阿部和重『Ultimate Edition』

2022年に刊行された短編集(2025年文庫化)。短編集としては約10年ぶりだとか。
その、約10年前、2013年に刊行された阿部和重『Deluxe Edition』 - logical cypher scape2を2023年に読んだりしたので、そのあたりの時間感がむちゃくちゃだが。っていうか、Deluxe Edtion読んだのがもう2年半前、ということにもちょっとビビる。
ところで、2021年に長編『ブラック・チェンバー・ミュージック』が出ていて、食指が伸びていなかったのだけど、そろそろ読みたくなってきたかも。
それから、『Wet Affairs Leaking』という長編を今連載中らしい。
『ブラック・チェンバー・ミュージック』では北朝鮮が、『Wet Affairs Leaking』ではロシアが題材になっているが、この短編集にもそれぞれ北朝鮮やロシアを題材とした作品が登場する。
この短編集は、時事的な国際情勢をそのまま取り込んだ作品が多いのが特徴となっている。


なお、阿部和重のへのインタビュー記事が公開されている。
風刺小説として書いているとのこと。
阿部和重インタビュー第1回/「Hunters And Collecters」「Аноун」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)|Web河出
阿部和重インタビュー第2回/「Drugs And Poison」「Across The Border」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)|Web河出
阿部和重インタビュー第3回/「It’s Alright,Ma (I’m Only Bleeding)」「Eeny, Meeny, Miny, Moe」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)|Web河出
阿部和重インタビュー第4回/「Green Haze」「扉の陰の秘密」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)|Web河出
阿部和重インタビュー第5回/「Set Me Free」「Goodbye Cruel World」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)|Web河出
阿部和重インタビュー第6回/「Sound Chaser」「Watchword」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)|Web河出
阿部和重インタビュー第7回/「Hush…Hush, Sweet Charlotte」「Let’s Pretend We’re Married」「(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)|Web河出
阿部和重インタビュー第8回/「Neon Angels On The Road To Ruin」「There’s A Riot Goin’ On」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)|Web河出
これらインタビューを読んでいると、自分はこれっぽっちも阿部和重作品が読めていないなあとなる。
それにしても阿部和重、自分にとってずっと読み続けている稀有な作家となりつつある(好きな作家は色々いるが、継続的に作品を追っているかというとなかなか)わけだが、何故なのかは自分でもあんまりよく分かっていないな。
面白いことは面白いんだけど、どれくらい面白がれているのか。短編だと特に。

Hunters And Collectors

とあるロシア人の殺し屋が、やはり殺し屋である自分の師匠を訪ねてシベリアまでやってくる。
ある男が師匠の家に毎年来ており、今年も来るかどうか確認するためだったが、どうにもはぐらかされる。
師匠の方がナイフコレクター。
焦って師匠を殺してしまった後、家を出るとそこにはゲームをしている少女の姿があった。

Аноун

タイトルは「アンノーン」をロシア語表記したもので、ポケモンGOに出てくるレアポケモンの名前
Hunters And Collectorsに出てきた少女視点での話
少女の母親はゲーム配信者で、家族の様子を世界中の人が見ていて、少女を助けようとしているけれど、ネットの向こう側からできることはあまりない

Drugs And Poison

密室で拘束されて尋問される男
実は仮想現実アトラクション

Across The Border

空爆のさなか、男たちがゲームに興じている。顔が似ているので双子と呼ばれる二人の男は指に数字が書かれている。ルーレットでその数字がでると、数字の書かれている指が落とされる、というゲームだ。
指輪が、工芸職人のもとにもたらされる。母親が行方不明の息子を案ずるニュースを見ていて、これはその息子のものでは、と通報するが、逆に逮捕されてしまう

It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)

今からおよそ100年後の未来、高校の修学旅行は時間旅行体験になっている。
主人公の少年は、趣味でサルベージしたファイルから、過去のシリア難民の少女の動画を見つけて、旅行先を当時のシリアに決める。
実際に行ってみて、その少女がシリアにはいないことを知るのだが、シリアのあまりの惨状にアサドの暗殺を決心する
実際に時間旅行に行っているわけではなくて、仮想現実だったというオチであり、彼の記憶は消されるのだが、高い評価ポイントだけがつけられることになる。

Eeny, Meeny, Miny, Moe

父親の後を継いだばかりの男。父親とは似て非なる趣味をもつ。
そして、叔父の暗殺命令を出すか否かに悩み続けている。そう、この作品の主人公は、固有名詞はでてこないものの、金正恩なのである。
実は霊言

Green Haze

ブラジルの大統領ボルソナロの、アマゾンの熱帯雨林が火事になった際の対応を描いている。
ボルソナロというのは、ブラジルのトランプみたいな人であり、地球温暖化よりも自国の経済発展を優先し、諸外国とくにフランスのマクロンバチバチやりあった、という話なのだが、それを未来からタイムトラベルしてきたと称する者が語りかけてくるという形式で書かれている。
未来からすると、この件が重要な契機になったのでここに介入しなければならない、是非協力してほしいという内容なのだが、これ、つまり、そういう詐欺なのでは、というオチになっている。
全然知らなかったが2019年に環境活動家トゥンベリさん、「時を駆ける少女」だった? 19世紀にそっくり写真 - CNN.co.jpというニュースがあって、このネタも織り交ぜられている。
これは過去に読んだことがあった
群像2020年1月号 - logical cypher scape2
この作品が発表されたのは2020年だが、ボルソナロ大統領は2022年に選挙で負けた後、クーデターを起こそうとして、現在服役中とのこと(Wkipediaによる)。


ここまでの作品は、海外時事ネタを絡めたような作品だった。
時事ネタを絡めるというのはこれまでの阿部作品にもあったけれど、ここまで海外での紛争などを直接取り込んできているのは新たな展開なのかなあと思うし、それが長編にも結実しているのだろう、と思うと、まあやはり長編も読まないとな、と思う。
実は仮想現実だった的なオチが多く、そうやってまとめてしまうと、何だそれ、となるかもしれないが、フェイクニュースやらポストトゥルースやらといった状況への風刺的な対応なのだろう、とも思う。でもまあこういう処理は短編ならではというところもあるだろうから、やはり長編も(ry
それはそれとして、Hunters And Collectorsは殺し屋によるある種のスパイアクション的なところが純粋に面白いし、Drugs And PoisonやAcross The Borderはそのゴア描写に引き込まれるし、各話どれも内容が面白い(ので、オチとのギャップ感もあるんだけど)
It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)、Eeny, Meeny, Miny, Moe、Green Hazeは、そういえばどれも独裁者の話なんだな。アプローチが三者三様なので、読んだときの感じはかなり違うのだけど。It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)が一番シリアスで、後ろに行くほど滑稽味が増していく感じ。

扉の陰の秘密

怪我をした舅の家を毎日訪れている嫁が、トイレで自慰行為をしているようだと気づいた舅は悶々とした日々を過ごし、ついにはトイレに盗撮カメラを設置するのだが、調整中に自分の行為を逆に見られるのだった
なんだこれ、と思ったら、週刊ポストの企画で、官能小説を書いてという依頼だったらしい。葵つかさ×阿部和重だったらしい。

Set Me Free

下戸が上戸優位社会をぶち壊すために、大手酒造メーカーにテロをしかける話

Goodbye Cruel World

主人公の少年が、ヤンキーな少年を家に呼んで、レアカードやら両親の持っているへそくりなんやらを渡して交渉をしようとしているのだが、最終的にうまくいかない
で、実はそういうゲームで、主人公はそのゲームをプレイしているおじさん
Big Issue』に掲載された作品らしく、お題は「ホーム」
スマホのホーム画面に戻る、という形でお題が回収されている

Sound Chaser

ストームチェイサーに憧れる主人公が、大学で気象学を専攻し、アメリカに留学し、その夢を叶い、日本に帰ってきてドリームチームを結成するまでの話
主人公の名前は智、結成されたチームの名前は「嵐」
というわけで、朝日新聞で企画されたジャニーズの「嵐」とのコラボ小説とのこと
これは、それを知らなくても普通に面白く読めて、最後に「嵐」のオチがついたところで、なるほど、そういうことでしかた、となる。

Watchword

ゾンビによって荒廃したポストアポカリプス世界で、主人公が、「砦」を築いているグループに接触し、仲間を助けてほしいと交渉を持ちかける話
最後まで読んだところで、これもまた、前の作品と同じように何かとのコラボ作品なのね、ということはわかったが、自分がコラボ先のA.B.C-Zのことを知らなかったので、あんまりよくわからなかった。


ここまでの5作(「扉の陰の秘密」から「Watchword」まで)が、企画ありきのショートショートという感じ。
以下に続く4作品も、雑誌からの依頼があって書かれているもののようなので、それぞれお題はあったんだろうけど、上の5作のようにはっきりと、これがお題です、みたいな感じはない。

Hush...Hush, Sweet Charlotte

夜の公園でドラッグきめてた少年二人の前で事故が起こり、その車内には赤ん坊が
彼らは、この赤ん坊こそ、懸賞金の噂のある奴だと気づいて、女友達のもとへと連れて帰る。が、発熱して泣き止まない赤ん坊に、彼らは右往左往させられ続ける。
懸賞金というのは実は嘘で、その赤ん坊を探してくれと頼んでいた親は、そのまま病院の赤ちゃんポストにおいていってほしいということを言ってくる。
少年は病院に持って行って一度はそこに赤ちゃんを置いていくのだけど、早朝でなかなか病院の人が出てこなくて、もう一回連れて帰るところで終わる。
もともと金目当てだったんだけど、赤ちゃん引き取っちゃうと育児せざるをえなくなるという話なんだけど、せざるをえなくなる感を、ネガティブなものにしないオチ

Let's Pretend We're Married

特殊詐欺の受け子をやっている少年が、殺人事件を目撃してしまい、自殺団地といわれている団地の屋上へと隠れる。
仲のよい女の子にだけ居場所を告げて来てもらって、「俺の人生、もう積みだ」って嘆いているところに、当の殺人犯までやってくる
雨の降りしきる屋上、流れる血、どこかへと逃げ出す少年少女

Neon Angels On The Road To Ruin

自動車泥棒の下請けやってるおじさんが絶体絶命の危機に陥る
これ、最初にイーロン・マスクがどったらこったらという話から始まる。このあと、twitterも作品内に出てくるのだが、2022年1月号とかで発表されている作品なので、マスクのtwitter買収はまだ。
マスクの話というよりも、本当はカルロス・ゴーンの話が書きたかったらしい。ゴーンについても作中に出てくる。
トヨタからテスラへ、という世代交代の話でもあり、主人公はレクサス盗んでいたのだけど、急遽、テスラ車を盗むことになる話になっている。
町田を中心に多摩地区で盗みを働いていて、同じところばっかりで盗みしていてもまずいから、と世田谷区へと越境を試みる。しかし、相方がついてきてくれず、急遽、twitterで闇バイト募集して若い男と即席コンビを組む。で、世田谷を縄張りにしている同業者に見つかりボコられる、と。
登場人物の一人が「馬小屋の乙女」(『グランド・フィナーレ』収録の短編)にも出てきた人らしいのだけど、全く覚えていないので、あとで確認しとこう。

There's A Riot Goin' On

子供の頃からなぜか警察に職質されやすい主人公の青年は、20歳の誕生日であるハロウィンの日に、復讐のための爆弾テロを決行しようとする
バイト先で、いじめというよりも虐待にあってるベトナム人技能実習生がいて、普段は見てみないふりをしているのだが、いざ、決行の日に「助けて」と声をかけられてしまう。
最後の2作品は、いかにも阿部和重作品っぽいなという雰囲気が強くて、特に面白かったのだが、従来の阿部作品ともまた違う雰囲気もある。
「There's A Riot Goin' On」は、『ニッポニアニッポン』とも似た作品で、少年が独特の被害意識を持って、ネットでの情報を参照しながら、テロに望むという点が同じだが、『ニッポニアニッポン』では、主人公のテロはあえなく失敗してしまう。主人公の誇大妄想と(本人にとっては)綿密な計画が、最後に挫かれるというのは物語の一つのパターンかと思うのだけど、本作はそれとはまた別の結末を迎える。
主人公のもともともっていた動機は、やはり挫かれるのであってある意味では果たされることはないのだが、それが別の形に変わって果たされる。つまり、彼の「復讐」は果たされないが、ベトナム人を助ける、という本来彼の目的にとっては邪魔だったことを、復讐のために用いるはずだった手段(爆弾)によってなすことになる。
どこかで「It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)」や「Hush...Hush, Sweet Charlotte」にも通じるところがあるように思う。
少年にどこか希望を託す、というか。
Neon Angels On The Road To Ruin」も「There's A Riot Goin' On」も、結局、このあと主人公は死ぬことになるんだろうな、というもうどうしようもないところへ追い詰められるところまで描かれているのだけど、どちらの作品も主人公が死ぬところまでは描かず、もうあとは死ぬしかないかもしれないんだけど、その前に、なんとかとりあえずやりきった、切り抜けた、あとはもう何も考えずにいったん休もう、というところで終わる