R・F・クァン『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』(古沢嘉通・訳)

1830年代のイギリス、オクスフォード大学の王立翻訳研究所に入学した、人種の異なる4人の学生たちの物語
すごい……すごかった。 すごく面白かった。


ネビュラ賞長編部門・ローカス賞ファンタジー長編部門受賞作であり、
『SFが読みたい! 2026年版』ベストSF2025 海外篇の1位をとっている。
いや普段、こういう受賞情報ってブログに書かないけれど、客観的にも評価が高い、と。
この本が出た当時の書評とか読んだ時点で、面白そうだなとは思っていたのだが、ハリーポッター的な学園ファンタジーもの(「ダーク・アカデミア」というジャンル名があるらしい)ということで、そこまで優先度をあげていなかったのだが、しかし、しばらくたってまた別の人の書評や感想があがって、それを見るというの繰り返していくうちに、これはもう絶対読まなきゃいけない奴なんじゃないかあと思うようになっていった*1
というわけで自分も、刊行されてから実際に読むまで1年くらいの間があいてしまい、その間にもう、SFとか海外文学とか読む人たちの間では評価が知られる作品になったのではないかと思うが、
まだ読んでない人は読んだ方がいい、おすすめ、というレベルでは足りなくて、みんな読むべき ってそういうレベル


19世紀イギリスを舞台にした学園ファンタジーと、とりあえずは言えるのだけど、それはあくまでとりあえずで、色々なジャンルの複合した作品になっている。
どちらかといえば、改変歴史ものでもあるのだけど、まあそれだけではない。
これ、普通に映像化作品で見てぇなって作品で、主人公をはじめとするキャラクターたちが魅力的だし、読み終わった後、おもわずファンアートないかググったりもしたんだけど
しかし一方で、帝国主義、植民地主義、人種差別、性差別、格差の問題を扱っている作品でもあり、しかもこの中で主人公が突きつけられてくる選択というのは、全然過去の話ではなくて、21世紀の今を生きる我々にも、というか、まさに今の我々の問題として、突き刺してくる
この、現実における重いテーマを読者に対して突きつけながら、しかし一方で、エンターテインメントとしてぐいぐいと軽やかに読ませてしまう、というところが、例えば内容的には全然違うのだけど『機龍警察』シリーズとも似たところがあるなあ、とも思った。


この作品の核となっているフィクショナルなアイデアは「銀工術」という一種の魔法
銀の延べ棒の表と裏に、異なる言語で同じ意味の言葉を彫る。
ところで、同じ意味の言葉といっても異なる言語である以上、翻訳しきれない意味のズレが生じる。そのズレこそが、魔法の効果として発動する、というもの。
例えば、英語とフランス語のように交流が多い言語間だと、次第に意味のズレがなくなっていくので、銀工術には使えなくなってくる。
だから、古語(古英語、ギリシア語、ラテン語など)を引っ張り出してくるか、中国語やアラビア語といったアジアの言語を用いる、という方法論がとられる。
この銀工術の中心地となっているのが、オックスフォード大学の王立翻訳研究所、通称バベルであり、バベルこそは、上述の理由により、オックスフォードで唯一、非白人の入学が許されている学部なのである。
中国は広東出身のロビンが主人公で、彼の同期として入学した、インド人ムスリムのラミー、イギリス貴族の娘レティ、ハイチ生まれの黒人ヴィクトワールの4人の友情・絆が織りなす物語が描かれていく。
わけだが、この4人の絆を友情と一言で表すことなどとてもできない。
オタクっぽく巨大感情などといってみてもいいのだが、しかし、その巨大感情の背景に、この時代の社会制度と植民地主義がずっしりと横たわっている
しかし本当に、レティというキャラクターの配置が天才すぎる……


物語は、ロビンを焦点人物とした三人称で綴られるが、結構な頻度で注釈が入れられているのが面白い。
まず、この作品、翻訳がテーマというか、銀工術という設定上、複数の言語の単語が入り乱れるし、登場人物のほぼ全員が、外国語学部の教員か学生かみたいな話なので、各単語の語義や語源について、本文中でカバーしきれなかった部分についての注釈がなされている。
それ以外に、この世界は銀工術という魔法が非常に重要な地位を占めている世界ではあるものの、それ以外の点については、現実世界と同じ歴史を辿っている世界でもある。単純に歴史ものとして読める作品でもあり、史実にかんする注釈もなされている。
が、実はそれだけにとどまらず、登場人物の信条や過去についても注釈で説明されていたりするのが面白い。注釈で書くんだ、それ、みたいな。でも、確かに注釈でしか書けないような余談であったりもして。
ところで、冒頭に作者からのコメントがあって、普通に考えると作者の序文なんだけど、オックスフォード出身者に向けて、あなたの知ってるオックスフォードと違うかもしれないけど、これは19世紀が舞台になっているってこと、フィクションだってことを忘れないでねコメントになってて、オックスフォード出身者怖ぇなってなるw (ちなみに作者のクァンもオックスフォード大出身(修士)である。さらにちなみに、ケンブリッジでも修士とってて、イェールで博士をとっている。『バベル』は博士課程在学中に出版された)。

登場人物

  • ロビン・スウィフト(バーディー)

広東出身。中国語
名前の由来は、クック・ロビンとガリバー旅行記

  • ラミズ・ラフィ・ミルザ(ラミー)

カルカッタ出身。ウルドゥー語、アラビア語、ペルシャ語

  • ヴィクトワール・ディグラーヴ

ハイチ出身。フランス語、ハイチのクレオール語

  • レティシア・プライス(レティ)

イギリス出身。フランス語とドイツ語

  • リチャード・リントン・ラヴェル

ロビンの後見人。バベルの教授。妻と2人の子供がいるが、別居している。

  • グリフィン・ハーレー
  • スターリング・ジョーンズ

ウィリアム・ジョーンズの甥

  • イーヴリン・ブルック
  • ミセス・バイパー

ラヴェル教授の使用人。スコットランド出身。ロビンに料理や食材について教えてくれた

  • コリン・ソーンヒル、ビル・ジェイムスン、エドガーとエドワード・シャープ

ロビン、ラミーと同じ寮に住んでいる別の学部の同期学生。

  • ウィリアム・ジョーンズ
  • アンソニー・リッペン

バベルの学生。黒人。フランス語、スペイン語、ドイツ語

  • ヴィマル・スリニヴァサン

バベルの学生。サンスクリット語、タミール語、テルグ語、ドイツ語

  • ジェローム・プレイフェア教授

バベルの学部長

  • マーガレット・クラフト教授

ラテン語担当

  • アナンド・チャクラヴァルティ教授

サンスクリット語・中国語。バベルにおいて東アジア言語を担当しているのはラベルとチャクラヴァルティの2人だけ。

  • エルトン・ペンデニス
  • イルゼ出島

バベルの学生。日本人。

あらすじ(ネタバレあり)

全部で5部構成になっており、第一部から第三部までが上巻、第四部と第五部が下巻となっている。

第一部

1829年の広東、アジア・コレラにより家族も近所の人も死に、自分も死を待つばかりという少年のもとに、一人の白人男性が救いの手を差し伸べる、というところから始まる。
この少年が主人公のロビン・スウィフトで、やってきた白人男性がラヴェル教授である。
なぜここでちょっと回りくどい書き方をしたかというと、広東に暮らしていた時、ロビンは当然中国名で暮らしていたのだが、ラヴェル教授に救われた時から、改めてロビン・スィフトと呼ばれるようになり、彼の中国語の本名が一体何だったのか読者には明かされないのである。
ラヴェルは、あしながおじさんよろしく、広東で暮らしていたロビンに対して、匿名で英語の本を送り、彼の養育係の給料も払い、ロビンが広東語・英語のバイリンガルになるように仕向けていた。
ラヴェルは、ロビンの英語力を確認するために、スミス『国富論』の一部を朗読させているのだが、注釈によるとスミスは植民地主義に対して反対だったらしい。
それから、船に乗り込む際、ロビンは初めて通訳的なことをしているのだが、白人から中国人への理不尽で一方的な通告を訳するというもの。ロビンは、しかし、自分が生き延びるためにはそのまま訳さないとまずそうだなと感じ取っている。
船の中で、ラヴェル教授とミセス・バイパーは2週間前にマカオに着いていたことを知る。2週間前なら母親はまだ生きていたわけで、ロビンはなんともいえない不信感というかをラヴェルに対して抱くことにはなる
そんな感じで、のっけから不穏な雰囲気を色々漂わせながら物語は始まるのだけど、とにかくテンポよく進んでいくので、このあと、何が起きるんだ、という面白さが勝る。
ロンドン郊外のハムステッドにあるラヴェル教授の家で、ロビンは数年間、ラテン語、ギリシア語、北方中国語の教育を受けて過ごした後、オックスフォードに入学することになる。
バベルの同期であり、寮でも部屋が隣になるラミーと出会う。
ここらへんは希望に満ちあふれてワクワクする展開が続き、レティとヴィクトワールというやはりバベルの同期になる少女たちとも顔をあわせ、先輩学生であるアンソニーによるバベルの案内、学部長であるプレイフェア教授による銀工術の披露などが続く
バベル=王立翻訳研究所は、8階建ての塔にあり、文字通りバベルの塔なのである。
ところで、一方で、ロビンは夜中に、図書館の中に盗みに入っていた3人組を見かけ、彼らを助ける。その中の一人に、自分とそっくりな者がいる。

第二部

第二部は、そのロビンそっくりの男グリフィンによって、捻じれた根っこ亭に呼び出され、ヘルメス結社とバベルの真の顔を知らされるところから始まる。
グリフィンは、ロビンにとって異母兄にあたる(ロビンも薄々感づいていたことだが、ラヴェルはロビンの父親である。ただし、ラヴェルは息子として認知しておらず、一部の人たちにとっては公然の秘密である)。
グリフィンももとはバベルの学生であったが、今はバベルをやめて、バベルと大英帝国に抵抗する秘密組織ヘルメス結社の一員となっている。
バベルが生み出す銀工術の最大の取引相手は軍であり、バベルこそ大英帝国による支配を支える屋台骨に他ならず、バベルがその力を維持するために、有色人種の子どもたちを学生にしているのは搾取に他ならない、とグリフィンは語る。
ロビンはその話がある程度説得力のあるものだと認識しつつ、確信はもてないまま、ヘルメス結社への協力をしはじめることになる。
第二部は、ロビンの1年から3年までの大学生活を描いていく。
バベルでの生活としては、1年次はプレイフェアの翻訳理論入門や、マーガレット・クラフト教授のラテン語、さらに、個別の授業としてアナンド・チャクラヴァルティ教授の中国語の授業などを受けることになる。
課題の量に奮闘しながら、4人は友情を育んでいくことになる。
4人のうち3人は非白人ということで肩身が狭く、4人のうち2人は女性ということで肩身が狭い。というか、最初、レティとヴィクトワールは男装しているくらいで(少しずつなれていくうちに、他にも少数ながら女性教員や女子学生がいることがわかってきてから、服装は変わっていくが)。また、女子は学生寮に住むことができないし、図書館で本を借りる際も男子生徒に同行してもらう必要があるなどがある。
また、同じ非白人といっても、ロビンは遠目だと白人として通用しないこともない容貌であるのに対して、ラミーやヴィクトワールは全くそうはいかない。
ラミーはそのことを意識しており、白人が期待するインド人を演ずるのに長けており、逆にあえて目立ったりといった振る舞いをすることがある。
4人の中で1人白人であり、上流階級出身であるレティであるが、彼女には、兄がいて、その兄がオックスフォードをドロップアウトしたので、兄の代わりにオックスフォード行きが許されたという経緯を持つ。彼女には彼女なりの苦しみはある。
とはいえ、やはり白人であることに変わりなく、彼女の3人に対する友情自体は偽りのないものであるが、3人がどのような差別にあっているのかということへの意識はほとんどない。3人が何に対して不満や憤りを感じているのか、ということについて、明らかにピントがあっていない。
しかし、ヴィクトワールは彼女と生活を共にしていることもあって、レティに対してそういうことはあまりいわない。
レティは、性格的にも傲岸なところがあり、わりと普通にイヤな奴ではあるのだが、嘘をつけないというところがあり、それもまたそれで人間関係的には難のある性格なのだが、他の3人が彼女と友情を抱けるのは、そのあたりにも理由がある
また、同じバベルの学生は境遇も違いが、先輩学生たちは自分たちの課題に必死なため、下級生をみてやれる余裕があまりなく、それもあってバベルの同期というのは、互いに互いだけをたのみにしながら、大学生活を送ることになる。
さて、そんな中、ロビンは他の3人には秘密にしたままで、グリフィンに協力し続ける。時折、一方的に指示が与えられ、簡単な仕事(ドアをあけておくとか)をこなす。
しかし、あるとき、バベルの防護装置が起動し、流れ弾にあたってロビンは負傷してしまう。なんとか自力で傷口を縫うロビンだったが、グリフィンからはフォローがなく、ヘルメス結社の能力に対して不信感を抱くようになっていく。
ロビンはヘルメス結社の活動がどのような結果をもたらすのか知りたがるが、グリフィンは結社の詳細をロビンにはなかなか説明しない。代わりに、グリフィンは、イギリスが中国の茶を買っているために銀が中国に流出していることを教える。このあたりで、読者的には、そうか、アヘン戦争が近づいているのかと勘付くことになる。
3年次に進級すると、学業はさらに忙しくなってくる。
それぞれ独自の研究プロジェクトが割り当てられるようになるが、4人の間には緊張が高まるようになる。それは、多忙さからくるストレスでもあるし、あるいはヴィクトワールの場合、希望するプロジェクトが教授から認められなかったことが、ある種のバイアスによるものだと認識しているが、レティにはその認識がないことのズレが、互いのストレスに拍車をかけたりしている。
そんな中、アンソニーが海外派遣中に亡くなったことを知らされる。学生たちは喪服を着ることで追悼するが、しかし、何か葬儀などが行われるわけでも公式の通達がなされるわけでもない。バベルの学生が、バベルにとって消耗品に過ぎないことが示される。
その一方で、イーヴリン・ブルックという、やはり亡くなった学生についてはプレイフェアが特別な思い入れをもっていそうなことがあり、アンソニーとイーヴリンの違いは一体、といった疑問も浮かび上がる。
2年生の時の記念写真
3年生から、チャクラヴァルティによる銀の保守作業を手伝うようになり、共鳴装置を知る
労働者たちの抗議運動が行われて、いっとき、バベルもその標的となって取り囲まれたりする。
第二部は、ロビンがグリフィンに対して、ヘルメス結社への協力はもうやめると告げるところで終わる

第三部

バベルは、3年次と4年次にだけ試験が課せられる。
が、この3年次末の試験が過酷
試験勉強をしている途中で、○○語を専攻している学生が自分は全く○○語が話せない、とか言い出す。ロビンたちの間ではレティにその症状がでたが、レティはドイツ語でドイツ語が話せないと言い出したりした。
試験が終わった後、舞踏会が行われる。3人は行くのを渋ったが、レティが行きたがっていくことになるが、ヴィクトワールが侮辱を受ける
同じ日にバベルだけでのパーティが行われていて、舞踏会から逃げ出した4人はそちらに合流する。レティは、ラミーが自分と踊ってくれないことに涙する。
レティとラミーについては、度々衝突するシーンが描かれているものの、これはまあしかし、ケンカしてるうちに好きになっていく系の奴か、というようにも読めるような雰囲気のものではあった。ただ、果たしてこの4人で恋愛系の話までやるのかどうか、そのあたりは何ともいえないと思って読んでいたら、こんな感じで明示化され、とはいえ、まあレティがラミーを好きだけどうまくいかない、というのは確かにそんな感じはする


しかし、第三部で話が大きく動くのは、ラミーとヴィクトワールもまたヘルメス結社に参加していたことをロビンが知り、ロビンが2人を逃がしたことで、ロビンが捕まってしまうところだろう。
ロビンは、ラヴェルから追求を受けることになる。
しかし、そこでは取引がなされ、ロビンはグリフィンから教えられていた隠れ家の情報を話すことで、釈放されることになる
また、ロビンはラヴェルから、グリフィンがイーヴリンを殺したのだと告げられる。
幕間として、ラミーの生い立ちが語られる。
そして、4人は広東へ向かうことになる
バベルの学生は4年次になると、海外研修へ行くことになっており、どこへ行くことになるかは4人とも気にしていた事柄ではあった。
しかし、タイミングがタイミングだけにレティ以外の3人は気が気でない。そもそもお互いになぜヘルメス結社に協力しているのかの情報交換する機会もなかなかとれず(レティ抜き3人だけで話せる機会がなかなかなかった)
そして広東につくと、4人はラヴェルに引率されて、ジャーディン・マセソン商会の渉外役などに出会う。彼らはまさに、アヘン取引を中国に認めさせようという交渉をしているところであった。
4人のうち一人中国語ネイティブであるロビンは、なんと、林則徐との交渉の場にも立ち会うことになる。ロビンは、イギリス側の一方的な要求を通訳させられる。
また、ロビンは広東のアヘン窟をその目で見ることになる。そして、自分の家の没落が他ならぬアヘンのせいであったことを思いだす。
林則徐は、アヘンの焼き討ちを決行し、ラヴェルらは急いでイギリスへ帰国することになる。
帰りの船中、ロビンは中国人差別を隠そうともしないラヴェルに対して、母のことを訊く。なぜ母を助けなかったのか、と。
そして、ロビンは、グリフィンがイーヴリンを殺したのに用いたのと同じ銀の棒を発動させるのだった。

第四部

ここからが下巻となる。
上巻は、様々な不穏な背景はありつつも、基本的に学園ものとして成立していたわけで、ヘルメス結社についても、ちょっと危険な秘密、という程度のものであった。
しかし、上巻の最後で、いよいよ史実との接続がなされ、さらにロビンがラヴェルを殺害するという衝撃的な展開で上巻は幕を閉じる。
下巻・第四部は、現場に入ってきたラミー、ヴィクトワール、レティが即座に隠蔽の相談をするところから始まる。
突然の展開にロビンは面食らうが、少なくともラミーとヴィクトワールとしては、ロビンにはラヴェル殺害に至る事情があるということと、このままノコノコ帰国したら自分たちも当然ただではすまないという認識がある。レティはこのあたり、若干状況に流されているきらいはあるが、友情から犯罪隠蔽に手を貸す。
ここから物語は一気に、犯罪小説の様相を呈していく。
彼らは船上からラヴェルの遺体を遺棄し、ラヴェルは感染症にかかったと嘘をついて、帰国する。
帰国してまずはハムステッドへと向かう。
ロビンはそこでラヴェルの手紙を見ることで、彼が以前から、対中開戦派の一人であり、今回の交渉も、開戦の口実にするためのものであったことを知る。
3人はこの手紙をヘルメス結社に持ち込むことに決めるが、レティに話を聞かれてしまう。
3人はレティにイギリスの人種差別、帝国主義、自分たちの境遇を語る。

自分たちがレティにすべてを話したあとで、すべての痛みを共有したあとで、慰めを必要としているのがレティだったという事実は、大きなパラドックスに思えるのだった。(下巻p.52

思わず引用してしまったが、この一節は本当にこの物語を象徴していると思う。
ヴィクトワールがオックスフォードでもいかに差別されてきたかを聞かされ、レティは相当に戸惑う。自分はヴィクトワールが差別されていることに全く気づいていなかったからだ。
しかし、それを理解し、レティは泣き崩れてしまう。
ロビンはレティが理解してくれたことを喜びつつも、その状況に何か腑に落ちないものを感じる。ラミーとヴィクトワールもそれを共有しており、上述に引用したとおり、書かれる。
マイノリティとマジョリティとが協力できたときでさえも、マジョリティの感情の方が配慮されている、というパラドックスである。
ロビンもラミーもヴィクトワールも、ヘルメス結社に自分たちから連絡をとる手段はもたず、向こうからの連絡を待たないといけない。そのためにはオックスフォードにいなければならない。
ラヴェルの帰国は遅れるという嘘をついているが、そのような嘘はいずればれてしまう
嘘が露見するのをできる限り先延ばししつつ、いつくるか分からないヘルメス結社からの連絡を待つ、というミッションをこなさなければならなくなる中、毎年恒例のバベルのガーデン・パーティが開かれる。
プレイフェアに気づかれていることがわかり逃げ出したところ、死んだはずのアンソニーと再会して、オックスフォードの地下通路へと。
アンソニーにつれられて、旧図書館と呼ばれる、誰にも使われていない建物へ。そこが、オックスフォードにおけるヘルメス結社のアジトであり、アンソニー、ヴィマル、キャシー、イルゼ、グリフィンがいた。
ここで彼らに新たな目的が生まれる。
つまり、アヘン戦争を止めることである。
議会が開戦を決議すればイギリスは中国に勝ち、中国への銀の流出が止まり、逆にイギリスへと銀が流入するようになり、イギリスの覇権は決定的なものとなる。
逆に、戦争を止められれば、銀の流出は続き、イギリスのパワーは失われていく。
銀工術は、産業革命も支えており、労働問題の原因ともなっていた。急進派や労働者たちと連帯することで、開戦を止められるのではないか、と彼らは考えるのである。
(このあたりの歴史改変ぶりがなかなか絶妙で、この世界は、蒸気機関が銀工術に置き換わった世界、ではない。蒸気機関自体は存在していて、銀はその効率化を支えている。まあそれ以外に一部、現実世界にはないテクノロジーを銀が担っていたりはするのだけれど、スチームパンクならぬシルバーパンクみたいなことには必ずしもなっていない(コンピュータがあったりはしない)。がしかし、銀が必要不可欠に組み込まれた世界にはなっている)
アンソニー、ヴィマル、キャシー、イルゼは、あくまでも非暴力的な方法で、労働者たちと連帯して、議会を動かそうと考えている。
一方、グリフィンは考えが違っていて、暴力が必要だと考えている。暴力だけが奴らに通じる唯一の言語だ、と。で、銃の使い方をロビンに教える。
また、グリフィンは、イーヴィーについても教える。無辜の学生などではなくスパイであった、と。ロビンに対して秘密主義を貫いたのはイーヴィーに裏切られた経験故。
いざ、決行という日。レティが裏切り、警官隊を連れてくる。レティ自身も銃をもっていて、ラミーが撃たれて死ぬ。
他のヘルメス結社のメンバーがどうなったかわからぬまま、ロビンとヴィクトワールは捕まり、監獄に収監される。
そしてロビンは、スターリング・ジョーンズによって拷問にあう。この拷問シーン、かなり過酷。
グリフィンの手によって脱獄に成功するが、グリフィンとスターリングが対決
注釈によって、グリフィンとスターリングとアンソニーとイーヴィーが同期であり、ロビンたちと同様の友情があったこと、イーヴィをめぐりグリフィンとスターリングの間にライバル関係があったことが示されている。

第五部

幕間 レティ
ロビンとヴィクトワールは、バベル占拠を決行する。
バベルの銀関係の業務についてストライキを行うことで、議会に働きかける作戦。
チャクラヴァルティ教授、クラフト教授、イブラヒムとジュリアナ、ユースフとメガーナだけがロビンたちと行動を共にする。
クラフト以外は有色人種であると書かれていて、逆に言うと、クラフトだけは白人でこのストに参加したことになる。
どこかで自分が読み落としただけかもしれないが、クラフトについてはそれほど人となりなどが書かれていなかった気がして、彼女がなぜストに参加したのかは微妙にわからない。
1年次の時、ロビンは彼女のことがあまり好きではなく、レティは彼女を敬愛していたという描写がある。
また、バベル占拠の際、ロビンと学部長の言い分を聞き比べた際に、ロビンの主張のほうが首尾一貫していると捉えて、ロビンに賛同しているわけなのだが、マジでそれだけで最後まで行動を共にしたのだとすると、クラフト教授、かなりすごい人だなとは思う。
ストを始めた当初は、オックスフォードもロンドンも無反応である。銀のメンテナンスをしないことで、少しずつインフラや建築物に影響が出てくるのだが、当局は交渉しようとはしない。
バベルへの立て籠もりは、食料や衛生面での問題があったが(そもそもバベルの教員も学生も象牙の塔の住人で、生活をどのように送ればいいかという根本的なスキルに欠けるところがある)、ある時、労働運動をしていたグループが、バベルの周りにバリケードを築き、治安部隊の接近を阻むと同時に、ロビンたちに差し入れを始めるようになる。
ロビンたちのストライキは、少しずつ人々の生活に犠牲を強いるようになっていく。
これ以上ストライキを続けるとウエストミンスター橋が落ちることがわかるに至り、チャクラヴァルティはロビンと意見を違え、バベルを去ることになる。
なお、ウエストミンスター橋崩落について、本文は一行のみで、その様子はすべて注釈で書かれていた。
イブラヒムが記録を残す。
バリケードに限界が近づく。レティが降伏を勧告する。バベルの塔が崩壊する。ロビンはラミーとの幸せな日々を思い浮かべながら亡くなる。
物語の冒頭で、死を待つばかりの身の上だったことを、ここで思い出す。それで物語としては円環が閉じる
わけだが、エピローグで、崩壊前に塔から脱出したヴィクトワールが描かれる。
もう出口がほしいと思ったロビンと、生きて幸せになりたいと願ったヴィクトワール(ここは、エピローグではなくて、少し前のシーンだが、ロビンとヴィクトワールの会話もかなり胸に迫るものがある。その会話では18世紀に書かれた詩と17世紀に書かれた恋愛小説が参照されていて、いずれも黒人が、ある種誇りを守るものとして死を選ぶ話だが、ロビンとヴィクトワールは死は端的に悲劇だということで同意する)
ヴィクトワールはハイチ生まれだが、生まれたときに革命が起きて、彼女の親は彼女を連れてフランスに逃れた。ハイチは共和国になったがフランスではハイチは無政府状態になっていると聞かされて育った。
そして、ヴィクトワールは逃げる。生き残るために。友たちと共に死にたいと思ったが、それを断ち切って進む。いつか死にたいと思う日が来るかもしれないが、それは今日ではない。
最後に、かつてアンソニーにいったクレオール語のセリフを思い出すシーンで終わる。その言葉の意味をアンソニーは分からないし、読者も(クレオール語を知らない限りは)分からないままで終わる。


ロビンたちは、有色人種として差別され、また大英帝国が世界を支配するための資源としてその言語を搾取される立場であり、だからこそ、彼らはヘルメス結社として抵抗を始める。
一方で、彼らはオックスフォードの学生として、さらに将来は、バベルの卒業生として、エリートの立場が約束されており、何不自由ない生活と自由な学究が保証されている。
ラヴェルをはじめとするバベルの白人教員たちも、あるいはレティも、それで何が不満なのかが理解できないのである(ことレティにおいては、まさに自分がそれを追い求めており、たまたま兄に替わることができたことで手に入れることができたので)。
しかし、このことについては、ロビン自身も常に悩み続けている。
レティは、幸福な生活を送っていたのではないか、と問う。しかし、ロビンやヴィクトワールは、個人の幸福ではなく社会の公正を選んだのであり、レティの問いはピントを外しているのだが、レティはそれにも気づかない。とはいえ、ロビンも幸福な生活を打ち捨てたかったわけではない。
彼は「生き延びるために」バベルに来るしかなかったし、バベルに従うしかなかった。そしてバベルの生活は、彼にとって本当に望ましいものであった。見て見ぬふりをすることの誘因の強さをロビンはよくわかっている。彼は一度ヘルメス結社を裏切っている。
そして、だからこそ、イギリスの白人たちが、自分たちの豊かな生活のために、中国での戦争を見逃すだろう、ということもロビンには想像がついた。なぜ、ストなのか。そうしなければ、彼らは自分たちの言葉を聞きはしないからだ。
とはいえ、彼らのストの影響を最初に直撃するのは、むしろ貧しい庶民からであって、上流階級もむろん銀の恩恵はたくさんうけているのだが、田舎に疎開することで、都市インフラの崩壊という危機からはとりあえず回避できてしまうのだ。
このあたりの、「自分たちの生活を守るためにほんの少しだけ不正義を見て見ぬふりすればよい」ことの倫理的葛藤の描き方が秀逸で、先進国の住人でありマジョリティでもある自分に対して、読んでいて刺さってくるものがある。

感想

原作も上下巻なのかどうかは知らないけれど、上巻と下巻とで、物語の空気感がある
前半は前半で、学園物にしては重たい話だな、というのはあるのだけれど、しかしそれでも、学園物として読めるし、ヘルメス結社にしても、まだ後戻りのできる危険として描かれている。実際、ロビンはいったんヘルメス結社から離れるし
しかし、後半からは、もはや後戻りのできない物語が始まる。
再びあの日常へと帰ることはできないし、戦いはじめてしまった以上は、勝利を得ない限り待っているのは死もしくは苦しみしかない。だからこそ、さらに行動を激化させざるをえなくなっていく。
もう後戻りができなくなった時、物語の展開としては、別世界へ旅立つ、という道もありうる。ファンタジーものであるならなおのこと。
しかしこの物語で、主人公たちは基本的にオックスフォードからは出ない。広東行きはあったが、広東からオックスフォードへと戻っていく。
ファンタジーってどんどん舞台を移動していって、どんどん物語を長大化させていきがちなジャンルだけれど、この作品は、むしろ後半からはファンタジーではなく、犯罪小説や歴史改変小説へと姿を変えていく。
で、舞台をあくまでもオックスフォードに限定することで、上下巻で物語を完結させている。


この作品すげぇなと思ったことの一つとして、歴史改変のオチの宙づりみたいなとこがある。
ロビンたちはアヘン戦争が起きないように尽力してきたわけだが、ロビンの最後の行動の結果としてアヘン戦争がどうなったのかは、明記されていないのである。
銀の力を、一時的かもしれないが、失ったイギリスは、アヘン戦争を戦えなかったかもしれない。
しかし、作中でも示唆されていたと思うが、それでもやはりイギリス議会はアヘン戦争を起こしたのかもしれない。
アヘン戦争が起きたのであれば、それは歴史改変は起きなかったともいえる。もちろん『バベル』の世界は、銀工術がある以上、我々の住む現実世界とは異なる世界ではあるのだが、それ以外の点では同じで、アヘン戦争が起きるか起きないは大きな分岐点となる。
ところで、この物語のサブタイトルには「秘史arcane history」と銘打たれている。
ヘルメス結社の活動は、イブラヒムによる記録以外には全て消えてしまっている。
アヘン戦争がもし起きなかったとすれば、そこにヘルメス結社やロビンたちの活動が記憶される可能性があるが、やはりアヘン戦争が起きたのだとすれば、ヘルメス結社やロビンたちの活動というのは完全に歴史の影へと消えていってしまうだろう。
歴史小説というのは、史実自体は変えずに、歴史書には残っていない隙間をフィクションで埋めるものだ、という考えがある。本作品は、銀工術がある以上、純粋に歴史小説とはいえないものの、アヘン戦争が結局起きたのだとすれば、歴史改変ものというよりは、歴史小説的な方法で書かれた作品とも言えなくはないだろう。
全く書かれていないことではあるが、結局、アヘン戦争は起きてしまった、と考えるのが妥当なような気がしている。
しかし、それではロビンたちの行動って一体何だったのか、無駄だったのか、という話になる。
その点についてはいったん置いておく。
本書の原題は、Babel: Or the Necessity of Violence: an Arcane History of the Oxford Translators' Revolutionというタイトルである。
Or the Necessity of Violenceの部分が邦訳に当たっては省略されている*2
で、Necessity of Violenceは、普通「暴力の必要性」と訳すかなと思うのだけど、一方で「暴力の必然性」という訳もありうると思う。
英語だとどちらも同じ単語だが、日本語の「必要性」と「必然性」だと少し意味が異なるだろう。
「暴力の必要性」だと、暴力を使うべきだ、暴力を使わないといけない、という感じがあるが
「暴力の必然性」だと、暴力を使わざるを得なかった、という感じがないだろうか。
ロビンの最後の行動は、イギリスの帝国主義・植民地主義を打破するのに必要なものだったのだろうか、それとも、ロビンは必然的にそうするしかなかったのだろうか。
兄グリフィンは、暴力の必要性を説いた。
ロビンはその兄の思想に共鳴したように読める。とはいえ、本当にそういうイデオロギー的な理由で行動に至ったのかどうか、というのは結構難しい。
もっと彼の個人的、肉体的、物質的な条件もあったように思う。身も蓋もなくいってしまえば、疲れ果てた、というような理由。
そして、その疲れが何に起因しているかといえば、間違いなくラミーの死がある。
はちゃめちゃに追い込まれてしまった人の破滅的自死だったともいえるし、そういう読み方ができるようにもなっていたと思う。
無論、あそこで死を選んだのはロビンだけではないわけではないけれど、とにかく、バベルの破壊が、アヘン戦争を食い止めるという目的にとって必要だからなされたのか、あるいは、様々な意味で追い込まれた人たちは必然的にそれを選ばざるをえなかったのか
前者としてとらえると、結局、アヘン戦争は起きたんだったらそれは失敗じゃん、無駄死にじゃんということになるが
後者としてとらえると、そういう成功か失敗かとかいう話じゃなかったんじゃないかと、考えることができる。
「暴力の必要性」というと、あたかも暴力を肯定しているかのように聞こえる(必要悪という言葉もあるので、必要=善いことというわけではないけれど)。だからこそ、邦訳ではタイトルから省かれたのでは、と思ったりもするが。
ただ、作品のテーマが暴力の肯定なのか、という疑問はある。
もちろんそのような疑問は、暴力は否定されるべきである、という一般的な現代人の価値観による先入観やバイアスによるものなのかもしれず、本作品は、そうした価値観を一定程度相対化させようとしているようにも読める。
しかし、どちらかといえば、本作品は暴力へと至る道筋を描いただけであって、暴力を肯定も否定もしていないのではないかと思う。そう、暴力を肯定はしていないと思うが、かといって否定もしていない。
アヘン戦争が結局この世界で起きたのか起きなかったのかは宙づりにされたままであるのと同様、暴力が必要なのかどうかも宙づりにされていて、しかし、その上で、暴力を選ばざるをえなかった人たちのことを描いたのではないか、と。


で、少し話が戻って、ロビンとラミーの死の話があるのだが
ロビンにせよレティにせよ(そしておそらくはラミーにせよ、ヴィクトワールにせよ)、彼らの動機とか感情とかの理由というのは、幾重にも重なり合っている。
つまり、ロビンがバベルを壊したのはロビンが中国人だったからであり、レティがラミーを殺したのはレティが白人だったからであるけれど、それと同時に、(ロビンにとって)ラミーが死んだからであり、(レティにとって)ラミーを愛したからでもある。
例えば彼らの人種的理由なしで(つまり彼らに人種の違いがないという設定で)、個人的な愛憎だけを動機として起きたとしても、物語としてチープになってしまうが、話としては成り立つことは成り立つはず。
そこに人種的背景を重ねたことで、深み(と言ってしまうのはそれはそれで軽率な感じがするが)が与えられているのだが、ただこの個人的な愛憎と人種的背景というのは、結局切っても切り離せない形で結びついてくのであって、そこもまた、この作品のすごみだなと思う。
単に、人種差別ってエグいなっていう構造の話ではない
レティの観点は、どこまでいっても白人であることから抜けられないものだったのだけど、でもレティがどうして最後、あのように対立することになったのかということに、彼女と兄の関係もあるわけだし。ただ、彼女と兄がああいう関係になったのは、女性差別の問題があるし。
そういえばレティが途中から、ロビンのことをバーディと呼びはじめる。バーディはラミーがロビンを呼ぶときの呼び名で、ロビンはラミー以外にはその名で呼んでほしくない。しかし、レティはロビンをバーディと呼ぶ。とかこのあたりも、彼らの間の感情の巨大さがやばい。
ロビンとラミーとレティとヴィクトワールの絆の深さは嘘偽りないものだったとしても、4人の行く末はそれぞれ完全に別々になってしまった、という物語の展開も見事だし
ロビンとラミーの関係というか、ロビンがラミーに対して抱いていた感情も一概に言い表せないものがあるし。
そのことがロビンとヴィクトワールを分かつものだったとすると、それはやっぱり個人の感情という側面が強いわけだし。


とりとめもないまま、終わり。

*1:自分のはてブを見ると、去年の3月、7月、12月の書評記事をそれぞれブクマしている。SNSでも時々、読み終わった人の感想をみかけていた気がする

*2:訳者あとがきでは、冗長なために省略したとさらっと書いてあるが、まあ、これタイトルに入れたら売れないと判断されたんだろうなあ、という気はする