火」が面白かった

「ミセス・ゼノンのパラドックス」エレン・クレイジャズ/井上 知訳

短編というかショートショート
ケーキをひたすら半分こしていく

「懐かしき主人の声(ヒズ・マスターズ・ボイス)」ハンヌ・ライアニエミ/酒井昭伸

ライアニエミというと、名前を覚えにくい作家として自分の中で有名な1人(次点はバチガルピ)だが、まだ読んだことがなかった。
犬と猫が、首だけになって服役しているご主人様を助けるべく、一計を案ずる話
編者解説には「ポストサイバーパンク」とあり、物語よりも世界観を楽しむ作品かもしれない。もっとも設定をゴリゴリ説明するような類いの作品ではなく、色々想像させるような専門用語が詳しい説明なくちりばめられているような作品で、そこから情景を想像するのが楽しい。
上に、面白かった作品として名前を挙げなかったが、振り返ってみるとなかなか楽しい作品だったと思う。

「第二人称現在形」ダリル・グレゴリイ/嶋田洋一訳

意識経験を失わせるドラッグを濫用し、異なる人格になってしまった少女の物語
編者解説にもあるとおり、テーマ的にはイーガンのアイデンティティSFばりな話だが、テーマを掘り下げるよりは、主人公の少女と両親との物語となっている

「地火」劉慈欣/大森 望・齊藤正高訳

タイトルの地火は、炭鉱の坑内火災のこと。
主人公は、炭鉱労働者を父親にもつ技術者で、新しいプロジェクトを掲げて故郷の炭鉱へと戻ってくる。
それは、地下で石炭を燃焼させガス化させてパイプラインに誘導するというもの。
危険な炭鉱労働がなくなり、高効率化することができるもので、アイデアとしては古くからあるらしいが、実現はしていない。
なお、ググったら下記のようなページがあった
石炭地下ガス化 [せきたんちかがすか]|JOGMEC石油・天然ガス資源情報ウェブサイト
主人公は、ドローンを駆使したコンピュータ監視システムにより、これを実現しようと試みる。
隔離された位置にある炭鉱を実験場として、実証実験を始める主人公だったが……。
自然を科学によってコントロールすることの難しさ、といってしまうと陳腐なテーマだが、炭鉱という言ってみれば古い技術の世界に最新技術を投入していくという、ある意味でワクワクするような様子と、しかし、それが急激にカタストロフをもたらしていく様子が、リアルな筆致で描かれていて、とても面白かった。
特に最後の破滅シーンは迫力がある。


がしかし、最後の最後に付されている部分は、急に雰囲気も変わるし、蛇足感がある。
ただ、これが書かれた当時の中国SF出版界がどのような状況だったのか分からないのでなんとも言えないのだが、表面上、誤魔化す必要があって付け足された部分なのかな、という印象を受ける。

「シスアドが世界を支配するとき」コリイ・ドクトロウ/矢口 悟訳

この『傑作選』が出た頃、twitter上でわりと言及の多かったように思える作品
それで想像していたのとはちょっと違ったが、確かに時代を感じさせるといえば感じさせる作品である。
とにかくいきなり世界が滅びるのだが、データセンターにこもっていたシスアドたちは一命をとりとめ、世界に一体何が起きたのかを調べ始める。
といって、シスアドたちが原因を突き止める話でも、世界を助ける話でもない。世界を支配する話かというと、まあ文字面の上ではそうなんだけど、実態として支配したわけでもない。
身もふたもなく言ってしまうと、ネットに引きこもってないで外に出ろよ、みたいな話でもある。

「コールダー・ウォー」チャールズ・ストロス/金子 浩訳

冷戦期スパイ小説+クトゥルー神話もの
クトゥルー部分がよく分からなくて、よく分からなかった

「可能性はゼロじゃない」N・K・ジェミシン/市田 泉訳

起きる確率の低い事象が起こりやすくなってしまったニューヨークが舞台

「暗黒整数」グレッグ・イーガン/山岸 真訳

読むの3度目だけど、やっぱり面白い
3度目とはいえ結構内容は忘れていたので、新鮮な気持ちで読めた
オルタナティブ数学世界の惑星の画像を取得するところとか、面白い


主人公たち3人は、10年間にわたって、向こう側の世界との間に密かな不可侵条約を結んで維持し続けてきたのだが、突如、こちら側の世界から向こう側の世界への攻撃が行われたと言われる。
10年前の主人公たちの研究を知っていたある研究者が、「不備」の存在に迫るような研究を始めていたのだった。


グレッグ・イーガン「暗黒整数」/庄司創「三文未来の家庭訪問」 - logical cypher scape2
グレッグ・イーガン『プランク・ダイブ』 - logical cypher scape2

ジーマ・ブルー」アレステア・レナルズ/中原尚哉訳

以前、Netflixでやっていた『ラブ、デス&ロボット』の中でアニメ化されていた作品。
『ラブ、デス&ロボット』 - logical cypher scape2
自らの身体に極限環境に適応できる改造を施し、惑星規模の芸術作品を発表し続けてきた芸術家ジー
自身への取材をずっとNGにし続けてきたジーマが、引退直前に、1人のジャーナリストにだけインタビューを許可する。
主人公・語り手であるインタビュアーも、何百年も生きており、記憶アシスタント技術を用いているポストヒューマンもので、記憶とアイデンティティをめぐる話となっている。

芸術SFなのかなーと思ったら、ちょっと違う路線で、ロボットにとって目的とは何かみたいな話だった

アニメを見た際には、このような感想を書いているが、原作読んだらやっぱり芸術SFだった。
究極的に自分が追い求めているものは何なのかを突き詰めていった結果としての、ジーマの最後の作品が、ジーマの原初のアイデンティティでもあったという話。