主人公が古本屋で手にした本をきっかけに、プラハの街の裏に隠されたもうひとつの街の存在を知っていくという長編小説
著者のアイヴィスはチェコの作家で、本作は、1993年に初版がでた著者の長編第一作。2005年の改訂版を底本に2013年に日本語訳され、2024年に文庫化されたもの。
文庫化された際に、酉島伝法がSNSでお薦めしているのを見かけて手に取った(のだが、実際に読むまでいつの間にか1年経ってた)
訳者の人を自分はパトリク・オウジェドニーク『エウロペアナ 二〇世紀史概説』(阿部賢一・篠原琢訳) - logical cypher scape2で知ったが、『わたしは英国王に給仕した』なども訳しているチェコ文学者の人。
壁1枚隔てて、夜中の街路で、図書館の書棚の奥に、我々の街とは別の秩序のもう一つの街が隠されていた、という話
シュールレアリスム小説という紹介のされ方もしていて、実際、風景描写などで、シュールレアリスム的な不思議な組み合わせがよく出てくる。
上述した通り、プラハを舞台としていて、プラハ散歩的な要素もあって、それも面白い。
異世界といえば異世界だが、あくまでも日常と表裏一体の奇妙な風景を描き出す作品で、こういう喩え方が適切かどうかよくわからないのだが、アックスとかに載っているマンガっぽい雰囲気で脳内に思い浮かべたりしていた。
主人公の「私」は、もう一つの街を詮索しようとするのだが、それが、もう一つの街の側からは侵入者だとみなされて、攻撃されたりする。私は、逃げ回りながらも、隙あらば、もう一つの街へと入り込もうとする。長編としてのプロットもわりとある感じがする。
第1章 菫色の装丁が施された本
雪の降りしきるプラハの古本屋で、主人公が見つけた本には、見たことない文字が書かれていた。
第2章 大学図書館にて
大学図書館で図書館員にこの文字について尋ねると、図書館員は、かつて一度だけその文字を見たということのことを話してくれた。
その話の中で、津波に襲われたという幻覚を見た話が出てくるのだけど、その場所が、スメタナ沿岸と書かれていたので普通に海辺での出来事かと思って読んでいたのだけど、もっというと、ペトシーンの丘というプラハの街中での出来事での話で、プラハにはもちろん海はないので、津波はもちろんありえない
この作品、プラハが舞台なのだが、それ以外にも海にまつわるものがいろいろと出てくる。訳者あとがきでは、内陸国なので海の生き物ってだけでエキゾチックなのだろう、といわれていた
第3章 ペトシーン
ペトシーンの丘にある円柱の内部に、隠された寺院があって、そこで司祭が説教しているのを目撃する。
この司祭の説教の内容は、まあだいぶ意味不明な感じなんだけど、例えばこんな風
「私たちもまた、冷たい大理石を選択するか、鱈の絵が描かれた缶詰から響く悲しい歌を選択するか、決断を迫られるときがやってくるはずだ。(...)前者を選ぶにせよ、後者を選ぶにせよ、どちらにしても、犬形の鉄マスクを顔に嵌め、果てしないコンクリート平野を歩きつづけることに変わりはないのだから……」
第4章 小地区カフェ
小地区カフェで例の本を読んでいたら、年配の男からその本を手放すよういわれる。男はかつて、不倫相手だった女学生がまさに、もうひとつの街とかかわっていた話をしてくれたが、その途中で、何者かにさらわれ、緑の大理石でできた路面電車に乗せられて消えていった
第5章 庭
第6章 夜の講義
掲示板にあった案内をみかけて、水曜深夜、大学の哲学部で行われていた講義に入り込む
しかし、講義の途中、みながイタチの入っている箱を持っていて、自分だけ持っていなかっために逃げ出す
第7章 祭典
夜の街で祭典が行われていて、Tバーで街中を移動していく、というのが面白かった。
通りを抜け、彫像の近くを通り(スキー板が台をかすめる)、ついには建物の中に入って階段をのぼっていったりする。
わりとなんの注釈もなく、Tバー出てくるけど、どれくらい通じるもんなんだろう。自分ははるか昔に1,2回乗ったことある程度なんだが
さてわれらが主人公、今度は、魚を持っていないという理由で連行される。
第8章 ポポジェレッツのビストロ
祭典があったところに朝になってから行ってみるが、もうその気配はない
で、ビストロに入ると、そこの給仕が、例の祭司で、祭典で主人公が連行された先にいた男だった。
給仕の妻から、主人が見知らぬ世界の住人であることを告げられる
そして、主人公は、給仕の娘(クラーラ=アルヴェイラ)と出会う
第9章 鐘楼にて
給仕の娘といわれた通り、聖ミクラーシュ寺院の鐘楼へと来る
で、サメと決闘する羽目になる
雪の中、教会の屋上でサメに襲われるという、この本の中でも特に絵になるエピソード
第10章 冷たい硝子
第11章 マイズル通りの店
マイズル通りの店の店主である老人は、もうひとつの街の住人なのだけど、主人公に対して好意的な態度で接してくれる。ただ、主人公がもうひとつの街の中心へ行きたいというと、中心を探している間は中心は遠ざかる、中心を探していないとき中心にいるのだ、的なことをいわれる
第12章 空を飛ぶ
シローカ通りに停まる蒸気船。甲板には若いカップル
朗誦鳥フェニックスとその飼い主
第13章 カレル橋
カレル橋に立ち並ぶ像の中は、実は空洞になっていて、ヘラジカが飼育されていたり、バーになっていたりする
第14章 ワインケラー《蛇》
再びクラーラ-アルヴェイラ
しかし、今度は主人公に敵意を向けておらず、迷いのようなものを吐露する
が、結局、父のもとへと戻る
第15章 ベッドシーツ
入り込んだ建物の中にあった建物がとんでもなく広くて、シーツが平原になり山になり、その上でスキーをしている人たちがいる
主人公は、シーツの平原の上をヘリコプターで追跡される
第16章 エイ
犬に襲われて弱ったエイを助ける
居酒屋のテレビで、クラーラ-アルヴェイラが女司祭になる儀式が放送されている。それを眺めている男たちの話で、以前、主人公とサメの戦いもテレビ中継されていたことがわかる
第17章 閘門のなか
閘門の中から上を見上げると、窓がたくさんあって、その中の一つの部屋の中に入ってみると、巨大な蟻に嚙まれている男の絵があって、その絵の中にまた絵があって、さらにその中に絵があって、それぞれの絵の描写内容が細かく書かれている。
第18章 駅
プラハ本駅にある列車に乗ってみると、中で、文法=応用悪魔学の講義が行われている
列車を降りて、入って地下シェルターのような廊下には、絵がかけられている。先ほど見た絵と同じような少しずつ違う絵。絵の中の出来事が少しずつ進んで時系列順に並べられている、1kmにわたって。主人公はそれを自転車にのって見ていく
この、長大な廊下にかけられた絵、というのもなかなか本書の中で印象的なシーンだった
第19章 階段
シロカー通りの蒸気船にいた少女と出会う。
若者とはぐれていた少女は、無事、若者と再会する
第20章 ジャングル
再び大学図書館
図書館の書棚の奥にはジャングルがあって、定期的に図書館員が行方不明になる話を聞かされる
そして主人公もまた、書棚の奥のジャングルへと向かう。本に擬態するカタツムリ、文字のような模様を浮かばせるイモリ
第21章 崖の寺院
洞窟の中で隠者に出くわす。彼は主人公に対して、もうひとつの街について、今まで出会った人たちとはまた違った話をする。
しかし、アルヴェイラがやってきて隠者を捕まえていく
主人公は、元いた街のカフェへと戻ってくる
第22章 出発
主人公は、どうして自分が本当の意味でもうひとつの街へとたどり着けないか、ということに気づく。
元の街に戻ってくるつもりでいてはダメなのだ、と
訳者あとがき
アイヴァスは1949年プラハ生まれなのだが、その父親は、『ハザール事典』で有名なハザール王国の末裔らしい。すげーな
いろいろ、彼のほかの著作の紹介がなされているが、『黄金時代』というのが代表作で、これは邦訳もあるらしい。試しにググってみたら、かなり評判がよい感じがある。
