グレッグ・イーガン「暗黒整数」/庄司創「三文未来の家庭訪問」

SFを2作品。
まずは、イーガンの「暗黒整数」
先月のSFマガジンに掲載されていた「ルミナス」の続編。
「ルミナス」はイーガンの短編集『ひとりっ子』に入っていた数学SF。最初、読んだときの感想を引用してみる。

ストーリーは、主人公がある世界の秘密を見つけ出したが、この秘密を悪用しようとする奴らがいて、彼らの手から秘密を守り抜き、悪用できないようにしなければなならい、という単純至極なものだけど、その「世界の秘密」とやらの正体がとてつもなくハード。単純なストーリーとハードなギミックという組み合わせだけで、すごい好みだ。

ストーリーは王道、仕掛けが超ハードというのは今回の「暗黒整数」もそのまま、というかパワーアップしている。
何しろ今度は「宇宙戦争」だ。
「ルミナス」は、主人公たちがオルタナティブ数学の存在を証明してしまう話だ*1。そして、そのオルタナティブ数学の世界の住人からのファースト・コンタクトものでもある。
「暗黒整数」はその10年後の話。主人公たちは、オルタナティブ数学世界の住人たちと密かに相互不可侵条約のようなものを結んでいる。彼らはひっそりと世界を守っているのである。ところが、それがついに侵されてしまう。
人類以外の知的生命体というのは、SFではよく出てくる話だけれど、それがオルタナティブ数学の住人というのがとてもすごい。彼らは同じこの宇宙にいるばかりか、同じこの太陽系にいる。ところが、基盤となっている数学と物理系が全く異なっているために、存在のあり方が全く異なっているのである。
この数学と物理系の関係というのは、さすが塵理論のイーガンだよなあという感じ。
このオルタナティブ数学を巡るイーガンの発想力はすごすぎる。
そして、それを宇宙戦争にしてしまうその無理矢理な展開も。ずっと数学の抽象的な話をしていたはずなのに、飛行機とか墜落してるし。そこが繋がっちゃっている。


もう一本は、今月のアフタヌーンから。
新人賞である四季賞の2008秋四季大賞受賞作品。
庄司創三文未来の家庭訪問
100ページ近い大作
近未来を舞台にした物語なのだけど、ストーリーと設定の完成度が高い上に、それらに対して絵柄が説得力を持たせている。
主人公の笛音リタは、小学校高学年の男子なのだけど、見た目はほとんど女の子の上、子どもを産むことのできる身体である。ただし、本人の性自認は男だし、子どもを産むことができるといってもその結婚相手は女性である。
何故そんな身体になっているかというと、彼はとある団体によって遺伝子改造を施されていたからである。リタとその家族はその団体にいて、彼の父親が同様の遺伝子改造を施されている。ところが、その遺伝子改造が法に触れていたために、その団体は解散。笛音家は団体の外の社会に出ることになり、リタが普通の小学校に編入するところから始まる。
この団体というのは、集団生活団体というものの一つ。集団生活団体というものの設定は詳しく明かされていないが、社会とは切り離された施設の中で集団生活することで、生活費を安くすませる趣旨のものらしい。集団ひきこもり、みたいなもので、わりと認知されているっぽい。
この話は、家庭相談員のカノセさんという人が話の進行役みたいなポジションにある。
家庭相談員というのは、主に集団生活団体の子どもが外の社会に出てくるときに、教育などについてアドバイスをする仕事をしているのだが、その子の将来の納税額が高くなるほど、報酬も高くなるという仕組みになっている。
集団生活団体に属している人たちというのは、納税額がとても少ないので、行政にとっては悩みの種となっており、家庭相談員がうまく職業訓練のコースにのっけることで、少しでも将来の納税額を上げようというシステムになっているらしい。
笛音リタから見えてくる、男性とは一体何なのかという話と
カノセさんから見えてくる、この近未来の社会状況とが、それぞれなかなかよくできたSFになっているなあと思った。
で、カノセさんが、リタについて見た目をもう少し男の子っぽくした方がいいのではないかと進言するのだが、そもそもこのカノセさん自体が男だか女だかよく分からない姿をしているのが面白い*2
ジェンダーSFというジャンルがあるらしいのだけど、この作品はまさにそれなんだろう。けど、ジェンダーというものへの視点は結構クールなところがあって、物語はむしろ、リタとリタが好きになった女の子マキの関係、というかマキの家族の問題を巡って進行する。
近未来の社会状況がうまく設定できているところが、よかったなあと思う*3
残念なのはタイトルだな。


四季賞はジャンルの規定はないので、それこそ色々な作品が集まってくるけれど、現代日本の日常の中で、青春やら家族やらを描くような作品が多い。
ちょっと前までだと、そういうジャンルから豊田徹也とか秋山はるとかが出てきた感じだけれど、
最近だとむしろちょっとSFっぽい奴の方が面白いし、その後も出てきているという感じがする。
四季賞が、四季賞ポータブルという別冊付録に掲載されるようになった05年冬から見てみると
05年冬・四季大賞「トラベラー」今井哲也
なんと132ページ。おそらく、四季賞が別冊付録に掲載される原因となった作品。
基本的にはバンド少年の青春を描いていて、現代日本・日常・青春ジャンルに含まれるだろうけど、仕掛けとしてタイムスリップを使っているところがちょっとSFかもしれないw
今井哲也は、今、『ハックス!』を連載中。こちらも別に全然SFではなく、高校のアニメ研を舞台にした作品。それ、なんて『げんしけん』という感じだが、げんしけんとは全く別の面白さがある。
06年夏・四季大賞「虫と歌」市川春子
この人はなんか独特の作品を描く人で、これは虫が人間になっている話なのだけど、その後も読み切りを何本か書いていて、植物が人間になる話とか、雷が人間になる話とかを描いている。広い意味ではSFに入ってくると思うけど、それは想像力の使い方に独特なところがあって、それのもたらしてくる刺激というのがSFっぽい気がする。
ちなみに、この年は他の受賞作品も読み応えがあって、四季賞ポータブルの中では一番面白いものになっている気がする。07年秋の回も結構いい。
07年春・四季賞「囚われクローン」太田モアレ
死刑が廃止されて、懲役200年とかが判決として出るようになった未来。服役中に死ぬと、クローンが作られて残りの刑期を過ごすというワンアイデアな作品。でも、そのワンアイデアがなかなかうまくできていた。太田モアレは、07年秋に、「魔女が飛んだり飛ばなかったり」という日常の中にファンタジーの要素が混ざってくる作品で四季大賞をとって、今は『good!アフタヌーン』で格闘技女子高生ものの連載を始めている。
そして07年冬・四季賞「WORKING ROBOTA」野村亮馬
これが見事なまでにほのぼのSFで、ロボットのデザインに、すこしふしぎ的SFの雰囲気があっていい。今は、『ベントラーベントラー』という、やっぱりほのぼのSFを連載していて、これもすごく面白い。「トラベラー」とか「囚われクローン」とか「三文未来の家庭訪問」とかは、結果的にSFっぽい要素を組み込んだという感じがするけれど、野村亮馬の場合は、むしろもともとSFっぽい世界観を持っていて、その中で日常生活を描くというスタイルの感じがある。そういう意味では、芦奈野ひとし的なのかもしれない。
野村亮馬と、今回の「三文未来の家庭訪問」が、どちらも最近の四季賞の中では特に好きな作品で、どちらも面白いSFだったので、四季賞はそろそろSFがきているのではないか、と思った次第。
まあ、今井哲也太田モアレはちょっとこじつけっぽいところがあるんだけどw


ついでに今月のアフタヌーンをちょこちょこと

あぶみ! あぶみじゃないか

  • 友達100人できるかな

とよ田みのるの新連載。とよ田みのるって、FLIPFLAPとかは面白かったなと思うのだけど、そんなに好きではなくて、わりと人気があるのが実はよく分からない。この作品も現段階ではなんとも。

アニメ化決定ー
ってか、琴塚先輩

  • 珈琲時間

短編連作*4なのだけど、今回は第一話の続き。
というか、第一話はあの終わり方がよかったのであって、続けちゃうとちょっとどうなの、と

  • ヴィンラン・サガ

ここ最近は、アシェラッドがどんどんオーラ出してきてやばいね。
今号はアシェラッドのどアップが何度も出てきてやばい。

  • からん

女の子を不細工に描いててすごいな、と思う。

第14話「百舌谷さんと夏の終わりに(4)」
この、「百舌谷さんと夏の終わりに」になってからずっと、「うあぁぁ」という身悶えなしには読めないのが続いている。ああもう、篠房め! なんてことしやがるって感じで。

シリーズ連載から通常連載へ昇格!
めでたい!

木尾士目は一体どこへ向かいたいのか、謎の子育てマンガ。12話目にして、まだ作中時間が2週間しか経っていないという怖ろしいスピードで進んでいるのだけど、ついに物語が展開した。ここまで来るのが長かった。

けしからんマンガ

  • きゃとらん

かわいい上に渋いってすごいな、まっくん

まったり沖縄漁師マンガだったのも今は昔。最近のハードSFっぷりは楽しい。

山場にさしかかってきたかも

おお、ついにハックスの謎が明らかになるのかー来月
にしても、ほんとそのままニコニコ動画だよなー

ヒヨスかわいいよヒヨス!
間違った。
尸良と万次が戦っている。これ以上の何を求めよう。

  • るくるく

タコるか、じゃやなくてタコるく
とか言ってる場合じゃなくて、次号、最終回。でも、いまいちどうなっているのかがよく分からない。
というか、意外に連載期間長くてびっくりした。01年からやってるとは。
アフタめくりながら書いてたら、キーボードが少し黒くなった気がする。ほんと何なんだ、この雑誌w

S-Fマガジン 2009年 03月号 [雑誌]

S-Fマガジン 2009年 03月号 [雑誌]

ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)

ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)

月刊 アフタヌーン 2009年 04月号 [雑誌]

月刊 アフタヌーン 2009年 04月号 [雑誌]

あと、最近買ったマンガ
新装版 茄子 上 (アフタヌーンKC)

新装版 茄子 上 (アフタヌーンKC)

新装版 茄子 下 (アフタヌーンKC)

新装版 茄子 下 (アフタヌーンKC)

*1:数学が実は無根拠だったというのは、イーガンは何回かやっている気がする

*2:もう一回見てみたら、カノセさんスカートはいてた

*3:家庭相談員が、どの子どもを担当するかという担当権を売買していて、その値に一喜一憂しているとか

*4:『茄子』のコーヒー版みたいな感じ